くじ引き 1/x
予約投稿していると思っていたらしてませんでした。
まあ誰も見ていないと思うので許してください。
眼前でそびえるは高き石造りの囲い、巨人すら通ることが叶いそうなほど大きな門。大きく開かれた門の両脇には人型の金属鎧がその手に持つ槍を地面に立てており、唯一見える兜の隙間からは赤い光がただ2つ見えるだけ。それに諦め後ろを向けば広がる平原と雄大な空が迎えてくれます。魔物とともに。
「ほう、街であるか」
「ここで他の参加者と合流、ということでしょうか。それにしては規模が小さい気がしますね」
後ろを見れば魔物が闊歩しているというのに余裕なものです。まあこの2人であれば振り向ことなく倒せるでしょうけど。
「それで、どうするんだ?」
「解散、でいいのではないか? 無為に拘束するのも良くなかろう」
「そうか。それなら俺は早速、魔物を狩ってくるぜ。またな!」
振り向いて手を振り、魔物めがけて駆けていった狼獣族の少年。その速度は日本の犬や狼とは比べ物にならないほど速く、先程のチェスも洞窟が開始地点でなければ、あの魔物が相手でなければ強力な武器となったことが窺えます。
「と、勝手に決めてしまったが何か用事があるものはいただろうか?」
竜人族の青年のそんな言葉に、周囲にいる皆は首を横に振ることで答えました。
「それは良かった。何かあれば……報酬の無料券の対象となっている宿屋に訪ねてきてくれ。なんでも、とはいかないが、それなりに力になれるかもしれん」
「あ、私はあなたと行動をともにしてもいいですか? そちらの魔物について、少し聞いてみたいことがありまして」
「それはちょうどいい。こちらも同様のことを頼もうと思っていたところだ。場所は……宿屋で構わぬか」
「そうですね。時間もちょうどいいですし、昼食を食べながら話しましょうか」
ここで軽く周囲を見渡した竜人族の青年は、エルフ族の少年から目を離し口を開きます。
「うむ。それでは皆、機会があればまた会おうぞ」
「私もこれで失礼しますね」
片や手を振り、片や腰を折り、2人並んで街に繋がる門へと向かって歩いていきます。
さて、私達はどうしましょうねぇ。ぽか~んと成り行きを見守っていた、座ったままのサリアと、楽しそうに眺めていたユウに聞いてみましょうか。
そう決め、2人に見えるように空中へと文字を描きます。
『私達はどうしますか?』
「ぼくは、とりあえず宿屋に行って休みたいかな。走り回って疲れたから」
さらに「ね、イナバ」と続けながらニコッとこちらを向いたユウ。おや、少し怒っていらっしゃるようで。悪気はなかったのです、楽しみたかっただけなのです。
その様子を見て、少し悲しそうな表情を浮かべたサリアは口を開きません。
「サリアさんもそれでいいかな?」
「え……私もついていって、いいの?」
サリアの問いかけにユウは首を傾げます。
何を今更。ユウは言ったではありませんか、『一緒に進もう』と。あなたが終着点を決めるまで、それは続くのですよ。きっと。
「もしかして一緒は嫌かな?」
少し悲しそうな雰囲気で問いかけたユウ。それに対してサリアが首をぶんぶんと横に振れば、追いつけぬ長い髪が空に踊ります。
「いえ、一緒がいいの。あなた達と一緒がいいの」
ひまわりのような笑顔を浮かべたサリアが立ち上がれば、スカートについていただろう土がポロポロと舞い落ちます。パッパッと手でお尻を払い近づいてくるサリアを嬉しそうな表情で迎えるユウ。
「それじゃあ宿に行きましょう。お昼ごはんは任せておいて!」
ユウの隣に並んだサリアはそう言い、両手をグッとします。まあ私としてもユウに調理を任せるつもりは一切ないので、サリアの腕前が良いことを願っておきましょう。汚れを落とす清潔魔法を2人の衣服にそっと施し、私も並んで歩き始めます。
門を超えてみれば坩堝ともいうべき街並みが広がっていました。少し古風で木製の家々。石畳の道路。そこを行き交う、少なくない人々。犬耳が髪から覗いていたり、狐のような尻尾がお尻で揺れていたり、様々な半透明色でひし形や蝶のような形の羽を背に浮かべていたり、黒く取りのような翼を背負っていたり、アルファ世界の人族と変わらぬ姿をしていたり。きっとすべての世界が混ざり合い、続く色を生み出すのでしょう。
「うわ~、すっごい人」
そんな光景を見たサリアの一言。人の密度だけでいえば日本の首都、その中心地域のほうが高いですが、種族の多さではこちらが圧倒していますね。まあアルファ世界に存在する種族は少ないので当然ですが。
「あ! はぐれないように手を繋いでおこうね! イナバちゃんは私が抱えるから!」
少し興奮気味にユウへ手を差し出したサリア。私は視界が広いですからはぐれることは思えないのですが……できればユウの腕の中がいいです。そのために浮遊の情報体を利用してまで身体を軽くしたのですから。
しかしそんな思いを知らぬサリアは私を抱きかかえて、ユウの手を取りあるき出します。
……まあ、抱き上げられてみて初めてわかることもあるものですね。最初よりも軽快な足取りは、続く夢を望んでいるように思えるのですから。
どこへ向かっているのか、人の流れにそってゆっくりと歩みを進めていたところでそれが私の視界に入ってきました。
「イナバちゃん、もしかしてあれを引きたいの?」
くじ引きです。サリアが指差す先にあるのは簡素な店舗。長テーブルと昔ながらのがらがら、それと景品の一覧が記載されているボード。周囲と比較しても負けず劣らずの店舗だというのに、設備はそれだけです。店番すらいません。
道行く人々は既に見た後なのか、そもそも興味を持てないのか、たまにチラリと視線を向ける人がいる以外は通り過ぎるだけです。
ですが、掲げられている景品は私の興味を惹くに足りました。
「なになに……特等は一等地にある領土館。あとは情報体や施設の利用券、そしてドーナツの詰め合わせだね」
説明してくれたユウが1等以下でドーナツの詰め合わせだけ特別扱いしたことが気になりますが、私の興味はそこにはありません。いえ、ユウが望むのなら欲しいですが、今は違います。
2等、狼男の情報体です。おそらくですが、あれならば人型の情報を引っこ抜くことができるでしょう。
「でもイナバ、お金ないよ?」
景品は在庫が無くなりしだい一覧から除外され、別の新たな景品を追加するとあります。ドーナツの詰め合わせは在庫が100を超えていますので後回しでいいのですが、情報体の在庫は各1個。他の誰かが当ててしまえば、無くなります。
今の状況を考えればすぐに無くならないどころか、引く人がいるのかすらわかりません。しかし今の私達の状況と同じであり、お金がないだけで本当は引きたい可能性はあります。実際にチラチラっと見ていた人達は立ち止まる程でなくとも興味は示していたのですから。
「……うん、任せて。私が用意してくる」
そう言ったサリアは私をユウに預け、この場を離れていきました。
別にユウには宿屋で休憩してもらっておいて、私だけで周囲の魔物を倒して素材を集めてくれば良かった気がしましたが、きっとこれはサリアの恩返しでしょう。カマキリから救ったことの、それともしかしたらチェスの直後に私がいたことに対する。そうであれば受け取るべきです。
「イナバ。ドーナツ、ドーナツだよ」
あ~あ~聞こえませんねぇ、そう言わんばかりに両手で耳を抑えます。そもそも欲しいのなら、自分で資金を用意してくださいな。チュートリアルで得たウルフの情報体が残っているでしょう。あれは完全なものなのでドーナツを当てる程度にはくじを引けるはずですから。