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呪い 1/1

 サカフィの街、領土『輝夜』の領土館。その一室で2人は顔を合わせていた。

 1人は長い黒髪が腰を撫で、黒陽のような黒い瞳をした人族の少女。テーブルを挟んで向かいにいる相手を弛緩しきった表情で見つめる、領土『輝夜』の総代『楓』。

 1人は肩下まで伸びる金髪と翡翠色の綺麗な瞳をした妖族の女性。特徴的な狐のような耳と、同様に狐のようでもふもふとした尻尾を隠すことなくさらけ出しており、緊張がない様子が窺えるのは領土『妖族の里』の総代(代理)『金狐』。

 とある出来事をきっかけに親しくなった2人は、今日もまた2人きりで愚痴を吐く予定でいた。

 

「最近どう?」

 

 楓はそう言いながら、"魔法による"アイテムボックスからお菓子の並べられたお皿を取り出し、テーブルへと置いた。

 

「大天狗様がおられなくなって仕事が増えると思っていたのだがな、なぜだか増えていないんだよ。むしろ減った気さえする」

 

 そう返した金狐は傍に置いていた紫色の肩掛けバック型アイテムボックスから、先に置かれたそれに対抗するようにお菓子が並べられたお皿を取り出しテーブルへと置く。

 

「あなたが世話を焼きすぎってことね。現実では自重しなさい」

 

「刑部にもそう言われていたんだがな、やはり体験してみないと実感できないものだ。しかし大天狗様もわかっていて世話を受けてくださっていたのだと思うがな」

 

 互いが互いの置いたお菓子へと手を伸ばす。そして静かにひとくち食べ、飲み込んで口を開いた。

 

「なんだ、市販品ではないか」

 

「なんで毎回手作りなのよ。私は第3陣で、普通の高校生で、慣れない事が多くて忙しいの」

 

「あなたの手作りお菓子が大好きなんだ。作らせるために決まっているだろう」

 

 それを聞いて額に手を当て頭が痛いといった様子の楓を見て、金狐は小さく笑う。

 

「しかし、あの子のお菓子もたまには食べたいのだが……どうか?」

 

「どうか、じゃないわよ。領土が違うんだから、欲しかったら大天狗にでも強請りにいきなさい。そのためのあそこでしょう?」

 

 大天狗が属する領土に領土館はなく、所属者専用の建物といえば領土に存在する小さくも大きくもないものだけ。そして、領土は『輝夜』と『妖族の里』の両方に接していて、囲まれているような場所にある。

 どちらの領土からでも会いに行けるのだ。

 

「毎日行っては大天狗様があそこに行かれた意味がないだろう? それに今日は天狐様も行っておられるみたいだからな」

 

「そっか。サリアちゃんが帰ってきてないから、鉢合わせてるかも。まあサリアちゃんなら天狐だと知っても問題ないかな」

 

「まあ私と撃ち合えるのだ、天狐様相手でも少しは持つだろうよ」

 

 そう言った金狐は空想の世界を見つめて、くっくっくっと楽しそうに笑う。

 そこで間が置かれ、両者が別のお菓子をひとくち食べて、飲み物で喉を潤し、再び会話は再開された。

 

「そうだ、そのサリアなんだが……楓、私の固有能力を知っているよな?」

 

「え、知らないんだけど。というか私をなんだと思ってるの?」

 

 楓はそう言いながら金孤に訝しげな視線を向けるたが、金狐は余裕の表情でそれを受け止める。

 

「なんだ、知っているかと思っていたぞ。まあ魂の輝きを見る能力なんだがな」

 

「それは……まあ便利かな?」

 

 一瞬だけ悩んだ楓は、笑顔を浮かばせきれずそう答えた。

 

「ああ、いいぞ。初見で好みの相手がわかる」

 

「私はどう?」

 

 自慢するように語った金狐に対して、楓は自信ありげに胸を張り問いかけた。

 

「綺麗なものだ。それでいて作り物めいた感じがなく、ある意味で到達点かもしれないな」

 

 冗談で聞いた楓は、純粋にそう返されて一瞬だけ言葉を詰まらせる。しかし即座に別の言葉を用意して口を開いた。

 

「ありがとう。"お世辞として"受け取っておくわ」

 

「ああ、そうしたほうがいい。それよりもだな、あなたのところにいる精霊族の彼女についてだ」

 

「一応、妖精族ね。多分、他の世界の精霊族と同等の存在だと思うけど、あの世界には精霊族って区切りがないから。それでサリアちゃんがどうかしたの?」

 

 そう聞き返した楓はせんべいに手を伸ばし、それを口に運んだ。

 金狐がサリアの話題を出すことは少なくない……が、それは他の皆に関しても同じことだ。相手をより知るため、楓も"金狐から見た"大天狗や刑部狸について話題をふっていたので今回もそれかと油断していた。

 

「てっきり知っていると思っていたんだが、どうにもあなたの様子を見る限り知らないような気がしたからな。伝えておくぞ」

 

 その真剣な声音と表情に、楓はせんべいを持つ手を止める。真剣な内容が無いわけではなかったが、互いの領土に所属する誰かを指定したものは無かった。気になることがあれば軽く情報を流す程度で、あとはそちらに任せますというのが最初に決めた暗黙の了解だったのだから。

 つまり今回の件は急がねばならないか、重要度が段違いであるということ。

 

「彼女は死ぬ。あの魂は酷い呪いに侵されているぞ」

 

 楓の手からせんべいが落ち、部屋の中に軽い音を響かせる。

 

「……え、どういうこと?」

 

 混乱する楓にできたのは、無様に聞き返すことだけだった。その様子を見た金狐は、いつもならばどんな内容でも冷静に切り返す楓と比べて、知らなかったのだと確信する。

 

「そのままの意味だ。たしかにここはゲームの世界だが、なぜか魂の輝きは共有している。つまり現実の彼女は死にかけているのだ」

 

「え……? ど、どうして……?」

 

 楓は思わず頭を抱えてしまった。それを見た金狐は年相応のところもあるのだなと安堵しながらも、心配を隠さない視線を楓へと向ける。

 

「まあ普通はどうにかなるものではないからな。ここで出会って仲良くなったあなた達にそんな無駄なことを聞かせて、楽しい時間を台無しにしたくなかったのだろう」

 

 これが金狐の出した結論。だから今回、告げるかどうか相当に迷っていた。夜を明かす程に悩み抜いて、それでも"自分の友は楓"だと納得させ、相手を混乱させるとわかっていても告げたのだ。

 

「……違うの。それをあの2人は、少なくともユウくんだけは知っていたはずなのよ」

 

 しかし金狐を待ち受けていたのは予想外の言葉。あの2人といえば名前が出た楓によく似た白髪赤目の可愛らしい少年が確定として、そうなれば残る1人は近くにいる白兎だろうと見当をつける。

 

「どうだろうか。現にあなたは隠し通されているではないか」

 

 金狐は考えを進めつつ、楓が納得するわけがないとしったうえで時間稼ぎの言葉を告げる。

 しかし金狐の言葉は嘘ではない。楓はあの2人をかなり評価しているが、金狐から見れば大天狗すら打ち負かした得体の知れない実力を有する者達。そういった人を見る目に関して楓より優れているかと考えれば、首を捻る結論しか出てこないのだ。

 

「……ふぅ~。ごめん、落ち着いた。とりあえず、その程度であの子の眼からは逃れられない。つまり隠す理由があったってことよ」

 

「隠すというか、本人と同じ理由ではないか? 別世界の彼女相手に、あの子に何ができるというのだ?」

 

 確信している様子の楓を見た金狐はそれを前提として話を進めることとして、言葉の最後で僅かな引っ掛かりを見せてしまい頭を抱えたくなった。

 それは無意識のものだったが、すぐに気付ける程度のもの。何が引っ掛かったかすぐに思い出せたもの。なにせ最近それについて悩み抜いて"存在する"と予想したものなのだから。

 しかしテーブルに視線を落とす楓に気づいた様子はなく、僅かに安堵した。

 

「……そう、私の力不足なのよ。ちなみにあなたなら、その呪いは解ける?」

 

「……無理だな」

 

 顔を上げて縋り付くような、それでいて期待していないような楓を見た金狐は悩み、すぐ頭を横に振った

 

「あれは代々受け継がれてきた、積み重なり変化していった呪いだ。魂と密接に絡まっていて、どうにかできるようなものではない。もし魂に傷をつければ……わかってくれるな?」

 

 絶対にできないとは言わない。金狐としても可能性がゼロだとは思っていないのだから。

 しかし僅か、コンマすら比較にならないような小さな可能性を安請け合いはできない。それは僅かであろうとも彼女の貴重な時間を奪ってしまうだけでなく、次の人生すら奪ってしまうかもしれないのだから。

 金狐は実際に転生や生まれ変わりを見たわけではないが、長く生きていることもあり非常によく似た魂というものは見たことがあった。だから完全な肯定はできずとも、否定はできないと言い切れる。

 

「いえ、あなたに頼むつもりはないわよ。ただ難易度を知りたかったの」

 

「では言っておくぞ、やめておけ。彼女の魂を見る限り、きっと彼女は何も悪くない。それでもあちらに行く手段もなく、解呪する手段もないのだから望み通り見送ってやれ」

 

 系統の違う呪いとはいえまったく読み取れないわけではない。だからサリア自身が受けたわけではないこと程度は知れる。

 それを考えれば"生まれの運の悪さ"という状況に当てはまり、それは金狐が多く見てきたものだった。まだ納得して逝けるだけ、最期にこのような輝く魂と出会えただけでも幸運というもの。

 金狐が同じ状況ならばと考えれば、あとに濁りを残したくはない。ゆえの結論だった。

 

「……友達が不幸に死にゆくのに、黙ってみていろっていうの?」

 

 底冷えするようなその声に、その視線に、金狐は身を震わせた。これは平和な世界で、戦争すらない国で過ごす大人にも満たぬ者が纏う雰囲気ではないと。

 幾多の不幸を乗り越えた先で1人だけ残り、後悔を積み重ねたもののようだと。

 

「力不足なのだから、可能な限りの幸せを刻んでやれと言っているのだ。私とて楓の友、手を貸してやりたいが……さすがになにもできん」

 

 金狐は震えそうになる声を絞り、あたかも冷静であるように振る舞う。

 

「違うの。これは"救えるはずの未来"なんだから、絶対になんとかするの。私が何もしなくても救われる未来のはずだけど、それでも私が救ってみせるの」

 

 楓の後悔の色は深まっていく。数多幾重の不幸を見届け見送ってきた金狐ですら目を逸らしたくなるほどに、濃く濃密に。

 それは間違いなく、年端もいかない少女が見せていいものではない。金狐の眼から見ても楓という人物は異常な才を有していたが、その"生まれの運の良さ"を考慮しても総合的に見て不運と思わざるえない。

 たかだか感覚と予想だけの話であっても、確信させるだけの雰囲気がそこにはあったのだ。

 

「……まあ深くは聞かないさ。しかし手を出して悪化してもいけないだろう? 手立てはあるのか?」

 

 結果、金狐は逃げ出した。目を逸らした。

 すぐにでも帰り布団の中で後悔を叫びたいが、楓をこのままの状況で放っておきたくはない。それはいつも通り予定通りに帰り、その日の夜にでもできる。

 金狐はそう自分を納得させた。

 

「ベータ世界の天翼族が世界渡りの法に感して情報を知っているはず。呪いは……情報体でいけるかも」

 

 呟くようなそれは、既に可能性として確立している。金狐もそれらしき噂は得ていたのだから。

 

「……1つ聞いてもいいか?」

 

「なに?」

 

 諦めさせるか、手伝うか……その判断に迷った金狐は問いかけた。

 

「なぜ諦めない? 世界渡りなど天変地異レベルの馬鹿げたことだ。情報体はこの世界固有の技術だ。なぜ魔法すら無いアルファ世界のあなたが、それを叶えようと思える?」

 

 ここ以外に情報体はない。アルファ世界に魔法はない。

 そんな世界で、小学生から高校生あたりの男子が夜中に妄想するようなことがらを、なぜ真剣に検討できるのか。あとで知って悲しむだけでも喜んでくれるはずなのに、絶対にそうなると予想できる相手と出会えただけでも幸運だというのに、なぜそれを超えて求めようとするのか。

 

「魔法の多くは妖術で代用できるものだから諦める必要はない。そもそもこの世界によって世界が繋がっているのだから、渡れる可能性は十分に見えている。情報体に関しては……きっとどの世界でも扱える技術よ。ただ扱う機器が存在しないだけ」

 

 一切の間も無く答えられたそれは、金狐にとって否定できないものだった。

 "アルファ世界出身の"金狐が妖術を扱えているのだから、魔法の代用が妖術で叶うのなら、同じアルファ世界出身の楓が諦める必要はない。

 なんらかの奇跡によって手の届かないはずの世界が繋がっているのだから、意思が交わっているのだから、諦める必要はない。

 情報体に関しては、楓の表情が確信していた。

 どこに否定できるものがあるというのか。

 そもそも、だ。金狐が示してしまっている。妖術だけで呪いを解ける可能性があると。それがあれば情報体の有無など関係ない。

 

「というかさ、大天狗は世界渡りできるわよね?」

 

「……え?」

 

 当然の問いに、その内容に、金狐は間抜けな返事しかできなかった。今までの内容がすべて吹き飛ぶほどに、それは衝撃的な言葉だった。

 

「あ、ごめん。忘れて」

 

「いやいや、さすがに無理があろうだろう。言って貰おうか?」

 

 しまったといった様子の楓に金狐は食らいつく。このような状況でなければ漏らされなかったであろう内容に、機会を逃すまいと。

 

「いやさ、私も大天狗を見たことがあるのよね。あっちで」

 

 楓が示すあっちがわからない金狐ではない。しかし、それを聞いて少しだけ落ち着きを取り戻せた。

 それなら理由付けができると考えて。

 

「時折、穴が空くからな。そこを通れば私でもいけるぞ? それに私達はもともとアルファ世界の住人だ。知らないとは言わせない」

 

 途中で失敗したかと思った金狐だったが、口を出た言葉は戻せない。だから知っている前提の言葉に切り替えた。

 

「それって不定期に、一定期間だけ開いているものでしょ? 大天狗は毎年、同じ日に来てるから。どう考えても世界を渡れるわよねってこと」

 

「……ああ、たしかに。絶対、空ける日があったな」

 

 毎年、あの日だけは絶対に、何かが起こって僅か数時間となっても姿を見せなくなる日があった。それでも翌日にはけろりといつも通りいてくれるのだから、それでいいと納得している日が。

 

「あ~……私も数回しか見たことないから」

 

 そう言いながら楓は手を軽く振る。まるで詳細は知らないわよと言わんばかりに。

 金狐はハッとして、そんな求めるような視線を向けていただろうかと思ったが、まあまず間違いなく食らいついていただろうと納得する。

 

「……金狐、ありがとうね。相当、迷ったでしょ」

 

「なに、有益なことを聞けたから気にするな。いーぶんだ」

 

 普段通りを装おうとしている楓に、金狐は満足した様子でそう告げた。

 互いに隠しきれていなくて、それでも相手を思って隠そうとして。これは子供のやり取りかと嬉しくなり。そして無茶をするのだろうなと、それを止められるのかとワクワクして。


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