表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/169

心が止まるような一撃 1/2

 目を覚ませば見慣れた天井が見えた。そこで記憶を探っていけば……そうだ、昨日はきちんと領土館に帰ってきて眠ったのだった。まあ、それでも夜遅くまで遊んだあと針が頂点を過ぎてからだったのだが。

 あくびをして、大きく背伸びをして、それからぼ~っと窓の外を眺める。時折、あと数日を変わらぬ日常として消費していいのか、もっと特別な何かを探すべきではないのかと思うことがある。それでも……この日常もまた特別なのだろう。別に特別な何かをしようとは思えなかった。

 今日もまた、いつもどおりの日常を過ごすのだろうとベットから起き上がり、簡単に身だしなみを整えて、ドアノブへと手をかける。

 今日も良い1日になりますようにと。

 

 

 

 いつも通り多目的部屋のドアを開けて入ってみれば、なぜから皆が集まっていた。まるで私を待っていたように。

 

「この時間に集まってるのは珍しいね。どうしたの?」

 

 そう言いながら見渡してみれば、ユウくんと、その腕の中に兎形態のイナバちゃんまでいる。そして皆の表情は明るいものではなく困惑したようなもの。違うのは真剣な面持ちの楓ちゃんと、ユウくんとイナバちゃんだけだろうか。

 そんな雰囲気に心臓が高鳴るのを感じた。

 

「サリア、聞きたいことがあるの」

 

 楓ちゃんの声が硬い。大天狗達が領土に攻めてくるとわかった時よりも硬い。

 心臓がより高鳴る。次元海月を前にした時よりも。

 だから頷けない。頷いてはいけない気がして。

 

「次のログイン、約束してくれない?」

 

 その言葉を聞いて、全身から汗が湧き出したように感じる。それでも身体は寒さを感じていた。

 

「か、楓? それは相手の都合というものが」

 

「黙ってて」

 

 翠ちゃんの言葉を、楓ちゃんが静かに遮る。その迫力に、圧力に、翠ちゃんは次の言葉を紡がない。

 

「そういう事って受け取ってもいいのね?」

 

 楓ちゃんが諦めたように、少し俯いてそう呟いた。

 否定しなければならない。絶対に否定しなけれならない。それなのに……口から言葉は出てこない。首を振ることすらできない。

 ここで否定して、残りの時間を皆と一緒に楽しく笑って過ごして……それで……それで……。

 

「もういいよ」

 

 滲む視界の先で、誰かがそう言って消えていった。

 拭っても拭っても視界は晴れなくて、まるで私のこれからのようで……何もできず、その場に崩れ落ちてしまう。

 

 

 

 気づけば窓の外が朱く色付いていた。貴重な半日を無駄にしてしまったこともだけど、最後に見た楓ちゃんの表情が忘れられない。あの諦めたような表情が、声が消えてくれない。

 

「落ち着いたか?」

 

 その声に顔を向けてみれば凛ちゃんがソファーに座っていた。まさかずっと待っててくれたのだろうか。

 

「うん」

 

「サリアにも事情があるのだろうが、少し話してみないか? どうせ"何かある"と知れてしまっことだし、吐き出したほうが楽になるかもしれない」

 

 その言葉に再び動きを止めてしまうかと思ったが、口はすんなりと開いてくれる。

 

「私ね、次のログインまでに死んじゃうんだ。そもそも、この3ヶ月だって生きられなかった3ヶ月で、時間が止まったここだから生きられているの」

 

「そうか。ここの身体は別物だからな、あちらと違うことは理解していたが……そうか」

 

 端的な情報を吐き出したところで、急速に頭が回り始めた。そこでまず考えたことが、どうして楓ちゃんが気づいたか。

 イナバちゃんが気づいたのは魔法が使えないことだけで、それは分かる人には分かること。街中で歩いている人の誰かにも気づかれているとは思っている。

 しかし、こちらに気づける要素はないはずだ。情報体を通して魔法を使っているなどのヒントは何もなく、身体も健康で、そんな素振りも見せていないはず。

 そう、ただ唯一知っているあの子が異常だったのだ。

 

「……ねえ、楓ちゃんは誰から聞いたのかな?」

 

「誰にも話していないのだろう? ならば自ら気づいだのではないか?」

 

「凛ちゃんは少しでも、気づけた?」

 

「いいや。君の偽装は完璧だったと思うよ」

 

 凛ちゃんはまるで褒めてくれているように、首を横に振って答えた。

 そういうことに敏感な凛ちゃんが"まったく"気づけなかったのだから、楓ちゃんでも難しいだろ。だからこそのカマかけと考えれば……どうだろうか。

 私には、あの表情が確信と僅かな希望にすら思えてしまっている。

 

「しかし楓なのだから、気づいても不思議ではない。私にとっての楓はそれだけの実績があるんだよ」

 

 そう言ったりんちゃんは嬉しそうで、それでも複雑な微笑みを浮かべているように見えた。なんとなくだが、楓ちゃんだけが1段上にいるような、そんな状況なのだろうか。

 しかしあの子の姉と考えれば不思議ではないはずなのに……まるであの子だけが別格のように思えて、どうしても納得できていない自分がいる。

 

「まあ今回に限っていえば、ちょっと行き過ぎとは思うが……君がいなかった2日間に特別なことはなかったんだ。それでも楓は"昨日"、気づいた。偶然ピースが嵌まったということかもしれない」

 

 私がユウくんの領土に行っていた時、少なくとも凛ちゃんから見て特別なことはなかった。しかし情報体による通信や魔法による通話がある以上、目に見えない情報のやり取りなど数多くある。

 ……そもそもだ。私が知らない技術はたくさんあるのだから、悩むだけ無駄かもしれない。なにより私らしくない、。

 

「ねえ、楓ちゃんの好きなものって何かな?」

 

「ふむ。それならばユウくんではないかと思うが……別に楓は怒っていないぞ?」

 

「ふぇ!?」

 

 あの雰囲気と状況で怒っていないは無いだろうと思うが……長く一緒にいる凛ちゃんの言葉。私の予想よりも合っているだろう。

 

「私も葵に言われるまで気づけなかったんだが、あれは最終確認。そして私達に君の状況を伝えるための行動だ。あとは……まあ気にしなくていい」

 

「え、気になるんだけど?」

 

「……そうか。葵も予想だと言っていたが、ユウくんとイナバの反応を見ていたかもしれないと」

 

 そこで区切った凛ちゃんは、私をじっと見つめくる。そして再び口を開くのだ。

 

「少し踏み入った質問になるが、もしかしてあの2人は知っていたのか?」

 

「……言えない。ごめんね」

 

 口から漏れそうな言葉を必死に飲み込んで、口を結んで、少し落ち着いたところで口を閉ざすと告げる。あの子は約束してくれたのだ、私も約束を守らなかければならない。

 さっき、一瞬だけ疑ってしまった自分が情けない。あの子なら動かすのではなく、動くはずなのに。それすら忘れて、不満を押し付けて……ちょっと頭を冷やしてきたい気分だ。

 

「ところでサリア、街の外に行く時は私を傍に置いてくれないか?」

 

「え……ううん、それは悪いよ。そこまで頼れない」

 

 思わず頷きかけたが、それに頷いてしまえば凛ちゃんを縛ってしまう。それは私の望むところではない。

 

「違うんだ。私は考えることが得意ではなくてだな、結局は戦うことしかできない。私に唯一できることをさせてくれと、我が儘を言っているんだ」

 

 そう言った凛ちゃんの頬は少しだけ朱に染まっていて、そこを指で触れるように掻いて。その言葉に恥ずかしさなどないというのに……ぎゃっぷが少し可愛い……ではなくて、どうするべきなのだろうか。

 お願いすべきか、やんわりと否定すべきか……その2つで悩んでいれば、部屋のドアが開く音が聞こえる。そちらを向いてみれば、お盆を手に持ったうさ耳少女と可愛い男の子がいた。

 

「できるだけ長く一緒にいたいって言ってるんだよ、凛さんは。その気持ちが同じなら受けてあげて」

 

 お盆をテーブルに置いたユウくんが、諭すようにそう言う。

 

「むむ、"友達と"できるだけ長く一緒にいたいのは"当然"ではないか」

 

「凛は誰にでも優しいから分かり難いのですよ。あなたは見ず知らずの相手でも悩みを聞くでしょう?」

 

 少しだけ頬を膨らませた凛さんが反論を奏でれば、イナバちゃんの否定の言葉が混ざり不協和音になる。凛ちゃんは苦い表情を浮かべ言葉を返せない。

 

「サリアもですよ。何もできなかったらどんな気持ちが残るのか、あなたは知っているはずです。それを考慮してなお、あなたは断りますか?」

 

「い、いや……断れないかな」

 

 何もできないというのはとても辛い。それはよく知っているし、よく"聞いた"。

 

「まあ、どうせ断っても動くのだから悩むだけ無駄かもしれないね。それはそうと夕食にしようか」

 

 その言葉を聞いたところで、鼻が機能を思い出したように漂う香りを感じ取り……お腹が鳴った。ちょっと顔が熱くなる。並べられた料理の数々を見れば、なおさら空腹を満たせ満たせと訴えてきた。

 

「サリア、あなたはもう少し我が儘になるべきですね。我慢してばかりでは損するばかりですよ。あなたも、周りも」

 

 そう言ったイナバちゃんはお皿を並べ終え、既に並べ終えて座っていたユウくんの隣へと腰を下ろす。

 我が儘……我が儘とはなんだろうか。私は十分に我が儘を言ってきたつもりだが、それは何かが違ったのだろうか。そんなことを考えながらも、今の位置で座り直す。

 私らしくない。とりあえず目の前の満足を手に入れてから考えることにしよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ