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"最初の"我が儘 1/1

********************

 

 

 

 抱きしめてくれていた暖かさが消えて、動かない身体の感覚が戻ってきた。開けたくもない瞼を開ければ2人の大人が、私の両親がこちらを見守ってくれているのが見える。

 

 腰を撫でる焦げ茶の髪と翠色の瞳。なかなかのスタイルをしていて、背に緑色をした蝶のよう羽を浮かべる女性が私の母親。私が育ったらこうなるのだろうなというほど似ている……らしい。

 この世界には珍しい黒色の髪と黒色の瞳を持つ、いってしまえば平均的な人族の容姿をしながらも背には橙色の羽を浮かべるのが私の父親。ゲームを終えてから見てみれば、アルファ世界から参加していたプレイヤーに似ている気がする。

 

 そんな2人が私の顔を見て、少しだけ緊張を和らげたのがわかった。

 

「サリア、ゲームは楽しかったかい?」

 

 父親が優しげな声で問いかけてくるので頷こうとして……頷けなかった。ゲームの中に慣れすぎたのかもしれない、現実の私はまったく動けないというのに。

 

「あの子はちょっと遅れるって言ってたけど、必ず来るからって言ってたわ」

 

 僅かに迷った様子を見せた母親は、柔らかな声でそう言った。

 あの子とは私が最期を伝える相手。私に生きる気力を持たせるために言ったのだろうが、間に合わないのは理解している。私にはそんな連絡は来ていないので、きっと母親だけに伝えていたのだろう。

 ……結局、最期の言葉すら伝えられなかったのだ。そもそも間に合っていたとして、こんな声が出ず動きすらしない身体で何を伝えようとしていたのか。

 

 だんだんと意識が朦朧としてくるのがわかる。そろそろ最期の時だということだろう。

 ……やっぱり温泉を出て、楓ちゃん達を追いかければよかったかもしれない。ローズさんの胸で泣くのも悪くはなかったのだけど、やっぱり友達に見送られたかった。たとえ、それがあの子達を泣かせてしまっても。

 

 そんなことを考えていたからか、唯一のドアが開いて楓ちゃんが入ってくるなんていう幻覚まで見えてきた。

 ……え。違う、違う。あれは幻覚じゃなくて、あの悲しそうで悔しそうな表情は見たことがない。

 

「っ!? 誰だ!」

 

 父親の声が聞こえたが、楓ちゃんだ。その後ろには凛ちゃんに、翠ちゃん、葵ちゃん、時雨ちゃんの姿も見える。

 まったく怪しくない、私の友達たちだ。たかだかゲームで知り合ったというのに、痛みを超えて、ランク8の要塞海月すら倒してまで会いに来てくれた……自慢の友達たちだ。

 そう思えば、頬を伝う暖かさを感じる。動いてくれない身体も、泣く程度は叶えてくれるらしい。

 

「約束だから」

 

 よけいに泣かせるようなことはやめてほし……くない。もう、どんどん泣かせてほしい。

 悔しそうに俯く凛ちゃんも。泣きながら崩れ落ちた翠ちゃんと葵ちゃんも。涙いっぱいの時雨ちゃんも。手を伸ばそうとして拳を握りしめる楓ちゃんも、皆みんな私の宝物だ。

 なんだ、最期を3ヶ月伸ばしてくれただけではなく、こんな奇跡まで用意してくれるなんて……世界は私のことが大好きなのかもしれない。ここまでしてくれたのだ、呪いのことは水に流してもいいと思えてきた。

 

「そう、サリアという少女の物語は完結したんだ」

 

 突然、現れた1人。真っ白な髪と赤い瞳を持つ、最も早く私を知ってくれた相手が最期を告げるようにそう言った。

 

「最期に歌うことを許してはもらえないだろうか?」

 

 やっぱり、この子の行動はわからない。青白い顔をして、今にも倒れそうな様子で、それでいて必死に言葉を紡いでいる。それが誰のための言葉か、わからないけど……最後の力を振り絞って頷いてみた。

 私の目の前で約束を叶えてくれるなど、嬉しいではないか。何1つ返せないというのに、あんな危険な場所を通ってまで私に会いに……約束を叶えようとしてくれ、叶えてくれたのだ。

 

「~~~♪」

 

 ……違う。あの言葉は私に向けられたものではなかったと理解できている。それでも、最期に送る歌を私のものにしたかった。

 この子の歌の凄さを、楓ちゃん以外の皆は知らないだろう。イナバちゃんが1回だけお昼寝を譲ってくれて、そこで膝枕とともに奏でられたあの歌の心地良さ。その時だけは恐怖を失い、夢を見られた。悪夢じゃない、夢のような夢を見られたのだ。

 魔物のいないアルファ世界の学校で、皆と同じ教室で。学びながら1日を過ごし、帰りがけに遊んで。休みには誰かの家に集まって、ちょっと馬鹿をしたりして。

 魔法しか取り柄がない私でも、そこでは楽しそうに過ごしていた。

 

「~~~♪」

 

 だから、そんな夢を見させてくれたあの子の歌を聞きながら眠るのだ。永久に。そうすればもしかしたら……永久の夢の中で、皆と一緒に過ごせるかもしれない。

 そんな夢くらいは望ませてほしい。

 

「~~~♪」

 

 だんだんと意識が遠のいていく。瞼もだんだんと閉じていき、世界が闇に包まれて――

 

 

 

「~~~♪~~♪」

 

 心地良い歌に瞼を開いてみれば、見慣れた天井が、最近は見慣れていない天井が迎えてくれた。どうせなら夢に見た自宅の天井でも見えてくれればと思いながらも、もしかしたら幽霊になってしまったのかと身体を起こしてみる。

 少し期待してしまった、実はとっても怖い話。しかし死んでしまった後を少しだけ見るだけならば……問題はないと思いたい。宙を浮いたり壁を通り抜けられると聞いていたが、どう足掻いても浮けそうにはなかったので普段と変わらず手と足を使って起き上がった。

 見渡すほども広くない部屋の中にはたった3人。ベットに横たわったままの私と、純雪のように真っ白な髪と泣き腫らしたような赤色をした瞳を持つユウくんと、うさみみを垂れさせたイナバちゃんと。

 

「……っ!?」

 

 いつの間にかイナバちゃんまで来てくれていたらしい。どうせなら最期にひと目見たかったけど、他の皆を見られただけでも奇跡だったのだ。

 

「サリア。あなたはとても良い子ですよ」

 

 ベットの傍で椅子に座るイナバちゃんが、私の頭を優しく撫でる。

 

「寝言で世界を呪っているように言ってたけど、実はそんなことないのだろうね。死期が近かったっていうのに、皆の心配ばかりして……最後の方はぼくの心配までして」

 

 ユウくんは横たわっている私の顔を見て、そう言い儚げに微笑んだ。本当はあれがお返しに繋がればと思っていたけど、結局は無駄なことだったのだろう。

 

「そういえば見られたのですか?」

 

「どうかな」

 

 ……そういえば私は一方的に、この子の裸を覗いたのだった。実はあのあと見返して、ちょっとお姉さん羨ましいなって思いました。まる。

 しかし、このまま何も返せないのも心残りな気がして……そうだ、今はちょうど幽霊になれている。あちらからは見えていないようだけど、まあ少し程度のお返しをしたい。

 ……違う、私が満足したいのだ。心残りを減らしたいのだ。

 そう思いながら今着ている、死に際に来ていた服のボタンへと手をかける。そして1つ、また1つと繋がりを外していって……ちょっと恥ずかしいので手で胸を隠しながら服を脱いだ。

 横たわっている私には触れられないから今の身体でしかできないけど、せめてこちらの身体で返したい。胸を隠しているが、見えなかったのだから引き分けだろう。

 脱いだ服をベットに置いて、スカートに手をかけて

 

「イナバ!?」

 

 真っ赤な顔をしたユウくんがイナバちゃんの肩に手を置いて、おそらく強く揺らしていた。それを不思議に思いながらもスカートをおろしていって……足を抜こうとしたところで動きを止める。

 

「おはようございます、サリア」

 

 揺れる身体をものともせず、イナバちゃんは普段どおりの無表情に近い表情でおはようの言葉を告げてくれた。

 まあ、そんなことだと思ったのだ。イナバちゃんならば幽霊くらい見えると思っていた。そう結論を出し、スカートから足を片方抜いて……再び動きを止めて首を傾げる。

 ユウくんの赤面と行動、イナバちゃんの『おはようございます』。なんのことはない、2人ともに見えているのではないだろうか。そう結論を出せば迷いが消える。

 しっかりとお返しできるのだから、戸惑う必要はない。

 

「さ、サリアさん。ぼくも恥ずかしいことはあるからね?」

 

 こちらを向かないままのユウくんから、そんな言葉が聞こえる。

 もしかして私があそこを見られたと勘違いしているのだろうか。それならば、いくらユウくんであっても恥ずかしいのかもしれない。しかし幽霊である私に伝えるすべはないのだから……やはりこちらも返すべきだろう。たとえこちらが見えていなかったとしても、あの子が納得できるお返しを。

 ちょっと戸惑いながらも、恐る恐る胸を隠している手をはず……そうとして、こちらを向いたユウくんに手を掴まれた。

 

「ごめん、サリアさん。あの時、ぼくのが見えてなかったのは知っているから。そうじゃなくて、ぼくも年頃の男の子だから、そこを考えてもらえると嬉しいかなって……」

 

 ユウくんにしては珍しく声が揺れているように思えた。顔も真っ赤で……そうか、いくら幽霊とはいえ女の子の身体を見るのは恥ずかしい……はずがないだろう。私のユウくんはイナバちゃんの身体くらいでしか真っ赤にならない、ずっとずっと大人らしい子供なのだ。

 そう思い非力な腕に掴まれたまま、強引に腕を動かそうとして――

 

「ここまでにしておきますか」

 

 そう言ったイナバちゃんがぱちんと指を鳴らした。しかし特に変わったことはない。

 

「う、後ろを見て?」

 

 ユウくんの言葉に振り向いてみれば……私の身体が無かった。今世紀1番の驚きかもしれない。

 そう、私の身体が無くなって、幽霊であるはずの私がのこ……と、そこまで考えて違和感を覚える。そして、それは徐々に思考に浸透していき……身体が震えていくのを感じて……

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 叫び声をあげながらユウくんを抱きしめ、その視界を隠す。

 ちょっと状況は掴めないが、幽霊はあちらだったということだろうか。あるいはドッペルゲンガーだったか。

 それを示すように、抱きしめているユウくんからはたしかな暖かさを感じる。

 

「どうした……の?」

 

 ドアを開けて入ってきた母親の動きが、鋭かったそれがだんだんと鈍くなっていく。そして口元に手を当て「うぷぷっ」と笑いながら、ドアの向こうに姿を隠していった。

 

「私に相談もなく、あんなことをしでかしたお返しです。十分堪能しましたか?」

 

 イナバちゃんが少し怒ったように、それでいて楽しそうにそう言った。

 ……というか、今私喋って……それを母親が聞けて駆けつけてきて……あれ。そこまで考えて、ようやく現実に追いつけた気がする。そうすれば顔だけでなく、身体も熱くなってきて……そうか、私は生き残れていたのか。そうか。

 それで今、似た年頃の少年に胸を押し付けている。生の。そうか、そうか。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 さすがの私も、生きているとなったら恥ずかしさが溢れてきた。しかも先程と同様に叫んだというのに、誰も来ない。

 お願いドア開いて。そしてこの状況を打破して。

 そんな願いも叶わず、耳を澄ませば楽しそうな笑い声が壁の向こうから聞こえてきた。

 

「い、イナバちゃん……どうすればいいかな?」

 

 唯一、この状況に対応してくれそうな1人に問いかけるが

 

「下は履いててよかったですね」

 

 にっこりとそう言われれば、自分でどうにかするしかないと悟る。不幸中の幸いか、下は履いていたのだ。くまさんじゃない。

 ……ではなくて、本当にどうすればいいのだろうか。耳を澄ましたことで感覚が研ぎ澄まされ、胸に抱いたままのこの子の心音が聞こえてきている。

 それが高鳴っていて……ちょっと嬉しい。私にも多少の魅力はあったのか。

 

「……まあ流石に限界ですか」

 

 そう言ったイナバちゃんは立ち上がり、こちらに手を伸ばしてきて

 

「ひゃん!?」

 

 あろうことかユウくんと私の合間に手を差し込んできた。

 

「ほら、服を着てください」

 

 気づけばユウくんの目はイナバちゃんの手で塞がれていた。そして身体は離れている。さすがイナバちゃん、最後には助けてくれたのだ。

 真横で浮いている服を急いで着ていき、すべて着終わって自分の身体を見渡して「よし」と呟き。

 

「もういいよ」

 

 そう伝えれば目隠しが外された。ユウくんはまだ真っ赤っ赤で、ちょっと嬉しい。

 

「どうでした?」

 

 イナバちゃんがそう問いかけてくるが、なにが『どうでしたか』なのだろうか。おねえちゃん、ちょっと意味がわからない。

 

「……まあそんな冗談は置いておいて、問題なさそうですね。楓達が料理を作ってくれています」

 

 少しの間がとても気になるが、それよりも後半だ。楓ちゃん達が料理を作ってくれているのなら待たせるわけにはいかない。鼻をひくひくさせてみれば、たしかに良い匂いがする。お腹も「ぐっ~」と鳴って絶好調だ。

 

「さあ、行きましょう」

 

 そう言って差し出された手を、強く握る。握れる。ここまで来て、ようやく実感が湧いてくれた。

 私は健康な身体で、続きを歩けるのだ。

 せっかく立ち上がったというのに、足から力が抜けて腰が抜けたようにぺたんと座ってしまった。視界が滲んで、拭いても拭いても滲んだままだ。

 

「おかえりなさい」

 

 視界が夜で埋まって、輝く月ような声が耳を打つ。料理を食べに行こうにも身体に力が入らないから……もう少し……このままでいさせてほしい。

 "最初の"我が儘だ。


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