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12時の鐘 2/x

 目を隠してくれていた手を、自分の手で抑えて目一杯、泣いた。こんなに泣いたのは……魔法を失った夜以来だろうか。

 

「まずは話して吐き出すといい。気分が落ち着く」

 

「……終わりが0時だと思ってた」

 

「ほぅ? しかし予約は区切りの時間、12時までとなっておる。あの少女が間違えたとも思えないが……なにか思惑があるようだな?」

 

 ほぼ確信めいた声がそう告げてきた。

 

「願っていた、この世界での最後の予定を聞いてもよいか?」

 

「楓ちゃんや凛ちゃん、翠ちゃんにユウバリさんに葵ちゃん。時雨ちゃんに四葉くんにイロハさんと遊ぶはずだったの。目一杯」

 

「そうか」

 

 ただそれしか返してくれなかったが、たしかに気持ちは落ち着いた。もし彼女がいない場所で気づいていたら……恨んでしまっていたかもしれない。

 最後の最後にこの仕打ちは、たとえ悪気がなかったとしても、あれだけ仲良くなれたとしても……悲しいものだから。

 

「では夢を聞こうか」

 

 まさかこの状況でも聞いてくるとは、そう思いながらも先程の言葉を思い出して提案してみる。

 

「じゃあ、今の楓ちゃん達が何をしているか見てみたい……なん、て……」

 

 ふざけて誤魔化そうと思ったが、まず自分の心を騙しきれてない。はっきりと疑っているのだ、彼女達を。あれだけ悔い悩んでくれていた彼女達を。

 

「ごめんなさい。今、楓ちゃん達が何をしているか見たいです」

 

「叶えよう」

 

 そう言った彼女は私の視界を塞いでいた手を退けて、もう片方の手を軽く振った。そうすれば湯気で向こう側が見通せなくなって……そこにはある場所の映像が映し出される。

 

「なんで!」

 

 楓ちゃん達は皆ボロボロで、なぜか無傷の大天狗とユウくんまで近くにいて。大天狗は見ているだけだが、ユウくんは目を瞑って胸の前で手を組み、口を動かしている。その様子はとても真剣に感じられ、その場の誰よりも戦っているようにすら思えた。

 

「私を連れて行ってくれなかったの、か?」

 

 隣からそんな声がすれば頷いてしまいそうになる。

 映像の中には彼女達とは違う存在、魔物がただ1体だけ存在した。ランク8、世界すら食らうとされる魔物。要塞海月が。

 

「馬鹿め、汝に話せば止めるであろう?」

 

「そうだよ! 死なないっていっても痛いのは変わらないんだよ!? それに要塞海月っていえば……魂すら食らう魔物って……もしこの世界でもそうだったら、楓ちゃん達が危険を侵すことなんて!」

 

「それだけのリスクを負っても救いたかったのだろうよ、汝を」

 

「あれを倒したってどうにもならないのに、なんで……」

 

 そう呟き両手で顔を覆い、下を向く。たしかにあの魔物から取得できる素材に関しては未知とされているけど、あれから私を救えるものが得られるとは思えない。そんなこと皆だってわかっているはず。

 それなら、そんなことをするくらいなら……最後の時間を私と一緒に居てほしかった。

 

「っ!?」

 

「無駄であろう。どれだけの距離が離れていると思うのか」

 

 立ち上がった私の腕を、隣りにいる女性が掴んでいた。優しく掴まれてはいるが一切、動かない。

 

「それでも! 最後の時間を皆と一緒に、最後に『ありがとう』って……!」

 

 伝えられるのに。思えど声はうまく表現してくれない。

 

「とりあえず座れ。なに、心配するな。私が友が動いた」

 

 考えるまでもなくわかっていた、私の能力ではあそこまで辿り着けないと。それを理解し、思考に染み渡らせ、脱力したように座る。そして問いかける。

 

「友?」

 

 彼女は声で答える代わりに、映像が映し出されている一点を指さした。綺麗な指をなぞるように視線を動かしてみれば……要塞海月が弾け飛んだ。

 

「楓といったか、やりおるの」

 

 彼女はそう言って、くっくっくっと楽しげに笑う。

 そして楓ちゃんと時雨ちゃんが突然、地面に現れて、楓ちゃんが血を吐いて、時雨ちゃんがなぜかキスをして。しかし直後には楓ちゃんの苦しそうな表情が和らいで、なぜかではなくなって。

 そこへうさみみ少女がちらりと見えたところで、映像は消えてしまった。隣の女性を向いて、もう少し見せろと目で訴えてみたが映像は再開されない。

 状況的にイナバちゃんが倒した可能性も考えられるけど……きっと楓ちゃん達が倒したのだと思う。それを確認するためにも続きを見たかったのだが、この女性は必要ないと言わんばかりに映像を消してしまった。

 しかし、どちらにしろ驚異が去ったと考えれば心が落ちつく。結果は聞けないだろうけど、私は楓ちゃん達が私のために動いてくれていた時点で嬉しいのだから問題ない。

 

「願わねば私が友は動かぬぞ?」

 

 そこで女性が、まるで心の中を読んだような言葉を告げてきた。つまり願わなかった私のために、イナバちゃんは動いていないと言いたいのだろうか。

 そういえばと思い出す。

 最初の時も、イナバちゃんは動く前に私と話をした。そしてわざわざ私の心を揺さぶって、本音を引き出してからともに挑んだのだったか。

 

「実は私が友の動く条件は2つあると思っていてな」

 

 聞いてないが、自慢げに語り始めた。

 

「まず今のように心の底から願い、見返りとして最高の笑顔を返してくれるだろうこと」

 

 たしかに今までの私は生き残ることを願っていなかった。どうせ死んでしまうのだからと、どうせ無理なのだからと、どうやって心残りをなくすか、最高の最後にするかを考えていた。

 

「もう1つは……彼女にしか救えないことだ。他の誰でも満たせない、彼女が動くことでしか救えない、そんな状況」

 

 そこで彼女はこちらを向いて、安堵したように笑う。

 

「呪いを最も簡単かつ安全に解く方法を教えておいてやろう。なんのことはない、"子を成さず"死ねば解ける」

 

「……それって意味あるの?」

 

 つい問い返してしまった。

 

「最初であれば私でも解けたであろうそれは、代を重ねることでより強固となった。今では欠ければ魂が崩れてしまう、ある意味で完成された呪いとなっている」

 

「……そうだったんだね」

 

 両親が何度か、解呪師と呼ばれる存在を招いたことがあったが……誰も首を横に振って帰っていった。誰も騙そうとすらせず、ただ触ることすら怖かったのかもしれない。

 

「では、どう解くか。引き継ぐ条件を満たさず、呪いを満たしてやればいい。もう1つ時間はかかるが解けるだろう方法もあるが……まあ、私の好みではないな」

 

「え、お、教えて!」

 

 女性に向いて、肩を持って揺さぶる。

 好みではないで見過ごせるか。こっちは命が懸かっているのだ。

 

「い、いや……まあ教えるか。もう遅いのだが、おそらく10を数える前に子を生む。それを何"百"世代か繰り返せば誰も死なず、呪いも和らいだと思うぞ?」

 

「へ~……って、気軽に試せないわよ、そんなこと!」

 

 ではなくて、せっかく教えてくれた相手に何を言っているのか。すぐに手を離し、頭を下げて謝る。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「いや、いい。気持ちはわかる」

 

 申し訳無さそうな声が返ってきて、微妙な雰囲気になってしまった。先程までの沈み込んだ雰囲気はどこにいってしまったのか。イナバちゃんを見た瞬間に吹き飛んだ気がする。

 

「しかし……だな。私も死者蘇生の法など知らないぞ。事前に準備や契約をしていたのならまだしも、出会ったばかりであろう?」

 

「うん、3ヶ月くらい前」

 

 指で3を示しながら答えておく。思えば激動の3ヶ月だったかもしれない。

 ベットの上でゲームとご飯と睡眠と、たまに友とのお喋りと。それを繰り返していた日々からは考えられないような、充実した日々だった。

 

「それに……そんな法などあってはいけないと私は思う」

 

 女性は言い難そうに、それでもこちらを向いてそう言った。

 

「いいか、あってはいけないのだ」

 

 しっかりと刻み込むように、真っ青な瞳で私の目を見つめて。

 

「つまり知られなければ無いも同然。冷蔵庫に置いてあった、名前の書いてあるプリンを食べてしまっても、同じものを準備して同じように名前をなぞれば"何もなかった"。もし万が一だが、わかるな?」

 

 たとえで笑いそうになったが、神妙な表情を見て気を引き締め直す。そして頷くことで答えとした。

 

「もし私が友を敵とするようなことがあれば、私は許さぬからな。あのような勇者を排する世界こそが私にとっての敵。世界を超えて滅ぼしにゆく。邪魔をするならワールド・ガーディアンすら喰らおう」

 

 その声を聞いて身体を震わせる。体の芯から震わせてしまう。

 両腕で自分を抱え、ただその驚異が通り過ぎるのを隠れて待つように、震えて待ち続ける。その言葉のただ1つすら、理解という形で思考の海を通らない。

 

「……と、すまない」

 

 その申し訳無さそうな声を聞けば身体の震えが止まった。

 大丈夫、漏らしてはいない。あれはそういう類の恐怖ではないから。

 

「漏らしてないか?」

 

「漏らしてない」

 

 失礼な。

 

「そうか。まあ、この湯にゆっくりと浸かって待っているといい。私が友と語らう特別な場所だ、相応の湯を用意している。たとえば呪いの侵攻を少し遅らせるくらいはたやすい」

 

 そう言った女性は微笑みながら私の頭に手を置いた。今の瞬間お湯から手を出したというのに濡れていないその手は優しく撫でてくれて、それが心地よい。

 ……お姉さんとして、このスキルは学んでおかねば。そう思い集中しようとして……つい笑ってしまう。

 

「ありがとう」

 

「気にするな。すべては楓という少女のはかりごと。足りない間を繋げ代用することで埋め、見事に間に合わせようとしている。叶わずとも褒めてやれ」

 

「当然だよ。だって私の自慢の友達だから」

 

 そう言い、きっとニッコリと笑えていただろう。

 楓ちゃんに会えたら、まず謝ってからお礼を言おう。そうすることで私は友達のままでいられる。相手がどうかではなくて、そうしないと"私が"友達でいられないから。


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