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要塞海月 1/3

 門から手が出てきてひらりひらりと招いてくる。どう考えても怪しいそれだが、一番に飛びついたのは翠ちゃんだった。ユウバリさんの手であると疑わなかった彼女だった。

 飛び込んだ翠ちゃんの後に続いて門をくぐれば、そこは木々が生い茂る森の中……だと思えば、少し先には開けた場所が見える。そしてその先には、宙に浮かぶクラゲが1体。

 千里眼で見ているので、実際の距離はかなり離れている。そうしなければあのクラゲには見つかってしまうから。

 しかし

 

「千里眼も妨害されるかぁ」

 

 つい呟いてしまった。見えなくはないどころか、微かに乱れる程度だが……それが発生するということは、それなりの範囲が要塞海月の領域ということ。

 私は器用貧乏でしかないから様々な種類の千里眼を使えるようにしているが、今使っているものは離れた位置に目を生み出して視界を得るもの。普通の視界と変わらないそれが妨害されているということはこちらとリンクする際に妨害が挟まっているということ。

 

「うっへ、よく見えますね。私は千里眼を諦めて望遠の情報体頼りですよ」

 

 近くからユウバリさんのそんな声が聞こえてきた。木々に阻まれて1本道は無いというのにしっかりと見えている、その情報体が凄いとしか思えない。望遠だけではなく透視も含まれているのだろう。

 

「とりあえず誰もいません。ログアウト直前だからこそ挑む方も多いかと思っていましたが、案外いないものですね」

 

「運がこちらを望んでいてくれるのかもしれないわね」

 

 嘘だ。第3陣に関しては他の餌で釣っているし、第2陣に関しては多少の足止めとなる噂をばら撒いている。第1陣は勝てる人ばかりだから今のタイミングで挑む意味はない。

 

「楓。領土争奪戦で使った雷では倒せないの?」

 

「あれは私達の領土に攻め込んでくれたからこそできたの」

 

 葵ちゃんのもっともな問いに答えておく。

 あれは自分の領土に攻め入ってきた……ではなくて、大切なそこに攻め入ってきた相手にしか使えない。自分の領土であり、大切な想いがあり、そこに攻め込まれて。そこまで条件を揃えないと使えないからこそ、あそこまでの威力がでるのだ。

 

「……あと数十メートルで相手の射程に思えるが、少し試してきてもいいか?」

 

 静かに敵のいる方向へ視線を向けていた凛ちゃんの呟きを聞き、驚きを飲み込む。だいぶ安全マージンをとってここに門を繋げたというのに僅か数十メートルということは……門の位置がずれていたということ。

 心が乱れている。

 

「あはは、さすが凛ちゃん。どうやって見えない敵の射程を測ったんですか?」

 

「気配というか、相手の眼がそこまでしか見ていないように感じる。まあ直感のようなものだから、あまりあてにしないでくれ」

 

 ……今、再確認したが事前の情報から考えられる射程距離は、凛ちゃんが言ったものよりも短い。それでも私の門がずれていたことには変わらないが。

 

「凛さんが正解」

 

 短く告げられたそれはユウくんの声。私の迷いを悟られて、単純に時間がないと言われたのだろう。

 ……この期に及んで安全を優先して考えていたとは、自分に呆れてしまう。時間が足りないから危険を冒さなければならず、その選択をしたはずなのに。どちらを選ぶにしても即断しなければ危険が増すか、時間が足りなくなるかだというのに。

 気持ちを切り替えるために1度だけ深呼吸してから千里眼に集中し、周囲の状況と環境を把握する。そこから凛ちゃんが言っていた境界線を探し出し、安全に攻撃できる位置および避難できる位置を選び出していく。

 

「葵ちゃんは指定した場所から攻撃して。翠ちゃんはここに残って、ユウバリさんが送る情報から何か探し出して。凛ちゃんは私と別の方向から突撃だけど、まずは生存優先で。時雨ちゃんは適当に突っ込んで囮をお願い。できれば視界情報を翠ちゃんに送ってくれると助かる。ユウバリさんは適当に試して。四葉とイロハさんは同じ方向から突撃だけど、四葉は常に少し後ろで援護。大天狗は茶でも飲んでて」

 

 それらを伝えながら、情報アクセサリーを通して周辺の地図および各々に必要な情報を送っていく。

 返される言葉はないが、動き出したことは把握できている。それは了承と同等の答えを私に伝えてくれたのだから。

 そして最後に

 

「ユウくん、後ろに居て」

 

「うん」

 

 私の能力を引き上げる魔法を紡ぐ。

 この子が後ろにいるというだけで負けられない戦いになる。他の誰でもなくこの子が後ろにいるのだから、ただ1つの攻撃すら通すつもりはないし、みっともない成果は見せられない。

 それでも歌が聞こえてきてしまったら……きっと私達の手に余る相手だったということだろう。それは受け入れる他ない。

 

「たださ、今回は全力を尽くすって約束したから」

 

 各種魔法を使用しつつ駆け出そうとしたところで、そんな声が聞こえてきた。直後には音が奏でられる。

 それを聞けば身体が軽くなる。気分が高揚する。思考が早まり、よく見え、よく聞こえ。今までは感じられていなかった風すら把握できる。

 ようは身体能力すべてが向上した状態に近い。それでもそれは魔法や情報体ではなくて、ただ埋もれていたスペックが引き出されているに過ぎないと知っている。

 音は風に乗って森へと響いていく。千里眼に移っている他の皆の動きも目に見えて良くなった。

 ……これは皆に知って欲しくなかったけど、時雨ちゃんがそれだけ希少な存在だったということだ。本来ならもっともっと危険に近づかなければ紡がれないそれを、彼女が引き出してしまった。

 嬉しいのやら、怖いのやら……まあ嬉しいのだろう。

 

 早く早くと駆け出す足に置いていかれないように意識を集中する。普段よりも一回り二回りも動き出す身体の期待に応えられるように。

 どんな強化方法とも重複する声援を受けたのだから、この状況で勝てなければ私の力不足。それでも望めなかったそれを換算に入れられるのだから、僅かながら勝ちが見えてきた。

 

『……勝利の奏詩』

 

 繋がれている情報通信ネットワークから、ユウバリさんの呟きが聞こえてきた。まるで昔を思い出すように零れ落ちたそれは、きっとあちらの世界で奏でられた福音だったのかもしれない。

 しかし比べてくれるな、"私の"弟は天才だ。"楓の"弟よりも天才な、自慢の弟だ。あちらの福音とは比較にならない、輝くべきはずだった才能だ。

 そう思えば自然と力が湧き出てきた気がした。そう、この子のお披露目を敗北で染めたくないから。

 

『凛ちゃん』

 

 真っ先に射程に入った者の名を呼ぶことで警戒を促す。いくら真っ直ぐに進んだからといっても、情報体モリモリで強化しているユウバリさんよりも早いというのは驚いた。

 

『……これはまずいな』

 

 凛ちゃんのそんな呟きに疑問を覚える。上空に設置した、戦場全体を見渡している千里眼で見た限りでは、触手から放たれた数十の水弾をすべて避けていたのだから。そのうえ私なら魔法で補助しなければ"防げない"それを身体能力だけでとなれば、何がまずいのだろうか。

 

『なにがです?』

 

 同様に千里眼で戦場全体を見ているであろうユウバリさんも同じ疑問を抱いたのか、彼女は直接、問いかけた。

 

『ちょっと動けすぎる。気分が高揚して心が浮足立って……ああ、まずいな』

 

 そう言った凛ちゃんは触手から放たれる数百の水弾を危なげなく避けながら、さらに接近している。その表情はとても楽しそうで、まるで子供の頃の凛ちゃんを見ているかのようだ。言葉遣いにも少し出ているところをみれば、そんな予想も間違っていないのかもしれない。

 そんな凛ちゃんを嗜める気にはなれない。もしこれが翠ちゃんや葵ちゃんであれば止めるのだが、あの表情をしている凛ちゃんは調子が良いのだ。水を刺さないほうがうまくいく。

 

『あ~、わかる。わかります。溢れ出る力とは違う、自分のもののようで……なんとなく扱い切れるんですよね』

 

 そう答えたユウバリさんにいくつもの水弾が迫るが、それは彼女の直前で溶け込むように消えていった。ちょっとどうやってしているかはわからないが、意味がわからないが……何をしているかはわかる。あれは"相手の攻撃に含まれる力"を利用して永続的に作動する障壁だろう。

 まあ上限はあるだろうが、凛ちゃんに当たれば致命傷となる攻撃をやすやすと防いでいることを考えればランク4以下の特別ではない攻撃はすべてカットと考えていいかもしれない。

 しかしまあ、今防いでいる攻撃はあぶり出すためのバラマキに過ぎないのだ。これを余裕で対処できなければ、戦いにすらならないだろう。

 と、ちょっと2人に見惚れすぎて動きが遅れた。

 千里眼で見えている場所へ"足を踏み込めば"、景色が一変する。普段はもう少し意識を集中しなければいけないこれも、今の状況ならば思考の隙間を与える程度で行える。

 現在位置は突っ込んだ2人および、もうすぐ射程に入りそうな四葉とイロハさんとは別の方向のぎりぎり射程外。一変するとはいっても森の中は森の中。景色としての変化はあまりないが、位置で考えれば一変したようなもの。

 やはり既に戦闘が始まっているときはこちらが扱いやすい。本来は望遠の法と一緒に使うものだったらしいが、千里眼も望遠の法のようなものだ。

 

『あ、楓ちゃん! それどうやるんですか!?』

 

 ユウバリさんは両手に持っている銃を触手から放たれる水弾および透明な触手自体に向けて放ちながらも、興味を隠さない声でそう聞いてきた。

 

『これ妖術だから』

 

 そこから1歩を踏み込めば数十の水弾が飛んでくる。1つの情報体を展開しつつ、少し身構えながらそれを迎えれば……水弾は私から僅かに離れた位置で溶け込むように消えていった。

 こちらはユウバリさんのものほど優秀ではない。ただ深海の情報を展開して、相手の制御から離れた水を溶け込ませただけだ。対応できる範囲が違うし、もう少し踏み込めば相手の領域とぶつかってこちらが飲み込まれるだろう。それさえなければ要塞海月が展開している深海の領域下であっても自由に動けたというのに。

 

『惜しい、妖術の適正は知らないんですよね』

 

 魔法と妖術は似通った適正になることは黙っておく。伝えるのは今じゃない。

 

『さて、無駄話はこれくらいにして。翠、情報を送ります。葵ちゃん、千里眼の一部を共有します』

 

 凛ちゃんの進む速度が少しずつ遅くなってきた。いや、今までが速すぎたのかもしれない。あれは自分から抑えている感じがする。

 ……全体を見て、今の全体を見て思うのだ。おそらく、まだ足りないと。それでも突き進むしかなく、私は負けるわけにはいかない。


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