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月が浮かぶその夜に 2/3

 泣き止んだあとに見た空は晴れていた。夜闇に晴れていた。

 

「ところでサリアさん」

 

 隣からそんな声が聞こえて、即座にそちらを向く。もう気分はお花畑にちょうちょうである。

 

「ぼくにも恥ずかしいっていう感情はあるからね?」

 

「そりゃそうだよ。でも、とっても可愛かったから……またしちゃうかも」

 

 感情とはそれを含めたパッケージなのだ。その中の1つが欠けているのなら、それは治すべきものである。

 でも、この子の隣には楓ちゃんもイナバちゃんもいるのだから、それが欠けているとは思えなかった。だってそうだろう。この子にそれが欠けていたら2人は時折、悲しい表情を浮かべるだろう。それをこの子が許すはずがない。

 ではどうするか。感情を作り出せばいいのだ。それを本物にしてしまえばいいのだ。きっと、この子はそれができる気がする。

 

「でもサリアさんに見せたのは弱ってたから。正直に言うけど、イナバ相手以外なら表に出さない自信はあるよ」

 

「……つまり、それが自然に漏れるほどメロメロに惚れさせろってこと?」

 

 後ろから「ぶっ」と吹き出す音が聞こえた。なんだか、とても貴重な場面を見逃した気がしてならない。そして目の前の少年が顔を赤くしているが、さっきのはフラグだったのだろうか。

 

「……あはは、今日は気分が良いから仮面が出てこないや」

 

 耳まで赤くした少年は嬉しそうに笑った。だからちょっと悔しい。

 たぶん、この子が見ているのは私ではなくて後ろのうさみみ少女だ。イナバちゃんだ。きっとイナバちゃん絡みで何かできたから、それが嬉しくて気分が良いのだ。

 さすがに私程度で気分を良くしてくれると思えるほど自惚れていない。

 

「あ、サリアさんが生きていることは嬉しいよ」

 

 そう言ったユウくんは私の両頬に両手を寄せて、むぎゅっと掴んで伸ばしてきた。しかし、残念なほど非力である。

 

「はいはい、ついででも嬉しいですよ」

 

 そう。ついでだろうが残り滓だろうが棚からぼたもちであろうが、続きを歩めることは嬉しい。そこに変わりはない。

 

「サリアさん、それはちょっと怒るよ?」

 

「え?」

 

「まさか何とも思ってない人でも救うと思ってる? ぼくはサリアさんが好きだから、動いたんだよ? たった3ヶ月で好きにさせてくれたサリアさんだから、動いたんだよ?」

 

 一転して真剣な眼差しが私に向けられ、言葉の弾を放ってきた。

 言葉が出ない。言葉を返せない。ちょっとこれはずるいだろう。

 私に何が起こったのか、実は楓ちゃんから聞いている。食事の際に、魔法による通話で聞かせてくれたのだ。だから知っている、ユウくんとイナバちゃんが救ってくれたのだと。2人だから救えたのだと。

 死の淵から救ってくれて、その相手から『好きだったから動いた』と言われれば……心が揺れてもしかたがないだろう。これは初恋でいいかもしれない。

 

 ……思えば、物心ついた時から世界を冷めた目で見ていた気がする。皆がもてはやすイケメンにも興味を持てず、大賢者と呼ばれる人は私の魔法を見て膝をつき、最強だったはずの竜人族は地に伏せていた。

 そして魔法を失って以降は出会いすらなく、世界を恨むようになってしまって。恋をすれば気を反らせるかと恋愛ジャンルのゲームばかりした時期もあった。

 『名もなき王』に憧れは抱いていたのだ。しかしそれも不幸を嘆いていれば羨望に変わってしまって。隣りにいる輝夜姫を求めるようになってしまった。

 

 でもそれを超えられた今は。先に照らされた今ならば……恋をしても不思議ではないはずだ。

 ……まて、ちょっと救われた程度で恋に落ちるんなど『ちょろイン』というやつではないだろうか。そんなことでは2人の気を惹けないのではないだろうか。

 たしかに私は死の運命から救われたが、この子達にとっては苦労なきことだったのかもしれない。勇者が魔物から村娘を救うような、そんな。

 ものさしが違えば大きさも変わってくる。勇者にとっては1に満たぬ脅威であっても、村娘にとっては100を超える脅威なのだ。

 ……いやいや、さすがにこれを手軽にされても困る。あの強者感たっぷりのローズさんですら、"呪いから"救う手立てを思いついた様子はなかったのだから。

 

「じゃあ、お礼にちゅ~とか……どう、かな?」

 

 勝手に動いた口を叱ればいいのか、褒めればいいのかわからない。

 あの時は2人に止められたこの行為だが、今の状況ならば問題ないはずだ。

 

「……ごめんね、それには応えられないよ」

 

 そう言ったユウくんは悲しそうに微笑む。

 

「可能性のものさしで見ている姉さんですら、あなたは含まれていない。ぼくが普通の子なら、こんな可愛くて良い子からの告白は飛び上がるほど喜んで受けていたんだろうけどね」

 

 だめだ。表情や様子や、なによりその声から言葉が本当であると感じてしまって……諦めるしかないと悟ってしまった。

 

「そっか」

 

 うん、今は諦めるよ。

 言葉のすべてが本当だと感じてしまったのだから、私から見てこの子が普通と変わらなくなれば……言葉の後半がそのまま真実になる。私からの告白を飛び上がるほど喜んで受けてもらえる。

 ……ん。よく考えてみれば言葉の後半は褒めちぎられているのではないだろうか。

 あれまってやばい。むねがどっきんどっきんしてる。

 あれだ、こう気づけば喜ぶような要素をちょいちょい忍ばしておかないでほしい。いや、やっぱり忍ばしておいてほしい。

 

「サリアの帰りを待つユウ。並べられた食事にくっついた布団。そしておかえりなさいの言葉とともに軽い口づけがあって……私は良いと思いますよ?」

 

 後ろからまさかの伏兵。ベットの上で妄想ばかりしていた私は想像力が豊かだったらしく、言葉をなぞればすぐに想像できてしまった。

 

「……イナバが相手ならすぐにしてあげるよ?」

 

「私はあなたが傍に居てくれるだけでいいので」「あ、それもいいな」

 

 おっと、声が被ってしまった。

 でも考えてみてほしい。好きな子が嬉しそうにそれをするのなら、相手は私でなくてもいい気がするのだ。その場面さえ見られれば、それで満足できそうな……――と、前ではユウくんが頬を膨らませている、気がする。

 

「まあ、私はサリアなら届くと思っています。しかし、この子がそれを拒絶します。あの子相手の時も同じように突き放しました」

 

 イナバちゃんに認められているようで少し嬉しいが……そうか、望まれていないのか。それにあの子とは、私よりも早く伝えられたあの子とは誰だろうか。

 恋敵である、であえ~……ではなくて、どうしたものか。望まれていない先に進んだとして、恋は叶うのだろうか。

 

「楓は立ち止まるでしょう、望まれたのですから。時雨は突き進むでしょう、知っていますから」

 

 ほむほむ、よくわらかない。考えることが苦手な自称直感型の私にしてはよく考えたほうだ。もう疲れたよ。

 ちゅ~しよとか言ったのが悪いのだ。

 

 すっと動いてユウくんの頬に顔を寄せ、唇を触れさせる。

 振り向いてすっと動いてイナバちゃんの頬に顔を寄せ、唇を触れさせる。

 

 ちゅ~"しよ"とか迷いでしかない。ちゅ~"すれば"いいのだ。

 

「……さすがサリアさん。無自覚に隙をついてくるね」

 

 そちらを向けば、ユウくんが頬にてのひらを当てて楽しそうに笑っている。

 

「なんだかにぃのに似ている気が……」

 

 そちらを向けば、イナバちゃんが頬に手を当てて複雑な表情をしている。しかし嫌そうではなくて安心した。

 それにしても、イナバちゃんが言うにぃとは領土『日本』の副総代が召喚した機巧少女だったはずだ。そんな相手に似ているとは……喜んでいいのだろうか。

 

「……あれ、イナバちゃんってよくちゅ~されてるの?」

 

「いえ、にぃが交流のためにしているところを見てまして、それに似ているなと。感情ではなく、技術的なものが」

 

「……つまり下手くそ?」

 

 ちゅ~の経験なんて、そんなにない。その私と技術的にそっくりならば、きっと下手なのだろう。

 

「いえ、"異様"に"慣れている"ということです」

 

「つまり……天才ってこと!?」

 

 私の隠れた才能が発掘されてしまった。

 

「初めてで慣れているのは不安を煽る可能性があるから、必ずしも高評価ではないかな。それに仁淀さんのそれと、サリアさんのそれなら、ぼくは仁淀さんのほうが好みだよ」

 

「まあ、過程が同じならばそうなりますか」

 

 私とて初々しいのも好きなので2人の考えはわかる。仁淀さんがどんな過程を経たのかは知らないが、私のついでよりはマシだろう。

 

「さて、ユウはそろそろ眠ってください。私は甘いほうなので見逃していますが、楓が"泣いて"しまいますよ?」

 

 その言葉にユウくんの顔を見たが、あの時とは違って顔色は良い。

 

「うん、そうしようかな。ちょっとサリアさんの様子が気になったから起きただけだから」

 

 そう言ったユウくんは再び木に背を預け、瞼を閉じて……

 

「ま、待って!」

 

 そう言ってぱっと前に飛び出して2人ともが視界に入るだろう位置で振り向く。

 

「私に30秒だけ、ちょうだい」

 

 2人が口を開く様子はないが、返答の有無は気にしない。

 

「えっと……あの……」

 

 うまい言葉が思い浮かばない。絶対に失敗してはいけないという気持ちが、胸を高鳴らせる。

 

「あなた達は私の輝夜姫でした」

 

 ようやく出た言葉はそんなもの。私の心の内で紐付いていただけの、外には出していない、普通はわからない言葉。

 

「未来をくれて、ありがとう」

 

 月に照らされて、両手を胸の前で組んで。嬉しそうに涙を溢れさせ、弾むような声でそう言って。

 それを見てくれた2人は嬉しそうに微笑んでくれて

 

「どういたしまして」

 

 重なった声でそう言ってくれた。

 実は過去にプレイしたゲームのワンシーン。病により死を告げられていたヒロインが、主人公であるプレイヤーの半生を代償に救われた際の言葉。もう40も超えたおっさんと10代のままの姿をした少女が"再開する"場面。

 その先は知らない。自分で操作して救ったというのに、そこでプレイを止めてしまったから。

 だってそうだろう。あの子はあんな幸せそうに救われて、とても輝いて見えたというのに……それをしたのは、それを求めていた私なのだ。

 でも……あの笑顔は欲しかった。だから、そこまでプレイしてしまったのだろう。

 

 再現するつもりはなかったが、過去に見た中で最も綺麗だった場面を再現していたのだ。まあ相手は2人で半生どころか1年すら捧げてくれてないが。

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

 ユウくんはそう言って、瞼を閉じる。イナバちゃんの言葉から少し気になったが、その表情に苦しさは見当たらない。

 それに安堵しつつ、起こさないように恐る恐る、元の位置へと戻った。起こしたくないなら近づかなければいい話だが、この2人の間で静かな時間を過ごしたいのだからしかたがない。

 

「半生を捧げた勇者の物語、ですか。私はあれ、好きですよ」

 

 直後、隣から聞こえた言葉にドキッとする。

 

「今更ですから隠しませんし、ここは眼が少ないですから」

 

 そう言ったイナバちゃんを見てみれば、月を見上げている。イナバちゃんはよく月を見上げているが理由は知らない。

 しかし……これはあれだろうか。多少踏み込んだことを聞いてもいいということだろうか。

 

「イナバちゃんって輝夜の関係者だよね?」

 

「はい、メンバーの1人です」

 

「姫様?」

 

「役割1つ任されなかった、いてもいなくても変わらない1人ですよ」

 

「『名もなき王』に会ったことは……ごめん、それはいいや」

 

 この質問に意味はないと知っている。王は輝夜の他のメンバーにも会ったことがあるのだから。

 ……あんなに知りたかった輝夜の情報を聞けるというのに、特に聞きたいことは思い浮かばない。まあ可能性に縋りたかっただけで、特別が欲しかっただけで、本当に知りたいわけではなかった。

 

「……では私から1つ。これを読んで感想をもらえませんか?」

 

 そう言ったイナバちゃんがアイテムボックスから取り出したのは1冊のノート。新品のように綺麗だが、情報体だと思うので不思議ではない。

 それを受け取り、中を開いてみれば文字だけが並んでいた。少しだけ流し読みしてみれば、まるで冒険譚のようだった。

 

「どこで間違ったか、教えてください」

 

 その言葉を受け取って、本格的に読み始める。

 私にできることなのだから、最高を返したい。少しでも差を埋められるように。


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