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兎女 2/3

『作業に集中したいので30分ほど放置してください』

 

 そんな文字を空中に描き、兎の姿をした少女は部屋へと入っていった。誰も触れていないのに自然と閉まるドアが、彼女が普通の兎ではないことを示している。

 

「さて、ぼくたちはお昼ごはんを作ろうか」

 

「皆は座ってて。私が作るから」

 

 サリアさんの言葉を聞き、しまったとい表情を浮かべたアリサさん。一応は痛み分けなのだから気にする必要はないと思うけど、本人が自分を許せないのだろう。まあ機会はすぐに来ると思うので待っていればいいと思う。

 そんなことを考えながら椅子に座れば、視線をイナバが入っていった部屋へと向いていた。『始まりの質問』で得た2つの情報体。それを組み合わせて召喚した従魔であるイナバ。

 魔法はまだしも、街で聞いた限りではどこの世界にも存在していなかった情報体に関する知識を有していて、それを自在に扱う存在。

 でも、そんなことはどうでもいいと思っている。『ベアリアスワールド・オンライン』と呼ばれるこの世界で召喚された存在なのだから、この世界固有の技術を知っていても不思議ではない。

 それよりも、ぼくはあの子をひとめ見て惹かれてしまった。

 きっとあの子はぼくを知っている。よく知っている。それでもぼくはあの子を知らない。まったく知らない。この感情が恋なのか憧れなのか、あるいは興味なのかもわからない。

 それでも、あの子がぼくを慕ってくれているのはわかる。あの子を呼び出した直後に声が聞こえなくなったから、あの子がぼくを、あるいはぼくが持つ何かを探していたのはわかった。

 考えてもしかたのないことだろうけど、それでも考えてしまう。あの子は誰なのだろうかと。

 ……、……、……。

 

 気づけば台所から良い匂いが漂ってきていた。情報アクセサリーの視覚拡張機能で表示された時計を見てみれば、既に30分を少し超えた時間が経過している。そろそろイナバを呼びに行ったほうがいいだろうかと耳をすませば、静かだった部屋の中からは"呟き"が聞こえてきた。これならば問題ないだろうと判断して椅子から立ち上がり、部屋の扉へと向かう。途中でちらりと台所を覗いてみれば仲良く、とはいかない程度の2人がせっせと動いていた。それでも打ち解ける機会には違いないのだろうけど。

 扉を前にしてノックはしない。イナバは集中したいと言っていたのだから、ノック音で気を散らしてしまうことは避けたい。幸いドアをそっと開ける技量は高いので、中を覗いてまだ作業中のようなら閉めればいい。

 そう思い音をたてずドアを開けてみ――それは途中で止まった。止められた。僅かに開かれたドアの奥にいえた肌色の陽炎は消え、すぐに入る前と変わらぬ兎の姿をしたイナバが隙間から顔を覗かせる。

 ああ、失敗したなと思ったけど、それを顔に出すようなことはしない。それは向こうも同じみたいだから。

 自然と、"普段通り"に続けよう。

 

「イナバ、もうすぐお昼ご飯ができあがるみたいだよ」

 

「呼びに来てくれたのですね、ありがとうございます」

 

 駆け抜ける海風のような綺麗な声に驚きはしない。イナバが何を求めてくじを引いたのかは予想できていたから。

 

 

 

 リビングに戻ってみれば所狭し、とはいかないまでも多くの料理がテーブルの上に並んでいました。私の姿を考慮してか、ちぎりキャベツも並んでいますが、その隣にあるオムライスが食べたいです。

 

「お待たせしましたか?」

 

「ううん、待ってない……よ?」

 

 サリアの言葉が途切れ、疑問の声に変わりました。ユウは驚かなかったのですが、やはりこちらが普通の反応でしょう。

 

「あれ、誰の声?」

 

「作業とはそれでしたか」

 

 きょろきょろと周囲を見渡すサリアと、納得した様子のアリサ。ともにエプロンをつけたままなのは、料理を運んできた直後だからでしょうか。黙っている凛は、どちらかといえばサリア側でしょうね。

 

「不便でしたので拡張しました。イナバですよ」

 

 名を告げると同時に2つの視線が私に向かってきました。ええ、サリアと凛です。

 

「そうか、喋れる兎さんになったということだな」

 

 うんうんと頷きながらそんなことを言った凛と違い、サリアは私を抱き上げました。そしてぎゅっと抱きしめて

 

「凄い!」

 

 と喜んでくれました。素直な子ですね。

 

「ありがとうございます。ですが、きっとこれから先、この程度のことは驚くことのない出来事となりますよ。情報体とはそれらを可能とする技術なのですから」

 

 まあそれなりの積み重ねか才能は必要でしょうけど。

 

「……私にもできるかな」

 

 小さな小さな呟きが上から落ちてきました。私は思うのです、できるかどうかではなく、やるかやらないかだと。まずはそこから踏み出してこそ、できるかどうかという段階が見えてくるのですから。

 

「ところで……イナバと呼んでもいいかな?」

 

 雰囲気を断ち切るように、流れを変えるように凛が口を開きます。小さな呟きであれど、耳が良ければ聞こえてしまいますからね。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。ではイナバ、情報体という技術はどこまでのことが可能なんだい?」

 

 凛のそんな質問に少し考えてしまいます。どこまで、とは何を聞きたいのでしょうか。凛が何かを求めていることは既に知っています。内容は知らなくとも、求めているという事実だけは。ユウに聞いてみれば答えが得られるかもしれませんが、それは違う気がします。

 

「万能ではありませんよ。情報体として存在している必要がありますから、そこで縛られます。そのうえで基本適正、適合属性などの要素も加わり、個人が発揮できる限界もあります」

 

「ほう。情報体とは魔物から得られるもののようですが、どのようなものが存在するのですか?」

 

 興味津々といった様子でアリサが加わってきました。

 

「過去に情報として存在していたものすべてに可能性があるとは考えていますが、そのすべてが情報体として存在しているとは思えません。それに加えて情報が繋がり違う姿に見える情報体もありますし、その情報体が新たな情報として認識される可能性もありますから難しい質問となります。ちなみに魔物以外からも情報体は得られますよ?」

 

 私が情報体の知識を有していることは知られていますし、あくまで個人の予測と観測の結果なので伝えても問題はないでしょう。最後の1つに関しても、あの小さな集まりの中ですら最初の森で確認していた人がいたので、既に掲示板に書き込まれていてもおかしくない情報です。

 

「やはり、そのような答えになりますか」

 

「やはりとは?」

 

「いえ、知人が同期に聞いたところ同じような答え方をされたと聞いたので」

 

 知人と同期。おそらくユウよりも先にログインしていた方達のことでしょうね。一般人よりも先にログインをして……そう、安全確認でしょうか。そうであれば国や種族の中枢に近い存在が秘密裏に確認する可能性が高く、日本国も参加していて、そうであれば……ながもんの可能性もあるのでしょうか。いえいえ、私と同じく濁したような答え方をしたというのならば、にぃのほうが可能性としては高いですか。

 まあ、それ以前に情報体が存在している世界の住人という可能性もあるわけで。

 

「もしかして、知り合いですか?」

 

「私は召喚されてから1日すら経過していませんよ?」

 

 アリサの問いに知っているはずの事実だけを答えます。そう、これから知り合うのですから。

 

「これは失礼。知人から従魔魔法ならば可能性があると聞いていましたので、その可能性も確かめたかったのです」

 

 その人は取り違えていますね。あるいは自力で生み出し、それを含めて従魔魔法と名付けたか、です。どちらにしても別系統にすべき魔法だとは思いますけど。

 

「さて、イナバが人気なのは嬉しいけど料理が冷めてしまうよ」

 

 ユウの声に皆がハッとした表情を浮かべました。

 

「とりあえず食べましょうか」

 

「ああ、そうしよう」

 

 黙ったままのサリアも私を抱きしめたまま席につきます。さきほどよりも顔色が良くなっていますし、きっと夢を見ているのかもしれませんね。これが良い灯火となることを願いましょうか。

 さて、それよりも私の分はちぎりキャベツなのでしょうか。味覚は身体に寄っていないので、できれば普通の料理が食べたいのですが……まあ生キャベツも苦手ではありませんからね。ユウの手料理を食べるよりはマシです。


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