最初の妖怪 1/2
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アリサを領土に追い返し、ゆっくりと空を飛んでいた。たまに揺らす黒い翼に意味はなく、実際は風で飛んでいる。それでも飛んでいるという気持ちになれるのは心地よく、余裕がある場面では翼を揺らしていた。
当然、もっと速く飛ぶことはできる。しかし目的地に1人で着いても意味はない。私はあの子達と合流すると約束したのだから。
昔に比べれば遥かに広い範囲を見通せる千里眼で、金狐の連れる多くの者達が消滅したのは見ていた。なぜ楓があれを使えるのかは知らないが、あれを見てしまえば歩みも遅くなるもの。
アリサとの戦いで気分も良くなったのだから、この気分を損なわないように合流したい。そして笑顔で騙し、置いていくのだ。あの子達はもっと生きなければならない。人類を好きでいられるあの子達はきっと、あとの世界で人類と笑顔を交わせるはずだから。
還ったあの子達が領土で蘇り、再び移動して金狐や鬼人と合流して、日本の境界に着くまでにどれほどの時間が必要か。そんなことを考えながらなにげなしに大地へと視線をやれば――驚きで心臓が握り潰されたかと錯覚した。
千里眼では確かに見つけられなかったが、肉眼では確かに見えていて。懐かしい雰囲気を纏いこちらを見上げ手を振る少女はたしかにあの子に見えて。今すぐにでも駆け寄りたくて……羽扇を大きく振るう。それはもう、甘い考えを吹き飛ばすように。
周囲の草原ごと吹き飛び大地が剥き出しになったそこには、変わらず1人の少女が立っていた。いや、少年か。
「……正体を現せ、愚か者め」
ニッコリと嬉しそうに微笑むその存在は、いつか見た少年だった。
純白のように汚れた真っ白な髪はあの娘のように2つのおさげに纏めていて。汚れなき血のような真っ赤な瞳はこちらを見つめ続け。齢10の前後で判断に迷う可憐で華奢な少女のような容姿をした少年。
第3陣のチュートリアルで道案内をし、礼としてドーナツを貰った者達の1人。
「気づかれましたか。さすがに、あなた相手に存在しない対象は無理でしたね」
そう言った少年から子供のような笑顔は消え去り、満足したような微笑みが張り付く。
「金狐の目を逃れて……はないのう。それほど強いわけでもない。我らと同族、サトリ……ではないな。ぬらりひょんか?」
「いえいえ、人族ですよ。アルファ世界の日本で生まれ、そこで育ち、第3陣として参加した人族です」
答えた様子に嘘は見られない。それに精通しているわけではないが、多くの者達を見てきた結果、直感として見分けられるようになった。何度も世話になったそれが嘘ではないと判断しているのだから、間違ってはいないだろう。
そもそも
「種族など、どうでもよいわ。その力が備わっているかどうか、大事なのはそこだろうて」
この大天狗の千里眼から隠れ、大天狗の眼を、心を欺けたのだ。普通のサトリでは足りない。
「あなたがそれを言いますか」
少し悲しげにそう言った少年は僅かな間を置いて
「さて、帰って頂けませんか?」
両手を後ろ手に組んで、ニッコリと笑ってそう言った。
「通り道として最適なのだ。諦めい」
他の通り道でもよければ、そちらを選んでいる。わざわざ好む人族の領土に危険を持ち込みたくはなかったのだから。
何度もやめればとは考えたが、譲れぬ考えが、凝り固まった思考が、それを許さなかった。どうせ多くの人類を悲しませに行くのだから、その道中で何人悲しませようが変わらない。変わってはいけない。
「通っても結局は目的地で負けるのですから、今帰っても変わらないでしょう。どうせ、この領土なんて求めていないのでしょうから」
見通すような目に貫かれ、そう言われ、否定することはできなかった。その言葉のすべてを肯定し、納得し、受け入れてしまったのだ。
「いいおる。だが、確かにこの領土を欲してなどおらぬな。さて、仲間が進行しているのでな。そこをどけい」
最後は少し強めに、言霊を込めて。
しかし少年は一切動じず、予想通りだとでもいうように表情を崩さない。
「嫌ですよ。この領土を失えば姉さんが悲しむ。ぼくのせいで悲しむのです。逃げ出すわけがないでしょう?」
その一言が、それを言った雰囲気が、決定的だった。この少年は何をしようが死ぬまで退いてはくれないだろう。
それならば空を駆けて突き放せばいいとは気づいているが、それを塞ぐ手段が無いとは思っているが、それでも少年から目を離せない。ここで過ぎれば後悔すると、先程はうんともすんとも言わなかった直感が告げている。
「ふん、ならば力づくで片付けてくれるわ」
そうは言ったものの気が乗らない。アリサほどの強者であれば戦いになるが、この者のような弱き者では気分が乗らない。いくら目を騙せたとしても範囲一帯を薙ぎ払ってしまえば死んでしまうのだし、他の眼を用いれば見えることもあるだろう。
しかし言葉にして放ったのだと、羽扇を軽く振って風を流す。アルファ世界の人族ならば大人であろうと吹き飛ぶ程度の風なのだ、あのような華奢な少年など大地にしがみつくことすらできず吹き飛び、それで終わりだ。そう思っていた。
しかし少年はそよ風を楽しむように立ち続けている。周囲の草木は風に頭をさげているというのに、少年だけがこちらを見続けている。
これでも妖界を治める3長の1人。その力は伊達ではない。伊達では務まらない。その力に偽りはなく、あの少年が防いだことに偽りはない。
驚きとともに少年へ視線を送った時、ようやく"少年を"見た気がした。
純雪のように汚れなき真っ白な髪は首の下辺りで2つのおさげに纏められていて、自らの腰を優しく撫でている。暖かな血潮のように真っ赤な瞳は抱擁するが如く優しさを感じさせる。
小さき背丈は齢10ほどを思わせ、少女のような容姿はよくよく見てみれば少年以外には見えない。しかし、たしかに可愛く少女のようにしか見えない、不思議なものだ。
身を包むのは神に祈るような、その声を聞き伝えるような巫女装束。紅白2色が緑の草原には不釣合いで、なんとも笑えてきてしまう。
「そんな覚悟で日本へ攻め入り、世界から人類を減らすなんて笑わせる。その程度ならイザナミどころではなく、その手前すら超えられないだろう」
そう言った少年の顔は笑っていない。ただ事実だけを語るように、まるで他人の言葉を代弁しているように、淡々としている。
いや、それよりもだ。
「なぜ知っておる?」
異界門の存在は第1陣と、第2陣の限られた者しか知らないはずだ。調べてわかるものではもないし、迂闊に口を滑らせるような者達でもないだろう。
ならば、なぜ。
「なぜ知らないと思った?」
見通すような赤い瞳に僅かな恐怖を感じる。まるで心を読んでいるのだと言わんばかりのそれは、少年がこちら側であると告げているように思えた。
「それではお帰りください。あるいは少し話しましょうか」
主導権はこちらが握っているはずなのに、静かに通り抜ける音からは選択肢を与えられているように感じられた。
私を捉える赤い瞳が離れることを、逃げることを許さない。背を向け瞳から逃れるか、あるいは瞳に真っ向から挑みかかるか。駆け抜けるなどという選択肢は選べない気がした。先程までとは違い、そうすれば道が塞がれると確信できるほどに。
「それでは語ろうか。風の音でな!」
今度は強く、先程よりも思いきり羽扇を振るった。そうして黒い羽束で青空に筆を走らせれば、強烈な風の流れが渦を作る。
これただ1つで日本の都市すら崩れさせる、災害とも呼ぶべきそれ。ただ一振りでそれを巻き起こせる私は、やはり化物なのだろう。全力ではなくそれなのだから、化物の中の化物なのだろう。
しかし少年が私を見る目は変わらない。ただ平然と、そうなることを知っていたように。
あるいはその先を信じていたのか。風の渦は少年を浮かべる前に、少年の髪を揺らした程度で消えていった。最初の風と同じく、不自然に自然と消えていった。
私の風は力技では消すことができない。風の長と呼ばれているのは、そのままの意味だからだ。
「昔は言葉から入ってくれていたはずなのに、いつからそうなってしまったんだろうね」
まるで昔の私を知っているかのような物言いが心を苛立たせてくる。たかだか齢10程度、高く見積もっても100を超えぬ程度の小童が。
「でも、聞いてくれるようで安心したよ。それでは話そうか」
聞く気はないとばかりに攻撃したというのに、少年は嬉しそうに笑ってそう言った。口調も少しばかり砕けた気がして、その声からも鋭さが消えている。
もしかしたら、私をここに引きつけることが目的だったのかも知れない。先程『姉さんが悲しむ』と言っていたのだから、領土に所属するうちの誰かが少年の姉なのだろう。
……もし金狐が楓達のほうへ向かっていると知れば、この少年はどうするのだろうか。
私に背を見せ、駆けてゆくのだろうか。私に一矢報いるために向かってくるのだろうか。あるいは……こちらの領土を奪いに来たりするのかも知れない。
どれも結果は決まっていて、この少年の死で幕を閉じるだろう。ならば知らせず、知らなかったとして終わらせてやるべきだ。
風が通用せぬなら物理でもいいし、陽でもいい。通用する強力な一撃で、仕方がなかったとして役割を終わらせてやろう。
「ずっとずっと、ぼくが生まれるよりもずっと昔。とある村に1人の少女が舞い降りた」
少年は語り始めたが、それを気にせず妖術を編み上げる。あの脆そうな身体に物理の強烈な一撃を加えては、現実でも幻覚の痛みが残ってしまうかもしれない。その程度の覚悟をしてこの場に立っているだろうが、それでも可能な限りは避けるべきだろう。
だから陽の妖術で――
「その少女は大人というには小さな身体をしていて、なによりも背に黒い翼を背負っていたのが特徴的だった」
編み上げていた妖術が霧散する。
あまりの驚きに思考が吹っ飛び、羽扇を握る力が強まったのを感じた。
「最初は何者かと怪しめど、子らが誘えば元気に笑って駆け出して。その少女は1日と経たずして村の一員となった」
それは語り継がれていないはずの、誰も覚えていないはずの話によく似ている。知っているはずがないと思っていても、あまりに似ていて耳を傾けずにはいられない。
「次の日も、その次の日も、雨の日も、晴れの日も。少女は村の子供達と元気に駆けていた。その表情があまりにも晴れ渡っていて、しだいに村人の中から懐疑心が消えていく」
たまたまよく似た物語を読んだのだろう。互いが知らずに、それでいて内容の似通ったものを作り上げることなど稀にある。その稀を少年が引き当て、偶然、私と出会ってしまったのだろう。
……などと、そんな都合の良い想像はできない。そうであれば私にその話をする理由が思い浮かばないのだから。
だから続きを語らせないように、そう確信しないために、羽扇をもっともっと強く振るう。一振りで街が消し飛ぶほどの流れを生み出す。兵器よりも凶悪なそれを。
「その日もいつもと同じように、少女は子供達と一緒に森の中へと駆けていった。もう慣れたもので、村人たちは笑顔で手を振って見送る」
荒れ狂う暴風を遡って声が伝わってくる。確かに風は流れているのに、強く強く拒絶するように流れているのに、その中を泳ぐように伝わってきて、私の耳へと潜り込んでくる。
その状況は絶句する他なかった。金狐や鬼人がようやく立っていられる程度の風を、アルファ世界で例えるならミサイルの着弾点近くにいて、平然と語っているのだから。
あれを己1人の身で成しているのなら、あやつはアルファ世界の人類ではないだろう。そう思い、願うように千里眼に意識を集中してみれば少年の影を見つけた。影とはいっても陽から隠し生まれる闇ではなく、影武者に近い存在だろうか。常に付きまとって主を、半身を護るような存在。まさかの背中にしがみついていて少し笑いそうになったが、そんな状況ではないと気を引き締める。
少年の小さな背に隠れる大きさの身体、その大部分を真っ白な体毛が覆っている。普段はぴょこぴょこと主張しているであろう耳はぶらさがる身体にそって地を向いており、代わりに真っ赤な瞳が天を見上げていた。
兎。魔物のホワイトラビットに酷似しているその姿は、間違いなく従魔という存在だろう。そう、初めて出会った時に少年の足元でちょこちょこと動いていた、あの兎だろう。礼として選んだチョコドーナツに視線が向いていたような気がして、少し悪い気がしていたあの兎だろう。
よく覚えている、そのはずだった。
しかし、今の今まで少年は1人でいるのが当たり前だと感じていた。その結果、一緒に居たはずの兎と精霊族の少女を忘れていたのだ。いや、関連性を感じられなかった、としたほうが正しいかもしれない。
精霊族の少女、たしか名をサリアといったあの娘は楓の領土に所属しているはずだ。領土獲得戦でも楓達とともに戦っていたのだから、"あの楓"が放り出すはずがない。放り出したとしても何かしらの、それこそキャパシティなどの関係で皆を一斉に領土に所属させることができなかったなどの理由があるはずだ。
「いつもなら帰ってくるのは日が沈む直前。危ないからと注意されているギリギリの時間まで満喫してから、子供達を送り届けたのち、どこかへ歩き去っていく」
言葉が進むことによって冷静になれ、考えを切り替える。今、必要のない要素を遮断する。
あの兎をなんとかしなければ、この忌まわしい語りはやまないだろう。しかし風は通用せず、それ以外の方法しかない。近寄って殴り飛ばせば解決しそうだが、おそらく何かしらの結界が敷いてあるのだろう。この私が風の動きに違和感を覚えているのだから間違いはないはずだ。
そうなると陽の妖術を使う必要があるのだが、あれはできればイザナミと相対するまで隠しておきたかった。僅かな勝機にすら縋りつきたくなる差があるのだから。
「しかし、その日は早い時間、まだ太陽が最も高い位置に移動するよりも早く、森の方から騒々しい声が聞こえてきた。その声は楽しさからとはとても思えないもので、手の空いていた村人の多くがそちらへと視線を向ける。子供達が視界に入った瞬間、誰かが駆け出し、誰かが唖然とし、誰かが叫び伝えた」
語りが進むにつれて躊躇している場合ではないと、無意識が告げてくるように思えた。それでもここで隠し札の1つを切ってしまえば勝率はぐっと落ちる。ただでさえ無に等しい勝率が、さらに落ちてゆく。
「その集団に少女は居らず、最も体格の良い少年が別の少年を抱えていた。いないのは少女だけで、他は皆、心配そうな視線を抱えられた少年に向けながら目に涙を溜めている」
しかし、もう否定はできない。あれは伝えられるはずのない、大昔に生きた愚か者の話。
「大人たちがどうしたのだと聞けば、子供達は同時に口を開いて要領を得ない言葉を返した。しかし、そのどれにも抱えられている少年と、居なくなった少女が出てきている。そして1人は、ついに少女が黒い翼を出して飛んでいったと語った」
大嵐が自然とやんだ時、つい口から言葉が漏れ出てしまう。
「それで退けというのか?」
ここで肯定されれば、黙って頷かれれば、言葉通りに退けたかもしれない。
「やっとのことで少女が帰ってきた時、既に太陽は世界を橙に照らしていた。その手に多くの草木を持ち、翼を隠さぬまま村の境界へと降り立てば……待っていたのは村人達の恐ろしい、おぞましい目だけ」
しかし変わらぬ大地に立ち語る少年は止まらなかった。
やめてくれと心の中で願っても、その物語は止まらない。
「『化物め!』。それ以降の言葉は少女の耳を、思考を通り抜ける。しだいに投げられる石が横を通っていくのも無視して、ただ村人達を見つめていた」
おぞましい光景が脳内に作り上げられ、無意識が警告を鳴らす。
「少女は抱えられていた少年を探し、いないことを知れば手に持った草木を置いて立ち去ろうとした。しかし、そこに割り込んだ者がただ1人」
「やめぬか!」
気づけば躊躇も容赦もない勢いで羽扇を振るっていた。視界すべてが巻き上がる砂と砂利と草木で満たされる中、隠し通さねばならぬと思い続けたものを腰下から生やす。
影のように真っ黒なそれは、手のような、足のような形をしていた。
「子供達の多くが元気に遊ぶ中、多くの時間を木陰で過ごしながら、外から来た少女を見つめていた人物。その人は少女と村人の間を遮る。いや、繋ごうとした」
風で声を止められないことは知っていた。あれはそういう声なのだ。
風で吹き飛ばせぬことは知っていた。あの兎がそれを許さないのだろう。
「そして村人の声と石が少女すらも襲った時、"罪深き天狗"の背後から突風が吹き荒れる。石も、声も、なにもかもを押し戻して、それでも少女だけは優しい風で撫でて」
腰の足、その先に真っ黒な陽を生成する。すべてを飲み込み焼き尽くす闇を生成する。
「天狗は尻もちをつく村人達を無視して、少女に近寄った。そして少女の傍に持ってきた草木を置き、次いで1人遮っていた少女を抱きかかえる。2人のそのあとを村人達は知らない。鴉の化物と愚か者の娘が消えただけ、そう思い込んで過ごしていった」
「黙れ!」
ただ荒れ狂う感情を乗せただけの詠唱。それでも詠唱としては十分な効力があり、むしろ詠唱の正しい形かもしれない。
頭の冷静な部分ではそう考えながらも、煮えたぎった感情は溢れ出す。腰の足から撃ち出された黒い太陽はとてもゆっくりと、まるで最後の機会だとでも言わんばかりにゆっくりと落下していき、ついに少年の姿を覆い隠した。
あと数秒もすれば少年は燃えぬ陽の中で苦しみ続けるだろう。魂を焼く、『人の陽』はそういうものなのだ。風の長『大天狗』の力を超えた、本来ならば人に使うべきではない技だが、それしか思い浮かばなかった。
現実に戻っても苦しみを思い出し、痛みを想造するかもしれない。それほど危険な技だというのに、使ってしまった。彼はただ事実を語っていただけだというのに。
「人の闇に飲まれた太陽の鳥の後悔、私がクイましょう」
最期の足掻きだろうか。黒陽の先から、聞いたことのない声が聞こえてきた。いや、どこかで聞いたことはあるが思い出せない。ただ不思議と泣きそうになる声だった。
「その僅かな間にて愚かな黒衣を脱ぎ、秘める輝く跡を見つめ直し」
言霊かも知れないそれが耳に届く頃には、黒き太陽のところどころから眩しく目を瞑ってしまいそうな輝きが漏れ出して。
「我がトモを照らす暖かな陽となりなさい」
悔しく、とても悔しく歯を食いしばってしまいそうな声が耳を打てば、小さな太陽は地面へと辿り着いていた。
大地を燃やす陽の中、少年が白い兎を抱きしめていて。それがとても愛おしそうに見えてしまって。
「……わかった、素直に話を聞こう」
心が折れ、陽の妖術が消えていく。
そう、私の負けは決まったのだ。
闇に染まった私の心から主を護り、闇すら払って暖かな陽としてしまうあの兎と、それを恐れもせず信じきって待っていた少年の姿はきっと……。
この状況で空から降りる姿は、まるで天から落ちた鴉のようで笑えてしまう。それがいとおかしくて、嬉しくて。
大地に足をつければ微笑む少年と、抱きかかえられた兎が迎えてくれた。
「それでは交渉に関係のない話をしよう」
どんな話をするのかと思えば、少年の口から切り出された言葉に唖然としてしまう。今までのすべては私を退かせるための、交渉のためのものではなかったのかと。