狐と鬼と 1/1
原っぱを、森を、山を超えて進むのは領土『妖界の里』の面々。先頭を進む金色狐に続き、角を持つ者や黒い翼を持つ者、人と変わらぬ者や動物の特徴を有するものなど様々な種族が混在しているといってもいい。しかし、そのすべては人型に何かが追加されたような容姿をしていることだけは共通している。
その多くは第3陣からの参加者で構成されているが、第2陣も複数人いる。楓達と同じグループで突破したものもいれば、凛達と同じグループで突破したものもいる。
「金狐様……いえ、失礼しました。なんでもありません」
人と変わらぬ身をした少女が金狐に何かを問おうとして、それは途中で止まった。首を振って言葉を飲み込んだ少女を見て、金狐は口を開く。
「いい、言ってみよ」
「では……凛様の領土を潰すのですか?」
凛という英雄は世界を超えて、種族を超えて人々の心を侵食した。それは妖界にあっても例外ではなく、妖怪にあっても例外ではない。
「いや、今のところは通過するだけだ。そもそもコアを探し出すことに手間をかけたくない。大天狗様に遅れぬように、目的地に到着する。それだけを考えておけ」
その言葉を聞いた少女は安堵した様子を見せた。
金狐にとっても、大天狗にとっても、楓達の領土は『どうでもいい』。ただ最も容易く通過できるために選ばれた道であり、そこが欲しいわけではない。
「ただ、厄介な足止めを続けるようならば拠点ごと潰し排除することも考えている。その時になって足を竦ませるようならば、今のうちに帰れよ」
「いえ、御慈悲を頂けただけで嬉しいです。その時がくれば、たとえ導いてくれた相手であっても戦いましょう」
少女は揺れぬ凛とした声でそう言いきった。
「それでいい」
静かに締めの言葉を告げた金狐は、頭を抱えたくなった。
凛という少女の評判は聞いていたので数名はこういうこともあるだろうとは考えていた。その時は、もし戦いになれば戦線から外せばいいと。
しかし、まさかほぼ全員があの領土と関わりがあるとは思ってもみなかったのだ。
凛とともに試練を突破したものは漏れなく全員が、彼女を英雄視していた。
楓のグループで試練を突破したものの多くは、楓の情報と協力で突破していたといってもいい。
翠という少女に情報体の加工をしてもらっている者も少なくない。どうやら腕がよく、手頃な金額で請け負ってくれるようだ。
ここまでで8割。残る2割もサリアという精霊族の少女に助けてもらっていたりと、ほぼ全員が躊躇するだけの理由を持っていた。そうなれば戦線を外すなどということはできない。外せば2陣だけで戦うことになってしまうのだから。
それでもこの道を通るのが最も容易いということに変わりはない。イギリスのアリサはまだしも、白精霊の領土など通過しようものなら本命の日本よりも大きな痛手を負いかねない。あそこはそれほどに異常なのだ。
そもそも、だ。金狐は第3陣を戦力に数えてはいなかった。第2陣に選ばれたものと、第3陣で参加できたものの差はそれほどに大きい。第2陣1人で第3陣すべてを相手取っても勝ててしまうほどに。
しかしながらこの世界で死んでしまっても現実で死ぬことはない。さらに領土戦ともなれば、その期間に死んでしまっても観戦室送りになるだけなのだから、経験を積ませるには絶好の機会であった。
今後、親しきものを相手に戦うこともないとはいえないのだから、この機会に経験しておくのは良いことだ。金狐はそう考えて全員を参加させようとしていたのだが、そこで首を傾げることになった。
ここまでの好条件が揃いながら、なぜ大天狗は自分達を排して進もうとしたのか。
たしかに圧倒的な差を見ればやる気を落としたり、恐怖に繋がったりすることはあるが、逆にいえばそれを経験できる貴重な機会でもあるのだ。
そして金狐や刑部狸であれば、それは経験にしかならないと知っているはずなのだ。それでも大天狗は誰1人にも伝えなかった。見つかっても参加させないように動いた。
金狐にはそこがわからなかった。だからこそ、絶対についていくべきだと判断した。
絶対に真意は探り出してみせる、あるいは聞き出してみせる。そうでなければ留守を引き受けてくれた刑部に見せる顔がない。
「っ!」
金狐達が輝夜の領土に踏み入ってから数十分は経過しているだろうか。その頃、ようやく敵の姿を金狐だけが捉えた。しかし仲間たちに伝えるようなことはしない。
この集団の中で金狐だけ、索敵範囲が広いのだ。他の者が狭いのではなく、金狐だけが飛び抜けて広いのだ。だからこそ訓練になればと伝えることはしない。
他の者が察知できる範囲に入り、そこから対応できなければいけないのだから。
「誰か、輝夜のメンバーを把握しているものはいるか?」
金狐は他のことに集中させるため皆にこのような問いかけをしたが、実際は把握している。より不利な状況から、最高の結果を。訓練としてならば不利なほど良い。
それもこちらの戦力が輝夜の戦力に対して過剰だからこそできること。他の領土が相手ならば、このように歩いて進むような余裕は無い。
「では私が代表して」
すっと手を挙げた青年が口を開き、そう言った。第3陣で参加している者達の中では冷静で、小さなまとめ役も行っている人物の1人。姿は人族と変わらぬがその手に持つ紫色の唐傘が彼の妖名を知らしめている。
「総勢7名。総代は『楓』様で、他のメンバーが凛様、翠様、葵様、時雨様、四葉様、サリア様です。副総代については情報が得られませんでしたが、話し合った結果として凛様ではないか、と考えております」
「うむ、上出来だ」
金狐はそう言って頷いた。それは金狐が調べた情報から外れておらず、想定外を巻き起こす傭兵枠の相手は今、大天狗が向かっている。
大天狗は金狐に傭兵枠が誰なのか伝えてはいないが、かなりの距離があったのだ。存在は知れても誰なのか確定はできていないのだろうと金狐は判断した。
ただあれが傭兵枠であると確定したわけではない。新しくできた領土なため、他の領土から侵略があっても不思議ではない。ただし、この領土を囲む領土が強力すぎるため、それらを通過してくるほどのリスクがあるかと考えれば、まず無いだろうとも金狐は考えていた。
しかし囲む領土のうち3つと"楓が"友好的なのは知っているし、残る1つは自分達だ。他の領土からの侵略となれば可能性は低く、朝早くに連絡してきた楓の様子から準備はしていなかったように思えた。だからこそ傭兵枠の誰かであろうと結論を出したのだ。
と、ここまで考えたところでそろそろかと思考を切り替える。
「っ! 接近する何者かを感知! 数は1、かなりの速度です!」
総勢100を超える全員に行き渡るような、それでいて聞き取りやすい声が響く。皆に知れ渡ったことを示すように、端まですべての者達が表情を引き締めた。
「相手は1人、訓練通り迎え撃ちましょう。皆さん、陣を組んでください」
金狐の前方から声が聞こえる。静かであっても小さくはない、声に皆が応え動き始めた。
事前に決めてあった通り、楓か凛が確認されるまでは金狐達、第2陣の戦力は動かない。余計な体力を消費したくないのではなく、訓練に最適な相手を見逃したくないといった考えからだ。
しかし――
「油断するな。あれは強いぞ」
姿も確認し終えた金狐はその姿が見知らぬものであり、なおかつ弱くないと判断した。
翠色の髪を荒ぶる風に揺らし、余裕の感じられない笑顔で突っ込んでくる女性。左右の手に種類の違う銃を持ち、まるで浮いているように移動していて、こちらに一直線に向かってきている。
そして迷いなく向けられた右手の銃、その引き金が引かれれば……金狐側の1人が撃ち抜かれた。その者は倒れはしたが消えはしない。威力ではなく速度を重視した奇襲であると判断する。
「大丈夫、威力は高くないです。結界と治療に向かってください」
まとめ役の青年は慌てない。第2陣であっても防げたかどうか怪しい程の速度だったので防げなかったことはしかたがない。次さえ凌げれば十分だろう。
だから金狐は、第2陣は手を出さなかったが、直後にそれが間違いであったと認めざるえなかった。
「っ!」
違和感に気づいた金狐が真っ先に動いたかが、もう間に合わない。金狐陣営、全員の身体から力が抜け、多くの者がその場に倒れ込んだ。
さすがの第2陣は皆が対応したが、それでも損害なしとはいかなかった。僅かにだが、金狐達が言うところの『脱力の呪い』が残ってしまっていたのだ。
ただ唯一、金狐だけは完璧に対応してみせた。彼女だけは一切の影響を受けていない。
「動けるものは皆を守れ! 解呪は私が行う!」
その言葉が終えられる前に、皆は動いていた。淀みない動きが倒れた者達に希望を与える。
(……ええい、呪いではなく情報か)
すべての尻尾を出し、力域を広げて全員の身体を同時に確認した金狐は悪態をつきたくなった。この程度の"呪術ならば"、即座に解呪できたのだ。しかし、まだ慣れ親しんでいない情報体および情報からなる呪いであればすぐにとはいかない。それどころか解呪できない可能性すらあるが、それでも、情報体であってもこの中で最も知識が深いのは金狐である。
あまりに長くかかるようなら他の者に任せるか、金狐自身が対応して倒しきったほうが早いだろう。しかし、対処を必要とする呪いならば、あとを考えればそこまでの確認をしなければならない。
そこまで考えた上での厄介さ。ある意味で狡猾だが、ある意味で勝ちにきているとも考えられる攻撃。
金狐は想定していた相手の強さを引き上げる。これであと1人でも倒れるようなら、自分が対応すると決めた。
『金狐、あれは強い。小細工だけじゃなくて正面から戦う実力もある』
第2陣の1人、金狐の未熟な千里眼でも捉えられる距離で未知の相手と戦っている女性が、情報アクセサリーの通信をもちいて司令塔である金狐に情報を伝える。
彼女は頭頂付近につがいの小さな角を有する鬼であり、戦闘において相手を過小評価も、過大評価もしない。そして強い。
その彼女と正面から戦えているという事実が、たとえ劣勢だとしても維持できていること自体が強さの証。直接的な打撃は行っていないようだが、両手の銃から放たれる魔法と情報体による攻撃と、不思議な障壁が驚異となっている。
『情報を解読するまで保たせてくれ。急ぐ必要がなければ、そちらを手伝う』
『りょ~かい』
軽い雰囲気で返事を彼女だが、完全に有利なわけではない。後ろに倒れる者達を結界で守ってくれる仲間がいるからこそ、何も考えず目の前の敵のことだけを考えられる。そうでなければちょくちょく行われている攻撃で倒れている者達が消えているだろう。
金狐はより集中して、倒れている皆に付与されている呪いを読み解いていく。十分な脅威と成り得たから調べ研究していた。それが今、役に立っているのだ。
第2陣といえど金狐ほどの速度で解読できるものは少ない。総合的な実力ではなく、情報体への適応力でいえば金狐は第2陣でも最上位である。
(……これは無理か)
解読を進めていた金狐は無理だと判断した。僅か数分の解読だが、それで判明するほどに緻密な"毒"だったのだから。
呪いではなく、毒。呪いであれば解くこともできようが、毒であれば対応するものがなければ解毒はできない。しかし手持ちに対応した情報はなく、固有の力に解毒できるものはない。
『加勢する』
その一言で解毒は後回しにされたと、戦う皆には伝わった。すぐさま結界が解かれ、別のものへと置き換えられる。
結界が解除された瞬間、金狐に向けられた銃から炎の塊が撃ち出されたが、金狐は手をかざすこともなくそれを消滅させた。それが相手の予想外だったのか、相手の動きが一瞬だけ鈍ったところに鬼の女性が持つ金棒が見舞われる。
パリン、パリンと2つ、何かが割れる音が聞こえたが、相手に傷を与えるにはいたらない。しかし相手に後退を選択させる程度の意味はあった。
その僅かな時間で、金狐は前線で戦っていた鬼の彼女の回復を行う。
「助かるよ」
「こちらこそな」
金狐の手から出た緑色のもやが鬼の彼女を包めば、全身に刻まれた細かな傷が消えていく。僅かに付与されていた弱い毒や呪いなども消えていく。
「こないね」
「まあ好都合だ。あそこまで強いとなると、あれが傭兵だったか」
「そうだろうね。あれは第2陣だよ」
金狐の千里眼には木の陰からこちらを覗いて"いない"敵の姿が見えている。特に何か行うわけでもないが、油断は見られない。
「相手も千里眼持ちだな」
「厄介だね」
千里眼は技術である。それは大天狗の言葉であり、事実、素質がなかったはずの金狐が未熟ながらも会得できたのだ。間違いなく技術であると知れ渡っている。そのため希少な才能でなくなったそれは、どのような相手であっても警戒に値する能力となっていた。
つまり見られていることは前提で戦え、と金狐は考えている。
『場所わかるなら叩いてみようか?』
『いや、時間を稼げるのなら稼ぐ。どうやら相手はこちらが千里眼を持っていることを知っていないように思えるからな』
『少しでも情報を、だね。大天狗様を待たせないかな?』
『皆で行く、と約束したのでな。我慢してくれ』
そう、金狐は大天狗と別れる際に『皆でお待ちしております』と伝えたのだ。叶わぬにしても、全力を尽くして臨まなければならない。
『おっけ~』
一見、仲間を見捨てるような言葉だが金狐にはわかっていた。それが『自分1人で突っ込むから、あとよろしく』であることを。
相変わらず無茶ばかりする、と金狐は小さく微笑んだ。
数分が経過しても敵は動かない。まったく身動きせず、金狐達と同様に相手の能力を探っているのかもしれない。しかし金狐達が使用しているのは最初から敷いてあった結界と、攻撃された後から使用されていた結界だけ。それ以上に知られる情報はないのだから、観察されても困るようなことはない。
それでもこのまま待っているわけにもいかず、なにか仕掛けるかと金狐が考え始めた時、情報アクセサリーによる通信許可が拡張された視界に表示された。相手は今回同行している第3陣の1人。
『金狐、様……』
許可してみれば、小さな小さな、消えそうな声で金狐の名が呼ばれた。
『どうした。辛い状況だろうから、今は休んでおくべきだぞ?』
たまにいるのだ、金狐達のために役立ちたいと、頑張りたいと、苦しい状況であっても身体に鞭を打つ者が。
通信をしてきた彼女が、普段は物静かだが頑張り屋なのを金狐は知っていた。能力ゆえ避けられることも多く、それをしかたないと受け入れていることも知っていた。それが戦闘向きな能力ではなく、足手まといにならないために頑張っていることを知っていた。
『あれは……わざと、驚いて……』
『ッ! 助かった。もう十分だから、備えて休め』
そこで通信は途切れる。絞り出すような声から、気絶したのは明白だった。
彼女が言うのだから、金狐が炎の魔法を打ち消した時の驚きはわざとで確定だ。金狐は彼女を、その能力を信頼している。そうでなければ避けられないのだから。
有用が過ぎた、そのため避けられた。皆も彼女が優しいことは知っているが、それでも避けてしまうのだ。妖界においてそれはどうなのかと思わなくもないが、あれに恐怖するのはしかたがない。
金狐の場合は彼女ではなく、彼女と同じ能力を有する集団の長相手に苦手意識を持っているのだが、それはその長が原因であり、能力には苦手意識を抱いていない。
金狐はすぐさま、立っている皆に通信を繋ぐ。
『結界を全力で。薙ぎ払え!』
聞き取り方によっては結界を薙ぎ払えとも聞こえる言葉を、金狐は叫び伝えた。
それでも、それを聞いた皆は金狐の言葉の意図を正しく理解して数人は結界の規模と強度をあげ、最後の1人は手に持つ金棒をしっかりと握りしめて、直後には前方の空間に振り抜いていた。
金狐の視界から消え去る木々、森。何かが割れる音は確かに3つ響き渡り、土煙の中で光の粒子が空へと登り始める。
土煙など関係のない金狐の千里眼には、敵が死亡して粒子となったことが見えていた。それでも気を抜かない。
10秒、20秒と時間が経過し、1分が過ぎたところで金狐達の周囲一帯が青白い光に包まれた。続いて轟音が広がったとに立っていたのは、金狐と鬼人のただ2人。
「くそ、やられた!」
金狐は残った1人、鬼人を回復し始める。
「あ、あはは。まさか結界の中から攻撃なんて想定できないというか、想定してたら動けないというか」
鬼人が弱々しく、それでもしっかりとした調子でそう言った。
金狐達を包んだ雷は"空に落ちた"のだ。結界の中から、中にいた"ほぼ"全員を焼きながら結界を突き破って、空へと。
「私の感知域よりも外からの攻撃を、あれだけの精度で結界すら通過して……どういうことだ」
回復をしながらも金狐は悩む。
金狐だけは影響を受けていないことが、考えるに値すると判断させた。
「金狐ちゃんは弾いたの?」
「いや、何もしていない。弱いものなら弾けるが、そんな感覚はなかった」
何もしていないからこそ不思議でならない。他の皆が残るような攻撃ならば無事だった1人へと不信感を向ける目的かもしれないと案の1つも出たが、皆を死なせるほどの一撃だ。第2陣を一撃で葬る一撃だ。
命を対価とした一撃であれば理解できるが、それでは金狐が生き残った、無傷だった意味がわからない。
「……2人になっちゃったね」
鬼人は僅かに俯き、悲しそうに呟いた。
「すまない、私が油断していたばかりに」
「違うよ。ただ、大天狗様との約束守れなかったなって」
それが鬼人自身の後悔ではなく、自分を襲った後悔への言葉であることを金狐は理解している。
「……いいのだ。そもそも皆を連れ出した理由は、訓練に最適だったからに過ぎない。私とあなたが最後まで生き残り大天狗様と合流して、目的さえ知れればそれでいい」
「やっぱり、おかしかったよね大天狗様」
「ああ。幹部を誰1人として連れて行こうとしたなかったのは、やはりおかしい」
「んん~そうじゃなくて。いつもや私達を救ってくれたときとは違う、悩んでる感じがしたよ」
「悩み?」
金狐はそれまでの考えを中断して、鬼人の言葉へと思考のすべてを割り振る。
どうにも乗り気ではないというのは感じていた。それならば幹部の誰かか、話せない内容ならば天狐や酒呑童子に相談すればよかったのだ。その結果として行動していると思っていたから、そこが間違っていたのかもしれない。
仮に誰にも相談せず、悩んだままで行動していたとしたら……。
「いや、それはあり得ない」
「ど、どうしたの金狐ちゃん」
鬼人は戦場だというのに明らかな動揺を見せた金狐を見て、心配そうに声をかける。しかし金狐は応えない。
「しかし……あり得るというのか……?」
ああいつものだと判断した鬼人は、その小さな腕に詰まった巨大な力を金狐の頭に振り下ろした。軽くだ、軽く。
「あぎゃ!」
鬼にとっての軽くは、狐にとっては痛いもの。
「な、なにをするんだ!?」
「考え込まず、吐き出して。そうした方が考えが纏まるって、自分で言ったんだよ?」
「む……すまない。考え込んでいる自覚がなかった」
金狐は頭を手で撫でながら、申し訳なさそうにそう言った。
それを見た鬼人は、満足そうに頷いて次を催促した。つまりは何がわかったのかを。
「おそらくだが……日本の領土に、現実の日本へ繋がる場所がある。大天狗様はそこを通って、"1人で"人類を滅ぼすつもりだ」
「……あ、あはは。冗談だよね?」
さすがの鬼人も、これは聞き返さずにはいられない。普段は陽気で、金狐の言葉なら素直に信じる鬼人であっても、聞き返さずにはいられない内容だった。
「天狐様からお聞きした内容も合わせるとそうなる……ような気がした。それに噂で、世界へ通ずる門があるとは聞いていたし、そこを通るには多量のカロリーが必要だとも聞いている。所詮噂だと思い、自領土の全域を探し回っただけで終わっていたが……まさかな」
そう言った金狐は、遙か先にあるはずの領土『日本』へと視線を向けた。
「でもさ、それが本当だったとしたらさ……」
鬼人は言葉に出さない。出せない。
自分よりも頭の良い金狐が、気づいていないはずはないと考えているのだから。
「……なあ、私は大天狗様を止めるべきだろうか?」
「それは自分で決めるべきだと思うけど、まあ……優柔不断な金狐ちゃんに一言だけ。その時になってみれば、勝手に身体が動くから気にしないほうがいいよ」
そう言った鬼人はにははと笑った。
それを見た金狐は僅かな間だけぽかんとした表情を浮かべ、すぐに笑い返した。
「それよりさ、あの攻撃の対策を考えながら進もっか。もう拠点を残すつもりはないよね?」
「ああ、あれは驚異が過ぎる。大天狗様の進む道に聳える壁だと認めざるえない」
笑みを消した2人は、歩幅を揃えて歩みだす。まっすぐ、楓達のもとへと。
金狐という名は伊達ではない。