ぷりんを用意し、名前をなぞって 1/1
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門を超えた先は森の中だった。
そう、まったく別の木々が広がる別世界の森の中。時計の針が進んでしまう、サリアを最期へと進める世界の一部。
「それで、場所はわかるのか?」
隣から大天狗の声が聞こえてきた。声に焦りが感じられるところは、やはり大天狗なのだなと納得してしまう。
「さすがにそこまで考え無しじゃないわよ」
胸の前で輝く銀色のアクセサリー。手で握りその存在を確かなものと確認し、情報アクセサリーへ意識を集中する。
「……いた」
自分でもその声が喜びに弾んでいたのがわかった。
まずは1つ目と接続している領土メンバーの場所を探知してみれば反応が帰ってきたのだ。しかしそれは一瞬だけ。きっと門の通過とログアウトの差による奇跡。
しかし方角だけは知ることができた。今はそれで十分だった。
「大天狗、あっち」
そう言って木々に隠された方角を指差す。
「……ただ飛べばいいのだな?」
「うん、それでいいよ」
こちらを振り向いて問いかけてきた大天狗に、頷いて答える。
「では楓を抱えて、ということですか?」
「私達はゆっくり、歩いて」
翠ちゃんと葵ちゃんの2人がそう言って納得しようとしたところで、その身体が持ち上がる。それはその2人に留まらず、この場にいる全員の身体を浮かせた。
「よもや大天狗が1人しか運べんとは思っておらぬよな?」
さすが風の長、大天狗。ただ羽扇を1振りしたようにしか見えなかったが、風は皆を浮かばせている。
「それではゆくぞ」
「ええ、お願い」
勝負はここから。
大天狗の速度から漏らすことなく、存在を探し続けなければならない。そのためにサリア専用の感知魔法も、感知する情報体も用意した。未熟ながら千里眼もある。
静かに拳を握って気合を入れた次の瞬間には、景色が一変していた。雲を裂き、海を下に見て、砂が広がり……次々と景色が変わっていく。音速程度はとうに超えているだろうが、息苦しさもなく身体を押し戻す風すら感じない。
「……いた!」
そう叫んだ瞬間、景色が固定される。そしてゆっくりと木々が、地面が近づいてくる。
情報体のほうだけが感知してくれた。やはり私の未熟な魔法や千里眼では見逃していたのだ。
「あの家ですね。街から遠いようですが……まあ気にする必要はありませんか」
そう言ったのはユウバリさん。私の情報体で感知できたのだから、ユウバリさんが感知できないはずはない。それだけの差があると知っている。
そして大天狗もまた、見えているのだろう。私もユウバリさんも詳細な位置を伝えていないが、たしかにその家へと一直線に向かっていた。
「私はここまでだ。あとはぬしらで済ませてこい」
大天狗の声が苦い。それが示す意味がわからないほど鈍感でいるつもりはないし、覚悟はしていた。
地上が優しく足を迎えてくれた。木々の先に日本の一般家庭と比較すれば大きい木造の家が見える。そこへと足を進めれば皆が後をついてきてくれて……当然のように顔色は良くない。悩むような、それでいて今にも泣いてしまいそうな。
日本と変わらぬサイズのドアを前にして、近くにあった鈴のような魔法道具へ視線を向けて、ドアの中央に目を向けて……首を振ってドアノブを掴む。
サリアの状況を考えれば呼び鈴を鳴らすなど無粋だし、ドアをノックした程度で聞こえるはずがない。そもそもサリアの友達ですと説明したところで素直に入れてくれるとは思えない。
私達は、生きているサリアに会いたいのだ。会いに行くと、安心してと言ったのだ。
開いたドアの先には当然誰もいない。大きめの部屋にテーブルや家具が並んでいるがそれらを無視して、奥のドアへと目を向ける。進み、開き、廊下を歩いていき……閉じられているドアの1つを開け放つ。
「っ!? 誰だ!」
困惑と敵意が籠もった視線がこちらを向くが放置する。そんなものにかまっている時間はない。
皆が入れるように足を進め……とはいかなかった。広くない部屋に大きめのベット、そして既に大人が2人。そこに私が1人。私が止まっているからこそ魔法を放たれていないが、さすがサリアの両親ともいうべきか。既に魔法の展開は終えられている。
「約束だから」
ベットのうえで横になっているサリアはとても弱々しくて、それでもあちらのサリアと同じ姿で。こちらを向いて、私を視界に収め、驚いたような表情を浮かべて……涙を流してくれる。
千里眼も肉眼も感覚も、そのすべてを向けるがサリアを救う手立ては思い浮かばない。この程度で思いつくなら、既に金孤あたりが何かを提案してくれただろうが、それでも諦めたくなかった。
私の後ろで顔を覗かせた凛ちゃんが悔しそうに俯いた。翠ちゃんと葵ちゃんが泣きながら崩れ落ちた。時雨ちゃんが目に涙をいっぱい溜めて、それでもしっかりとサリアちゃんを見ている。四葉は少し離れた位置にいるが、きっとより親しい私達の邪魔をしないように千里眼で見ているのだろう。その表情は曇っている。
彼女はきっと、声も出せず手すら動かせないのだろうか。最期に何か、奇跡をあげられないだろうか。
「そう、ここでサリアという少女の物語は完結したんだ」
隣から声が聞こえた。
それが次を求められないと言われているようで、実際に納得してしまい……悔しくてそちらを向いてしまう。
「そして呪いの連鎖も終わる。最初は勘違いから始まってしまったそれは勘違いしたままに想いを重ね、主の手から離れて肥大化してしまった。それも今日、今、ここで終わる」
真っ青な顔を見て、左手の薬指を見て、よく見て、よく見て、後悔した。思わず唇を強く噛んでしまい血の味がする。
「最期に歌うことを許してはもらえないだろうか?」
1歩、踏み込んだユウがそう問いかければベットの上の、動けないはずのサリアが微笑み小さいながらも頷いた。
「~~~♪」
奏でられ始めたそれは、まるで鎮魂歌。今のサリアには相応しくない、死者の霊を鎮めるような音。思わず聞き入ってしまうような綺麗な音。
そんな音を聞いて、展開されていた魔法が崩壊した。使用者達が聞き入り泣いてしまって維持できなくなったというのもあるのだろうが……違うのだろう。
この子の歌は魔力を魅了する。
「~~~♪」
周囲すべての魔力がこの子の願いを、想いを叶えるように動き始める。
本来、魔法に名前なんて必要なかったのだろうと思う。叶えたい目的のための手段で、その方法は毎回違っていて。人の一生程度では同じ魔法を見ることはなかったはずだから。
「~~~♪」
本当は今すぐにでも止めたい。
この子は一瞬を惜しんで自らの精神を、存在を揺らがしてまでこの"詠唱"を行っている。それでも私が望んでしまったことだから、止めてはいけない気がして。
それに多分、これは……
「私の友を刈る死の鎌よ」
きっと兎を呼ぶための歌でもあると思ってしまったから。
その答えは思考よりも先に声を届かせてくれた。ユウの隣にはうさみみを生やした少女、イナバが立っている。
「幾多もの絡みを解き、今その答えを求めたい」
あの子は音で詠唱する。イナバは想いをのせた言葉で詠唱する。
「……世界よ、小さき勇者に小さき奇跡を与えられたい」
まるで問いの答えを待つような間を置いて、言葉は続いた。
「私は友に代わり、英雄譚をなぞり、道を示す」
これを向けられているサリアはとても幸せ者。そう思わせる詠唱だ。
「呪われた勇者は死に、そこにはただの少女しかいない」
そこで音と声が止まった。倒れそうになったユウをイナバが支え、その左手に指輪をはめる。
そしてゆっくりと座らせた後、イナバは1人でサリアの傍へと近づいた。そして額に手を当て……優しく微笑む。
「子亡き家主様、どうか名もなき少女に安らかな睡眠を与えてはくれませんか?」
大人2人に振り向いたイナバはそう言った。
2人の内、男性らしき大人は困惑を浮かべイナバに手を伸ばしたが……もう1人の女性がその手を掴む。そして小さく首を振り、男性の手を掴んだままこちらへ、その後ろにあるドアへと足を進める。
そんな様子を見送った……というか、起こった出来事に頭が追いついていないような皆は私に視線を向けてきた。きっと結果はわかっていても、飲み込めないのだろう。
「私達のサリアは少し眠ってるだけよ。だから……寝起きに豪華な食事を用意して驚かせよっか?」
つまり部屋から出ようと。そしてサリアが目覚めるのを待っていようと。
いまだ困惑を続ける皆の視界を遮るために部屋から出てドアを閉める。本当は今すぐにでも近寄って皆で抱きしめたいところだが、今のサリアの状態がわからない。解決と健康は別なのだ。
それに……部屋の魔力が興奮しているように感じられて、正直なところ危ない。
崩れたままの翠ちゃんと葵ちゃんの手をとって立ち上がらせて、時雨ちゃんと四葉の手をとって移動を始める。その手に、今の気持ち乗せるように少し力を込めれば、2人の表情が和らいだのがわかる。
今は冷静そうに振る舞えている私だって実感は湧いていない。きっと目を覚ましたサリアちゃんを見て、その表情の変化を眺めて、そこでようやく泣き崩れるのだろう。
今はただ……私は正解を歩めたと噛みしめればいい。それだけは間違いないのだから。