わがまま 1/2
申し訳ありません、4章において下記を忘れていたため修正しました。
・章の追加を忘れていたので、追加しました。
・4章のすべてにおいて、セリフ前の空白を消し忘れていたので削除しました。
ユウくんの領土にある館から出て、すぐ側の森の中。真っ暗で何かの鳴き声が聞こえるその場所でランチマットを広げて5人で座っている。しかし目の前は見ておらず、魔法の眼により離れた位置を見ていた。
「ごめん、激しく動きたくない」
「同意見です」
葵ちゃんと翠ちゃんの言葉に頷き同意する。
とりあえずお昼から遊びに来てみれば大天狗とあまつんがいて、2人に誘われて近くにあった綺麗な川で泳いでいた。そこまではいい。むしろ近くの地形を確認できて良かった。
しかし、その後の夕食がいけなかった。誰が作ったのかは知らないが突然の来訪にも関わらず全員分が用意されていて、とても美味しくて……まあ、そのあと動くと知っていたのに食べすぎてしまったのだ。あれはイナバちゃんの味じゃないし、大天狗とあまつんは一緒に遊んでいたと考えればおのずと答えは出てくるのだが……前に食べた時とは傾向がまったく違っていた。だから他の誰か、もしかしたら動き回っている楓ちゃんが作ってくれたのかもしれないなんて思ってしまう。
「美味しかったからしかたないよ。それに合わせた作戦を考えればいいさ」
明るく弾むような声でそう言ったのは時雨ちゃん。今参加している中で反対していた唯一の人物だが、一番楽しんでいるのではないかと思う。
そして、その言葉通り作戦はまだ無い。とりあえず遊びに行って、お風呂に入るように仕向けて、あとは状況に合わせて思いつくだろうとかいう立派な作戦は作戦とは呼べない。
「しかしサリア、見事だったな。まさかあのように入浴を強制させるとは」
「人聞きの悪い子と言わないでよ。あれはユウくんの配慮なんだから」
強制だなんて人聞きの悪い。ただお風呂に入りたいと言って許可を貰って、家主より先に入るのは失礼だからと先を譲ったのだ。そしてその間、もう少し汚れる遊びを済ませてくると出かけてきた、それだけだ。
「え、たまたまじゃないの?」
「そう、偶然だよ」
偶然、ユウくんが動いてくれただけ。
時雨ちゃんには純粋でいてほしいから……と、そんなことを考えていればお風呂に1つの反応が入ってきた。魔力量、性質、色合い確認。ユウくんだろう。
……それにしても疑問に思ってしまう。心配になってしまう。あの今にも消えそうな魔力量とすべてが混ざったような性質が。
アルファ世界の人類が特別低いということはない。平均魔力量はどの世界も大差なく、むしろ楓ちゃんという例外すら存在しているのだ。そんな中で彼だけが、消え入る直前のような魔力量しか有していない。ユウくんは最も簡単な清潔の魔法すら使えないと言っていたが、あれは技術的に使えないのではなく魔力量が足りなかったのだ。
もし彼が他の世界に、魔法が一般的な世界に生まれていたら……日々、魔物の脅威が近くにある場所で生きなければならなかったら……そう考えると、とても怖い。
あれは才能が無いとかで片付けられる差ではなく、もう種族自体が違うどころか……魔力に嫌われているとしか思えない。勇者が神の加護を得ているから強いのだとすれば、彼はその逆かもしれない。
あんな良い子を虐げる神がいればぶっ飛ばしてやりたいが、私にそんな力はない。だから今回のいたずらで皆にお願いするのだ、ユウくんを守ってと。
このゲーム世界ならイナバちゃんと楓ちゃんがいるから問題はないけど、現実世界に戻れば楓ちゃん1人。そこにイナバちゃんはいられない。楓ちゃん1人がいればたいていのことは解決できそうだけど、それは楓ちゃんを縛り続けることになってしまう。
でも私は別世界の人間だし、なにより……もうすぐ居なくなる。だから同じ世界の、ユウくんに好意を抱いていて優しい人達に頼むのだ。
ただ……皆も問題を抱えているみたいで、そんな人達に頼っていいのかと思わなくもない。それでも"彼が最も危ない"、そう思えたのだ。
「ターゲット来たよ。サイドテール」
「その情報いる?」
時雨ちゃんの呟きは放っておいて、さらに監……観測を続ける。それにしても完全な千里眼なら私が観測して解決だったというのに……あと少しが悔しい。しかしあと少しに見えて遥か長い道のりだということも知っている。
千里眼は得られる情報を1つ増やすだけでも大変なのだ。むしろ最初の数個こそ、適正が高いものを探せば簡単な方である。
「なぜサイドテールなんだ?」
凛ちゃんの疑問こそが私の引っかかりだった。なぜ彼は髪をサイドテールに纏めているのか。似ているポニーテールやツインテールではダメだったのか。
もしかしたら見られることを前提に……そう、あとから入ってくる誰かと一緒に浸かることを前提とした髪型の可能性もある。ようは見せるためのオシャレだ。
「楓の趣味かもしれません」
「それなら納得だな」
「え、納得するの!?」
……なんだか楓ちゃんをよく知る3人は納得の雰囲気になっているが、それでいいのだろうか。というか楓ちゃん、弟に何をしているのか。
「翠ちゃん、ユウバリさんは無理そう?」
「はい。川で貴重な情報体を見つけなければ……ごめんなさい」
ユウバリさんは情報体が好きなのだ、大好きなのだ。領土館での計画段階では私のいたずらに乗り気でいてくれたが……今は翠ちゃんの中にこもって情報体に目を輝かせている。
それでいいと思う。暇な時間で手伝ってくれる程度がいい。
「別にいいんだよ。皆も大切な用事があったら躊躇しないでね。そんなことされたら泣いちゃうから」
それでも少しの用事ならこっちを優先してほしいなと。まったく……言葉の端々に我が儘が溢れている。
「それで計画はどうするの? 諦めて突入する?」
都合良くユウくんがお風呂に入ってはくれたけど、あまり長居するとは思えない。それを思えばもう少し別の方法でお風呂に向かってもらうべきだったかなと、少し後悔した。
「身体を隠すものは持っているのか?」
「ごめんね、そこまではわからないの」
「そうか。ならしかたがない、それぞれで突入するか」
「あ……まったく、もう……」
どうなったかわからないが、翠ちゃんの溜息から察するにきっと凛ちゃんが飛び出していったのだろう。
「じゃあ自由行動にしよっか。あ、でも事前に決めた通り記憶に収めるだけね」
写真はダメ。たぶんだけど、ここまでなら楓ちゃんもイナバちゃんも許してくれる。私の最期の我が儘って条件付きで、だけど。
「結局、良い案も浮かびませんでしたし、そうなりますか。大丈夫、決まりは守ります」
「任せて。目は良い方」
それらの言葉に続いて2つの足音が遠ざかっていく。しかし残る1つは動かない。
まあ時雨ちゃんの能力では難しいし、なにより……性格的に今回のいたずらは難しい気がしていたのだ。動くにしても真正面から行くかな、と。
「……ねえ、ボクが憎らしくない?」
「どうして?」
騒がしかった先程までには相応しくない、消え入るような呟きに問い返してしまった。
「……いや、いいよ。ごめんね、変なことを聞いちゃって」
最後の1つが離れていく。
平和な世界でぬくぬくと生きている自分が羨ましくないか……という意味ではないのだろう。イナバちゃんが動いたという事実がそれを否定している気がするから。
「だったら……」
そこまで漏らして、慌てて口を閉じた。無理なものは無理なのだ、欠片の光すら見えないものを望むべきではないのだ。
勝手に動いてくれるのは良い。それはそれだけ想われているという事実を示してくれる嬉しいことだから。しかし『無理』に縋ることはしたくない。
だってそうだろう。そんなことをすれば……最期の最後で恨んでしまうかもしれない。私はそんな人間なのだ。
「あ……」
集中を途切れさせてしまったからユウくんを見失っていた。ユウくんがお風呂から移動したわけではなくて、私の眼が離れてしまったのだ。
まあ見ていたら喋る程度しかできなかったのだし、ちょうどいい。気持ちを切り替えて立ち上がり、足を進め……振り返ってランチマットをアイテムボックスにしまってから足を進める。
もう考えるのは面倒だ、乗り込んでしまえ。