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わがまま作戦会議 1/1

 時計の針がまた1つ進んだ。振り向けば輝かしい笑顔達が並んでいて後悔は……それでも針が進む先は真っ暗で、少しだけ暖かくて、身を震わせる。

 

 

 

 寒さに身体を震わせ瞼を持ち上げれば、窓が開いていた。先の空は青く澄んでいて、とても良い天気だ。

 ここは広くも狭くもない部屋で、床には絨毯がひかれていて丸テーブルがあり、壁際には小さな箱型のアイテムボックスが設置されている。

 ただ、それだけの部屋だ。

 可愛いものが嫌いなわけではない、物を持たない主義でもない。しかし、すぐに要らなくなると考えてしまうと……手を伸ばし難いのだ。

 ここは私の部屋。私が当てた、私のための部屋。次のログインのあとは……。

 

「さて、今日は何をしようかな」

 

 あと3日。我が儘の限りを尽くそうと思う。しかし手頃な我が儘が浮かんでこない。

 ベットに座りタオルケットを足の上に乗せたまま、腕を組んで天井を見上げる。こういう時は誰かに相談すれば思考の輪から抜け出せやすいらしいが……相談するような内容ではない。

 ……楓ちゃんにバレていなければ、今日は何をしていたのだろうか。翠ちゃんや葵ちゃんと街でお菓子を食べ歩いたり、凛ちゃんや楓ちゃんと魔物を倒しに行ったり、時雨ちゃんとゲームをしたり、ユウくん達の領土に行って続きを、一昨日の続きをしても……。そういえばあそこには温泉があったんだった。今日はゆっくり、誰かを誘ってあそこに浸かるのも……そうか。

 うん、うん……それでいい。私がいなくなっても役に立つかも知れない、そんな我が儘を吐き出してみよう。

 

 

 

 いつもの多目的部屋、テーブルを囲むのは各々の部屋のドアを叩いて呼び集めた4人。凛ちゃんはシャキッとしているけど、翠ちゃんと葵ちゃんと時雨ちゃんは眠そうな表情に加えて時折、目を擦っている。

 

「ごめんね、朝早くから」

 

「いえ、どうせ眠れなかったところです」

 

 翠ちゃんの声には力がなく、なんだか萎んでいるように感じてしまう。眠れなかった理由というのが……まあ嬉しいとは思うのだけど、同時に申し訳なさも感じる。

 だから「ごめんね」なんて言わない。

 

「なかなか良い顔をしているな。我が儘が見つかったか」

 

 そう言った凛ちゃんは春風のような穏やかかさで微笑んでいる。

 まだ何も言っていないのに一部を当てられてしまった。凛ちゃんは考えるのが得意ではないとか言っているが、それはこういう直感が強すぎて相対的に低く見ているだけではないだろうか。私から見れば凛ちゃんの考えるは十分に"得意"と自慢できそうなものだ。

 

「我が儘、ですか?」

 

「ああ。ユウくんからの宿題でな、叶う叶わないを考えず我が儘を並べろと。その1つ目は面白かったが……ふふっ……まあ、2つ目も期待させてもらおう」

 

 1つ目……そうだ、あれだ。イナバちゃんにちゅーしてと言ったことだろう。そんな面白い要素はなかったと思うが……外から見ていると違ったのだろうか。思い出してみれば、あのとき凛ちゃんは静かにしていた気がする。

 

「そう、その我が儘。今日、これから"とりあえず"ユウくんの領土に行って遊びます。あ、予定があったら別にいいからね」

 

 皆の予定をまったく考慮しておらず、慌てて胸の前で手を振った。しかし葵ちゃんは呆れたような視線を向けてきて、口を開く。

 

「サリアの我が儘を叶えるという予定がある。私も、翠ねぇも、ユウバリも」

 

 追って翠ちゃんが頷いてくれて、仮想ウィンドウにはユウバリさんからのメールが届いて。まったく、この子達は優しすぎるのだ。もしアルファ世界の標準的な性格がこれならば……その世界は長続きしないか、あるいは長続きするか。おそらく後者、この子達は相手を選んでいるから。

 

「さあ、安心して我が儘を告げてください。微力ながら、全力を尽くしましょう」

 

 翠ちゃんがそう言って笑ってくれた。それはもう、ニッコリと。

 普段は表情の変化が少ない翠ちゃんだが、別に表情の変化が乏しいわけではない。多くの変化が小さすぎて、それさえ隠すのだから見分けにくいのだ。そんな翠ちゃんが感情を全面に押し出した表情を浮かべてくれて……思わず写真を撮ったくらいに貴重で……あとでユウくんに渡しておこう。当然コピーだけど。

 

「じゃあ続きね。そこで夜まで遊んで……ユウくんがお風呂に入ったタイミングで覗きに行こうと思うの」

 

「サリア……うんとね……えっと……恥ずかしいことだよ?」

 

 顔を少し赤くした時雨ちゃんが教えてくれた。まあ私とて、混浴が恥ずかしいという情報くらいは得ている。

 

「理由しだいでは止めますが、お聞きしても?」

 

「ユウくんが本当に男の子なのか確認したいの」

 

 そこで反論はなく、皆は納得したように続きを待ってくれ

 

「いやいや、男の子だよね!?」

 

 なかった。時雨ちゃんの指摘はもっともだと思うし、私も男の子だと思っている。

 

「まあ楓も弟だと言っていましたし」

 

「でも確認したわけじゃないよね?」

 

 何をとは言わない。そして皆は黙ってしまった。

 別に楓ちゃんの言葉を疑っているわけではないのだ。ただ必要があれば隠し通すのが楓ちゃんだろう。そこに仲の良さなど関係なく、むしろ中途半端に仲が良いからこそ打ち明けてもらえない可能性すらある。

 

「で、でもさ……ユウは恥ずかしいと思う、よ? ほら、ユウに聞いてみて終わりにしない?」

 

 顔を赤みを増した時雨ちゃんは何を想像しながらそう言ったのだろうか。しかし、それこそ意味がない。ユウくんは楓ちゃんよりも隠し通せるのだから。

 

「いや、ユウは楓よりも隠すはず。楓が望むのなら隠し通すはず」

 

「同意見だな」

 

 葵ちゃんと凛ちゃんの2人が私の意見を見通したように賛成してくれた。翠ちゃんも2人と同じくらい楓ちゃんと過ごしているのだから、それはわかっているのだろうが……根が真面目だからだろうか、悩んでいる様子を見せている。

 

「なにも、ひんむいて皆で見ようってわけじゃないよ? ただ誰かが確認できたら、その"答え"を教えてくれるだけでいいから。別に見たいわけじゃないからね」

 

 私も嘘をつく。しかし真剣な眼差しを前にすれば、その程度は埋もれてくれるだろう。

 

「で、でも……サリアの頼みは叶えたいけど、ユウが悲しむのも嫌なんだ」

 

「それなら問題ないだろう。サリアの我が儘は彼が言い出したことだ。イナバにあのような我が儘を告げたサリアがそういうことを考えても不思議ではない。なに、どうしても泣かれてしまえば皆も裸を見せればいい」

 

「え、私ってそんなイメージだったの!?」

 

 そう言って凛ちゃんの顔を見てみれば、珍しく凛ちゃんが視線を逸らした。

 さすがにちゅ~と裸を覗くのは差があるというか、ベクトルが違うと思うのだ。それでも、私ならばと思われていたということは……私は普段からそんな存在なのだろう。

 他の3人にも視線を向けてみたが、皆が視線を逸したり笑顔を返してきたりする。確定ですよ、これは。

 

「サリア、冗談だ。君は"必要ならば"、その程度は躊躇しないという意味でしかない」

 

「え?」

 

 凛ちゃんの言葉に頷いてくれた2人と、驚いた様子で凛ちゃんに顔を向けたしぐ……1人と。

 

「まあ時雨は不参加でもいいと思うぞ。ただユウくんとイナバの注意を惹いてもらえれば、こちらが動きやすくなるからな」

 

「べ、別に参加しないなんて言ってないよ。ただ世界の差があるから、確認しただけ。それにボクも、興味がないわけ……」

 

 最後の方はごにょごにょとして聞こえなかったが、まあ予想はできる。本当に素直で可愛いな、もう。

 

「しかしだな、ユウくんに気づかれず近寄ることはできるのか? 彼はとても耳が良いらしいぞ」

 

「それにこうして計画している今の行動すら、バレているかもしれませんね」

 

 既に決行は確定として、計画に進んでいた。私の状況もあるのだろうが……皆も見たいのではないのだろうか……ではなくて、皆もこういうワイワイすることが好きなのではないだろうか。ユウくんはユウくんで、この程度なら笑って許してくれそうな雰囲気があるし。

 

「ところでさ、楓ちゃんは誘わなかっ――」

 

 そこで時雨ちゃんの口は、いつの間にか後ろに回っていた葵ちゃんの手によって塞がれた。

 

「楓は忙しそうだから連絡がつかなかったんだよな?」

 

 普段と変わらない笑顔の凛ちゃんは、こちらを向いてそう聞いてくる。何が言いたいか理解できない私ではないので、即座に自然に頷いておく。

 

「あ、あとで怒られないかな?」

 

「どうせバレますし、ユウくんが望んだことと言っておけば大丈夫でしょう」

 

 どう考えてもそう思っていないような翠ちゃんが、適当そうに言葉を放り投げる。これはあれだ、気にするだけ無駄ということなのだろう。

 

「あ……私、遮音の魔法を使えるよ!」

 

 時雨ちゃんの不安そうな表情は少しも和らいでいないけど放っておいて、1つの提案を告げる。あまりにも大きな衝撃は消してくれないけど、ゆっくり移動する程度の音やくしゃみ程度は消してくれるはずだ。

 

「それは良い案」

 

「ふむ、待ってくれ。今から私が目を瞑っておくから、近づいてみてくれるか?」

 

 葵ちゃんは手をぐっとして賛成してくれたが、直後に凛ちゃんからダメ出しのような要望があった。これはあれだ、おそらくダメなやつだ。

 

「うん」

 

 それでも頷くしかなく、凛ちゃんは1つ頷いて瞼を閉じた。それを確認して"無詠唱"で遮音魔法を発動させる。まあ魔力の感知や情報エネルギーの感知ができる人が相手ではあまり意味がないけど。

 軽く手を打ち鳴らし、音が聞こえないことを確認して歩みだす。凛ちゃんに気付かれないように真っ直ぐ近づくことなく、一度離れて別ルートからゆっくりと。

 抜き足差し足忍び足。遮音できているとわかってもついつい慎重に足を進めていって、凛ちゃんの後ろに辿り着いた。それでも凛ちゃんは微動だにせず、遮音の魔法を解きかけて……やめた。

 なんというか……とても良い状況ではないだろうか。いつも落ち着いている凛ちゃんが日常で慌てる姿を、少し見てみたいと思ってしまったのだ。でも、これは軽い我が儘。だからちょっとしたいたずら程度で。

 そう思い後ろから凛ちゃんの胸に手を伸ばせば――触れる直前で手をやんわりと握られた。タイミング的に……まあバレていたのだろう。

 

「やはり、私でもわかってしまうな」

 

 しかしながら惜しい。凛ちゃんが可愛らしく「きゃっ!」とでも言ってくれると、なんというか……貴重な1枚が見られそうな気がしたのだ。

 

「どうしてわかったの?」

 

 問いかけながらも、思考は別方向に進んでいる。先程のいたずらがうまくいけばと想像を膨らませるが、はたして胸を揉んだ程度で、この凛ちゃんがそんな可愛らしい声を出してくれるのだろうか。

 ……いや、ないだろう。きっと笑って感想を聞いてくるに違いない。

 

「君のいる空間に違和感しかない。なんというか……そこに無があるような、そんな感じだ。消すのではなく、騙す……そう、そこにある当然を作り出さなければいけないのだろうか?」

 

 振り向いた凛ちゃんは理由を語ってくれ、最後は首を傾げた。イナバちゃんから魔法を教えてもらった凛ちゃんは結局、刀1つで戦っている。最初は勇者の魔法を腐らせているのが勿体なく思っていたけど、今はこれでいいのだと考えが変わった。

 あんなものなくとも、凛ちゃんは勇者のようだから。

 

「つまりこうです!」

 

「ひゃ!?」

 

 後ろから目一杯、胸を揉まれて、凛ちゃんに望んでいた声を自分で出してしまうという情けない結果を生み出してしまった。少し涙目になりながらも後ろを振り返ってみれば、そこには今まではいなかったはずの5人目、ユウバリさんが立っていた。

 はじめは肩くらいまでの長さだった髪は腰上あたりまで伸びていて、不安そうだった瞳は揺れることなく。それでいて服装は最初と同じで翠色の浴衣だった。戦闘中と情報体の加工中だけは他の服装だが、普段は変わらずこれだ。

 

「あはは、良い反応ですね。でも、これだけしてもユウには見破られましたから無駄ですよ。あの子はそういうのだけではないですから」

 

「おや。ユウバリ、いつユウくんにそんなことを?」

 

「……ちょっと新しい情報体のテストに、ですね。翠、怖いですよ?」

 

 私の背後を見ているユウバリさんの表情は怯えるように笑っている。そう、わざわざ振り返る必要はない。

 

「これは気づけなかったな。ユウバリ、いつから展開していたんだ?」

 

「凛ちゃんが瞼を閉じたところです。展開と同時に順応化の情報体を起動しました」

 

 私も気づかなかったが、凛ちゃんが気づけなかったのならしかたがない。それに魔法ならばなんとかなったかもしれないが、ユウバリさんであれば情報体だけによるものだろう。

 

「私もまだまだだな。まあ、それはいいとして……どうするか」

 

 あれに気づけるのならば隠れて近づくことは諦めたほうがいいだろう。そうなるとまた振り出し……まあ、ほぼ振り出しだったのだから気にすることはないのだし、なにより皆で集まって計画を練るのは楽しい。

 皆が頭を悩ます姿を見て少しだけ頬を緩ませ、私もまた思考の海に潜っていく。どうか"隠すことのない"男の子でありますようにと願いながら。


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