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兎女 1/3

 黒髪の少女が示した通りに道を進めば、大きな建物が見えてきました。しかし想像していたよりは小さく、精々屋敷というのが精一杯でしょうか。それでも掲げられた名は『たこ焼き発生源』であり、目的の宿に間違いはないでしょう。

 

「うん? 思ったよりも小さいね」

 

「そうかな?」

 

 別に結果が決まってから用意したのなら違和感はありません。勝利者の人数に合わせた大きさで問題ないのですから。しかし事前に準備されていたとするなら宿泊限界人数が少なすぎる、と考えられます。そこから思い浮かぶのはそもそも無理を承知のげーむであったか、あるいはどれだけの勝利者がいても問題ないか。まあ早い者勝ちであり部屋が残っていなければ他の宿を探しましょう。そうなればまずは資金集めからですが、まあ問題はありません。

 と、そんなことを考えながらユウの腕の中で揺れられていれば駆け寄ってくる影が1つ。はてさて、この2人は面識があるのでしょうか。それと後ろから追いかけてくる1人も。

 

「かえ……いや、失礼。人違いだった」

 

 腰まで届く長い黒髪を後ろで1つに結んだ、スタイルの良い少女。近づき、その黒い瞳でユウを捉えれば探し人と違うことを確信したのでしょう。名を飲み込み、素早く頭を下げました。知り合いではなかったのでしょうね。しかしユウは悪い笑みを浮かべており、とても気になります。

 

「どうしたのですか、凛」

 

 後ろからゆっくりと歩いてきていた女性が黒髪の少女――凛に声をかけます。金髪金眼ぺったんこ、と可愛い少女の容姿をしていますが……ああ、そうでしたか。おそらく、この世界にログインする際に身体……ではなく、自身の分体となるアバターをいじれるのでしょう。たとえば黒髪から金髪にしたり、身長を伸ばしたりなど。大きな変化は止められるでしょうが、ログアウトした際に悪影響でない程度なら問題はないはずですから。

 

「いや、知り合いによく似た子が――」

 

 振り向いて答えていた凛の眼前を疾風が駆け抜けます。強く出し決められた真上からパーンと音が響いたかと思えば、宙に舞ったユウの身体が地面に倒れる音が聞こえました。

 まあ最適な力加減といったところでしょう。もう少し力が込められていれば、それこそ骨が折れるか後遺症が残る威力であれば、"避けられると知っていても"腕の消滅程度は覚悟してもらうところでしたから。実際に達成できるできないではなく、実行するかどうかの意味合いですが。

 

「なにするのよ!」

 

 ユウと金髪の少女の間に割り込んだサリアと、刀を抜き放ち金髪の少女の首にそえている凛。

 

「アリサさん、どういうつもり……ですか?」

 

 凛の鋭い視線を崩させたのは唖然としている様子の金髪の少女――アリサ。そんな様子を見て、凛も動揺を見せています。それでもサリアだけは、その敵意を隠すことはしません。

 ところでどうして避けなかったのですかね、この子は。確実に避けられたはずであり、避けようとしていたのに突然、考えを変えてその場に留まったような、そんな感じがしました。

 

「……失礼しま「きっとぼくが悪いと思うから、気にしないで」

 

 頬に手を当てて苦笑いを浮かべながら起き上がったユウ。

 

「いえ、私自身もどうしてひっぱたいたのかわかりませんが、それを行ったのは事実。どのような罰でも受けましょう」

 

 ぜんざいさんをおいてくにへかえるんだな、なんてことは言いません。ユウもこれ以上、無駄な問答を続けるつもりはないでしょう。

 立ち上がったユウはしっかりとした足取りでアリサに近づき、罰を告げます。

 

「かかんで、おでこを出して?」

 

 一瞬の間を空け、アリサはかがみ、両手で前髪を分けておでこをさらします。ユウの右手が見上げる瞳の上に移動し、曲げられた中指を親指で掴むようにして抑えました。そして次の瞬間にはパーン、と盛大な音を立てたおでこ。

 アリサは足を浮かせ、少し離れた場所に尻もちをついています。思わずといった様子でおでこにあてられた両手は、見るものに痛みを連想させたでしょうか。

 

「これでおしまい」

 

 にこっと告げるユウにありさは言葉を返しません。見守っていた2人もまた、言葉を失っています。

 

「それと凜さん。とても嬉しいのだけど、刀はしまってほしいかな」

 

「っ! 失礼した」

 

 焦った様子を見せながらも流れるように刀を鞘にしまう凛。それを確認したユウは「さて」と呟いて、いまだ尻もちをつき、おでこに手をあてているアリサに手を差し出します。

 

「よければ一緒にお昼ごはんをどうかな?」

 

 そこで急かすようにきゅ~と鳴るお腹。頬を赤くして手をお腹に移したアリサは、ユウの手を取り立ち上がりました。

 

「解決、でいいのかな?」

 

「う~、納得いかないような、納得できたような……」

 

 先程までの雰囲気が消え去った2つの呟き。当事者同士が握りあった手。解決で問題ありませんね。

 

「まったく、あなたは不思議な人だ。私は相当の覚悟をしたというのに……」

 

 小さな呟きが風に流れ、手を握ったまま扉に足を進め始めたアリサ。それに引っ張られるようにユウも足を進めます。

 

「ありがとう、イナバ」

 

 ふふっ、すぐ隣のアリサにも届かぬだろう、この言葉は私だけのもの。ユウの頬と、アリサのおでこを白いままに守ったかいがあったというものです。

 

 

 

 両開きの扉を開いて中に足を踏み入れた感想ですが、そこで建物が満たされていました。陽光に似た穏やかな光で照らされた室内には木製のテーブルを囲む椅子が数か所に設置されており、カウンターが無いことからもロビーというよりかは憩いの場として利用することを想像させます。

 とりあえず視界拡張により表示されたメニューから報酬のチケットで支払いを済ませておきます。続いて表示された部屋決めはユウ達に任せることにしておきましょうか。

 

「そういえば、あなた達もチケットですよね?」

 

「大丈夫、チケットですよ」

 

 皆が空を指でなぞっている中、アリサの口は暇をしていたのでしょう。チケットが無ければ代金を出す、と言いたかったのかもしれませんね。

 

「よくアレを倒せましたね。かなりの強敵であり、アルファ世界からログインしている人達には難しい相手だったと思いますが」

 

 ユウの腕の中から脱出してサリアの足元に着地します。私で片手が塞がっており、誰かがまだ手を握っているためにユウの作業が遅れていますから。

 

「ぼくは最初の地点から動いていないから知らないけど、どんな相手だったの?」

 

「大きめのくらげですよ。弱点さえ知っていれば少しの身体能力と度胸で倒せる相手です」

 

 サリアを見上げてみれば、真剣な表情を浮かべて何もない空間を見つめていました。ゲームをプレイする前に説明書をしっかりと読むタイプなのでしょうか。

 

「……おっと、1つ聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「あなた達2人は別室ですよね?」

 

 それはこの兎に問うておるのかや……いえ、ユウとサリアでしょうね。ユウがちらりとサリアに視線を送りますが、集中しているのか無反応です。そのためサリアの足をつついておきます。

 

「イナバちゃん、どうしたの?」

 

「集中されていたところを失礼します。あなたとこの子は同室ですか?」

 

 ユウからの答えは期待できないと考えたのか、割り込むようにサリアに問いかけたアリサ。直前まで私に向けられていた柔らかな表情からの変化が、アリサへの評価を示すようです。

 

「同室ですけど、それが?」

 

 表情に続き声にも棘が見え隠れしていることが、初対面の印象の重要さを示している気がします。気にするな、とは言えませんね。

 

「……さすがに見逃せませんので、私も同室にさせていただきます。許可をください」

 

「なんでですか? 出会い頭にユウちゃんを殴るような相手を、どうして同室にしないといけないんですか?」

 

「いえ、万が一がないことはわかっています。それでも、やはり……」

 

 完全に拒絶している様子のサリアを見てなお、アリサは食い下がります。いえ、今の言葉でなおさら食い下がったのでしょうか……お、ドリンクは無料ですか。この場所限定ですが椅子に座ってメニューから注文してくださいとのこと。各部屋では備蓄庫があるようなのでそちらから、ということでしょうかね。食材を買いに出かける手間が省けました。

 

「それでは私とともに、ということで妥協してもらえないだろうか」

 

 難航しそうな問答に一石を投じた1つの声。おそらく解決に導くであろう言葉。

 

「あなたが一緒なら……いえ、でも……」

 

 どうやらサリアの中で凛の評価はとても高いようです。さきほど出会ったばかりだというのに、この違い。初対面の印象の重要さが現れていますね。まあ誰にでも当てはまるわけではありませんが。

 

「サリアさん、アリサさんは悪い人ではないよ。それこそ世界の安寧を望む、どちらかといえば正義の味方。だから、できればもう1度の機会を設けてほしいな」

 

 出会い頭に殴りかかるなんて相当な間柄でしか起こらないでしょう。アリサに心当たりはなく、ユウには思い当たる節がある……とは違いますか。もしかして忘れているなにかに関して、無意識に怒っていたりしないでしょうねぇ。

 

「……きみがそこまで言うなら。でも理由は聞かせてくれるかしら?」

 

 当事者であり被害者でもあるユウの言葉ならばと納得したようですが、完全に信用はしていないと。やや鋭さの減った視線がアリサに刺さります。

 

「いえ、他の世界の常識を把握しているわけではありませんが、年頃の男女が同じ屋根の下というのはまずいでしょう。一応は年長者の観点から同室にさせてもらいたいのです」

 

「……え?」「……ん?」

 

 まるで信じられないことを聞いたかのような様子のサリアと凛。

 

「え、イナバちゃんって男の子だったの?」

 

『違いますよ』

 

 空中に文字を描いて否定しておきます。ぼそっと「文字投影魔法」と聞こえましたが、まあ気にしません。初級魔法ですよ、これは。

 

「……もしかして、君は「違います! 私は女の子です!」

 

 自らに視線を注ぐ凛の言葉を遮るように叫んだサリア。というか、ユウよりもサリアが先に男性の判断を受けるのですね。サリアの胸は膨らんでいるというのに不思議なことです。まあ詰め物の可能性もありますが、ログイン直後ですので用意するのは難しいでしょう。

 

「なにを言っているのですか、2人は。この子"が"男の子ですよ?」

 

「……」「……」

 

 いまだに繋いだままのユウの手を持ち上げて告げられた事実に2人は言葉を失いました。

 見破ったアリサが凄いのか、他の2人が鈍感なのか。間違いなく前者でしょう。戯れ程度ですが、この子自身が少女に見えるように振る舞っていますので。理由はサリアが受け入れやすいように、アリサと凛が確実に同室になるようにといったところでしょうか。

 さて、2人の視線がスカートに向きましたが、どう説明するのでしょうかねぇ。

 

「ぼくの趣味ではないからね?」

 

 3人の視線がこちらに向きます。別に本人が否定しておらず、似合っていて可愛いのだからいいではないですか。そもそも男性がスカートのようなものを着用する文化もあるのですから、いちいち気にしていられません。

 

「……イナバが用意したものではないよ。ログイン直後からこれだから」

 

 その間はなんでしょうかねぇ。スライムパンツの件に対するお返しでしょうか。

 

「そうだったんだ、気づかなくてごめんね」

 

「私も勘違いしていたようだ。失礼した」

 

 謝罪を口にして頭を下げたサリアと凛。

 ……特別な能力を有していない、人と同じ身体を私が持っていたら気づけたのでしょうか。

 

「いや、この件に関してはぼくが悪いから気にしないで。それよりも部屋割りを解決したのだから、お昼ご飯にしないかな?」

 

 きゅ~と鳴るお腹がそれを支持します。今度も発生源は頬を赤く染めた同一人物なのですが、まあ罰を求めていたようなのでちょうどいいでしょう。

 

 

 

 『作業に集中したいので30分ほど放置してください』

 

 そう空中に描いてユウに割り当てられた部屋へと足を踏み入れます。そして風系統魔法でドアを閉めれば私だけの空間のできあがりです。4つの部屋から繋がるリビングからの音は聞こえてしまいますが、これはしかたがないでしょう。必要な機能ですので。

 さてと、作業に入る前に部屋を見渡しておきます。大きなベットに机と椅子の組が1つずつ。足の低い丸テーブルと、その上にせんべいのセット。あとはクローゼットや道具箱、小部屋用の冷蔵庫と気になるものはありません。ぽかぽかおひさまが差し込む小窓の下でユウと眠れば心地よさそうだと思うくらいでしょうか。

 問題はなさそうなのでベットの足にもたれかかり作業を開始します。今回の予定はくじ引きで手に入れた狼男の情報体を加工して、現在この身体を展開しているラビットの情報を引き継ぎつつ女性系統へと変化させること。従魔魔法による召喚の際、素体となる、『核』とも呼ばれる情報体の作成となります。

 なにか忘れている気がしますが、致命的なものではないでしょう。それに最低でも区切りまでの素材はありますので、中断という手段もとれますから。


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