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月が浮かぶその夜に 3/3

 読み終わり、本を閉じる。空が少しだけ明るくなっていて、そこまで読み込んでいたのかと驚いた。

 

「たぶん最初かな」

 

 1ページ目。ただ数行でまとめられたそこが間違っているように感じた。

 私だったらとかではなく、この中心人物の後悔を無くすならそこだったと思うのだ。違う後悔を生んでしまいそうだけど、それでもそこさえどうにかなればと思わせたのだ。

 

「そうですか」

 

 イナバちゃんの答えは、まるでそうだと確信しているような声だった。

 

「これって架空の物語?」

 

 願うように聞いてみる。

 

「いえ、それが輝夜の姫です」

 

 そうだろう、そうだと思ったから架空であってほしいと願ったのだ。

 どれだけ救おうと救われていない。予想ではあるが、確実に500年以上は捧げている。イナバちゃんと同じ種族ならば寿命はないはずだ。

 たかだか半生を想ってくれた程度だったから羨ましいと思えたのだ。これを見て、想われていた相手が羨ましいとは思えない。種族による寿命の差を考慮したとしても、いや、考慮したからこそ身体を震わせてしまった。

 寿命なんて逃げ道は用意されていないのだから。

 

「……やっぱり輝夜姫に会いたいな」

 

「呪いが消えた今でもですか?」

 

 そう言ったイナバちゃんの表情は不思議そうで、興味深そうにも見える。

 

「ううん。呪いが消えた今だから、素直に会える。この人はギュッと抱きしめて泣かせないといけない」

 

 壊れない勇者なんて居続けてはいけない。私が魔王になってでも、壊さなければいけない。

 

「まあ輝夜姫なんて架空の存在です。それとこの話はあなたの胸の内だけに留めておいてくれると助かります。こんなでも秘蔵の物語なので」

 

「あ、あはは。さすがにその内容を漏らしたりはしないよ?」

 

 輝夜姫なにしてるのかと言わずにはいられない内容がたっぷりで、漏らせば国が傾くレベルのものまであったから。

 ……たぶんだけど、隣の国なら"私でも"地図から消せる。

 

「あまり気にしないでくれると助かります。実はちょっと重荷だったのですよ、誰にも相談できない内容でしたから」

 

「じゃあ私とだけの秘密だったり?」

 

「ええ。ユウや楓にも言えなかった、あなたにしか話していない内容です」

 

 その言葉にちょっと驚いた。

 イナバちゃんならまっさきにユウくんに、次は楓ちゃんに相談するのかと思っていたから。

 

「ユウも言っていましたが、あなたはたった3ヶ月で好きにさせてくれました。あと、ちょっと抜けてるところがバッチリです」

 

「……つまり、楓ちゃん達ならなにかに気づいたと?」

 

「ユウには見せたくなくて、楓にもちょっと見せたくなかったのです。登場人物である長門や仁淀は当然、除外しました」

 

「凛ちゃんや時雨ちゃんは?」

 

「凛はあなたほど信じられません。時雨には重すぎます」

 

 まかさの凛ちゃんより信用されていた。これにはちょっと頬が緩んでしまう。

 

「少し接してわかりました、凛は楓を選びます。でもあなたは、ユウと楓を等しく捨ててくれる」

 

「え、捨てたくないんだけど!?」

 

 なぜ捨てなければいけないのか。なぜ"両方を選ぶ"ではないのか。

 たった3ヶ月とは思えないほど大切な"縁"なのだ。人族の寿命が尽きるまで、手放したくはない。でも……ああ、そうか。私は楓ちゃんやユウくんは大好きだが、そこからの繋がりはどうでもいい。楓ちゃんが好きな人であろうとユウくんに害をもたらすなら、楓ちゃんが泣こうと排除するだろう。

 つまり2人を守るために、2人からの好意を等しく捨てられると。

 

「あなたは優しいですから、捨ててしまいますよ」

 

 そんなことを考えていれば、イナバちゃんは悲しそうに呟いた。

 私だって捨てたくない縁はあるのだが……それを守るために捨てるのか。捨てなければ相手の笑顔を捨ててしまうことになるのか。

 ああ、考えたくない。こんな嬉しい日には考えたくない。だから別の話題に変えておこう。

 

「……ねえ、イナバちゃんはこれを読んでどう思ったの?」

 

 そう言いながらイナバちゃんから受け取ったノートを差し出す。こんなもの持っていられるか。

 

「その時に気づき伝えることができればよかったのですが、今なら馬鹿だなと思っています」

 

 ノートを受け取ってくれたイナバちゃんはそう言って嬉しそうに、愛おしそうに頬を手で触れた。これはわかるぞ、ユウくんだ。

 

「ですが、正しくなかったとは思いません。多くの機巧少女を生かしたその行動は正しかったのでしょうね」

 

 旗として輝夜を起ち上げて。多くの仲間達に希望を与えて。それを何百年、もしかしたら何千年と続けて。

 それで、誰が彼女を癒やしてあげたのだろうか。

 

「100を生かすために1を切り捨てる。自分だけで成立してしまうからこそ必要悪とはならず……必要善? ちょっと違うかな~」

 

 救国の勇者を恐れ、新たな魔王として排除した権力者とは違う。継げる者達を育て、いつ自分が消えてしまったもいいように整え、限界まで擦り減らす。

 仮に善悪が対の位置にあるのならば、必要悪と対になるそれは不要……あってはならない善ではないだろうか。

 

「うん、間違ってる。100を生かすために自分だけを犠牲にするそれは悪だ。だってそうだよね。そんな1人を見て、誰が次を目指すのか」

 

 結論が出たところっでほっこりとイナバちゃんを見てみれば、なぜか唖然とした表情を浮かべていた。

 

「ど、どうしたのイナバちゃん」

 

 気になって聞いてみる。唸りながら考え事をしていたから、不気味に見えたかもしれない。

 

「……いえ。ただ楓はやっぱりお姉さんだったんだなと」

 

 ふふっと笑ったイナバちゃんは、嬉しそうにそう言った。たしかに楓ちゃんはユウくんのお姉さんだが……なにか疑うようなことがあったのだろうか。

 

「あ、もしかしてお姉ちゃんが欲しいの?」

 

「いえ、私には尊敬すべき姉がいますから。ただ自分を低く見すぎていましたけどね」

 

 そう言ったイナバちゃんは、こちらを向いているのに私ではないどこかを見ているように思える。まあ既に姉がいるのなら、お姉ちゃん計画は凍結だ。

 

「さて、あなたもそろそろ眠ってください。起きれば別れと、旅立ちが待っているのです。眠そうな顔で別れたくはないでしょう?」

 

 また会えるのであれば、それでもよかっただろう。なんとも私らしい"バイバイ"だ。

 しかし、もう会えない。会うつもりはない。だから最高の一幕を演出したい。

 

「じゃあ最後に1つだけ聞いてもいい?」

 

 だから、後顧の憂いを断っておこう。

 

「どうぞ」

 

「イナバちゃんが輝夜の姫だよね?」

 

 ほぼ確信している。違うと否定されようが、濁されようが、この意見は変わらないだろう。

 

「いえ、違うのでしょう。あれは私ではないと、皆の行動が証明しています」

 

 これはちょっと想定外だった。否定はされていない。しかし否定されている。

 

「今のサリアの身体は、再生成されたようなものです。しかし中身の魂は変わらない。私はその存在を変わらぬサリアだと思っています」

 

 ……やめてほしい。あまり私に情報を与えすぎると、それが魔法であるのなら、辿り着けてしまうかもしれない。

 しかし見た目の変わらぬ身体であっても別の身体で、それでも中身が一緒ならば私であると認めてくれるところはとても嬉しい。まあ保存された記憶情報から生成されたAIと同じような気もするが……きっと、そちらはそちらで別人と区別するのだろう、この少女は。私は私、コピーされたAIは"その子"として。

 

「しかし逆ならばそうは思えません。ロールプレイングゲームにおいて、画面の中の主人公を自分だとは思えません」

 

 それに関しては人それぞれだろうが、操作者という事実は変わらない。VRだろうがレトロだろうが、1つ間を挟んでしまえば別人なのだ。外と中の縁は別物なのだ。

 私を救ってくれようとしたのはゲームの中の皆だし、救われた私は現実の私。世界を超えたのだから一緒かもしれないが、やはり別物だとは感じている。

 ただ1人、イナバちゃんを除いては。

 イナバちゃんはあそこで召喚された、あそこが"現実"ともいえる存在。"仮に"前世的な記憶があったとして、そこのイナバちゃんとは違う存在なのだ。

 

「じゃあイナバちゃんは私の輝夜姫だ。救いの象徴、ただ1人が為の勇者、輝夜姫だ」

 

 そう言ってニッコリと笑いを溢す。

 名もなき王の隣にいた輝夜姫は死んだ。私の隣には今の輝夜姫が居てくれる。

 

「前の輝夜姫が救われたかどうかなんて聞かない。だから……今のあなたは幸せですか?」

 

「ええ」

 

 月明かりからも隠れた木のもとで、静かに微笑まれた。それはとってもとっても綺麗で、私が求めた答えそのままだったように感じる。

 

「うん。じゃあ次に同じことしようとしたら止めに行くから。楓ちゃんもユウくんも、イナバちゃんが縁を結んだ全員を巻き込んで、魔王になってでも、世界の敵になってでも止めに行くから」

 

 どうか、そんなことが起きませんようにと。

 

「幸せでいてください」

 

 この2人に救われたのだから、残る命の大部分をこの2人が幸せでいられるために使ってもいいであろう。ただし、自分も幸せでいなければならないという条件付きだ。

 私はそれを願われたのだから。

 

「次は間違えないと決めていますから」

 

 ちょっと自信なさげに答えてくれたイナバちゃんを見て、木に背を預けながら瞼を閉じる。

 

 次に瞼を開けば時計の針がまた1つ、進んでいるのだろう。それでも仰げば青空で、進む先は陽で照らされていて怖くない。

 竜人族の友サリアの物語は終わってしまったけど、『輝夜』のサリア、その物語は続く。

 ありがとう、さようなら。初めての友達。


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