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観戦室 4/4

「あれ、見た顔がいますね」

 

「ん? 見た顔?」

 

「うん。あの中に迎撃した時に見た顔が2人くらいいます」

 

 迎撃っていえばユウバリさんが相手に印を付与して、楓ちゃんが安全な場所から準備に時間と場所が必要となる強力な魔法を撃った時だと思う。そうだとすれば……その魔法を見て残るほうが活躍できると判断したのだろうか。

 相性にしろ、恐怖してしまったにしろ……まあ残念だったねとしか言いようがない。今を見れば、こちらに残っていても活躍はできていないのだから。

 

「この動きは楓の魔法に恐怖したのだろうな。ここで活躍しなければという鬼気迫った感じがするよ」

 

 そう言った凛ちゃんは視線をそらさず、真剣に仮想ウィンドウを見つめている。そこに一切の嘲りは感じられず、ただあるがままを見ているようにも見えた。

 

「それにしても、時雨が貰ったという情報体はここまで攻撃を防げるのですね。戦いが苦手な人には相応の、生き残れるだけの情報体を……ということでしょうか?」

 

「あるいは『最初の質問』に応じてとか、個の資質に合わせてとか?」

 

 互いの意見を出し合った翠ちゃんと葵ちゃんは、そこで言葉を止めてう~んと考え始めた。

 私の場合はすべて当てはまってしまうから、ちょっと判断のしようがない。他の人がどうだったか聞くことができればもっと突き詰められるかもしれないが、あの質問は聞いてはいけない類のものだと思っている。他の皆も、それどころか参加者の多くがそれに関しては口を閉ざしているのだから、私と同じ考えをしている人は多いのかもしれない。

 

「最初の質問、ねぇ……」

 

 仮想ウィンドウから視線を外したまま黙っていた楓ちゃんが、突然そんなことを呟いた。思考の海を泳いでいるように見えていたが周りの話も聞いているのだろうか。

 

「そういえば楓は何も貰えなかったのでしたか」

 

「そうなのよ~。まあ、それで生き残れているのだから翠ちゃんの予想は間違ってないのかもね」

 

 平和な世界で暮らしていた女の子が、その身1つで魔物の闊歩する世界に放り込まれて普通に生きているというのは笑えない。

 情報体を貰えなかったということは戦う道具は何も得られなかったということだ。魔法のない世界から来たのだから魔法を知っているはずはないし、誰かの魔法を見るか教えてもらうかしてから覚えたと考えれば……最初はどうやって戦っていたのか。

 

「……ねぇ、皆。ちょっとアレなことを聞くけど、答えたくなければ黙ってくれてていいから、1つ聞くわね」

 

 そう言った楓ちゃんが一旦、間を置いて皆の目を見渡す。

 

「誰か"人"を求めた答えを返したりしてない?」

 

 そして告げられた問いに、誰も頷かなかった。

 私にはその質問の意図がわからない。それを知ったとして、直前で楓ちゃんが悩んでいた『誰のため』に繋がるのかがわからない。もしかしたら別の考えに移っていて、そちらに関する問いなのだろうか。

 

「うん、そうだよね。そうなると……」

 

 皆の反応を見届けた楓ちゃんは再び思考の海に潜っていった。残った皆は楓ちゃんに視線を注いでいて、頭の上にはハテナマークが見えるようで、なんとも面白い。

 

「ふむ、まあ放っておこうか。それよりも時雨の活躍を見逃したくはないからな」

 

「え、ええ」

 

 凛ちゃんの言葉に、再び仮想ウィンドウに集中すれば時雨ちゃんはまだ詠唱の途中だった。というかこの使い方は……強引に時間に隙間を作って……

 

「うべっ!」

 

 思わず仮想ウィンドウに、その先を求めて手を伸ばしていた。あの強引な使い方は失敗してしまうと知っているから、それを補うたくて、言葉よりも"慣れている"魔法の補助をしようとして……その手は届かない。

 手は届かないのだ。この場所とあちらは別の空間で、声すらも届かないのだ。

 そう、歯を食いしばって時雨ちゃんの魔法が暴走するのを見守るしかないのだ。

 

「サリアさん、大丈夫よ。あれは失敗しない」

 

 胸の下に押しつぶした楓ちゃんが、そんなことを言ってくれた。つまり私の心配がわかるほど魔法を知っているということになる。

 仮想ウィンドウの先では今まさに魔法が発動しようとしていて、予想通りに綻びが生まれて……なぜか空間中の魔力がそれを補うように飛び込んできた。

 たりなかったはずの魔力の色は、飛び込んできたそれが混じることで求めていた色になって……綺麗な色で空間を上書きする。

 

 それは派手な魔法ではなかった。ただコアにヒビを入れただけ。届かないはずの要塞クラゲという壁の先にあるコアへ、ギリギリヒビを入れる威力の魔法。

 しかし、それで十分だったのだろう。コアのヒビは広がっていき、砕け散ったのだから。

 それを知ったのか視界に映る全員が動きを止めてコアへと視線を向ける。そして、もっとも早く動き出した刑部狸の触手から水玉が放たれるが、それは時雨ちゃんを避けて視界から消えていった。

 次に動き出したのが時雨ちゃんで、胸の前で祈るように手を組めば……再び同じ位置に現れていた透明なコアが輝く。本来、触れなければ染められないはずのコアを、離れた位置から染めたのだろう。

 

『領土"争奪"戦の終了時刻となりました。60分後に転送を開始します』

 

 同時に響き渡る終了の声。これでもう壊されることはない。護る力は必要ない。

 時雨ちゃんは最高のタイミングでしかけ、最高のタイミングでコアを染め直したのだ。このタイミング以外であれば、おそらくコアを壊されてあちらの領土は得られていなかっただろう。

 時雨ちゃんは運が良い。公開されていない……というよりも、誰も調べられない終了時間を狙えたとは思えないので偶然の産物だろうから。

 

「……要塞クラゲを、外から?」

 

 声を辿ってみれば、ユウバリさんが驚愕の表情を浮かべていた。

 要塞クラゲ自体を倒せたわけではないけど、あの位置のコアを破壊できたなら要塞クラゲの核も破壊できる。実質的に倒したと同等の扱いでいいはずだ。

 

「楓ちゃん、どうして成功するってわかったの?」

 

 それは放っておいて楓ちゃんに問いかける。

 私にとって、時雨ちゃんが要塞クラゲを倒せたのは当然だったから。あの魔法を構築できた時点で干渉できるのは確信していたし、あそこに行ったのだからコアを壊す手段は当然あると思っていた。

 

「失敗すると思えなかったから、かな」

 

 その答えに頭を抱えたくなる。

 今日の楓ちゃんは真意のわからない言葉ばかりでいじわるだ。そう思えば、少し抱きしめる力が強まったとしてもしかたがない。

 ……この暖かな少女の眼は、どこまでの情報を見ているのか。きっと私が想像しているよりも厄介な事ばかり見えているのだろう。言ってくれれば、言ってもらえれば、その端くらいは手伝えるはずなのだ。

 

「あ~課題が山積みになってきた」

 

 その嬉しそうな声に思ってしまう。

 早く、早く。最期までに1つくらいは我が儘を言ってくれと。

 あなた達の心に私を刻ませて欲しいと。


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