争いの先に 2/3
慌てふためくあまつんを抱きしめていれば、すぐに落ち着くことができた。
1度は受け止めたこと、今更なにを取り乱していたのか……。
「ごめんね、あまつん。恥ずかしいから、皆には内緒にしておいてくれると嬉しいな」
「え、でも……多分、言ったほうがいいと思うよ?」
純粋に揺れる瞳が覗き込んできたが、それはできないと心の中で否定する。
「ほら、そこまで怖い夢だとさ……深く踏み込まれると……恥ずかしいアレがさ?」
「……あ。そ、そっか。秘密にしておくね。うん、秘密」
焦った表情がとても可愛くて、少し罪悪感を覚えた。と同時に少しの我が儘を思いついてしまう。
相手も罪悪感を覚えているだろうから、少し聞きたいことを教えてもらおうと。そんな我が儘を。
「ところでさ、尻尾はどうしたの?」
「あれは……うん」
少しだけ言い難そうにしていたあまつんだが、少しだけ悩んだ末に語り始めてくれる。
「あれって実体と幻体の中間みたいなものだから出し入れ自由なんだよ。たぶんサリアの羽みたいなものかな」
最初で頭の中がハッピーランドになったけど、後半ですんなりと納得できた。なんという上手い説明だと感心する。
私の羽も出し入れ自由……というか、生成自由というか……そんな感じなのだ。詳しい説明はエルフ族の誰かにしてもらったほうがいい。
「……サリア、どうしてもアレだったら私を頼ってもいいからね? 立場上、動けないかもしれないけど……必ずなにかしてあげる」
あまつんが心配そうな表情を浮かべて、そう言ってくれた。その優しさが胸を抉るようで、それでも嬉しくて……また泣きそうになる。
「だから怖くなっておも……夜中に起きてしまったら私のところに来てね。夜でもいいから。他の人にぎゅってしてもらうと落ち着くんだよ?」
「……うん、知ってる」
昨日の夜がそれだった。アダマンタイト・ゴーレムに立ち向かった時もあるいは、そうだったのかもしれない。
「あまつんも怖くなったら……大天狗に頼るんだよ」
私に頼ってなど言えない。たかだか数週間の約束など、すぐに叶えられなくなる約束など、口にできない。
「む~、そういう時は私に頼ってって言うんだよ!」
「あはは、ごめんね」
頬を膨らませたあまつんに、空笑いで答える。
「でも私は助けられる側だから、ちょっと自信がないかなって思うとさ。だからまずは大天狗を、信頼できる相手からかなって」
「あ、う~ん……たしかに私が怖がる状況だとサリアには難しいかも。でもさ、さっきもすっごい怖かったけど、サリアは助けてくれた。手を差し伸べてくれた。あの1歩のために何年を待ったかわからないけど、サリアは出会ってすぐにしてくれた。結局、何年待っても変わってはくれないんだよ。そういう人は最初からそうなんだよ」
そう語るあまつんは今ではない、どこか遠い過去を見ているような気がした。それが妙に似合っていて、姿に見合わない黄昏感が馴染んでいるような気がして……もう1度ぎゅっと抱きしめておく。
胸に埋めて私で視界を満たしてほしい。そうすれば、そのひとときだけは忘れられるかもしれないから。
「サリア、遊びに来ましたよ」
コンコンというノック音のあとに続いて、イナバちゃんの声が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼しますね」
ドアを開けて入ってきたのはイナバちゃんに続いてユウくんと大天狗と。というかユウくんの部屋なのだからノックの必要はないというのに、律儀だなと思ってしまう。
「なかなかに面白い絵だな、あまつよ」
「ぅるしゃい」
胸の中から声が聞こえたところで現状を思い出し、あまつんを開放する。ちょっと顔が赤い気がするが、もしかしたら呼吸がし難かったかもしれない。
でも酸素を奪うことでより思考を自分だけに向けさせる。そうして悩みから離すためだからしかたがない、しかたがないのだ。
……まあ今、考えた理由だけど。
「さすがに5人も寄れば少し手狭か? 外で遊ぶかな?」
「大天狗、自分の得意な方に誘い込まない。今日はあまつの好きな方法で遊ぶって言ってたよね?」
「べ、べつに負けそうだから逃げたわけではない。それよりも何をするのだ?」
そうか、大天狗は仮想ゲームが苦手なのか。まあ自分の身体のスペックが高すぎるから、その差に慣れないのかもしれない。
そうなると何をすればいいのやら……あ。
「そうだ、ちょうど今やってたゲームが対戦できるからさ、皆でしない? 高速モードなら夜中までに終わると思うから、どうかな?」
「どんなゲーム?」
ベットの上に座ったユウくんの膝の上には、いつの間にか兎形態になったイナバちゃんが。ずっと人の姿でいればいいのにとは思うけど、まああちらのほうが甘えやすいのだろう。
「街で売ってたゲームだけど『WW2』っていうの。内容は……将軍になって軍を動かして、勝利に導く……かな?」
どうにもアレをクリアした時に軍を動かしていた気がしなかったので言葉を悩んでしまったが、間違ってはいないはずだ。軍を動かして勝利に導くことを想定して作られたゲームに違いない。
「またあの子はそんなものを流通させて……楽しめていますか? ちょっと難易度があれでしょう?」
「一応、初見でクリアできたから問題ないと思うよ。ただ皆でワイワイするゲームばかりしてきた人には少しむずかしいかもしれないけど」
「ほう、あれを初見ですか。ちなみに勢力は?」
「八重桜」
それを伝えた瞬間、イナバちゃんが唖然とした表情を浮かべて、ついで楽しそうな、それでいて笑いそうな表情を浮かべる。なんというか……とても珍しくてつい写真を撮ってしまった。
「ふふ……そうですか、そうですか。ではチーム割はサリアとあまつ、大天狗、私としましょう」
「え、ぼくも参加するよ?」
「留守番をと思ったのですが……そうですね、それも楽しそうです。にぃあたりを参加させれば先が読めない戦況に歓喜しそうですが、まあそれはまた今度」
そう言ったイナバちゃんはとても楽しそうだ。普段から冷静というか……冷めている感じさえするイナバちゃんがワクワクしているように見える。
「というかさ、私も1人で参加したいんだけど?」
再び頬を膨らませたあまつんが、私の腕の中で主張した。
「意地っ張りめ、手伝ってもらっておけ。ついでに私も誰かと組みたいのだが?」
意地っ張りな狐と、正直者の鴉と。まるで姉と妹……には見えないか。
それにしても、いくら場所がないからといって空に浮かんでいることはないと思う。狭くとも座る場所くらいは空いているのだから。
「じゃあ大天狗に留守番を頼むことにして5人別々の勢力で始めましょう」
「どういう意味じゃ!?」
その決定に頭を悩ませる。先程の結果を見る限り、あまつんこそ留守番に近いと思ったからだ。
大天狗と留守番というのも悪くはないのだろうけど、どうせならもっと遊びたいだろう。しかし……イナバちゃんと全力で競ってみたいということもあって再び組む提案をしかねる。
「……ね、ねえねえ。私がした難易度と、サリアが1回目でクリアした難易度ってさ、どれだけ差があるのかな?」
イナバちゃんの言葉に疑問を抱いたのか、あまつんが心配そうな声でそう聞いてきた。それも少しこっそりと。
「アダマンタイト・ゴーレムとパペットリーダーくらいの差……かな?」
「……ごめんね、よくわかんない。ただ相当だってことは理解できたから……一緒に組んでもらってもいいかな? 私ってじっと見守ってるの苦手だから」
私の言葉に悩んだ様子を見せていたあまつんは、諦めたようにそう言ってきた。それも「えへへ」と可愛く。
それを断れようはずがない。
「うん、いいよ。皆もそれで良い?」
「では4勢力ですね」
「ぬし、私の提案はどうなったのだ?」
「……ごめんなさい、大天狗。ルビーの帰りと来客に備えて留守番をお願いします」
大天狗の真剣な問いかけに、イナバちゃんは申し訳なさそうにそう言った。これもまた珍しいことのように思える。
「……まあ、よいわ。なんだか私を甘く見ているようでな、すぐに腰を抜かさせてやる」
「それはそれで楽しそうですので、そうなれば私が迎えましょう。ゲームをしながらでも身体は動かせますので任せてください」
「器用な……」
仮想空間に意識を割いていても身体を動かせることは知っていたが、私にはどうにもできなかった。視覚の共有すら満足にできない有様だ。
「では始めるかの。すまぬが、ベットの一部をよこすのだ」
大天狗はそう言うなり、小柄なユウくんには大き目のベットの半分を占領する。まさかの大の字で転がったのだ。
「それではソフトを送ります。接続は私を中心にしておいて貰えれば、たいていのことには対応できるでしょう」
私とあまつんは既にソフトを持っていたので、ゲームを起動して言葉通りイナバちゃんへと接続を申請しておく。あまつんの操作は私が代行しておいた。
「大天狗、仮想ウィンドウの操作許可をください」
「むぅ、頼む」
大天狗の許可が告げられた次の瞬間、皆の接続は完了していた。相変わらずイナバちゃんの情報アクセサリー操作は早い。
「条件の確認を終えたら承認を。すぐにスタートとなりますので注意してください」
表示された条件は全員同じ状況からのスタート。唯一違うのは領土だが、それはランダムで決められるのでどうしようもない。そこに有利不利はあるが、明確な有利不利はない。どこの領土であろうとどこかに有利であり、どこかに不利になるように作ってあるのだから。
そのあたりはプレイした経験のある私やイナバちゃんが有利だろうけど、まあそれも実力のうち。それに人生の経験という観点で見れば大天狗には遠く及ばないのだから、思っているよりも差は少ないだろう。
それにしても対人戦は久しぶりなので、ワクワクとしてきた。この胸の高鳴りが、抱きかかえているあまつんにも聞こえているかもしれないが止めることはできないのだ。
あまつんはどんな表情をしているのだろうかと覗こうとしたところで、全員が承認したのか感覚が切り替わった。眼の前に広がっているのは大き目の部屋と、机と、指示端末だけ。
私達の戦いはここから始まる。