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争いの先に 3/3

 報告書が纏められた仮想ウィンドウに新たな通知が表示された。高速モードなので他の指示を出しながら、通知を開く。本当はゆっくりと読みたいが、それをしていてはまず勝てない。あまつんがしていたイージーモードの"他の勢力"ですら、それでは勝てないのだから、このゲームの難易度はかなりおかしいと思う。

 

「えっと、なになに……うん、うん?」

 

 その内容に頭の中がぐちゃぐちゃになった。同時に2通というあたりが余計に思考を乱す状況へと招いている。

 

「……休戦協定? え、これってどういう意味があるの?」

 

 足の間に座っているあまつんが振り返って訪ねてきてくれたが、私が聞きたい。

 不利になった場面、あるいは1つの勢力だけが強くなりすぎた場面などならわかるのだが……今は開始直後といってもいい状況。そこで貴重な船と人材を使ってまで、もしかしたら船と人材を失う可能性すらあるというのに、使者を送ってきたのだ。

 

「サリア、どうするの?」

 

 再び通知ウィンドウへ向き直ったあまつんの背中がそう聞いてくる。この判断に費やす1分1秒が、のちの差になっていく。私の思考を乱すことを狙ってしたのだとしても、リスクに見合わない。

 わからない、わからないが……

 

「丁重にお断りして、船も使者も無事に返そう」

 

 そう答えながら指示ウィンドウから指示を出す。そうすればすぐに戦況ディスプレイに示された船が2つの大陸へと戻っていく様子が窺えた。念の為、領域の端まで見張らせてみたが、戦力を伏せていたりはしていないようだ。

 

「なんだったんだろうね?」

 

「さ~」

 

 しかし、なにも起きなかったことで私は少しだけ有利になった。人材と船一隻という僅かな差だが、それでも開発速度や物資運搬の差というものは大きい。

 こちらは今、新たな駆逐艦が完成したがあちらはまだ重巡レベルの戦艦で止まっているだろう。開発は分岐するので、僅かな遅延が長い差となってしまう。

 

「ね~ね~、攻めないの?」

 

「今攻めても海に面した領地で止まっちゃうからね。そこで戦力を分断すれば他のところに攻められて、本拠地が落ちれば負けちゃう。だから攻める時は一気だよ」

 

 私は主戦場が海と考えているから、陸上兵器の開発は遅れている。当然、陸地まで攻め込まれれば弱いが、その前の海上で足止めできるから問題はない。

 抜けがあったとしても、それは軽装の兵士で小規模なもの。陸兵士の鍛錬は怠っていないから問題なく対処できる。

 

「ふ~ん」

 

 あまつんの顔は戦況ウィンドウに向けられている。動きがなくてつまらないのかもしれないが、まだ我慢だ。戦闘機と空母さえできれば陸上での戦闘も一気に進められるし、海上戦も圧倒的有利になる。潜水艦が怖いが、それが完成するまでに攻めきればいい。

 ……そうだ、今回の主力空母はどの子にしようか。CPUが相手ではないのだから余裕はないし、やはりエンタープライズ軸の新空母にしておこう。

 赤城軸の空母はもっと時間がある時に……なんて、無理だった。残りの時間でこのゲームをする時間は無いはずだ。楓ちゃん達と魔物を倒して、街で買い物をして、夜は皆でお喋りをして。

 普通を満喫したい。ゲームは大切な趣味だけど、今の目的はそちらなのだ。

 

 今後の方針を決めたところで指示ウィンドウへと意識を移す。まずは動きのない、失礼だけど弱そうな大天狗から狙っていこう。

 

 

 

 ちょっと目の前の光景を信じたくない。いや、実際には勢力ウィンドウを眺めて報告書に目を通しているだけなのだが。

 空母『Ep2』と航空機の開発が終了して、スパイの調査結果から他の勢力と比べて1世代以上先の兵器を有していることも確かだった。だから大天狗を攻めようと戦力の一部を集結させていたのだ。

 当然、その間に攻められてもいいように防衛に特化した兵器は残している。耐えて、その間に本隊が戻ってくれば十分に抑えられるはずだった。

 では今の状況はなんだろうか。

 まさかのイナバちゃんが攻め込んできた、ここまではいい。スパイから情報を得て知っていたし、侵攻を少し遅らせればいいのだから。

 しかし、なぜ私側の戦闘機"だけ"がどんどん落ちているのかがわからない。報告書によると相手の航空機は1世代前のものであり、母艦も赤城を軸にしただろうものが2隻。不利の報告があがってきて相手は何隻かと思えばこれだ。

 こちらは何隻が対応に出ていると思っているのか。倍どころか、2桁の数を出している。航空機も同様の差がある。

 なのに、どうして……私の軍は負けているのか。

 

「え、どうして負けてるの? たしかすべての兵は同じ強さで、兵器も勝ってるんだよね?」

 

「そのはず……なんだけどね」

 

 私も首をひねるしかない。同じ兵だから兵器と戦術・戦略による勝負になるのだ。1世代前の兵器を相手にここまで差をつけられてしまっては戦術や戦略の意味がなくなってしまう。

 それこそ、私達の世界のように『王』や『勇者』などの突出した存在を抱える国が、その存在だけで強国となっているように。いくら人数が多かろうと、種族として強かろうと、そういう存在の有無が集団の強さになっているように。

 と、ここまで考えてそれはユウくんや楓ちゃんのログイン世界であるアルファも同じだと思い出した。守護神『イザナミ』や『アテナ』を有する2国が頂点であり、その下で他の国が兵器によって競っている。頂点2国がそこに加わったとしても上位らしいけど、それは守護神という護りによる時間が生み出した力だとも聞いた。

 

「うわ~、あの2機がどんどん落としていってるね」

 

 そう、その2機がおかしい。ほかも厄介だが、兵器の差と数でどうにかなるレベルだった。しかし、その2機が攻めと守りに別れているせいでなにもできない。させてもらえない。策のすべてが無駄となる。

 というか、リアルタイムから遅れて届くこの情報で今がこの位置ということは――

 

「サリア、降参してくれますね?」

 

 開かれたドアの先からうさ耳の女性が現れ、そう言った。なんとも退屈そうな表情を見れば悔しくなってしまう。負けを言葉に出したくないと思ってしまう。

 

「いいじゃない、撃てば。それはそのための銃だよ?」

 

 降参すれば相手の傘下に入る。撃たれれば領土がそのまま相手のものになる。

 提督に許された唯一の武器である『銃』はそのためにある。

 

「銃など始まった直後に砕きました。休戦協定を申し込む条件は知らなかったのですね」

 

 その言葉にぽかんとしてしまう。そもそも"そういうゲーム"なのだから、自分から休戦協定を願ったことはなかった。相手からのものは条件が良ければ受け入れる程度だったし、自ら願う必要がある状況に陥ったことがなかったのだ。

 

「え、それじゃあ……」

 

「はい。あなたが降参してくれるまで、私はこの部屋から出られません。当然、指示も出せません」

 

 ここはまだ私の部屋だ。入退出の制限も私が有している。

 そして、この部屋から他の人物が、他の勢力に対して指示を出すことはできない。つまり『銃』がない現状、私が粘ればイナバちゃんは指示が出せず、他の勢力が攻めてきても対処できない。

 その結果としてイナバちゃんの勢力が滅ぼされれば、私の部屋からイナバちゃんは消える。

 私は復帰できる。

 

「……じゃあ交換条件。イナバちゃんのところの強い2人について教えてくれたら、降参する。うん、約束」

 

 そう言って右手を胸の前に移動させ、握った拳の中から小指だけを伸ばす。

 

「はい、約束です」

 

 そう言ったイナバちゃんは私の胸の前に手を移動させ、私の小指に小指を絡ませて2回ほど揺らした。

 なんの躊躇もなく行われたそれに、ムキになっている自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 

「実はこのゲーム、AIが成長するんですよ」

 

「……え、うそうそ。私も結構試したけど、あそこまでの差はなかったよ?」

 

 個体に差があるのは知っていたが、微々たるものだった。エースと呼ばれるような人材を生み出すことはできたが、それ以上の存在、それこそイナバちゃん側にいた1人で軍を壊滅させるような存在は生み出せなかったのだ。

 

「もともとバグ扱いだったのですが、楽しそうだと正式に仕様となった機能です。これがなければ私なんて弱いものですよ」

 

 淡々と話す様子が、それに違いはないと信じているように思えた。

 実際、真正面から正直に突っ込んできているので間違っていないのかもしれないが……イナバちゃんが本気を出せば、それこそ汚い手段も取り入れれば弱いとは思えない。

 真正面から勝利するイナバちゃんだからこそ、その姿しか見たことがないからこそ、それを解禁した時の実力は闇の先なのだ。

 

「信じていませんね? ですが私は放任主義というか、抱えるつもりがないのでそんなものです。はっきりいえば両手が埋まっているだけで十分ですから」

 

 イナバちゃんは膝を折り、座っている私と視線の高さを同じにしてそう言った。

 とってもとっても恐ろしい言葉を。

 あそこまで優しくお節介焼きのイナバちゃんが、他のものに興味が無いと言ったようなものであり、その両手の先を害するなら容赦はしないと言ったようなものでもあったから。

 その片方は間違いなく楓ちゃんだろう。

 ではもう片方はと考えるが、ユウくんとは言い切れない。特別な存在なのは間違いない気がするが、どうしても手を握り合ってらんらんしている姿が思い浮かばないのだ。

 

「ちなみに手の先は?」

 

「楓と姉さんです」

 

「ユウくんは?」

 

 無意識に聞き返してしまった。なぜだか聞いておかなければと、死ぬ前に聞いておきたいと思って。

 

「私があの子の手を追っています」

 

 その即答に納得してしまった。理由など知らなくても、あの2人を思い出せば納得できてしまった。同時に違うだろうなとも思って、つい笑ってしまう。

 

「あの~……私もいるんだけど、話してよかった内容?」

 

 あまつんが居心地悪そうな声でそう聞いてきた。いや、これはイナバちゃんに聞いたのかもしれない。

 たしかに"私だから"話してくれたのであれば、あまつんに聞かれたのはまずいだろう。しかしイナバちゃんがそういうことを見逃しているとは思えない。

 

「あなたは聡明ですから、口を閉ざすでしょう。それよりも優先すべき内容なら話して構いませんが、それほどの価値は無いと考えています」

 

「……やっぱり知ってた?」

 

 そして「あはは」と苦笑したあまつんは、やはり他にも隠し事をしているのだろう。しかし、あの大天狗の知り合いなのだから、一般人の私に隠さなければならないことはあって当然。気にしていない。

 

「まあ、あの子が何をしでかすかわからないのでそれなりに。あの子は楓や私を高く見すぎていることがありますので、少し心配なところもあるのですよ」

 

「いや~、さすがに大天狗様に勝ったあなたを低くは見れないよ?」

 

「見ていないあなたならそうなるでしょうね。しかし、私の役割はあなたの後ろにいるその子でも担えました。ただユウからの信頼が最も高かったのが私だったというだけです」

 

「ふへっ!?」

 

 聞きたいことを聞けて緊張が解けていた私は、イナバちゃんの言葉を聞いて変な声を出してしまった。

 大天狗を前にして私がなにかできるとは思えないし、そもそも何をしていたのかすら知らない。それどころか"結果すら"知らないのだ。知っているのはただ1つ、そこにいた3人で新しい領土に移ったということだけ。

 

「う~ん……サリアには悪いけど、それは流石に納得できないかな。私は金狐ほど大天狗様信仰者じゃないけど、それでも客観的な差は把握しているよ?」

 

 様と呼んでいるほどだから怒るかと思っていたが、思ったよりも冗談を受け流すような軽い雰囲気に聞こえる。腕の中の感触もピリピリしている感じはしない。

 

「勘違いしないでください。私がした役割がその程度だった、ということです。そもそも力試しをしていたわけではないのですから、戦闘能力など関係ありません」

 

「う~ん……何があったか聞いてもいい? 大天狗様も金狐も教えてくれないしさ、知ってるなら教えて?」

 

 そう言ったあまつんの身体に少しだけ緊張が感じられた。むしろ、今のお願いこそがあまつんにとって大切だったのかもしれない。

 

「あなたには話す必要のない内容だったということでしょう。私は踏み入れるような立場ではなく、ただ横に立っていただけに過ぎないので話せませんね。あと、金狐も知らないと思いますよ」

 

「え、あの金狐も知らないの? たしかな話?」

 

「大天狗が話したかどうかになりますが、どうせ話していません。そして金狐の千里眼ではあの場所は覗けなかったでしょうから、そういうことです」

 

「まあ金狐の千里眼って発展途上だからね」

 

 そう言ったあまつんは腕を組んで悩むポーズを見せる。

 というか、私も馬鹿ではないのでここまでの会話を聞いてしまえばあまつんの呼び名がある程度、絞れてしまう……けど、あまつんが"ここ"に望んでいるのはあまつんなのだろうから、考えるのはやめよう。

 あまつんはあまつんでいい。そうに違いない。

 ……と、そんなことをほんわかと考えている状況ではなかった。

 

「あ、そうだ。降参するね」

 

 そう言って指示ウィンドウから降参を選択する。

 このゲームでは1分1秒が貴重であり、高速モードなら尚更。私が最後の1人ではないのだから、これでは粘っているのと変わらない。降参すると決めたのなら、すぐに降参してから聞けばよかったと少し反省する。

 

『イナバ、そろそろ来客があるよね? 続ける?』

 

 降参した瞬間に仮想ウィンドウが開き、ユウくんの声が響き渡った。それはとてもゲームに追われているような緊迫したものではなく、普段のユウくんと変わらぬ穏やかなものであり、一瞬だけ今の状況が頭の中から吹き飛んでしまう。

 

「……いえ、少し惜しいですがここからは時間がかかりますから。次の機会を待てばいいだけなので終わりましょう」

 

 少し悩んだ様子を見せたイナバちゃんは、そう結論を告げた。

 その言葉を聞いて胸がチクリとする。イナバちゃんとユウくんがいて、大天狗とあまつんがいて、それでも私はいない。その時、次の機会に私がいないその場所を想像してしまったのだ。

 

『なに、終わるのか? 私を負かした実力をとくと拝見しようと思ったのだがのぅ?』

 

「あはは、大天狗様も負けたんだ」

 

 あまつんの元気な声に思考が浮かび上がってきた気がする。

 まあ大天狗は……しかたないね。大天狗に勝ったという情報だけではユウくんの実力は計れない。スパイの情報でしか知らないけど、まあ私が真っ先に攻めようと思った程度なのだ。

 

『なんじゃ、ぬしたちも負けておったか。やはり、こやつらは底知れぬな』

 

 そう言った大天狗はくっくっくっと楽しそうに笑う。

 

「私は弱いから勝てたのですし、そもそもユウは得意分野です。別にサリアが特別弱かったわけではありませんよ」

 

『おい、私はどうした!?』

 

「ながもんとか、とてつもなく弱いですからね。これ」

 

 イナバちゃんはそう言って、懐かしそうに笑う。ながもんと言えば領土『日本』の長門さんで、その実力はかなりのものらしい……が、詳細が知れなかった。知れたのは召喚主というか、パートナーである護さんの足を引っ張っるようなことはなかったということだけ。イナバちゃんと同じ、全力は見せてくれない。

 

『イナバ、さすがにそのフォローは分かり難いよ』

 

「別にフォローしたつもりはありませんよ。それよりも来客がチャイムを鳴らす寸前です。ログアウトしましょうか」

 

 そしてイナバちゃんの姿がパッと消える。

 ユウくんの言葉をそのまま受け取るなら、イナバちゃんは長門さんの話で大天狗のフォローをしていたらしいが、ユウくんの言った通りわからなかった。ちょっと気になるが、まあ照れ隠しと考えれば掘り返すのは野暮だろう。

 

「あまつん、私達もログアウトしようか」

 

「うん。それにしてもゲームの中でログアウトってなんか変な感じ」

 

 言われてみればログイン中のゲームの中でログインをしている状況なのかと気づく。なんというか……この世界も現実で、そこから仮想現実のゲームにログインしている気分でいた。

 ……この身体なら、この世界の身体なら、もっと未来が待ち遠しかったのだろうか。いっそのことあのゲームの設定みたいに、記憶をすべてコピーしてこちらの身体で過ごせれば……と、そこまで考えて首を振る。

 すくなくとも今の状況で、あの子に笑顔を伝えなければいけない今があるのならば、それは受け入れられない。

 

 思考に区切りをつけたところでシステムウィンドウを開いてログアウトを選択する。

 視界が切り替われば、ゲームの中と同じで皆がいる。イナバちゃんとユウくんがいて、大天狗とあまつんがいる。手の届くその場所にいる。

 ……私を視界の中に収めてくれている。


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