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ご覧いただき、ありがとうございます。4章開始です。
この章よりあとはゆっくり気が向いた時に進めていこうと思いますので、あと少しだけお付き合い下さると嬉しいです。
時計の針がまた1つ進んだ。振り向けば輝かしい笑顔達が並んでいて後悔はない。
それでも針が進む先は真っ暗で、寒くて、ずっとずっと怖かった。それでも針の最後の一振れは定まっていて、あの子に笑顔で伝えると決めている。
『楽しい時間を与えてくれて、ありがとう』
その言葉で栞を挟み、あの子と私の物語は閉じられるのだ。
暖かさに瞼を持ち上げれば、窓から朝陽が差し込んでいた。
広くも狭くもない木造の小屋の一部屋。窓とドアが1つずつ、壁際にタンスとアイテムボックスと、残りは絨毯の上の丸テーブルに今、私が身体を起こしているベットだけ。
脚に落ちた薄いタオルケットを持ち上げ、もう一眠り……と視線を動かせば、見慣れない白髪が視界に入った。追うように視線を動かせば可愛い可愛い白髪の少女……ではなく、少女と見紛う容姿をした少年がすやすやと眠っている。私の隣で。
その瞬間、ドッと冷や汗が吹き出したのを感じた。咄嗟に昨日の記憶を引き出せなかったのだからしかたがない。
「昨日……昨日……」
そう呟きながら記憶を探っていけば、なんのことはない。領土『輝夜』と新しく同盟を結んだ領土、ユウくんとイナバちゃんと、なぜだか大天狗が起ち上げた領土に遊びに来ていたのだ。
そのまま夜ご飯も食べて、また遊んで……ちょっとハイになってユウくんを抱きしめベットイン。そのまま寝た記憶があるから問題はない。
「お、お姉ちゃんだから問題ないよね」
本当に問題ないと思っているなら声に出して納得しようとはしない、と思いながらも隣の寝顔へと視線を移す。
とても気持ちよさそうに眠っていて、規則正しく寝息を奏でていて……つい、頭を撫でてしまった。"妹"がいればこんな感じだったのかなんて幻想は抱かない。この子は特別だと気づいているから。
「ぅ~ん……」
起きそうな様子を見て咄嗟に手を離してしまう。せっかく私の我が儘を受け入れて一緒に寝てくれたのだ、私の我が儘で起こしたくはない。
……そう、この子だけは私の最期を知っているから。このログインが最期だと知っているから、我が儘を受け入れてくれたのだろう。
真っ暗な夜は怖いのだ。隣の部屋で楓ちゃん達が眠っていようと、明かりを目一杯に灯していても、恐怖に震えて夜な夜な起きてしまう。とても相談なんてできない内容だから私が飲み込むしかなくて、それでもそろそろ限界だったのかもしれない。
そうでなければ楓ちゃん達に何も言わず、1人で遊びに来たりはしなかっただろう。泊めてくれるだろうと甘えて、察しの良い2人は望み通り泊めてくれて、一緒に寝るという我が儘まで叶えてくれた。
一緒に眠る相手にイナバちゃんではなくユウくんを選んだのは……やはり『お姉ちゃん』として終わりたかったからだろう。イナバちゃんが相手だと、確実にあちらがお姉ちゃんではないか。その点、この子は付き合ってくれる。
そう思い寝顔を眺めてみれば、少しだけ胸が跳ねた。当然、恋ではない。
もし、もし……この子が弟であったなら、今の私を見てどう動いただろうかと疑問に思ってしまったのだ。最初に願ってしまったから、誰にも言わないでと願ってしまったから、この子は叶えてくれている。知り合ったばかりの他人でしかない私の頼みを聞き入れてくれている。
しかし、もし長きを過ごした肉親であったならどうだっただろうか。もうすぐ死んでしまう私を隣にして笑顔で過ごせたのだろうか。それとも一生懸命、何かをしてくれたのだろうか。
たとえば……死なせないように、とか。
そこで首を強く横に振る。タオルケットを握り締める。
もう、どうしようもないのだ。王ですら治せなかった呪いを、異世界からログインしているこの子達に話したところでどうにもならない。
それなら楽しく笑顔で過ごし、次を無くしたほうがいい。たとえ最後の一振れであっても笑顔が咲き誇る場所で楽しく過ごしたい。
そう。最期の時、あの子に笑顔で伝えるために。そこに嘘が混じらないように。純粋な真実だけで形作られた綺麗な言葉を届けられるように。
いつの間にか間隔が短くなっていた呼吸を整え、握り締めたタオルケットを優しく握り直し、真後ろへと倒れる。衝撃吸収マットは伊達ではなく、これだけ適当に倒れても隣で寝ているこの子に揺れを感じさせない高性能。ここはこの子の部屋で、ここはこの子のベットだと考えれば、どうせイナバちゃんの手製だろう。
イナバちゃんは行き過ぎた技術を教えてはくれないが、この子の日用品には惜しみなく知識と技術を注ぎ込む。この薄いタオルケットですら、極寒の大地であっても快適な体温に保ってくれるだろう。
ここまでくれば私でも気づいている。イナバちゃんは異世界からの来訪者達『輝夜』の一員だ。どうしてこの世界で召喚されるような状況になったかは知らないが、一員である可能性はとても高い。
なにせ、輝夜の残していった技術は情報体だったのだから。情報体を魔法と既知の材料に落とし込んだものだと予想できてしまったから。
同時に王を導いた『輝夜の姫』はもういないのだと予想できる。イナバちゃんと同じくこの世界で召喚されるような状況だとして、今のところ召喚されているのは5人。自らの種族を機巧少女とする5人。
姫の特徴に当てはまる人は1人もいなかった。髪や眼の色だけでいえばイナバちゃんが近いけど、姫に耳は生えていない。なによりイナバちゃん自身が言ったのだ、これは作られた身体であると。自由に変えられるものであると。
仮にイナバちゃんが姫だったとしても一致とする要素が見いだせない。それに、どうであったとしても私の輝夜姫はイナバちゃんなのだ。
死の壁を乗り越えさせてくれて、暖かい場所に導いてくれて。ついでに黄金の林檎を投げてくれるというサービス付きとくれば王が見た輝夜の姫と同一人物である必要はない。
そもそも輝夜の姫というのは概念なのだ。窮地に現れ救ってくれる勇者とも呼ばれる存在を表すもので、個人を示すものではないと思っている。
けっして1人に背負わせず、誰でも輝夜の姫になれると。王はそう伝えたかったに違いない。それにまんまと引っかかって馬鹿をした私が言うのだから間違いはない。
「ぅん……おねえちゃん……」
突然の言葉と、同時にぎゅっと迫ってきた暖かさにドキッとした。
もうなんというか……この子の声は『最適』に伝えてくれる。普段は別として、最も欲しいタイミングで最も効果的な声音で、最も欲しい言葉を伝えてくれるのだ。
それはまさしくクリティカルヒット。
ただ魔物に勝てないという欠点があるだけで、この子はとても優秀だと思っている。それこそ魔物のいないアルファという世界なら欠点にはならないのだから。
それでも……アルファという世界はこの子にとって生きにくいのではないか、とも思っている。この子は人の心をわかりすぎるから、魔物という共通の敵がいない世界の淀みが毒になっているような気がして。
隣に顔を向けてみれば穏やかな寝顔がこちらを向いていて。もし、ここがこの子にとって安息の地であるとしたら……私は合わせる顔がないかもしれない。
安息の地で、この子だけに私の闇を抱えさせてしまったのだから。
……やめよう。そんなことを考えるのはやめよう。
あれはこの子が決めて、決心してくれて……その先で私がそんな事を考えているのは良くない。この子のくれたものを台無しにすることこそ、裏切りではないか。
だから笑顔で過ごして、できれば……最期までにお礼ができれば嬉しいと思う。まあ、お礼になるようなものは何も持っていないのだけど。
さて、結論が出たところで2度寝をしよう。暖かな場所でする2度寝はとてもとても心地よいものだって知っているから、だからもう少しだけ――
「ユウ、ここ……すまぬな」
音も無く開かれた扉から覗いてきたのは小さな女の子。肩上ほどの長さの黒髪と澄んだ黒い瞳をしていて、着ているのも真っ黒な着物。ユウくんよりも身長が少し高い気がする身体から視線を落としていけば、これまた真っ黒な下駄を履いていた。
そんな少女『大天狗』は、そう言って扉を閉めようとする。
そんな彼女を見て、軽やかな動きでベットから飛び出しつつ、閉じられかけた扉を風の魔法で維持した。そして扉に手をかけて力任せに開けようとするが……ぴくりとも動かない。さすが元領土長というべきか。
「何か誤解された気がしたんだけど?」
ユウくんを起こさないように風の魔法で音を遮断して、笑顔で問いかける。それはもう、優しげな声で。
「告げ口などせんし、なによりここはゲームの世界だからの。好きに生きればいいとは思わぬか?」
ゲームだからといって何も考えず、マナーすら放棄していいとは思わない。それでも、その言葉に妙な魅力を感じてしまって……否定はできなかった。
「それはそうと中々の風だが、それではあやつには聞こえるぞ。まあ眠っておるようだから気づかぬだろうがな」
急に空いた扉に「わわっ」っとしりもちをつきそうになり、大天狗はそんな私を放ってちらりと部屋の奥へと視線を送る。風の妖術を操るとは聞いていたけど、どうやら同系統なら魔法にも詳しいようだ。
「まあ良い。それよりも来客だが、イナバはおらぬのか?」
「イナバちゃんはイナバちゃんの部屋じゃないの?」
そう言いつつも首を傾げるが、よくよく考えてみればあちらの領土館でもイナバちゃんはユウくんの部屋に入り浸っていた気がする。あるいはその逆か。
「そっか。昨日は私が我が儘を言ったから、イナバちゃんが気を使ってくれたのかも」
「そうだったか。他の場所なら千里眼で見通せるが、この屋敷はどうにも千里眼で見通せぬ。まったく、あの兎は小細工をしてくれるのぅ」
そう言いながらも大天狗は笑っていた。
……その気持ちが、笑った意味がなんとなくわかる気がする。いくら仲が良くても、いくら性格が良くても……同じ程度の力を持たない相手には遠慮してしまうこともある。特に下であれば、壊してしまわないか心配になってしまって。誰もがそうだとは思ってないけど、そういう人もいる。
「待って、誤解したまま帰るつもり?」
そう言いながら、振り返った大天狗の肩を掴む。
「冗談じゃて。まあ、おぬしではあやつの心は射止められんだろう。別におぬしが劣っているのではなく、誰もができぬのだから気にするでないぞ?」
そう言いくっくっくっと笑った大天狗は、次の瞬間には姿を消していた。残ったのは虚空を掴む悲しい手と、ぽかんとしているであろう私だけ。
なんのことはない、格が違うと見せつけられただけだ。あの2人はこんな相手に勝っただけではなく、仲間に引き込むほどのことをしてのけたのだ。
「……やめてよ」
つい呟いてしまう。
私に想像のできないことをやってのけられると、もっともっとと望みたくなってしまう。それが叶わぬ望みだと知っていても、なりふり構わず叫びたくなってしまう。
そんな鎖が海底から絡みついてくるような気がして、首を横に振った。そして頬を強めに叩く。
「うん、2度寝しよ」
振り返り、ユウくんが眠ったままなのを確認してゆっくりと足を進める。そして魔法を遮音の解きつつベットに潜り込んで……なんとなくユウくんを抱きしめた。
冥府に引きずり込むつもりはないけど……少しでも、この子の心に私が刻まれますようにと。そんな我が儘なのだろう。