幻破り 2/2
視線の先の少女の頭頂に、髪と同色の毛に包まれた狐のような耳があり、お尻からは尻尾が覗いてゆらゆらしているのは見えている。
イナバちゃんの『試されている』は、きっとこれだったのだろう。
「え、どうして……どうして、わかったの?」
あまつんが困惑した様子で聞いてきたので、そのままを答える。隠すような状況ではないし、普通ではない、普通を演じていない、普通のこの子を見てみたいから。
「幻破りの魔法を使ったの」
ついでにえっへんと胸を張っておく。
「え、でもでも。幻破りの魔法って事前情報がないと、ある程度は絞れないと力技じゃあ無理なんだよね? もしかして私のこと、最初から知ってたの?」
懐疑の瞳が射抜いてくるが、怯まない。こういう場合は納得してくれるまで押し通すのだ。けっして相手の意見に納得してはいけないし、相手が自分の意見に納得できる状況にしてもいけない。
「実はイナバちゃんから幻想破りが使えるかどうかと、試されてるって言われたから考えてたの。それであなたは"普通を演じていた"から、あなただけに狙いを絞った」
「え、普通を演じてる?」
あまつんの困惑が増したような気がするけど、今は私の意見を語る場面。
「それでゲームの中にあった妖怪って種族を思い出して、その中から幻想に関係するものに絞って……狐と狸とぬえまで絞って。ぬえはよくわかんなかったから、獣族にいる狐種と狸種の2つを試してみたの。そしたら狐で大当たりだったって感じかな」
今日の私は冴えていたと思う。普段ならぽけ~っとしているか、落ち込んでいるかだからわからなかったはず。
……だから、あの子の気持ちも……見逃しているのかもしれない。でも今はそれを表に出してはいけない。笑顔、笑顔だ。
「……試すような真似をしたつもりはなかったんだけどね。ただ狐って化かすことで有名だから、初対面だと警戒されちゃうの」
そう言ったあまつんの姿は、幻破りの魔法を使っていなくても耳と尻尾が見えるようになっていた。
「金狐くらい純粋で真面目ならまだマシだけどさ、私は自分勝手で我が儘だから……大天狗様の知り合いに悪く見られたくなくて……」
今にも泣きそうなあまつん
「馬鹿者」
の頭に落ちるげんこつ。あまつんは頭を抑えて、少しだけ宙に浮いている大天狗を見上げた。
その問うような視線が『どうして』と語っているようで、それに応えるように大天狗が口を開く。
「まずは相手を見よと言ったであろう。ぬしが隠すことこそが、相手との間に壁を作ることもある。どうでもいい輩はともかく、貴重な理解者を失っては意味がないでな」
そう言った大天狗は、あまつんの頭を優しく撫でる。それを見ていれば、大天狗『様』の部分だけは、本心だったのだろうと思えてきた。
「で、でも……だったらどうすればよかったの?」
「大天狗はああ言ったけどさ、あまつんは間違ってなかったと思うよ」
つい口を開いてしまった。私にはあまつんの行動が間違っているとは思えなかったから。
目尻に涙を浮かべたあまつんが、疑惑と期待を宿したような瞳でこちらを見つめてきた。それが続きを求めてくれているのだと思い、続きを語るために口を開く。
「自分の行動で大好きな人が嫌われてしまったらさ、相手が気にしていなくても嫌なんだ。だったら自分が得られるかもしれない"可能性"を捨ててでも、マイナスを減らしたい。違うかな?」
その言葉にあまつんは首を振った。『違わない』と示すように、横に。
「新しい誰かよりも今のあなたの傍にいたい。それはとっても素敵なことだと思うけど、大天狗はどう思う?」
「……そうだの。たしかに私はこの2人が貴重な理解者だと"知っていた"が、こやつにとっては未知の相手であったな。私は馬鹿で、こやつは賢いからつい忘れていた。すまなかったな」
そう言った大天狗はあまつんを向いて、頭を下げた。
「ううん、大天狗様は間違ってない。でも……私も間違ってなかったってことで、いいの?」
あまつんはこちらを見て、目尻に涙を携えたまま、それを零すことなくコテッと首を傾げてきた。あれが流れていたら失敗だったはずだ。あれが流れていないのだから成功だったはずだ。
「うん、あなたは間違っていなかった。大丈夫、私が保証しちゃう」
そう言って手を前に出し、握りこぶしにぐっと親指を立ててみれば、あまつんが花咲くように笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとう、サリア!」
「私は何もしていないよ。ただ自分の意見を言って、あまつんの行動が間違ってなかっただけ。さあ、料理を食べよっか。冷めちゃったらもったいない」
「うん」
そうして再び、料理は箸に摘まれ始めた。
そして気になるあまつんの様子はというと、なんとなくだが活き活きして見える。それに対する大天狗もまた、少しだけ嬉しそうにしている……かも。
……最近の私は活き活きとしているのだろうか。
「無事、解決してくれたサリアさんには特製プリンをあげよう」
と、思考の迷宮に突入仕掛けたところで、ユウくんのそんな声が横から聞こえてきた。そしてすっと視界に入り込んできた透明な器と、黄色と焦げ茶の物体。
それは止まった衝撃でぷるんぷるんと揺れて、それでも動きを止めた時には形を崩しておらず、とても美味しそうに私を誘ってくる。
「う~ん……順調に餌付けされてる気がする」
「気のせいだよ」
私の呟きに、ユウくんはくすくすと小さく笑ってそう言った。まあなんのことはない、誰相手でもこんな感じなのだろう。そうであれば餌付けではなく、ただ過ごしているだけだ。
視界の中でぷるぷると存在を主張するプリンに目を引かれながらも、デザートは最後だと他の料理に箸を伸ばす。コロッケを噛んでみれば、口の中には肉じゃがの味が広がり少しだけ驚いた。その存在に、ではない。昼間からどれだけの手間をかけているのかと驚いたのだ。
その作り手、イナバちゃんへと視線を向けてみれば、楽しそうに笑い話す2人を見て微笑んでいた。なんだか利用された感たっぷりだけど、まあ……私も嬉しくなれたので問題はない。むしろ、こんな嬉しくなれることならどんどん利用してほしい。
よく冷えていたプリンを胃に納め終えれば食事は終わり。私が、私のプリンが最後だった。
「あまつよ。結局、出かけるのか?」
「う~ん……別にいいかな。暇なら遊ぼ?」
イナバちゃんが食器を不思議な空間、魔法によるアイテムボックスに収める横でそんな会話が始められた。
「なに、野山を駆けるのか?」
「大天狗様、さすがに古すぎない? 今は室内でできるゲームも多いよ?」
「しかしのぅ……情報アクセサリーは得意ではないのだ」
その言葉を、なんともしょんぼりとした声で聞いて思わず笑いそうになってしまった。
あれだけの領土を治めていた長の弱点ともいえないような、小さな弱点。きっとここだから見せてくれた意外な一面……あれ、案外以外感は無い気がする。
「じゃあさ、私と遊ばない?」
「え、いいの?」
提案してみれば、あまつんはすぐにこちらを向いてくれた。その瞬間、ピンと立った耳がなんとも可愛らしい。
「私は苦手じゃないからというか、むしろ野山を走り回るほうが苦手だから。ちょうど昨日、街で買った良いゲームもあるし一緒にしてみない?」
「するする!」
あまつんはテーブルの上を飛び越えそうな勢いで、それでも行儀よくテーブルの周りを駆けてきて、私の腕に手を添える。おそらく本気で握られれば私の細腕……いや、この中では太い腕など軽くねじ切られてしまうのだろう。その可能性すら怖かったから、添えるだけにしたのかもしれない。
「じゃあユウくんの部屋へごー!」
「ごー!」
立ち上がり、2人で手を挙げて移動を始める。
ここに私の部屋はないから、勝手ながらユウくんの部屋に決めてしまった。しかし、こういうのは勢いも大事なのだ。ユウくんにはあとで謝っておこう。