争いの先に 1/3
膝の上に金髪黒目の少女を乗せて、2人で共通の仮想ウィンドウを眺めていた。
「え゛……どうやって勝つの、これ……」
唖然とした表情で積み重なった書類を眺めた金髪の少女『あまつん』は呟く。
大天狗にゲームを要求していたのでゲーム慣れしていると思っていたが、どうやら簡単な……というか、皆でワイワイするタイプのゲームが好きなだけだったのだ。
そんな少女に『WW2』などという『くそげー』に分類されるものをプレイさせてしまった。まだ序盤だというのに、まだ優勢だったというのに、仮想ウィンドウの戦況分析は真っ赤に染まっている。
「ご、ごめんね。懐かしくてつい買っちゃったゲームだけど、ちょっと難しかったかな」
「え、ちょっとじゃないよね!?」
あまつんは振り向いてまで抗議の言葉を伝えてきた。
放っておけば最終的に勝つ勢力なのだから難しくはない、これでも言葉は選んだつもりなのだ。それでも彼女の指示では……放っておけば勝つ"戦争"を負けに導いてしまった。
しかし、それは別の見方もできる。相手だけではなく、こちらのAIも賢いということだ。
まあ個別のAIがやり取りをして進めているようなので、完全にあまつんの指示が原因ということは免れないのだが。
そんなやり取りをしている間にも戦況の赤が強まっていき……ついには敗戦の文字がでかでかと表示された。投げやりにならなかっただけ、途中で投げ出さなかっただけ素質はあると思う。
「……ねえ、サリアはどこまでいけたの? 最初だよ、最初」
「初プレイは相手側で勝利したよ」
「そ、そう。ちなみに相手側のほうが……いえ、やっぱりいいや」
恐る恐るといった様子で聞こうとしたあまつんだが、先の言葉は飲み込まれて闇の中。まあ私はゲームに慣れてたし……途中から想定されていたゲームを放り投げたからなんとも言えない。
赤城が沈んだ時点で真っ向勝負は諦めてしまったのだ。兵器を追加できればなんとなかったかもしれないけど……バランスの崩壊を危惧してか、兵器の追加はできない。用意されているタイミングで開放される設計図からしか製造ができなかった。
……結局、赤城に平和な空を見せてあげることはできなかったな。
「というかどう見ても日本と日本人なんだからさ、イザナミでも出してばーんとしちゃえばいいのに」
不貞腐れたような声もまた可愛いが、それよりも気になることが。
「え、日本って楓ちゃん達が暮らしてるところだよね?」
「そうそう。まああっちの勢力だから、それをされると勝ち目はないけど……」
まあ予想していなかったわけではない。これを作った集団に会った王が、日本の畳や箸を使っていたのだから。
つまり輝夜は日本人……というか、アルファの人である可能性がとても高いんだけど……アルファ世界に魔法は存在しない。イザナミという神が生まれたのも、王が国を興した時よりあとのこと。
ではそれ以前に存在していたかというと……楓ちゃん曰く、今の技術でも他の世界に渡ることなんてできないと。そのうえイザナミの様子から、彼女であっても渡るすべは知っていないのではないかと。
そこから――
「あれ、誰が作ったのかな? こっちに来てからじゃあ、まにあいっこ無い作り込みに思えたけど……」
腕の中で唸るあまつんが可愛いので、考えはそこで終わりにしておく。
調べるすべがないのだから……これ以上、期待したくはない。それに今更、どこにいるかもわからない存在に期待していても遅いのだ。
……でも、もし最期に聞けばイナバちゃんは教えてくれるだろうか。輝夜とはどんな存在だったのか。
全貌を知りたいわけじゃない。ただ……最期に、私だけに、消えゆく私だけに教えてほしいのかもしれない。それが少しだけ特別に思えるから。
なんて、イナバちゃんに迷惑がかかってしまう。そのあたりはどう考えても隠したがっている内容なので、最期であっても眼に溢れているこの世界では口にしてはいけない。情報に乗せてもいけない。
それに楓ちゃんが知りたがっているのに知れていない時点で私に可能性はないだろう。
「……サリア、大丈夫? なんだか顔色が悪いよ?」
「あはは、ちょっと悪い夢を思い出しちゃったから。うんうん、これで理想の勝ち方をするために何回もしたからね」
「本当に?」
あまつんが身体を捻ってまでこちらを見つめてきてそう言って……澄んだ黒い瞳が、まるで私の心の悩みを射抜いているように思えて……頷けなかった。
「ねえ、輝夜の姫を知らないかな?」
「輝夜姫なら昔話にあるけど……あれは空想の存在だよ。もし名乗ったとしたら本人ではなくて、模倣している誰かでしかないと思う」
「……そうだよね」
そんなこと知っていた。アルファからログインしている人に掲示板で聞いたから知っていた。確認するように何人にも聞いたから知っていた。
王を疑うわけではないけど、たとえ長門さんやイロハさんやユウバリさんの存在があっても……輝夜という集団自体が存在していなかった可能性に傾いてしまう。
信じたくない、今でも存在していると思いたい。あれは私にとって憧れの物語なのだから。
それでも情報が否定してくる。積み重なるにつれてあり得ないと告げてくる。
「え、え……どうしたの!」
あまつんは身体の向きを変えて、肩を揺らすように聞いてくるが答えられない。視界が滲んできて、頬に冷たさが伝って、口がうまく動いてくれない。
「ご、ごめ……少し、落ち着くから……」
不甲斐ない。自分から誘ったゲームでこうなってしまうなんて、本当に不甲斐ない。
ゲームは真剣に楽しむためのものでなければいけないのに、この子にゲームをさせてあげられなかった。
私は"このゲーム"をできていなかった、のかもしれない。