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幼神VS老天狗 1/1

********************

 

 

 

 空低く、黒翼をはためかせる少女は大地を見下ろしていた。

 その視線の先には女性が1人。長めの金髪と碧色の瞳が美しい、この場に相応しい剣と盾を持った"敵"である。服装こそ真っ白な貫頭衣、左胸にある梟のワンポイント以外は真っ白なものだが、それこそが最大の敬意だと黒翼の少女は知っている。

 イギリス国の守護者『アテナ』。アルファ世界において、国を任される者ならば知らぬものがいないとまで謳われた神の片割れ、その呼び名。

 

「アリサ、退いてはくれんか?」

 

 しかし、黒翼の少女はその名を呼ばない。

 彼女にとっては目の前の女性ですら一般人として扱われる。正確には英雄の1人として扱われるが、それすら一般人に含まれる。含ませられる。

 

「それは無理ですよ。約束ですからね」

 

 アリサは射抜く視線をものともせず笑い、返した。

 

「ぬう。それはしかたがないのぅ」

 

 もとより退くなどとは思っていない。それをするなら出てこないという話。まあ挨拶のようなものだ。互いにとって面倒くさい系統の挨拶だが。

 

「それにしても、なぜ今更あそこを攻めるのですか? 正直、勝機とは思えませんが」

 

 黒翼の少女は一瞬だけ苦笑いする。『正気とは思えませんが』と言われたのかと思ったのだ。

 それは両者の実力を、その端程度は知っているものの言葉としては適当なものだろう。

 

「愚かな人族を少しだけ滅しにな。なに、あの島国2つには手出しせんから安心せい」

 

 そう言った黒翼の少女が右手に持っていた翼と同色の羽扇を軽く振るえば、周囲に突風が吹き荒れる。暗に長話をする気はないと告げているのだ。

 

「私怨でしたか。ですが、あそこを狙うのなら美波が容赦をしませんよ? 特にあなた程の方が攻めてしまっては、ね」

 

 突風をもろともしないアリサは会話を続ける。やめる気はない。

 

「私が族長『美波』を抑えている間に仲間が滅ぼすからの。問題はなかろう?」

 

「……あなたが人族を嫌っているのは知っていますが、あの子達を見て何も感じないのですか? 特に凛とか」

 

 絶対に退かないという意思を感じ取ってしまったアリサはしかたがないなとため息をつき、そう言った。

 

「それはぬしの趣味だろうて」

 

 そんなことを言いながらも黒翼の少女は嬉しそうに笑っていた。本人が気づけなくても、相対する彼女は気づいていた。

 

「まあ、言葉では無駄ですか。ここで地に伏せさせてお帰り願います」

 

「戯けが。ぬし程度に負ける私ではないわ!」

 

「それは昔の話。さあ、楽しみましょうか」

 

 一転して両者とも楽しそうな笑顔を浮かべ、獲物を握る手に力を込める。そして黒翼の少女の羽扇が軽く振るわれれば、それは開戦の合図だった。

 

 

 

 大型の台風すら軽く超える突風が吹き荒れる中、しっかりと地面に足をつけるアリサは剣を振るった。様々なものが風に巻き込まれて舞っている中、それは狙いをつけない一撃にも見える。

 しかし、剣先から放たれた光の線は黒翼の少女の"通り道を"しっかりと捉えていた。問題は通った後の道だということだろう。

 速すぎて当たらない。戦闘が始まってからこれまで幾度となく剣を振るったが、無駄な力を一切使わない、自身そのものが風のように飛び回る黒翼の少女には掠りもしない。

 当たれば傷をおわせる程度のことはできるとアリサは考えている。甘い考えではなく、それ用の準備を行ってきたのだからその程度はできないと困るのだ。

 しかし当たらない。まるで風を斬っているかの如く、手応えの1つも感じられない。

 一般人ならば、戦車ならば、戦闘機ならば豆腐のように斬れる剣閃でも当たらなければ意味はない。剣を振りたいのではなく相手に傷を負わせ戦闘能力を奪いたいのだから。

 それでも諦めず時折、飛んでくる見えない刃を研ぎ澄ました精神で感じ取り、盾で正確に受け止める。そして再び剣閃を煌めかせては手応えのなさを受け取って。

 そんな中、アリサは思う。自分など置いて飛び去っていけばいいのにと。しかし、それだけ美波を、イザナミを驚異と感じているのだろうとも受け取れる。

 あれは速いだけでは通用しない。千里を超えて領土全域を見通す眼から隠れ通すか、8つの神の怒りを防ぎ切る実力がなければ戦いどころか、通過すらできない。

 

「ようやった……が、やはり人よ」

 

 気づけばアリサの腹には真っ赤な下駄が突き刺さっていた。アイギスの加護すら超えた一撃が、アリサに久方ぶりの致命的な痛みを与える。それに留まらず、アリサの身体は下駄から離れ、黒翼の少女から離れ、輝夜の領土から離れ、低く低く飛んでいき……ついには自身の領土『アイギス』の境界すら超えていた。

 途中に何本もの木々があったというのにそのどれにも当たらず、地面を僅かにも抉らず、アリサは自身の領土に伏す。

 それがイギリスの"幼き"神と、妖界の長の差。それをアリサが知り、実感するのは意識が戻り目覚めてからになるだろう。『何が神の片割れか』と夜闇に涙を紛れ込ませるのだろう。

 それでも黒翼の少女『大天狗』は進み続ける。今のアリサが経験した以上の差を覆し、望む未来を得るために。

 

 

 

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