長達の第2試合 1/1
領土戦終了後すぐ、楓達の領土館の1室では2人の女性がテーブルを挟んで話し合いを始めようとしていた。
1人は黒髪黒眼の少女、領土を得て僅か数日で最大規模の領土を得た楓。
1人は金髪翠眼の女性、現在もっとも小さな領土の総代を務めている金狐。
「よく来てくれたわね。悪い提案をするつもりはないから安心してちょうだい」
「君達は勝者、私達は敗者。別に気にしていないさ」
数時間前には敵として殺し合っていたとは思えない穏やかな表情で話し合いは始まった。
「私達はあなた達の領土を奪い取れた。これによりあなた達の領土から好きな何かを1つ奪える。間違っていないわよね?」
「ああ、間違っていないな」
現在、楓は妖族の里の総代ではあるが、正式なものではない。
現在、金狐は輝夜の総代ではあるが、正式なものではない。
領土戦の最後に核を染めていた領土は、その領土から好きなものを1つ奪える。領土でも、人でも、物でも。そのため非常に珍しい状況だが、現状では領土の長が確定していないのだ。
「取引しましょう。私達はあなた達の領土の一部を除き、すべてを返却するわ。だから"私達の"領土をそのまま返して」
「領土の規模を考えれば願ってもない話だが……一部というのが気になるぞ」
疑問となる箇所の説明を要求した金狐は、ゆったりとした動作でテーブルの上に準備されていた湯呑へと手を伸ばした。
「……はぁ。聞いてよ、金狐さん。ユウくんがさぁ、あなた達の領土をちぎり取って新しい領土を欲しいんだってさ。ちょうど輝夜と妖族の里の間、両方と接している小さな領域に」
「なんだ、あの子は領土を出るのか。なんならうちに来てくれてもいいぞ?」
金狐はそう言いながら、目の前に出現した仮想ウィンドウに表示された地図へと、色分けされたそれへと目を走らせる。
「あの子は妖怪じゃないから。それに設立メンバーがさ、ユウくんとイナバと"大天狗"なんだけど?」
何か知らないかと。楓は言外に情報を求めた……が、金狐が驚きのあまり動きを止めてしまったので、諦めの溜息をつく。
「まあ、あの子達に本気を出されたら次の領土戦が怖いから"私は"飲むんだけどさ、あなたはどうする?」
「……それは大天狗様から聞いたのか?」
「イナバが言ったから間違ってないわよ。まあ条件としてはユウくんを総代とした領土の設立のため、領土の一部を渡せということだから大天狗に関しては置いておきましょう」
楓はそう言って手をぷらぷらと振った。
「そ、そうだな。しかし、こんな小さな、山1つにも満たぬ範囲でいいのか?」
「広ければ良いってものでもないでしょう?」
そう言った楓がニッコリと笑えば、金狐は認める他なかった。
実際に現在の妖族の里は、金孤達の手には広すぎるのだ。目が行き届いていない場所は多くあり、気づけば強力な魔物が発生していたりなども多くあるし、有効活用できていない場所も少なくない。
大天狗が気まぐれに広げた結果であり、金狐としては小さな、所属するメンバーでギリギリ狭くない程度が良かったのだが……残念ながら主の気まぐれに応えるのも配下の務めである。優秀過ぎた金狐がいたため、そこまで困ることなく拡張できてしまったのも領土が広がり続けた要因の1つだろう。
「半分くらい、いらないか?」
「私は皆の居場所さえあればいいから。増えてから検討するわね」
そう言った楓は両手で持った湯呑を口に運んだ。
「というかさ、なんで大天狗は領土を拡張し続けてたの?」
「それはだな……あれだ。あの方は風の主だから、広い空を駆けるのが好きなのだ。狭い場所でも文句は言われないが……初めて広げた場所を楽しそうに飛んでいる姿を見てしまうとな」
そう言った金狐は嬉しそうに微笑み、目の前に別の世界を見る。そんな金狐を見つめる楓もまた、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ人の寿命が終わるまでの間、小さな領域で見守り続けた反動かもしれないわね。願うならばあの子とともに自由な世界をと」
「……待て、なんの話だ?」
「ほら、まあ……教えない。好きな人のことなんだから、自分で調べたほうがいいわよ?」
最初はそのまま教えようかと思った楓だが、とあるうさ耳が思い浮かんで考えを変えた。
すぐに教えてもらえることが必ずしも幸せとは限らない。状況的に急ぐ必要がないのならば、調べるという過程すら大切な情報になり得るのではないかと思ったのだ。
「……まあ、そうかもしれないな。酒呑様に酒を包んで教えてもらう大天狗様の話は、どれも興味を引くものばかりだ」
「鬼ヶ島の酒呑童子とも交流があるのね。さすが側近といったところかしら?」
「大天狗様を煽ってきた鬼どもをねじ伏せたら気に入られてな」
金狐はそう言い、くっくっくと笑った。
そんな金狐を見た楓は、呆れた表情を浮かべて口を開く。
「……案外、武闘派なのね」
「鬼どもをわからせるなら、それが一番だからな」
「アルファじゃなければ良い見方だったでしょうに。生まれは選べないとはよく言ったものだわ」
そう言った楓はテーブルの上に置いてあるせんべいを手に取り、区切るようにパリッと鳴らした。
「とりあえず白き子の領土の件は受け入れる。無駄に余らせていた領土なのだから惜しくはない。仲間達には多少"ポイント"を失おうが全領土を失うよりはマシ……とでも言っておくか」
そう言い終えた金狐は楓に『他には何かあるか?』と言いたげな視線を向ける。
「別に無いんだけど……そうだ。同盟……いえ、友達になりましょう?」
「ほほぅ?」
金狐は納得しているような、していないような様子で楓に続きを促した。楓という人間は信頼に値しているが、一応は領土の長として赴いているのだ。言葉に出して貰わなければ頷けない。
「別に一切の拘束はないわ。ただたまに会って、愚痴を垂れ流して、それだけよ。ほら、仲間内で言えないこと多いでしょう?
「なんだ、あなたでもそうなのか。街を歩いている様子を見ていればそんなことはないかと思っていたぞ」
そう言った金狐は興味深そうに楓を見つめていた。
「昔わね。今は良くも悪くも、影響を与えすぎてるみたいだから……無意識に言葉を選んでしまうの。それにまあ……かっこつけたい時もあるし」
「わかる、わかるぞ。昔は私も可愛かったものだが、今は立場上かっこよく振る舞わなくてはならなくてな。あっけからんとしている刑部が羨ましくなる時がある」
何かを思い出すように苦笑する楓と、うんうんと頷く金狐と。
直ぐ側の部屋では残る仲間たちが祝勝会兼、時雨を褒めたたえる会をしているのだが、この部屋はイナバが遮断をしてくれている。楓にとって何にも勝る安心感を与えてくれるものだった。そのため本来ならば聞かれてはまずい言葉もすらすらと口から出てくる。
金狐も空間自体が切り離されていることは把握しているので、それならばと普段ならば結界の中ですら吐かない愚痴にも似た何かを漏らしているのだ。
この街において『壁に耳あり障子に目あり』は前提として考えていなければならない。それは2人の共通認識だった。
「それにあなたなら現実世界に影響を与えてくれないから。ゲームの中なら馬鹿ができるもの」
「それはお互い様だな。一応は訓練の名目で参加しているが、この世界は生きやすい。あなたもアルファを捨てて過ごしたいとは思わなかったか?」
「夢は夢だから良いのよ。現実という基があるから、より幸せを感じ取れるの」
「……白い子か? 刀の子か?」
穏やかだったはずの雰囲気は消し飛び、いや、上書きされ、金狐の目が真剣なものになった。
「別に現実でも幸せだから安心して。というか関わらないで。あなたも大変なのだから、ゲーム世界までで線引をしておきましょう?」
「……失礼した。しかし現実での愚痴を漏らしたり、参考意見を言う程度はかまわないな?」
「そこまで躊躇していたら友達とは言えないわね。それに、まあ……こちらから破りそうだから……先に謝っておきたいかも?」
「別にいいさ。私もあなたが危険になれば気にせず動くかもしれないから、そういうことだろう?」
「ええ」
場に再び穏やかな雰囲気が戻ってきた。2人もまた、雰囲気に似合う笑顔を浮かべている。
「それではとりあえず。おそらくあなたが放った魔法だと思うあの雷だが……なぜか私には影響がなくてな。教えてもらってもいいだろうか?」
「ああ、あれは情報体によるマーキングよ」
「……おい、第3陣での参加だろう? 少し進み過ぎてはいないか?」
楓の短く、答えになっていないようなそれを聞いた金狐は呆れた表情を浮かべてそう言った。必要な情報はそれだと判断した楓の読みが見事的中した結果だ。
「あのマーキングは私の技術じゃないですぅ~。魔法も見よう見まねですぅ~」
「見よう見まねでできるものではないと思うのだが……これだから天才は」
深い溜息を吐いた金狐だが、自らも天才だと言われているのは知っていた。それでも金狐の中で天才とは大天狗に相当する才能。本当に見たら真似できる、それ以外でも固有の技術を持つ段階にいるものだ。固有の技術はあっても簡単に真似はできない自分では本当の天才ではなく、運良く才能に恵まれていただけだと考えている。
「まあ平和な世界では役に立たない才能だから、ゲームの中でくらいは活躍させてあげないと。いざって時に錆びてても困るからね」
「イザナミ様の逆鱗に触れようとする国など無いとは思うがな」
2人は揃って湯呑を口に運んだ。力の抜けた身体が、綻ぶ頬が、直前まで敵対したとは思えない雰囲気を醸し出している。
もとより戦う理由さえなければ安寧を望む2人なのだ。戦っていたとはいえ納得できる理由があったのなら、それで納得できる。
「さて、今日のところはそろそろお暇するかな。次は手土産を持ってくるよ」
「あら、もう少し居てもいいのよ?」
「あなた達の領土をそのまま返すと約束したからな。今は唯一の領土、仲間達が変に手を出す前に伝えてくるさ」
「真面目ね。少しくらい変わってても文句は言わないわよ?」
楓の返答に小さく笑った金狐は立ち上がり、ドアへと振り返る。そして足を1歩だけ進めて
「……楓、ありがとう」
そう言い残し、ドアを開けて向こう側へと消えていった。
楓はそんな金狐を見送り、ドアが閉まったあとも少しの間、そこを見つめ続ける。
「……まさか気づいてはいないわよね。まあ自由な空間で大天狗と会う機会を作ったことに気づいて、ってことにしておきましょうか」
1人、呟いた楓は湯呑を空にして立ち上がった。
1人でいるには寂しい空間。ドアを、壁を超えた先では皆が賑やかに笑っている空間が待っているのだから、この場に留まる意味はない。
ご覧くださり、ありがとうございます。この話で3章は終了です。
今回は確認まで終えているので、引き続き4章の投稿を開始します。一応そこで一区切りの予定(5章未着手)なので、もしよろしければ続けてご覧いただけると嬉しいです。
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時計の針がまた1つ進んだ。振り向けば輝かしい笑顔達が並んでいて後悔はない。
『楽しい時間を与えてくれて、ありがとう』
「彼女は死ぬ。あの魂は酷い呪いに侵されているぞ」
「次のログイン、約束してくれない?」
「……ねえ、ボクが憎らしくない?」
「……あの子の飛んでいた空は、こんなにも気持ちよかったんだね」
「まあいい。それで何をするんだ? まさか待っているわけはないよな?」
「ええ。要塞海月がいる場所の先にある門を目指すわ」
「だ、だいじょ、ぶ……。最期はしっか、りと……笑顔で、おわ、るから……」
「約束だから」
「そう、ここでサリアという少女の物語は完結したんだ」
次章『サリアの死』
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