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口笛 1/1

************************************************************

 

 

 

 賑やかな2人が去ったその部屋で大天狗とユウとイナバはテーブルを囲んで座っていた。

 

「良い娘じゃな」

 

「それだけ?」

 

 大天狗がほっこりと呟けば、ユウがそう言って視線を向ける。一切の遊びなき真剣な表情で。

 

「……まあ気になってはおるさ。しかし私の千里眼では金狐ほど見えぬでな。ぬし達が何か知っておるのだろう?」

 

「まあ知っていますね」

 

「ぼくも知っているけど、約束だからね。今は何も教えないよ?」

 

 嬉しそうに笑ったユウと、やや不機嫌そうなイナバが答える。

 

「む、不満か?」

 

「え、何がですか?」

 

 大天狗の不貞腐れたような顔と問いに、イナバは驚きをもって答えた。

 

「いや、ぬしが不満げな顔をしていたでな。もうちょっと高く見られていたのかと思ったぞ?」

 

「いえ、そこまで気づけたのならとても優秀です。楓も騙しきっているサリアが凄いのでしょうね」

 

 そう答えたイナバは普段通り、あまり感情を表に出さない表情をしている。

 

「それよりも大天狗。私達を試したのはあなたでしょう?」

 

「……ぴゅ~るり~らり~」

 

「思ったより下手だね」

 

 大天狗の口笛を聞いたユウは、そう言ってあははと笑った。しかし大天狗の口笛はけっして下手なものではない。音程は外れず、しっかりと安定した音を2人の耳に伝えているのだから。

 

「下手などと、初めて言われたわ」

 

「風に好かれているのだから、もっとうまいかと思ってた」

 

「……ならば吹いてみい」

 

 "とても"不満げな表情を浮かべた大天狗はユウにそう言った。ほれ私以上のものを吹いてみい、とでも言わんばかりに。

 

「~~~~♪」

 

 だからこそ次の瞬間、唖然とするしかなかった。

 ユウの"口笛"はまるで歌のようで文句のつけようがないどころか、どうやって出しているのだと聞きたいほどのものだったのだから。

 

「いろいろと聞きたいが……なぜ音が"重なって"出ておる?」

 

 そう、ユウの口笛はいくつもの音が重なっていた。しかししっかりとユウの口から出ていたことは間違いない。大天狗が風を間違えるはずはないのだから。

 

「慣れれば誰でもできる……はず?」

 

 ユウは首をコテッと傾けて、疑問形で答えた。

 その理由として最近まで誰でもできると疑っていなかったのだが、今しがた隣で、なんでも器用にこなすはずのイナバが難色を示していたからだ。

 楓達とユウの間では"アレ"で通じる出来事、口に出さないそれ以前からできていたので、ユウは少し練習すれば誰でもできると思っていた。珍しく、疑うことなく。

 

「~~ぴゅ、~ぴゅ~♪ ……無理ですね」

 

「いや、ぬしもおかしいからな?」

 

 イナバの口から奏でられたのはたしかにいくつかの音が重なったものだったが、それは途切れ途切れであり、音も安定していない。

 

「まあ、それは置いておきましょう。大天狗?」

 

 口笛を諦めたイナバはそう言って大天狗を見やる。

 

「……まあ、ぬし達を試したつもりだったのだがの。まさかサリアが応えてくれるなどとは思わなんだ」

 

 大天狗はそう言いながら、触れる程度に頬を掻く。

 

「それはサリアさんを甘く見過ぎかな。それに姉さんの近くにいる人で大天狗の期待に応えられる可能性の無い人なんていないよ」

 

「ただ、楓は金狐を抱えましたからね。あの子に試すようなら妨害するつもりでした」

 

 そんな2人の言葉を聞いた大天狗は訝しげな視線を彷徨わせる。それはどちらに向ければいいか、いっそ両方同時に向けたいと示すようにふらふらと。

 

「ぬしから聞くか。楓は当然候補に入っていたが、他の者達もそうなのか? 付き合いが短こうて正確な判断がつかんが……はっきりいえば難しいと思えたぞ?」

 

 それは大天狗にとってユウの姉である楓の友達だからと考慮した言葉。心の中ではほぼ無理だろうと考えていた。

 ユウはそんな大天狗を見透かすように見つめて、ニッコリと笑って口を開く。

 

「まあ可能性の話だからね。ただ今回のようにイナバがきっかけを教えれば、サリアさんと葵さんは確実かなと思うよ。それでも見過ごしそうなのが翠さんかな」

 

 大天狗にとって未知の2人だが、この少年が確実というのならばそうなのだろうと納得する。それよりも『今回のように』から続く部分が気にかかった。そして、それよりも

 

「他の2人はどうなのだ?」

 

 僅かに待っても続かなかった言葉に、話題に上がらなかった2人が気になった。

 

「凛さんはそういうのに敏感だから、意図的なきっかけが無くても気づける」

 

 その意見に関しては、大天狗は納得の上で頷くほかなかった。実際に自分の目で見たわけではなかったが、チュートリアルや街での凛の評判が、それを疑えない規模だったのだ。

 

「時雨は特異体質なので気づけます……が、不幸なものではないので気にしなくていいですよ」

 

 イナバの告げた特異体質という言葉に反応した大天狗だが、直後のやんわりと刺すような視線を受けてそれを意識の隅へと追いやる。

 自分のような者を救ってくれたのだから、より近くにいる良い娘を放っておくような2人ではないと信頼して。

 

「やはり似たものが集まるということか」

 

 大天狗は楓達を善だとは思っていない。善"だけ"しか持たない者の周りには悪が集まりやすい。弱い善ほどその傾向がある。

 しかし善だけが集まるような場所であれば、それは善を維持しようとしているということ。甘さではなく優しさと強い芯があるということ。善を維持するために、芯が折れないように、悪ですら利用するということ。

 それが大天狗の考えであり、楓達への評価であった。

 

「あそこは眩しいのぅ」

 

 そう呟いた大天狗はくっくっくっと笑ったが

 

「私にはどろっどろに見えますけどね」

 

 続くイナバの言葉に唇ととがらせることとなった。凛達をあまり知らない大天狗であっても、あの集団が理想の1つであることくらいは見破れる。それを否定されたのだから唇の1つや2つ、尖らせてしまってもしかたがない。

 

「解決できそうな強さが輝いて見えるんじゃないかな」

 

「別に眩しくないとも、輝いていないとも言っていませんけどね」

 

「この意地っ張りめ」

 

 ジト目のイナバと楽しそうな大天狗と、それを眺める1人の少年と。

 その少年は思うのだ。この少女はどこに位置する相手とも仲良くなれるのだなと。スペックどころか技量や精神すら最高位の龍であっても、太陽を失い泥水の中から這い上がってきたオタマジャクシを見てきた鴉であっても、残念スペックなうえ我が儘な何かであっても。

 楓や凛のような太陽ではなく、まるで常に寄り添ってくれる影のようであると。

 そこまで考えた少年はつい、心の中で呟いてしまった。

『ぼくの自慢の太陽なんだから当たり前か』と、笑顔を浮かべて。


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