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もしも 1/1

 目を覚ませば綺麗な顔が瞼を閉じたまま、こちらを向いていた。

 夢の中から醒めてまた夢の中かとも思ったが、直前までの記憶がようやく追いついてきて状況を把握する。夢の中で夢を見て、その後で起きたのが今なのだ。

 とりあえず起き上がろうかと思ったが、暖かい膝に吸い寄せられて起き上がりたくない。

 

「起きましたか」

 

 起き上がるのが惜しいからと千里眼で声のもとを見てみれば、そこには兎が1匹いた。真っ白な体毛に包まれ、赤い瞳をしたそれは少年の背にぶら下がっていた個体だろう。

 

「遮音してありますから、ユウを起こすことはありません」

 

「ぬしが私の風を防いでいたのか?」

 

 ようは揺らさなければ起きないということ。大天狗なのだから、その程度は簡単であり、声に指向性をもたせて届けたい相手だけに届けることも簡単だ。

 だから気になっていたことの1つを問うことで返答とした。

 

「防いだのではなく、道を変えてもらっただけです。あなたの風を上書きできる存在などいないでしょう?」

 

「それもそうか」

 

 風の長とはもっとも風に愛された存在だということ。どんな風であっても私の声を聞き届けてくれ、それ以外の声よりも優先してくれる。

 まあ妖界の皆が勝手につけた2つ名なのだが、他の名称よりもましだったのでこれ1つと決めさせた。酒呑が支持したというのは意外だったが、あやつが認めたのなら悪くはないと思っている。

 

「良い夢は見られましたか?」

 

「ああ」

 

 久しぶりにあの時の夢を見られた。ずっとずっと見られていなかったあの時を、ようやく見られたのだ。

 

「夢の続きは?」

 

「それが今であろう?」

 

 何を言っているのかと問い返したが、兎は答えない。まるで何かを考え込むように動きを止めてしまった。

 そして、それも気になるのだが、それよりもだ。

 

「ぬし、昨夜も会ったな?」

 

「別に隠していたつもりはありませんよ」

 

 たしかに聞かなかったのはこちらで、あちらには伝える理由がない。

 

「どうして付き合ってくれたか、聞いてもよいか?」

 

 今日、戦う相手だとわかっていたはずだ。それを情報収集するでもなく、ましてや酔わせてやり過ごすなど考えていなかっただろう。あの兎は相対して撃退できるだけの実力を持っているのだから。

 

「私は楓に甘いらしいですから。まあ、寂しそうな姿をしていて気になったという理由もあります」

 

 楓に甘いという意味はわからないが、お節介焼きな兎だということはわかった。

 

「何事にも絶対はありません。もしあなたが止まらず通り過ぎていたら、あれは最期の夜かもしれなくて……それが1人なんて寂しいではありませんか」

 

 そう答えた兎は空を、私の千里眼を見返している。

 

「……やはり、従魔という存在は別の生を生きていたのかのう?」

 

 知識だけを持つ存在と考えるには、あまりにも声に情が乗っている。少なくとも私はそう感じた。他の生を、別の時代を生きていたのなら、その時の記憶があるのなら不思議ではない。

 どちらがあり得るかと考えれば、私は後者を選ぶ。

 

「はい」

 

「隠さぬのだな」

 

 従魔にも2種類が見られる。1つはイザナミのところにいる仁淀や、この兎のような器を得た存在。もう1つは生まれたばかりに知識を与えられたような、器と同じ時をして生まれた存在。

 イザナミのところに聞きに行くのは躊躇していたので話を聞けたことはなかったが、どうにも隠しているようには感じられていたのだ。

 

「あなたは外側でしょうから。口が軽いということはないでしょう?」

 

「ああ、ぬしもか」

 

 まあ私の風を逸らすことができただけでも外側だ。ふらふらしている金狐では逸らすことすらできないだろうし、ましてやその辺を歩いている人類であれば干渉することすら叶わない。

 

「……大天狗。あなたの領土から誰かを放り出すのなら、誰を選びますか?」

 

「まあ、私かのぅ」

 

 質問の意図はわからない。もしかしたら私が敗北したという情報を言い触らさない対価かもしれないが、どうせ覗かれているので意味はない。それをこの兎がわからないわけがないのだから、やはり質問の意図はわからない。

 それでも、もし誰かが抜けなければいけないのなら、最も要らないのは私であろう。

 私という柱が存在してしまうから油断が生じてしまう。私は日本のイザナミのようにうまくいかなかった。だからいつかとは思っていたが、このゲームのような世界ですらあの子達の顔を見ていれば躊躇してしまっていたのだ。

 しかし、納得できるだけの理由があれば……私は動けるかもしれない。

 

「そうですか」

 

 あちらから問いかけたというのに、兎はつまらなさそうに応えた。満足のいく答えではなかったのだろうが、それでも質問自体があやふやすぎたのだ。まあしっかりしていれば答えられた、というものではないが。

 

「のぅ、どうしてこやつは眠っておるのだ?」

 

「その子は運に願いませんから。私が眠るように願いました」

 

 なんというか……真実をぼやかしているように感じる。これはあれだ、知りたければ調べろと言われているのだろう。

 そこまで考え至って、ふと目の前の少年の寝顔を見つめる。なぜ、あそこまで詳細を知っていたのか……それを聞いてもいいのかどうか。

 仮に上位のサトリともなれば、あれよりも上のサトリともなれば、この少年に居場所などないだろう。あれですら自ら姿を隠し、今はサトリだけで暮らしているのだから。

 それならば聞ける機会は今だけか。そう思い、広範囲に渡って風の伝わりを制御し、同時に"流れ"にも干渉する。風ほど絶対ではないが風と似た関係にある"流れ"なのだから、それなりの制御はできているはずだ。

 

「おや、重要な問いですか? しかし壁に耳あり障子に目ありですよ?」

 

 その言葉にビクッと身体を揺らしてしまう。制御を開始した瞬間にそう言われればしかたないというか、問う覚悟が決まってなかったからというか。

 

「よい。ところで1つ、聞いてもいいかの?」

 

「……まあ、私はあなたが好きですから。答えられることなら答えましょう」

 

 兎は"ようやく"こちらを向いて、許可をくれた。

 というか好まれているとは思ってもみなかったのだが……まあ、多少は好まれていなければ夜酒に付き合ってもくれなかっただろうし、今も止めてくれなかったのだろうか。

 

「この少年は……いや、楓は他の生を覚えておるのか?」

 

 覚悟ができたかと思っていれば結局、躊躇してしまった。いつから、ここまでなよなよしくなってしまったのか……。

 

「まず2つ目。楓は"楓の記憶"しか有していないでしょう。しかし、あなたの大好きな楓とは別人です」

 

「……なぜ言い切れる?」

 

 前半が確信しきれていないのに、後半を確信しているのは不思議でならない。

 

「その子が、優旗が楓を連れてこなかったのが、今この場にいないのが理由です。もしあなたの知る楓であったのなら、それを引き継いでいたのなら……間違いなく、それを軸にしていたでしょうから」

 

「ふむ」

 

 ここまで強い信頼の感じられる言葉は否定できるものではない。

 それになんだか……隠されているのはわかる。しかし知り合ったばかりの……というか、今しがた殺そうとした相手なのだ。むしろ、ここまで友好的に接してもらえるだけありがたいというもの。もし仲良くなる機会があればこちらから聞くか、あるいはあちらから告げてくれるかもしれない。

 

「そして1つ目ですが……大天狗。あなたはアルファ世界の日本に度々、足を運んでいませんか?」

 

「……まあ、墓参りくらいはさせてくれ」

 

 少女とともに過ごした地、そこに今なお残る小さな小屋。亡骸はなくとも、思い出だけはホコリをかぶらないようにしたかったのだ。

 まあ先程、ホコリに埋もれていたことがわかったところで……そう考えれば頭を抱えたくなる。あのような状況だと知っていれば死に向かう気など遠のいたというのに……。

 

「であれば。あなたの千里眼を騙せるその子が、呟きを聞いていても不思議ではない。その子が本気で隠れれば、探すのは至難の技ですよ?」

 

 そういえば千里眼から逃れていて、肉眼でようやく見えたのだった。そのうえで"あの子"の雰囲気を纏っていたのだから、それくらいは容易いのだろうか。どうにも隠れ探るというのは性に合わないので、それを極めた先というのは予想し難い。

 

「とりあえず、この子はサトリではありません。それも気になっていたのでしょう?」

 

「……そうか」

 

 色々と気になることはあるが、この少年を想う、この兎が違うと言っているのだから信じるとしよう。思い返せばあの小屋で色々と呟いていたことは事実なので、それを最初から聞いていれば……村から離れた後の話の大部分を知ることができた気がする。

 

「……はぁ」

 

 思わず溜息をついてしまった。

 私はどこまで未練たらたらだったのだろうか。

 この少年が言ってくれたように、あの子に……人を越してくれと頼めばよかったかもしれない。その果てで叶わなかったのなら、それは諦めるしかないこと。最善を尽くしたうえで足りなかっただけのこと。そこに後悔することはなにもない。

 

「ぅん……」

 

 と、そんなことを考えていれば目の前にある瞼が持ち上がって、綺麗な赤い瞳が姿を見せた。

 

「はゎ~……おっと。大天狗、おはよう。良い夢を見られたようだね」

 

 少年は寝たりないのか、口に手を当てあくびをし、そのあとで私がいたことを思い出したようにこちらを見て……ニコっと笑ってきた。

 その言葉と確信しているような表情を見れば、やはりサトリか似たなにかとしか思えない。

 

「イナバ、どう?」

 

「すべて終わりました。もうそろそろ1人、来るので……どうします?」

 

 私の時とは違い嬉しそうな声で答えた兎は、こちらへ……少年へ駆け寄ってくる。あれだけ離れていた理由は少年を起こさないためだったのだろうか。

 

「男の子だったら大天狗をはだけさせて反応を見るとか?」

 

「残念、女の子です。きっとサトリを有する子でしょう」

 

「ぬしら……」

 

 というか、近づいてきているのはこちらの者らしい。

 1人で動かさせているということはここに脅威が無いという判断からだろう。そうなれば楓達は全滅して、領土のコアすら破壊しているはず。

 しかし、ここに2人……いや、登録枠1人が残っていて、金狐は何かを勘違いしたのだろうか。それでも上の者が同行していないということは、それだけの状況にあるということ。

 ……ふむ、意味がわからないな。

 

「黒髪のおかっぱで、紫の着物を着てる子かな?」

 

「そうですが……知り合いでしたか?」

 

「うん。あの子のサトリはギリギリ戻せるから……いずれ聞いてみようかなって。それでも今はまだ早いから、戻せても後悔するよ」

 

 少年は迷うような笑顔で兎の問いに答えたが……

 

「……ん?」

 

 今おかしなことを聞いた気がする。

 サトリを戻すだかなんだか、と。1度、異能を発現させてしまえば戻すことなど不可能だと、幾千年も調べて不可能だと決定づけたというのに……今なお、辿り着けていないというのに……。

 

「戻れても過去は変わらない、ですか。雰囲気を変えて離れた場所ではどうです?」

 

「ほら、大天狗に懐いてるから。今のままではどうせ戻っていくよ」

 

「それもそうですか。妖族は素直な良い子が多いですからね」

 

 平然と話す2人を視界に収めながら、思考は別のことに埋め尽くされた。

 ……私が、楔となってしまっていたらしい。私が救ってしまったから、せっかくの機会が消えようとしている。もしかしたら、あのまま放っておいても生き残れていて、そこでこの少年と出会えていれば……もしかしたら……。

 

「違うよ」

 

 その声とともに、額に小さな衝撃を感じた。

 

「死と隣合わせの救いと、確実な救いを比べてはいけない。あなたは未来を見通せはしないのだから。今を見て、救いたいと思って、相手も救われたと感謝したのだから、それは正解だ」

 

 ……涙が目に浮かんだのがわかる。

『正解』だと、ここまではっきりと言われたのはいつ以来だろうか。自分の行いが、進んできた道が間違っていないと、正しいと頷かれたのはいつ以来だろうか。

 そもそも進みたかった道を知っていたのがあの子だけだったのだから、きっとあれ以来なのだろう。

 

「……のぅ、どうして私を救おうと思った?」

 

 今なら確信できる。この2人は、私を救うために立ち塞がったのだろう。楓の領土を守るためなら別の、もっと良い方法があったはずだ。自らが、最も避けられる『サトリ』と勘違いされない方法があったはずなのだ。

 

「少女の名前、あなたの片隅に眠っていた少女の名前。それがぼくを揺り動かした」

 

 思わず少年の口を塞ぐため手を動かそうとしたが、それは叶わない。

 

「それがなければきっと、あなたにここまでの興味を持てなかった」

 

 言ってはいけないと口を開こうとするが、それすら叶わない。誰がそうしているか予想はできているが、千里眼すら霧の中だ。

 

「ヤガミノカエデ。こうも似てしまうものなのかな」

 

「……おぬしは、どちらを選ぶと思う?」

 

 なにもできないならば、伝えられないならばと口に出そうとした言葉は、なににも邪魔をされず素直に口から出てきた。まさかこれを言わせるためにあの兎は、と思わなくもないが、今は感謝しておこう。

 

「既に選ばれているんだよ。ただ姉さんは、カエデちゃんよりも優秀だった。超えなくてもこちらを見ることができたし、こちらの手を掴めた」

 

 それはもう嬉しそうに、それでいて悲しそうに、少年は笑っている。

 

「ぼくの自慢の姉さんは、世界一の勇者だからね」

 

 それでもそこだけは、はっきりと嬉しそうに笑っていたように思えた。

 

「そうか」

 

 答えた私も、きっと笑えていただろう。

 こちらが失敗したからといって、成功した者は祝いたい。笑い合う2人を見ても、朗らかでいたい。

 だってそうだろう、それが私の望んだ"人"だったのだから。


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