いっぱんじん してん 1/x
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浮かぶ島がひぃ、ふぅ、みぃ……。
白く濁っていながらも透き通っているという意味不明なお湯は、浸かってみれば印象が書き換えられた。最初の一歩はビクビクしたものだが、今は全身で満喫したいとお湯で完全に身体を隠している。
「フェリさんも呼べばよかったかな?」
こちらを向き、そう言ってくれたのは唯一の仲間……というには少しボクの方が膨れているかもしれない相手、楓ちゃんだ。
「気にしなくていいと思うよ。今回はイナバの招待だからね」
「それもそうね」
ボクが告げれば楓ちゃんは納得したように頷いてくれた。
そう、今回はイナバの招待。ボクとしてもフェリだけは呼びたかったのだが、イナバと浅い間柄の相手を呼ぶのは気が引けた。
それにしても、と周囲を見渡す。
舞い落ちる葉は四季を魅せるが如く色鮮やかだが、それしかない。奥先は靄に包まれていて、その姿を見せてはくれない。
というか、だ。街中の建物の中なのにこれだけ広大な景色が広がっているというのがおかしい。魔法はこんなことまでできるのかと首を傾げたが、答えを知るものはこの中にいないと知っている。
だって、その疑問は既に口から外に出た後なのだから。
「そういえば時雨さんはアルファ世界の日本出身なのですよね?」
楓の隣に座る、一部を除いて小柄な翠ちゃんがそんなことを聞いてきた。
「そうだけど?」
「私達は今年で16なのですが、おなじくらいですか?」
一瞬、それは20を余裕で超えているだろうと思ってしまったが、すぐに歳の話だと思い違いを正せた。
ぼかして聞かれたのは線引だろう。たとえ同じ領土の仲間とはいえ、知り合ったばかり。リアルの情報を精緻に聞くのは礼儀に反している。
「ボクも今年16の高校生。だからきにせず、タメ口でいいよ」
「翠ねぇはこれが素。私と違って」
翠ちゃんの代わりに答えてくれたのは、翠ちゃんのすぐ隣りに座る葵ちゃん。
双子かと思うほどよく似ていて、スタイルも同じ感じで……。はっきりとした違いは髪の色くらいだろうか。それも日本出身なら変えているのだろうから、リアルでは見分けがつかないかもしれない。
「そうなんだ」
会話を振ってもらっても続かない。
リアルに関してあまり話せず聞けないというのは、それだけ話題を絞ってしまう。そのうえこのゲームについての知識もないのだから、話題が無いに等しいのだ。
それにしても、だ。
なんで同い年なのにここまで差があるのか……なんて言えない。ボクも無い方ではないうえに、楓ちゃんとの差はそれなりにある。
それでも楓ちゃんは魅力に溢れている。小柄であってもスタイルは良く、容姿も良い。そのうえ人柄が良く、笑顔が可愛い。ここまでおっきいおっきいと嘆いているボクだけど、むしろ楓ちゃんの隣こそ並びたくない。いや、比較されたくない。
ちっさいというのが唯一の欠点であり、それも欠点として存在していることで優位点となっている気さえする。ようは完璧が過ぎるのだ。
凛ちゃんはまだしも、翠ちゃんと葵ちゃんはよく隣にいられるなと思ってしまった。
「ぷしゅ~」
そんな気が抜ける声が聞こえてきたかと思えば、暖かいものが顔を襲ってきた。
「ぷは、なにをするんだい!?」
「時雨ちゃんはもう友達なんだから、変なこと考えない」
お湯の発射もと、楓ちゃんが笑顔でそう言ってきた。
なによりも並べないと思ってしまうのが、これだ。知り合って間もないのに"悩んでいることだけ"を鋭く見抜いて、声をかけてくれる。
並びたいと、傍に居たいと思わせてくる。
「別に変なことは考えてないよ」
それでもこう答えてしまう。ボクは意地っ張りなのだ。
「楓。変なことを考えてるのは凛」
「む、別に変なことは考えていないぞ。ユウくんもこっちに入れば楽しそうだと、それだけだ」
皆の呆れた顔が発言者、楓ちゃんとボクの間に座る凛ちゃんを射抜く。
たしかにユウちゃ……ユウくんの容姿ならばこちらに入っていても不思議じゃない。むしろこちらに入れと思っている。楓ちゃんの明るさを儚さと無邪気に置き換えたような子だけど、容姿はとても良く似ている気がするのだ。
つまり負けてる。
「別にタオルで隠しておけば問題ないのではないか?」
「まあ私だけならかまわないんだけど、ここは女湯。混浴じゃないからだめよ」
凛ちゃんの疑問に、楓ちゃんがあははと頬を掻きながらそう答えた。
その言葉は今でも姉弟で入浴していることを連想してしまうのだが……どうなのだろうか。さすがに聞く勇気はない。
「そうか、残念だ……」
心から残念そうに呟いた凛ちゃんを見て、やはりと思う。
高い身長でスタイルも良い凛ちゃんは、それこそモデルも逃げ出しそうな容姿をしている。そのうえ強い。フェリちゃんから聞いたことをそのまま受け入れるなら、きっとリアルでもかなり運動ができるはず。だからさっき、楓ちゃんと並べると評したのだ。
しかし、言動の一部に残念さを感じていた。それが今、確信に変わったといってもいい。
残念な子だと。
それでも欠点のようなそれは、近づきやすくしてくれる。
完璧に見える2人に近づきやすくしてくれる。
このあたりが見えなければ……逃げていたかもしれない。自分との差を嘆く前に。
「というか凛ちゃん、恥ずかしくないの? いちおう彼は男の子だよ?」
彼は男の子だよという意味不明なことを言ったような気がしたが、間違っていないはずだ。
「……よくよく考えてみれば恥ずかしい気がするが、なんだかユウくんならばかまわないかなと思っている。言っておくが、誰とでも入りたいわけじゃないからな」
頬をさらに赤く染め、少し膨れたように言ってくる凛ちゃんが可愛く見えた。
大人に見えてもやっぱり子供なんだと思えば、口が軽くなってしまうのはしかたのないことだろう。
「楓ちゃんは今も一緒に入っているの?」
「そ、そんなわけないじゃない!?」
楓ちゃんが少しだけビクッとして、焦ったように答えた。
冗談のつもりで言ったのだが、この反応を見れば予想を"そちら"に傾けてしまう。
「え……楓?」
たぶんこの中で一番の常識人である翠ちゃんの笑顔が、楓ちゃんに向いた。ちょっと自分には向けられたくない、怖さを含んだ笑顔だ。
「そりゃ昔は入ってたけどさ、今は違うよ?」
あははと苦笑いで逃げようとする楓ちゃんを、翠ちゃんと葵ちゃんは見つめ続ける。
1人は心配するように、1人は興味深そうに。
「そういえば、ユウくんとは会ったことがなかったな」
凛ちゃんのそんな呟きを聞いて、不思議さに首を傾げた。
少し触れ合っただけでもわかるほど仲が良い。それならば互いの家に行ったり、それこそ泊まったりすることも多いだろうと思っていた。
しかし、そうすれば弟である彼と出会わないということはないだろう。
そこまで考えて、踏み入ってはいけない事情があるのだろうと助け舟を出そうかと思えば
「ユウくんが居ない時に呼んでたからね」
無難な逃げ道が告げられていた。
「やはり髪と目か?」
「まあそれもあるかな」
少しだけ悲しそうな楓ちゃんには、どうにも声がかけにくい。
この子がここまで心を割いているからこそ、あの子はあんなにも笑顔でいられるのかもしれない。
「……そうか。しかし機会があれば紹介してくれ。待っているぞ」
「……やっぱり凛ちゃんは凛ちゃんだね。でも、きっとそれを私が考える必要はないかな」
嬉しそうに呟いた楓ちゃんは、すぐに普段通りの雰囲気へと戻っていた。
その光景を見て思ってしまう。
もし、この子達の学校に、傍に私がいたらと。
それでもそれは起こり得なかった"もしも"。
それに、現実に戻るまでの間は私もそこに居られる。ここは"もしも"が叶った夢の中ともいえるかもしれない。




