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目が覚めて 1/1

********************

 

 

 

『いつか、それを書き換えるほどの幸運があなたに訪れますように』

 

 

 

 目を開ければ知らない天井が……いや、知っている天井だった。あまり見慣れない天井だったから、本当は見慣れたかった天井だったから……。

 

「ん、目を覚ましたか」

 

 身体を起こせば凛ちゃんが椅子に座っている姿が見えた。相変わらず腕を組んでいる姿が似合う。

 

「あれ、ボクどうしてベットの上にいるの?」

 

「詳細は知らないが、タオル"だけ"を巻いたユウくんが置いていったぞ」

 

 直前の記憶が思い出せない。たしか脱衣所まで行って、イナバに会ったのは覚えているのだが……。

 

「君といい、サリアといい、無茶をしすぎではないか? 親友とはいえ多少は手を抜かねば、相手を悲しませることになるぞ?」

 

「いや、何も……」

 

 そこまで言って気づき、立ち上がる。しかしベットは柔らかく、足場として安定しておらず、すぐに転びそうになった。

 

「まあ焦るな」

 

 転ばなかったのは凛ちゃんが支えてくれたから。傍にあるとはいえ、椅子に座った状態から支えられるのは凄いと思う。

 

「既に事は終わっている。私達の大敗北だ」

 

「え……今何時!?」

 

 慌てて周囲を見渡せば壁際の大きな時計が9時を示していた。外は暗いので夜だろう。

 

「……ボクはまた、何もできなかったんだね」

 

「それはユウバリの1人勝ちだから気にするな」

 

 頭の隅を燃え上がる炎がチリっと焼こうとしたところで、凛ちゃんの言葉がかき消してくれた。思考がそちらに向かってくれる。

 参加していなかったユウバリさんの1人勝ちとはどういうことだろうか。もしかしたら、あのあとで参加して……その……確認できたのだろうか。

 

「どういうこと?」

 

 考え込んでもわからず、結局は問いかける。

 

「それは「健康診断の結果を持ってたからですよ~」」

 

 どこから湧いて出たか、凛ちゃんの真横にいたユウバリさんが手を振りながらそう言った。

 

「実際に見たり触ったりして確認したわけじゃないですけど、イナバから貰ったデータなので間違いはありません。彼は生物学上、間違いなく男の子です」

 

「それが偽物の可能性は?」

 

 つい聞き返してしまう。イナバなら、彼のためなら欺くだろうと思ったから。

 

「無いです」

 

 即座に返されたそれは、容易されていた言葉というよりは反射的なものに思えた。真剣な眼差しは信じ切っているように見えた。そこからさらに確認することを躊躇するほどに。

 だから話題を変える。

 

「なら、なんで教えてくれなかったのさ」

 

 そうすれば楽しく遊びに来て終わりで済んだのに、と。

 

「あれは建前で皆、そういうのが気になる年頃なのかなと思いまして。正直、好奇心だと思ってました」

 

「……」

 

 なんで凛ちゃんも否定しないのだろうか。

 

「そ、それはサリアちゃんに伝えたの?」

 

「いや、実はサリアもサリアで倒れてな。のぼせたらしい」

 

 前半を聞いて心臓が飛び跳ねたが、後半で少し安心した。それと同時に疑問が浮かんでくる。

 なぜお湯に浸かっていたのだろうか。

 

「イナバが見てるので大丈夫ですよ。だから私はこちらにいたのですけど」

 

 ホッと安堵の息を漏らす。イナバが見ているのなら大丈夫だろう。

 

「彼女が起きたら夕食ですから、もう少しゆっくり休んでいてください。明日は忙しいですから」

 

 ユウバリさんはそう言いながらボクの身体を軽く押してきた。思ったよりも疲れていたのか抵抗する力もなく、素直に倒れてしまう。

 そして、手で目を覆われて一言。

 

「おやすみなさい」

 

 そんなことを言われれば、安堵の助けもあってかすぐ睡魔の誘いにのってしまった。

 昼間は遊び回って、夜は夜で動き回って……結局何もできなかったけど、解決するのならそれでいい。サリアちゃんの望みが叶ったのならそれでいい。

 暖かなベットの上、力を抜いて眠りの錨を見送る。おやすみなさい。

 

 

 

********************

 

 

 

 最後の1日。

 いつも通り瞼を開き、見慣れた天井を視界に収め、起き上がりんん~っと背伸びをして部屋を見渡す。昨日は決めていた通りのぼせてしまい、予想通りユウくんが部屋まで運んでくれたらしい。

 そしてユウバリさんがいて、ユウくんの性別については間違いないと太鼓判を貰った。彼女は必要になれば躊躇なく巻き込むタイプだろうから、その言葉は信用しておく。

 そもそも、だ。私が手を伸ばしてギュッと握れば確認できた話なのだから、それをしなかった私がごちゃごちゃ言うものではない。それよりも彼の言葉が気になった私は、あの件について諦めるべきだ。

 

 窓の先へ目を向ければ、しっかりと青空が広がっている。起きてみれば夕焼けがとか、真っ暗でとかはなく安心した。

 ……もしも、起きる機会すらなかったと考えれば身体が震えてくる。さすがにそれは、最後の1日を……彼女に最期の言葉すら残せないのは心残りどころではない。

 いつもの癖で羽を消そうとして、それをやめて。ベットからおりてドアへと進む。そしてドアノブをひねりながら願うのだ、『今日も1日、楽しくありますように』と。

 

 

 

 さすが最後の朝ごはん、皆が揃っていてくれた。ここ最近、姿を見ていなかった気がする楓ちゃんもいてくれた。……まあ、住んでいる場所が違うユウくんとイナバちゃんはいないけど。

 

「サリア、今日の予定はある?」

 

「ううん、無いよ」

 

 楓ちゃんの問いに無を告げる。予定なんて入れられなかったから。

 

「じゃあ私からの贈り物、温泉への招待券。午前中までだけど、どうかな?」

 

 そう言い差し出されたのは2つ折りの小さなカード。受け取って開けてみれば、手書きながら綺麗な字で時間と場所だけが示されていた。

 この場所は覚えている、イナバちゃんが連れて行ってくれたあの温泉だ。

 

「楓?」

 

「ううん、ありがとう楓ちゃん。あそこは不思議と落ち着けるから、お昼までの間、満喫してくるよ」

 

 凛ちゃんが楓ちゃんに向けた視線を遮るように口を開き、おそらく笑顔でそう告げた。

 知っているのだ、あそこへの招待券がどれだけ貴重なものかを。いや、貴重かどうかではない。そもそも入手できないのだから。

 街の一等地に存在するあそこは当然、掲示板でも噂になっている。純和風らしき装いは目を引いて、店主らしき女性は美しく、入るのを見かけた人々はほぼすべてが第1陣。第3陣で招待されたのは、おそらく私達を除いてただ1人。

 もう1度、浸かりたいなと調べてみれば手が遠のいていく。

 まず店主の女性に出会えない。招待されたのは領土の長ばかりで取り次いでもらえるはずもなく、手が届きそうな招待客は皆私達と同じく『同伴者』。

 というか王が断られてて笑った。

 

「でも、よく手に入ったね」

 

「1度限りだから、それだったら私でも手が届いたの」

 

 そう言った楓ちゃんは弱々しく笑う。その意味は『これが限界だった』ということだろうか。

 それでも……私は嬉しい。その苦労が、想いが、手に入るだろうはずもないランク9の情報体よりも、積み重ねられた金塊よりも、価値を重くする。

 

「あ、でもお昼からは一緒に遊びたいな。……ダメかな?」

 

 最後の半日を私に頂戴と、精一杯の我が儘を告げる。

 

「――「ええ、しっかりと会いに行くわ。だから安心してちょうだい」」

 

 何かを言おうとした翠ちゃんを手で遮り、強く笑った楓ちゃんがそう言った。

 ……なんだろうか、いつもと同じはずなのに、とても輝いて見える。

 

「さあ、朝ごはんを食べて始めましょう」

 

 食べ始めましょうを聞き違えたのだろうかと気にはなったが、それよりも目の前に並ぶ朝ごはんに続く温泉と。そしてお昼から目一杯、心置きなく遊び尽くすのだ。

 

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