観戦室 2/4
「それにしても……う~ん……眠くならないね?」
「え、どういうこと?」
私の『空の問い』に楓ちゃんが反応してくれた。誰かに向けた問いではなくて考えをまとめるための呟きにも近いものだったんだけど……まあ聞いてみよう。楓ちゃんならばわかるかもしれない。
「ユウくんがさ、時雨ちゃんの背中だと心地よくて寝てたから。どうなのかなって思って」
「え、そんなことがあったんですか?」
それを知らないユウバリさんを見て不思議に思ったが、よくよく考えてみればユウバリさんが召喚されたのはあの後。どうにもユウバリさんと翠ちゃんの2人を見ていると、ずっと前から一緒にいたように見えてしまうから勘違いしていた。
「うむ。時雨の音が良いとかで気持ちよさそうに眠っていたのだ」
「音?」
「そう、音だ」
凛ちゃんの曖昧な説明で理解できれば天才だろうと思う。そこで補足説明をしようかと思いながらも眺めていれば
「第6感覚よ」
抱えている楓ちゃんの言葉に首を傾げてしまった。しかしユウバリさんの反応は私と違い、真剣な表情と眼差しを楓ちゃんに向けて……まるで、どうしてそれを知っているのかと問いているようにも思える。
「ちょっと気になって四葉の夢について詳しく聞いてるんだけど、そこで第6感覚っていう固有の感覚みたいなのが出てきたから。魔力が見えたり、風の流れが見えたり、熱を聞き取れたり、エネルギーの性質を硬さで感じ取ったり。やっぱり知ってたか、ユウバリさんは」
楓ちゃんの補足説明を聞いても、まず四葉くんの夢についてすらよくわからない。それは私以外、凛ちゃんと翠ちゃんと葵ちゃんも同じようで、楓ちゃんにさらなる説明を求めるような視線を向けていた。
しかし楓ちゃんは黙ったまま、ユウバリさんの反応を待っている。
「……同じ世界の夢を見たんだと思うよ。そこに私はいなかったですよね?」
「"いた"わよ。あまり私をなめないでちょうだい」
楓ちゃんの返答を聞いたユウバリさんは嬉しそうに、今にも泣きそうな表情を浮かべて。
「……やっぱり姉弟ですね。あんまり私を困らせないでください。私はかっこいいお姉さん枠なのですから」
そう言って目尻の涙を拭うユウバリさんを見ながら、枠被りの危機感を覚えた。
お姉さん枠は私だったはずだが、それは確定的だったはずだが、ここにきて強敵……どう考えてもお姉さん力の高そうな女性が現れたのだ。
一瞬、このまま妹枠に移行するか検討するが……やはりお姉ちゃんが良い。頼られたい。
その力が無いことは理解しているが、それでも……この世界ならば魔法が使える。この僅かな夢の間だけでも、頼られる者でいたいのだ。
う~んと頭を悩ませるが、やはり名案が……いや、待て。お姉ちゃん枠とは、なんだろうか。
あれはゲームの中での主人公に対する立ち位置だったはずだ。そうであれば、ここでの主人公とは誰だろうか。私か、イナバちゃんか、ユウくんか、領土長である楓ちゃんか。
……そうか、"近所の弟枠"にユウくんがいればいいのか。自分の才能が恐ろしい、もしかしたら天才かもしれない。
「ところで、サリアさん以降は戦闘がありませんね」
たんぽぽのような笑顔を浮かべたユウバリさんがそう言った。
どうやら感動的な場面は笑顔へと続けたようだ。あの場面であんなことをを考えるのはどうかとも思ってはいたが、あれは楓ちゃんとユウバリさんの感動でしかない。詳細どころか端すら知らない私では感動できなかった。
ただ……おそらく別世界で生きていただろうユウバリさんを、そこで最後まで生き残れなかった彼女を、今の世界で知ってくれた人がいたというのは羨ましい。そのうえ、きっと別世界でも知り合いだっただろう人達と記憶を失っているとはいえ知り合えて、記憶の欠片すら拾ってもらえて……ちょっと妬ましい。
だから考えたくなかった、目を逸らしたかった。きっとそれが原因だ。
人の幸福を喜べないほど、すれているつもりはない。
「お互いに認識して戦闘行為が開始されたら、だからね。それにユウくんの戦闘は見えないよ。きっと副総代権限で戦闘閲覧をできなくしているから」
「そうなのですか?」
「あの2人の戦いは興味があったのだが、まあしかたないな」
翠ちゃんの問いを区切るように凛ちゃんがそう言って、うんうんと頷いた。
イナバちゃんは全力を隠すというか、行き過ぎた技術を明かさない傾向があるから、今回もそれだろう。行き過ぎた技術が身を滅ぼすというのは絶対ではないが、かなりの割合で起こってしまうこと。
領土を生かすためなら隠さず、皆を強くしたほうが良かったのだろうけど、私は身をもって学んだから隠していることに納得できる。
たかだかゲーム世界の領土のために現実世界での安全を捧げる必要はない。この世界で学んだ技術はそのまま、元の世界でも扱えるのだから。
魔法の無いアルファ世界であっても体術や動き方は学び取れる。この世界は本当に危ういと思う。
「楓、1つ聞いてもいい?」
「……うん、良い機会だし聞いておくといいよ」
少しだけ悩んだ様子を見せた楓ちゃんは、その結論を告げた。
許可を受けた葵ちゃんは、それでも言い出し難そうに、それでも口を開く。
「ユウとイナバちゃんは、どこまで強いの?」
「さあ」
悩んだ末の質問の答えは、あっさりとしたものだった。それに訝しげな視線を向けた葵ちゃんだが、すぐにいつもの無表情にも似た表情へと戻る。
「ただ、あの2人は弱いよ。身体能力でいえば私のほうが数十倍はあるし、それ以上かもしれない」
すぐ目の前から聞こえた言葉には驚きを覚えるとともに、なんだか納得してしまった。弱いと強いは共存できてしまうと、なぜだかそう思ったから。
「まあ、そうだよね。展開に1分以上かかるような子と、駆逐級……忘れてくださいね?」
ユウバリさんはそう言ってテヘッと舌を出す。
「ふむ、忘れるのはかまわないのだが……駆逐級というのは気になっていたんだ。対価として教えてくれたりはしないだろうか?」
「あはは、えっと……それは……」
凛ちゃんは腕を組んで片目を閉じたままユウバリさんを見つめて……なんとも似合う。そしてその視線の先、ユウバリさんはあたふたとしていて……なんとも似合う。
ドジっ子属性も追加しておこうか……ではなく、助け舟を出しておこう。
「軍艦の1つ、駆逐艦かな。私達の世界にはないけど、輝夜の人が置いていってくれたゲームの1つに船を操縦して海の上で戦うものがあったから、同じものだったりしない?」
私からの言葉なら『似ている、そんなもの』でやり過ごせる。そう思っての言葉だったのだが、ユウバリさんは予想から外れて驚いた表情を浮かべてこちらを見つめてくる。
「……え、輝夜ってなんですか?」
「どこの世界にでも現れる、"世界ではなく"人を救う集団……かな。私達の国では王が数百年前に会ってるから、存在自体は間違いないよ」
その時点で国は存在していなかったのだから、私達の国という表現は間違っているのだろうか。
「ど、どうして"どこの世界にも存在しない"駆逐艦を、その集団が知っているのですか?」
ユウバリさんはそう言いながら、炬燵に手をついてこちらに身体を寄せてきた。「むぎゅ」と漏らした翠ちゃんを押しつぶしながら。
「さ、さあ」
楓ちゃんバリアがあるとはいえ、その気迫に気圧されそうになる。
「私が知っているのはゲームの中にそんな区分の船があったってことだから。ただ科学"だけ"の産物だったからアルファ世界にあるかなって思ってたよ」
他の世界ならば魔法が利用されていないことはまずないだろうから、魔法が存在しないアルファの兵器かと考えていたけど……凛ちゃんも知らないとなれば存在しないのだろうか。
「ユウバリさん、落ち着こう?」
楓ちゃんがそう言いながらユウバリさんを押し返す。抵抗なく押し戻された彼女は、翠ちゃんを現界させながらもゆっくりともとの位置に座った。
「どうせ"あの3人"は教えてくれないだろうけど、伝承はたくさんあったから。調べ尽くして問い詰めれば、きっと端っこくらいは教えてくれるわよ」
「……ごめんなさい、ちょっと自分が情けなくて慌ててました」
ユウバリさんは声のトーンを一気に落とし、翠ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「ユウバリ……」
翠ちゃんは名前を呼ぶだけで、そのあとを続けない。続けられないのだろう。相手だけは知っていて、こちらは何も知らないのだろうから。この2人を見ているとそんな感じがした。
だからこそ違和感を拭えない。護さんと長門さんや、四葉くんとイロハさんも同じ感じがしたのに、なぜかあの2人だけは互いを"知らない"ように見えた。
……まあ私が考えたところで答えが見つかるようなものでもないだろう。それよりも、今を楽しみたい。
だから、私に秘策がある。