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月が浮かぶその夜に 1/3

 テーブルに並ぶ料理はとてもきらびやかで、輝いていて、お腹に収まった後ですら幸福を与えてくれる。食べ終えて、夜風にあたってくると言って外に出てきた。

 勝手に神樹と呼んでいる、近くにある中で最も大きな木に背中を預けて空を見上げる。お腹をさすれば、ちょっとぽこっと……食べすぎたかもしれないが、あれらを欠片でも残すことなんてできなかった。

 

 テーブルを囲んでくれていたのは楓ちゃんに凛ちゃんに翠ちゃんに葵ちゃん、時雨ちゃんに四葉くんになぜだか大天狗。そして母親と父親と。

 私を抱きしめてくれたイナバちゃんと、私が抱きしめたユウくんはいなかった。私を案内してくれた後、2人揃って家から出ていったのだ。

 楓ちゃんいわく『ユウくんが無理しちゃったから、ちょっと休憩だと思う。まあイナバがついてるから心配しなくていいわよ』と。記憶はあやふやだが、たしかに瞼を閉じてしまう前に見た彼の顔は青白く今にも倒れそうだった気がした。両親も部屋を貸そうと立ち上がったが、イナバちゃんは『お気持ちだけ受け取っておきます』と言って、ユウくんを支えたまま外に出ていったのだ。

 体調が悪い彼になんてことをしたのだとは思うが、まあイナバちゃんが原因の一部でもあるので問題なかったのだろう。もし問題があれば、イナバちゃんが優先するのは私ではなくて彼なのだから。

 

 それにしてもと夜空に、月に手を伸ばす。

 魔法は使えないが元気に歩き回れて、疲れない。魔法が使えた頃と変わらぬ身体を取り戻したようで、それでも魔法は使えなくて……こんな未来があるとは思ってもみなかった。

 衰弱して死んでいくか、魔法を取り戻してボロボロの身体を維持するか。そのどちらかだと思っていたから。

 

「隣は空いていますか?」

 

「どうぞ」

 

 そちらを向かなくてもわかる。イナバちゃんだ。

 

「それでは」

 

 しかし隣に"置かれた"のは眠ったままのユウくん……と思っていれば、反対側にイナバちゃんが座ってくれた。

 

「食事はどうでしたか?」

 

「とっても美味しかったよ」

 

 今までで一番、美味しかったかもしれない。これを超える状況は中々ないだろうから、今後も合わせて最高だった可能性すらある。

 

「どれが誰の料理かわかりましたか?」

 

「まあ、だいたい。イナバちゃんの料理も食べたかったな」

 

 食いしん坊だから、皆の料理の味は覚えている。楓ちゃんの料理が最初より美味しくなっていたことも、イナバちゃんの料理がなかったこともわかった。

 

「目を離せなかったこともありますが、あなたを祝うのに遠隔魔法で作った料理ではと思いまして」

 

 そう言ったイナバちゃんは何もない場所に手を突き入れて……取り出したそれを私の前に持ってくる。

 

「え……」

 

 それは少し肌寒い世界で湯気を立てる、カップ。中は透明で何も見えないが、何も入っていないようにすら見えてしまうが、暖かな湯気が存在を知らせてくれる。

 そっと手にとってみれば、それはとても暖かった。口につけてみれば少しだけ甘かった。

 

「ちょっと皆の前では言えませんでしたが、完治はしていません。無茶をすればあなたがあなたではなくなるでしょう」

 

 これが薬、ということだろうか。

 

「なので、あなたを私の故郷へ招待しようと思います。しかし来てしまえば、帰っては来れないでしょう」

 

「それって……アルファ?」

 

「ええ」

 

 隠すことなく教えてくれた。

 無茶をする必要がない場所、それは魔物のいないアルファ以外には存在しない。

 

「ですが、こちらで生きるのも悪くはないでしょう。無茶さえしなければ戦っても問題ありませんし、なにより親しい相手と離れるのは辛いですから」

 

 つまり、選べということだろう。

 両親と王とあの子がいる"こちら"か、楓ちゃん達やユウくんとイナバちゃんがいる"こちら"か。

 

「……イナバちゃん。私は、サリアの物語は完結したんだ。サリアという存在は死んでしまったの。だから、名もなき私は旅をして、その先に居場所を作ろうと思うの」

 

 私の症状は王が知っている。知ってしまっている。だから、生き残っている姿を見せてしまえば……蘇生の魔法があると証明してしまうことになる。

 でも、そんなものは存在しない。してはいけない。ローズさんと約束したから。

 

「……そうですか。言っておきますが、私のことなら気にしなくてもいいですよ?」

 

「アルファに行きたい行きたいって言ってたのは私だよ? ただ夢がかなっただけ」

 

 何も恩を返せていないけど、天秤が傾いているのはこちら。だからごめんなさい。

 

「……わかりました。受け入れに関してはすべて任せてください。世界があなたを排するようなら、世界を整えてでも迎え入れますから」

 

 他の誰かが言えば冗談にも聞こえるそれですら、イナバちゃんの真剣な声で語られれば信じてしまう。というか、彼女なら実際にできてしまうのではないだろうか。

 

「まあ、どちらにしても次のログインのあとになります。それまではご両親とゆっくり過ごしてください」

 

「ううん、明日にはここを出ようと思うの」

 

 あの子が来てしまう。王が来てしまう。でも死んだ私は存在してはいけないから。

 

「他の誰かがそれを言えば止めるでしょうに、自分のそれは躊躇なく言うのですね」

 

「あはは。でも約束だから。サリアという存在が最後にした約束だから、守らせて」

 

 イナバちゃんはそれに何も返してくれない。風が身体を撫でるだけの静かな時間が過ぎていく。

 静かな時間というのはちょっと怖かった時もあったが、今は心地良い。この2人が隣りにいるのなら心地良い気がする。

 

「そういえばさ。楓ちゃんと時雨ちゃん、キスしてたよね?」

 

 静かな時間というものは、つい考え事をしてしまう。いろいろと思い返していれば、ちょうどそこが気になって呟いてしまった。

 

「時雨なりの抵抗なのでしょうか。私も詳細は知りません」

 

「抵抗?」

 

 あの状況でキスをして、何に抵抗したというのだろうか。やっぱり時雨ちゃんも何かを抱えているのだろう。

 というか、皆がみんな何かを抱えているようにしか見えなかった。ユウくんにしてもそうだが、アルファという世界は不思議に溢れている気がする。

 

「時雨はお嫁さんにでもなって、幸せにしていればいいと思うんですけどね」

 

「相手は?」

 

「さあ」

 

 まあ時雨ちゃんにお嫁さんはよく似合うと思う。捨てられたらちょっとじゃなく危なそうだけど、かなり一途に想ってくれるはずだ。

 

「……時雨ちゃんさ、アルファに生まれて良かったと思うよ」

 

「英雄か、ただの少女か。あの娘には少女のほうが似合っていますね」

 

 そう言ったイナバちゃんの声が嬉しそうで、ついそちらを向いてみれば……まあ月の明かりに照らされたイナバちゃんが微笑んでいた。その姿があまりに"綺麗"で、つい見惚れてしまう。

 まあ、あれだけ一緒にいれば気づいてしまう。時雨ちゃんのあれは情報体を"超えている"。あんなものを最初に配るようなことはしないだろう。

 

「そういえばさ……なんでか私が死んだことになってたんだけど?」

 

 いや、まあ死んでしまったのだろうが……生きている私を見た両親が、知らない存在のように扱ってきたのだ。表面上だけ。

 

「……もし、起きたあなたがこちらを選べば訂正しにいくつもりでした」

 

「あれ、ユウくんが?」

 

「ええ。慣れない情報アクセサリーのメール機能を使って、わざわざ遅れて届くように」

 

 そう言ったイナバちゃんは複雑そうな表情を浮かべている。

 まあ、そうだろうとは思っていた。イナバちゃんは相手が選ぶまで待ってくれる気がするから。

 

「ところでイナバちゃん」

 

 さて、ここからが本題。外に出てきたのはイナバちゃんとユウくんを探すため。たぶん、このタイミングで聞いておかなければいけないと思ったのだ。

 

「私は大好きなあの子を捨てるんだ。生きていると伝えずに、そのまま投げ捨てるように」

 

「竜人族の彼女ですか」

 

 その返答には、さすがに頭を抱えたくなった。いや、実際に両手で頭を抱えている。

 あの子はゲームに参加していないし、この近くにもいないのだ。そして両親が話しているとは思えなかったので、知らないはずなのだ。

 

「その胸の破魔色を置いていけばいいよ。それできっとうまくいくから」

 

 頭を抱えて次の言葉を考えていれば、逆側からそんな言葉が聞こえた。そちらを振り向けば、ユウくんが起きていて目を擦っている。

 ……これに関しては置いていくかどうか、迷っていたのだ。あの子が私にくれた時間を示す宝物で、返すと決めていたもの。しかし、これを残していけば……楓ちゃん達と一緒にゲームの世界に行くことはできない。

 そう、我が儘である。生きている私は、先が見えた私は、我が儘が多くなってしまった。

 

「ダメだよ、それは彼女のもの。彼女という器であなたを活かしただけで、彼女のもの」

 

 その言葉を止めたくて、ユウくんを抱きしめる。胸に埋めて、口を塞ぐ。

 

「だから、あなたはあなたのものを」

 

 それでも埋まっている口から言葉は聞こえてきて、言葉の終わりに後ろから音が聞こえてきて。

 

「サリア。私とユウから、あなたへの"お礼"です。これを作りながら一歩を踏み出せなかった私は……成長できたといえるでしょう」

 

 ユウくんを解放して後ろを向いてみれば、イナバちゃんの手には1つの銀色が乗せられていた。

 それは楕円形のペンダントにチェーンが通してあるだけの簡素なもの。私が手放したくない世界への切符が詰まったもの。

 

「え……どう、して?」

 

 どうやって、とは聞けなかった。

 

「実は簡単に作れます。ただ、その機能が外されていたので作り方を知っていれば、となりますが」

 

「……ごめんなさ……ありが……とう」

 

 溢れるそれが言葉をうまく紡がせてくれない。地面にポタポタと落ちるほど溢れているが、拭いたくはない。

 

「どういたしまして、と言いたいところですが、こちらはお礼です。こちらこそありがとうございました」

 

 その言葉とともに、私の手が重ねられ、そこに何かを握らされた。ちょっと涙で見えないや。


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