ありがとう、良き明日を 1/1
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3人が木に背を預ける中で、少女が瞼を閉じて少しして。
「サリアに話して正解でした。やはりサリアは気づけなかった」
うさぎは木々に遮られた月を見上げる。
「あれの主人公は輝夜姫ではないと」
そう呟いたうさぎは視線をおろし、隣にいる少女へ向ける。
妖精族の象徴ともいえる蝶のような半透明の羽は姿を隠し、妖精族の長所ともいえる膨大な魔力は身体の中でくすぶって。1人でウルフに立ち向かえば噛み殺されてしまうような非力な少女。
「しかし私が届かなかった答えを1つくれました。あれだけの世界を回っても気づかなかった答えの1つを、人生の多くをベットの上で過ごした少女が」
うさぎは少女へ手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。
「……ユウバリは誤認しました。同じ条件でもながもんは誤認しないでしょうが、私としては誤認したかもしれません。もし……いえ、どうせ意味のないこと。サリアが言ったではありませんか」
そこで一旦区切り、再び口を開く。
「あれは私ではなかったのです」
そう言ったうさぎは身体の向きを変え、両手で少女の両頬を掴み、軽く握って左右にひっぱる。
「それにしても、あれが間違っていたという考えは私も同様です。だって、サリアがそれを証明したのですから。あの子がいれば叶えられたと」
うさぎは両手を頬から離し、顔を少女の頬に近づけ、唇を軽く触れさせる。
「ありがとう。良き明日を」
小さく呟いたうさぎは少女を抱え、立ち上がる。そしていまだ明かり灯る家に向けて足を進め始めた。
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皆が寝静まった、夜が世界を包み込む時間。付近で最も大きな樹の根元。
「愚かな愚かな勇者よ。あなたの残した呪いは消えました」
『……そうか。しかし血を途絶えさせたことも、これまでの血族に死の恐怖を与えたことも変わりない』
「血は途絶えないでしょう。あの少女は魔法を取り戻します。死の恐怖の対価として、彼女達は安寧を得ていたのです」
『意味がわからないな』
「妖精族だとしても高すぎる適正と、圧倒的な魔力。呪いがあったとしても同水準の戦闘能力。もし呪いがなければ……彼女達はどうなっていたでしょうね。救国の勇者よ」
『……それはずるい問いだと思うな』
「半生を賭けて魔王の脅威を消し去り、結果として要らぬ名声と愛する女性への呪い、そして1つの勘違いを得た。残る人生では足りず、幽霊となって彼女の呪いを解こうと、すべてでも弱めようと足掻き続け。その答えが最後の死では悲しいではないですか」
『それを知って彼女を救ってくれたと?』
「それは先程、お聞きした通り。ただ、あなたの考え方を捻じ曲げて、無理やり良い答えにしようとしているのです」
『なぜ?』
「だって、ついでであっても笑顔を増やせるなら嬉しいからね」
そう言った少年は樹を見上げて笑う。誰もいないはずのその場所に向かって笑う。
「それに勇者の到達点がそんなで終わるなんて嫌なんだ。苦労して心を壊しかけて、それでも最後には正解を得られる。そのちっぽけな蝋燭に灯す、明るい火くらいは見ていってよ」
『そうか』
「願うなら、次の命ではあなたと想い人に"縁"が結ばれますように」
『あの子にも、君たちにも想い人との縁が結ばれるよう願っているよ』
それを区切りに1人だけの声が響いていた森から、その音すら消えていった。
代わりに奏でられるのは小さな寝息と、近寄ってくる足音1つ。
4章終了です。
これ以降は気が向いたら更新、となります。その際も1章分を完成後、今回のように投稿するか、あるいは一気に投稿するかと思います。
もしよろしければ、ご覧いただけると嬉しいです。
長い間、ご覧頂きありがとうございました。