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楓 2/2

 戦場から動きがなくなって数分が経過した頃。

 

「金狐、そろそろ行かない?」

 

「そうだな。さすがにこれ以上は……む、待ってくれ。なんだか急に防壁が崩れた」

 

 そう言った金狐は楓の傍でかがみ、その頭にそっと手を置いた。

 

「罠じゃないよね?」

 

「いや、どうやら累積型の防壁だったようだ。ここまで強固な累積型にするのなら維持型にすればいいと思うのだが……まあ、かなり上の相手を想定していたのなら不思議ではない」

 

 金狐はそう言って納得したように頷く。事実、金狐が言う維持型の同程度のものであれば、強度不足で耐えることすらできなかっただろう。維持型はそれ未満を遮断するものなので、格上を相手にするならば累積型しか選択肢がないのだ。

 よく調べているなと嬉しくなった金狐だが、今の楓は敵でしかない。邪魔な感情に蓋をして、楓の頭に置いた手を通じて楓へと意識を集中する。

 場面を整え、状況を作り、楓があの攻撃を使わざる得ないようにする。そして、それは夢の中でのできごとで、現実には影響を及ぼさない。しかし攻撃を行う手順はなぞるのだ。最も安全に相手の攻撃に関する情報を得られる手段として、金狐は重宝していた。

 夢の中の物語は順調に進み、楓達は近づいてくる金狐達を補足して、楓が攻撃の詠唱を初めて……止めた。

 金狐は躊躇しているのだろうかと経過を見守っていたが、外からの声に意識を引っ張られる。

 

「金狐、楓が動いてるように見えるよ」

 

 その言葉に観察を中断した金狐は楓の身体に視線を向けてみるが、たしかに僅かだが動いているようにも見える。手の指先が微かに揺れ、足が震え……そして……

 

「わた……2度と……」

 

 口から声すら漏らし始めた。小さく途切れ途切れの声であり、金狐には聞き取れない。

 そこでやめるべきだという理性を振り切り、金狐の意識は楓の夢へと目を向けてしまった。金狐自身、どうしてそうしたのかは理解できない。

 しかし、そこになにか見るべきものがある気がして……強引に意識を引き戻すしかなくなった。

 

「誓ったんだ!」

 

 はっきりとした声が静かだった場所に広がっていく。

 金狐は術を強制中断し、鬼人は金狐を抱えて、より遠くへと飛び退いた。そのはずだった。

 突然、金狐を抱えていた腕の温もりが消え去った。空の中間で移動は止まり、その身体は自然と落下していく。その過程を金狐の千里眼はしっかりと捉えていたが、反応はできなかった。

 楓が飛び起き、金狐を抱えていた鬼人の腹を蹴り飛ばし、その瞬間に鬼人が手を離したのだ。その結果として一切の影響を受けず取り残された金狐が、地面へと落下している。

 そこまで理解し、周囲に生えてきた氷の針が自身の身体を剣山にする直前にようやく、金狐は自らの周りに蒼炎の結界を展開できた。それは間一髪のタイミングだったといえる。

 炎が触れる氷の針を溶かしていく中、金狐は楓の姿を確認し、その姿に頭の中を真っ白にされた。

 姿だけを見ればあまり差はないのだ。ただ背中にひし形の翼を4枚、浮かべているだけ。たったそれだけの差。見る角度によって様々な色に移り変わるそれは、まさに虹色の翼だった。

 

 (どういうことだ! あれは、あれは天翼族しか得られない固有能力のはずだ!)

 

 あまり知られていない、それこそ天翼族すら知らないものが多い事実。天翼族の翼は身体に備わっているものではなく、種族固有の能力として発現するものなのだ。

 金狐がそれを知り得たのも特別、仲良くなった天翼族の女性から聞いた話であり、その人物も古い言い伝えだと言っていた。若い子達は目にする機会はないが、別に隠しているような内容でもないそれ。

 天翼族の子は天翼族である。ハーフであってももう片側の特徴を備えた上で天翼族の翼を背に浮かべている。ただしハーフの成した子は天翼族の特徴を示さない。ハーフとハーフであってもその特徴を示さない。

 同時に天翼族は、一定以上の年月を経過しなければ子を宿せないということ。それは男女どちらもだ。

 そこから導き出した結論が天翼族の種族特性の1つに、天翼族としての固有能力を子に伝えるものがあるということ。そして成長過程で子に伝える能力を得ること。

 それは金狐が第2陣で過ごした多くの時間をかけて考え抜いた答え。なんとなく知り合ったハーフの天翼族の女性が語ったことから、彼女だけのために編み出した結論。そして、伝えることなく胸の内にしまい続けている言葉。

 金狐が混乱した理由はアルファ世界で生まれたはずの楓が、ベータ世界固有の種族である天翼族の特徴を示したから"ではない"。ここで敵対すれば、人から天翼族の特徴を発現させた可能性のある楓から話を聞けなくなってしまうからだ。

 そんな一瞬の葛藤は満たされた空間に押し潰された。金狐の周囲に張り巡らされていた蒼炎は消え去り、身体が重くなり、呼吸すら叶わなくなったのだから。

 そのうえ楓はそんな中でも動くを鈍らせることなく近づいてきて、躊躇なくその手を首を目掛けて振ってきた。金狐は勢いよく払い切るようなそれを水中でも消えない炎の壁で遮る。そうしたことで楓は手の動きを止め、金狐から距離を取った。

 

「げほっ」

 

 呼吸ができるようになり身体が軽くなった空間で、金狐は空に浮かび続ける楓を見つめる。

 金狐が先程の攻撃に対処できたのは幸運でしかなかった。身体が重くなり呼吸ができなくなるということから『深海』の空間情報を展開されたことまでは容易に想像できた。炎を扱う金狐にとって相性の悪い環境の1つだったのだから。

 しかし、続く攻撃こそが本命。あれは風の刃だった。大天狗から幾度となく訓練を受けていなければ、大天狗の得意な風でなければ対応はできなかっただろう。実際に無意識での行動だったのだから。

 これ以上、咳き込んでいる暇はない。金狐は最も得意な幻影を生み出しつつ、その姿を隠そうとしたが

 

「我が敵の姿を照らせ」

 

 楓が背に浮かべる翼のうち1つが輝いたかと思えば、金狐の幻影は消え去った。再びより高度な幻影を生み出そうとしても、その場所自体が幻影の存在をかき消してしまう。

 幻影を諦めた金狐は楓の使った能力について考えを巡らせ始める。あれが情報体ならば既に使っていただろうという考えから情報体は排除。妖術にあのようなものがあるとは知らないという考えから、ひとまず魔法であると結論づける。

 そうであれば、あれは『詠唱魔法』なのだろうと。

 無詠唱程度ならば金狐も扱えるので楓が扱っていても不思議ではない。それは天才と呼ぶのすら迷う程度の技術だろう。気づくか気づかないかなので、魔法の才能とは別物だ。

 しかし詠唱魔法は、第3陣として参加してからの期間だけでここまで扱えたのだとしたら、それは天才と謳うに相応しい。金狐は知っていた、あれはただ語り歌うだけでは意味がないのだと。

 だから金狐は『詠唱魔法』という存在しか知らない。その欠片すらも理解できていない。

 

 であれば、だ。

 

「幻想潰えし夢の中、私は現の夢を見る」

 

 金狐が採れる手段は1つしかなかった。

 

「撫でる風は焔のようで」

 

 深海から解放されて落下する中、刻々と地面が迫り来る中、静かに歌う。

 

「暗く碧き空の中、ともに現の夢を見ましょう」

 

 地面直前でくるりと体勢を変えて、優雅に着地した金狐は最後の言の葉を紡ぐ。

 

「現術『焔衣』」

 

 景色が一転した。

 青空が広がっていた天空は夜闇を照らしたように暗く、草木が生い茂る豊満な大地は碧い焔に包まれて。揺れる金色が8本と、翡翠の輝きがただ2つ。

 真下から土の槍が盛り"上がらない"。周囲に氷の針ができ"あがらない"。風は優雅に泳ぐだけで、酒を飲むのに心地良い気温の中、ゆったりとした時が流れる。

 

「ほら、ともに遊ぼうぞ」

 

 金狐が優雅に片手を持ち上げれば、次の瞬間には空高くに浮かんでいたはずの楓が目の前に居た。そして軽く手を振るえば楓に碧き焔が殺到して、その表情をしだいに苦しげなものへと変えていった。

 風を焼くだけの炎であっても、相手が人類ならば有用だ。ただ威力のある一撃よりも、むしろ思考能力を奪う攻撃だからこそ価値がある。

 再生し続ける魔物という経験をしなければ、金狐は威力だけを求めていただろう。しかし威力だけではどうにもならない相手を知り、半端な威力では相手を強くすることもあると知り、確実に仕留める状況を用意することも必要だと結論を出した。

 もちろん厄介な強敵の話である。金狐は立場上、弱い複数を相手にすることのほうが多いので、相手に合わせた戦い方を選び実行する。今回のように選び間違えることもあるが、それを補ってくれていたのがより上にいる大天狗だった。しかし今、大天狗は見守ってくれていない。

 最も上に位置する金狐のミスで仲間全員を失ったという事実は変わらない。金狐は心の底から、ここが生き返られる世界で良かったと思っていた。

 そう、それに思考を割けるだけの余裕があるのだ。

 

 楓の顔色が十分に悪くなったところで、金狐はトドメにかかる。残念ながら威力を自慢にできるほどの技を持ち得ていないので、確実に死へ迫らせる技こそがトドメとする技だった。

 金狐はゆったりとした動作で楓に近づき、息を感じられるほど迫り、その身体を抱きしめた。小さな小さなうめき声が金狐の耳をくすぐるが、意識を素通りさせる。

 上位の鬼ともなれば数時間はかかろうが、相手は人間。天才とはいっても身体は人間から離れず、少女のそれでしかない。保って10分だろうと、金狐は予想した。

 

 焦げる匂いは一切無い。ただれる皮膚も一切無い。ただただ夢の身体が焼かれていくだけ。

 それでも痛みは流れ込み、恐怖は刻まれて。最期には現の身体を夢に揃えて。

 

 もう5分は経過しただろうか。人類の身でここまで耐えていること自体が異常だとは思ったが、あのような雷を扱うのは普通の人類ではない。それに金狐のこれは精神攻撃の一種ともいえるので、身体への影響は少ないほうなのだ。

 そんな燃えていく楓の身体を見ていて、金狐はとあることが気になった。

 たかだがゲームのためにその身を焼いて、心を痛め、いったい何を求めているのかと。この世界では圧倒的優位になれる領土だが、現実世界に戻ってしまえば『凄いね』の一言で済まされるようなもの。イザナミのような世界の頂点であれば別だが、楓は子供に過ぎないのだ。

 そんな娘がなぜ、ここまで頑張れるのか。現実が辛いようにも思えず、むしろ良き仲間とすら出会えていて、あちらのほうが幸せであろうと思えるのに。

 

 そう、と金狐は視線を自らの足元に向けた。

 そこには足を掴む少女が2人。もはや動けぬほど痛めつけられたであろうに、地を這い仲間のために力を尽くした少女が2人。楓と同郷で、現実では笑い合って青春を謳歌しているはずの少女が2人。

 だからこそ、よけい楓の姿が歪に映った。この2人は楓を助けるために動いているが、楓はなにのために動いているのか。それを知りたいとは思ったが、そこまでの余裕はない。

 現術の中であっても、あの雷を受ければ致命傷だという事実は変わらないのだから。

 

 離れた場所で雷が天へと落ちる。詠唱を封じるために"呼吸を"奪ったというのに、詠唱すら無く。

 それを見届けた金狐は足元の2人へ視線を向け口を開き

 

「馬鹿ですね。あなた達が私の足を掴んでいれば、楓が攻撃するはずがないでしょうに」

 

 しょうがないですねと諭すように、そう言った。優しく微笑んで。

 本来なら楓もろとも金狐の足元から天に落ちるはずだった雷は、その発生場所を変えて金狐が点在させていた幻影を穿っていったのだ。しかし"凛と翠が足を掴んだ"という事実からそれは容易く予想でき、その結果として幻影と場所を入れ替えるという選択をやめた。

 雷が落ちた場所こそ入れ替えようと思っていた候補の1つだったことに金狐はひやりとしたが、逆に幻影を出していてよかったかもしれないとも考える。

 だってそうだろう。楓のために動いたはずの2人の所為で、金狐を仕留めそこなったなんて悲しいではないかと。

 

 4枚の天翼が消え、楓の身体が粒子となって空に昇り、2人が追っていって。金狐はそこまで確認したところで現術を解いた。

 あとは速やかに領土のコアを破壊し、復活を阻止すればいいだけ。さすがにこの短期間で復活機能まで追加できているとは思っていないが、それでも可能性はある。最初は余裕だと思っていた戦いで、ここまで追い詰めてきた楓達なのだから。

 さっそく千里眼を広げて確認してみれば

 

「あ、さすが我らが里1番の鬼。思ったよりは元気そうですね」

 

 木陰で休む戦友の姿を見つけて、まずはそちらに足を進める。

 1人より2人。1人では空笑いでも、2人なら笑いあえる。金狐は自身の軋む心が自然には癒えてくれれないと知っていた。


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