教えてくれてありがとう 1/1
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「なんでなのよ!」
地面に、石畳のようなその場所へ思い切り手を叩きつける。手に痛みが走るがそちらに気を向けられない。
最初の予定通り、イナバが示唆した通り、門には到着できた。外から見れば普通の森にしか見えなかったそこは、1歩を踏み込めば景色が一変する。森の中には不自然な石畳と、その中央に巨大な門が存在していた。
表から見ても裏から見ても、どこを区切ってもいないそれに心が昂ぶっていた。そのはずだった。
ご丁寧にも門のすぐ隣に置いてあった斜め置きの石版に手を触れるまでは。
『貢献を示してください』
"石版ではなく"情報アクセサリーを通じた拡張視界に表示されたのはその言葉ともう1つ。数えるのも馬鹿馬鹿しい桁数の数字だけ。
貢献が何かは知っている。貢献とは世界への貢献、つまりカロリーである。魔物をより多く倒して世界に貢献したものだけに、世界を渡る権利を与える、と。
「なんで、なんで……!」
予想はできていたから、あの数日でカロリーは集めていた。それで足りないのは予想していたが、今は予想以上に要塞海月を倒してきたのだ。倒して通ってきたのだ。
それなのに、10分の1にすら届かないとはどういうことか。
「もとよりこれは門。通すつもりがないから設置され、閉じられているのだ。ぬしたちの活躍は見事であったが……諦めよ」
大天狗の言葉が耳を通り抜ける。それで諦められるなら、皆に無理をさせてまで、サリアと過ごせる最後の時間を放り投げてまで来ていない。
何か、何か……そう思い周囲を見渡すが、皆にも同様の表示が見えているのか暗い顔しか見えない。時雨ちゃんや葵ちゃんは泣いている。凛ちゃんですら呆然と門を見ている。
これをどうにかできる可能性があるとすれば、第1陣として長い間こちらにログインしている大天狗だろうが……わざわざ動けないと言ってきた以上は期待できない。それどころか、ここで頼めば呆れられ、最後の糸となってくれる極僅かな可能性すら残らないだろう。
少なくとも、この門は自分達の力で突破しなければならなかったのだ。私達は……まけ――
「楓」
その声だけは耳を通り抜けていかない。そんなことはさせない。
「あなたの友は最後の最後で願えたよ。これはぼくとお節介な兎で行った"カケ"の結果。さあ受け取って」
その言葉が終えられるとともに、拡張視界の表示が変化する。
『英雄よ』と。
「……」
また助けられてしまった。また手を借りてしまった。今回は絶対に手を借りないって決めていたのに、絶対に助かると知っていた今回ですら。
重い音が響く中、そんな考えが思考を埋め尽くす。
「勘違いしないで。あなたの功績は要塞海月を倒したことじゃない、友に生きたいと願わせたことだ。だからお礼に添えられた言葉は『教えてくれてありがとう』、と」
もう本人が言っているとしか思えないその言葉が、正解だったと教えてくれた。私の行動は間違っていなかった、と。
おそらくイナバに願わなかったことが正解だったのではない。死を受け入れ待ち焦がれていたサリアを救おうとしたことが、その結果として心の奥底に沈んでいた生を望ませたことが正解だったのだろう。
……世界にとっての正解など知ったことか。私にとっての正解は私が後悔せずに、この子とイナバと……笑顔で褒めてくれることが正解なのだ。
時計を見れば1時間は残っていなかったが、少しの余裕はあった。
「皆、道は開かれたわ! ここをくぐった次の瞬間にはサリアが待ってる世界」
何もできなくてもいい。最後に顔を見せられて、楽しかったよと伝えられれば、それでいい。最低の妥協点はそれでいい。
しかし私は我が儘なのだ。生きて、治って、また一緒に笑顔で遊び回れて。そして……素直な心で接してほしい。最高点を望むのだ。
「皆、笑顔の準備はいいわね。それじゃあ行くわよ!」
振り向かない、見渡さない。皆が私に続いてくれると信じているから。
開かれた門の中、ごちゃまぜな空間へと足を踏み入れる。