あやかしの時間 1/1
月が空に輝く時、ユウくんの領土にある館へと来ていた。呼び鈴を鳴らしたわけではないが、ドアを開ければ大天狗が出迎えてくれる。
「なんじゃ、楓。もうあやかしの時間、子供ははよ帰って寝んか」
見るからに眠たそうな大天狗はそう言いながらも、私に椅子を勧めてくれた。しかし、座って悠長に話している時間はない。予想が間違っていなければ、止まっている時間はない。
「じゃあ手短に話すわね。要塞海月が護る扉に関して教えてちょうだい」
「なぜ所属する集団の長たるイザナミに聞かんのか。気に入られているのだろう?」
「あなたの領土に扉がないから」
いくつかある理由の1つだけを告げれば、大天狗は考え込むように黙ってしまった。焦る心を縛り、大天狗の口が開いてくれるのを待つ。この時間には割くだけの意味が存在するのだから。
「言えぬな」
予想通りの答えが返ってきた。この検討するという時間こそが、可能性の有無を教えてくれる。
「そもそも、私自身もよく知らぬ。おそらく、ぬしが予想している以上のことはわからぬ」
続く言葉に思わずガッツポーズを取りたくなった。まあ状況を考えれば可能性が低くなったのだから、落ち込むべきなのだろうが。それでも状況が進んだ、何をすべきか確定したことは喜ばしい。
「それでも何かを聞くか?」
「いえ、いいわ。夜遅くにごめんなさい。ありがとう、大天狗」
そう言って頭を下げ、振り返ってドアから外へ出る。
大天狗の千里眼はイナバほど"ではない"けど、それでも私の異常な行動をついでに見える程度には凄いもの。私の見聞きした情報が、私の行動がそのまま筒抜けならば、どこまで予想できているかも予想できるはず。
そして大天狗は長なのだ。長く続く妖怪の隠れ里、その1つの長なのだ。愚か者には務まらない、その場所の長という事実は信じるに値する実績でもある。
少し離れてから目の前に真っ黒で空間の裂け目ようなものを生み出し、そこへ足を踏み入れながら考える。
アルファ、アルファ2の扉の場所はほぼ確定。残る3つのうち、開け放たれ広く知られている扉がどこのものか……おそらく最も弱い世界である、ガンマのものである可能性が高い。もちろん絶対ではないが、それは開けてみるまでわからないのでしかたがないし、それを考慮するならばアルファやアルファ2である可能性すらある。
……真っ暗でありながら見通せる場所、その途中で足を止めた。
扉には門番となる魔物がいる、今目指している場所ならば要塞海月というように。しかし、しかしだ。要塞海月を倒すか、あるいは切り抜けただけで……"たった"それだけで扉は開いてくれるのだろうか。
イナバなら知っているかもしれないが……聞きたくはない。ここで頼ってしまえば、それこそいつでも頼ってしまう関係に陥ってしまいそうで。
それに今回は助かると知っているようなものであり、そこに私の我が儘を差し込んでいるにすぎない。我が儘でそのカードを切ってしまえば私は……イナバの隣にいられない気がする。
イザナミ様が知っているのはいい。それは皆が予想していることであり、不思議ではないことだから。しかしイナバが、ここで召喚されて3ヶ月も経過していない者が知っていた場合はどうなるだろうか。
……イナバにそんな目を向けさせたくない。ここは、私の隣は、居心地のいい場所であってほしい。
だから――
「今回は1人で頑張る」
誰もいない空間で小さく呟き、方針を縛りつける。
1人で最後の日まで足掻いて、そこで皆を巻き込んで……そこにイナバとユウを加えない。あの子達が動くというのなら好きにすればいいが、私から誘いたくない。
再び足を進め、真っ暗な場所に生み出された光の扉、空間の裂け目のような場所を踏み越える。