終わりの象徴 1/1
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隣りにいる彼女は映像を消したにも関わらず興味深げな視線を虚空に向けている。絶対に自分だけ、あの後の状況を見ているのだ。
「ねえねえ、イナバちゃんってどこまで強いのかな?」
楓ちゃん達は先程、見た通りの実力。皆で力を合わせて国すら食らう魔物を倒せるだけの実力があると知れた。あそこに私も加わりたかったとは思うが、それは望まれなかったのだからしかたがない。
しかしイナバちゃんはどうなのだろう、と思ってしまったのだ。実際に強い魔物と戦っている姿を見たことがなくとも私では想像もつかない領域なのは理解しているが、こう……なんとなく掴みたい。
「……何を勘違いしておるか知らぬが、私が友は弱いぞ?」
「……え?」
聞き違いかと思ったが、あのあとの状況に夢中になって適当に言ったのかとも思ったが、こちらを向いている目が呆れを宿していたので事実だと悟った。
「スペックの話になるが、私を100とすればあやつは0。つまり100分の1すら満たせていないことになる」
「……それはあなたが強いだけじゃあ?」
「否定はせぬが、やはり汝と比べてもあやつは弱いよ。しかし汝があやつに勝てる姿は想像できぬ」
私も納得できるし共感できるので頷いておく。まあ私がイナバちゃんに勝てる姿が思い浮かばない、という部分に関してだが。
「あやつは私や汝のように生まれながらに強いわけではない。強くあろうとしたから、結果として強かったのだ。まあ天才と呼ばれる存在であることに違いはないが、それは誰でも辿り着ける……覆してしまえる差にすぎない」
「……どういう意味?」
「固有能力や種族特有の能力を使用していない、誰でも辿り着ける能力しか使っていないということになる。実際に私が適正を持ってすれば、あやつが行えるすべての魔法を行使できるが……なあ?」
まるで理解せよと言われているようなそれだが、理解できてしまった。彼女はイナバちゃんに負けたのだろう。
「しかしな、その先を見てみればあやつは外だ。汝もこちら側にこれそうではあるが……踏み越えぬほうがいいぞ?」
言っている意味がさっぱりわからないが、イナバちゃんが本当の力を隠している……というか、見せていないことは理解できた。
「大丈夫、私も本当の力は見せていないから。今日は引き分けにしておく」
「くっくっくっ、面白いことを言うな~汝は」
まずは見てから判断する。無理そうなら諦めるけど、まだ勝負すら始めてない。外だか中だか知らないけど、私の傍で笑っていてくれるかが大切なのだ。
「これでも高等魔法"教育"学校に特待生として招待されたこともあるんだから」
「そうかそうか。しかし学ぶ側だろう?」
彼女はそう言って、再び楽しげに笑う。
「まあ汝に才能があるのは間違いない。誇っていいぞ」
「え、ありがとう」
そう言って頬が緩むのを感じていれば、微笑ましそうな視線が撫でてきた気がした。
「それにしても要塞海月の素材が必要じゃないのか……なにをするんだろう?」
「くっくっくっ。まあ汝が、私が世界でもアルファでもアルファ2でもなく、ガンマに生まれたことを祝おうか」
意味ありげに笑った女性は黙ることなく、言葉を続ける。
「しかし私が世界であっても、アルファの日本であっても死ぬことはなかったと考えれば……どうなのであろうな」
なぜ、なぜそんな後悔を生むような言葉ばかり言うのか、この女性は。そう思い女性の顔を見てみれば、なんとも憂いを感じさせるものであった。
「そうなれば魔法がない世界の精霊族……悪くないか?」
「アルファに生まれた……私?」
どうせ今も魔法は使えないのだから、魔物という驚異が存在しない世界で暮らせるだけの私である。
……その先を考えそうになって首を横に振り、妄想を弾き飛ばした。どの世界に行こうがベットの上から動けなくては、意味はないのではないか、と。
「汝はアルファを良い世界だと思うか?」
「……思ったけど、きっと違うんだよね」
理想は雲というフィルターの下から覗いているから輝いて見えるのだ。
「そうか。あそこは魔物がおらぬはずなのに、死亡者が最も多い不思議な場所だ。その頂点たるイザナミに話を聞けば、私が世界こそが理想だと語りおった」
私が世界……。
「デルタ世界のこと?」
「違うな。エプシロンと呼ばれる世界だ。魔物という驚異がいてすら、こちらを理想と語りおったのだ。とても不満そうに、つまらなそうに」
なぜ死亡者が多いか。死亡率ではなく数で示したのだから、数こそ多くても死亡率は高くない。
貧富の差……はいずれ埋まるはずだ。ただ1人、天才が生まれ育つだけでひっくり返りもするし、溝が消えたりもする。
ではなぜ……
「わからぬだろう?」
「……共通の脅威がいなければ、人は手を取り合えないと証明してしまったから?」
そう答えれば女性は驚いた表情を浮かべて、続いて笑った。それは楽しそうに、嬉しそうに。
「ベットの上で夢ばかり見ておる少女すらわかる問題が、なぜわからぬのか」
悲しそうに語る女性へ告げるために口を開く。
「ベットの上にしかいられないから、わかるんだよ」
情報の世界を歩けるという前提があってのことだが、世界を呪ったからこそわかるのだ。
不満なく過ごせている者達になにがわかるのか。良い子になにがわかるのか。
悪い子で、世界を呪って、それでも良い子の仮面も欲しかったからこそ繋げられたのだ。隣で健康な女の子が、どうして外に出て遊ばないのと"無邪気に"言ってくれば殴ると思う。
私はそれほど達観していないし、善人になりきれない。
「では、なぜ世界を呪わなんだ。汝の力であれば叶ったはずだぞ?」
「……そんな無駄なことに力を使うくらいなら、好きな子の笑顔1つ見たほうが幸せじゃない。好きな子がいないなら、その力で探しに行けばいい。憎む以外の感情を知っている私は、そちらを選ぶんだよ」
私は名もなき王の夢物語から、それを学んだ。
「では好きな子を目の前で殺されれば?」
「泣く。そのあと感情に任せて暴れる。絶対に」
どうすれば正しいかではなく、自分なら絶対にこうするだろうなと。
「では、自分のせいで好きな子が死んでしまう状況なら?」
「解決する。できなければ、自分という原因を取り除く……かも」
問われている意味はわかっている。自分の命と、好きな子と。どちらを選ぶのかということだ。
「まあ世の中には解決できぬ問題もあるよなぁ~。意地悪な質問をしてすまなかった」
空を見上げた女性の表情は見えない。私程度の千里眼など既に妨害されている。
「ということで汝が生き残らねば、汝を思う好きな子が自殺するかもしれんぞ? 頑張れよ」
「……それは、さすがに、酷いんじゃないかな~」
声が震えているのがわかる。まさかこの答えに持ってくるために、今までの会話をしていたのだろうかと疑ってしまう。
死ぬしかない状況で、死ねばあの子が後追いをするなどと言わないでほしい。大丈夫、そのために最期の笑顔を用意しているのだから……大丈夫。
「すまぬがこればかりは慰めてやれん。届かなかった者達の後追いなど、よくあることだ。前提として覚悟せよ」
「だ、だいじょ、ぶ……。最期はしっか、りと……笑顔で、おわ、るから……」
途切れ途切れの声が自信のなさを示しているようで、それが余計に心を揺さぶってくる。
視界が点滅するようで、世界が揺れているようで、気持ち悪さが胸を締め付けて……その先で柔らかさに包まれた。
「まあ落ち着けとは言わない。ログアウトまでは傍にいると約束したのだから、そこだけは安心してくれ」
「……ありがとう」
きっと抱きしめてくれているのだろう。よくあるそれだけで、不思議と心は落ち着いてくるものだ。
……はっきり言って危なかったと思う。あのまま、幸せなままログアウトして、こちらを窺うあの子を見てしまえば……泣き出していただろうから。
だってそうだろう。あの子は終わりの象徴なのだ。
"最期に"笑顔を届ける相手だと、私が決めてしまっていたのだ。
やはりログアウト前、最後の場所としてここを選んだ楓ちゃんは見事だと思う。どこまで考えていたかは知らないけど、きっと吐き出すところまでは計算していただろうから。