敗北の余韻 2/2
「おや、今のは魔法ではありませんよね?」
目ざとく気づいたのはエルフ族の少年です。予想はついているでしょうが、胸元にある銀のアクセサリーを腕で指ししめして答えとしておきます。
「情報体……もしかして、加工して展開されたのですか?」
「イナバは始まりの質問で得た情報体で召喚した従魔だからね。きっと情報体の知識を持っていたんだと思う」
私、それは聞いていないのですが……。
「ああ、最初の。召喚精霊かと思っていましたが、従魔という別種族だったのですね。材料は森に十分にありましたし、簡単なものなら私ですらアクセサリーの機能だけでも作れました。まあ、そのように見事なものではなくすぐに崩れ落ちる程度のものでしたが」
頬を指で触りながらあははと笑うエルフ族の少年。
ぬちょっとした黒い塊を展開して「ひぃ」と小さな叫びをあげて落としたのは見ていました。魔物からだけではなく植物などからも情報体を得られるのではと試していたのも。
「そうなると1つだけお聞きしたいのですが。兎さん……イナバさんの情報アクセサリーはどうやって手に入れたものなのでしょうか?」
「イナバを召喚した後に同じ場所で貰ったものだよ。簡単な魔法も使えるみたいだけど、それだけでは弱いぼくを守れないと考えてサービスしてくれたのかもしれないね」
やはり、ときおり私をチラチラと見ていたのはそのためでしたか。
他の理由も考えられたので確信できませんでしたが、これで解決です。そう、これで私が魔法や情報体の知識を持っていたとしても、始まりの質問とやらで得られた特別な個体として納得されるようになりました。
仮に同様の条件が揃った個体がいて魔法や情報体の知識を持っていなくとも、召喚主であるユウの対魔物戦闘能力が低いためにそれなりの武器を与えられたと考えてもらえるでしょう。そして時が経てば従魔に関する知識が深まり浸透し、問題はなくなります。
そもそも"私だけではないはず"なので、特別な個体として考えてもらえることでしょうね。ええ。
「そうでしたか。もしかしたら作成方法をご存知ではと思ったのですが、やはり特別なアーティファクトのようですね」
ご存知なんですよねぇ。
まあ無粋な真似はしません。急ぐような状況ではないようですし、解析する技術を研鑽していって真似るも良し、まったく別の新たな基盤を作るも良し、解析の結果からよりより良いものを作るも良し。
ええ、楽しみましょうよ。
「ふふふ、楽しみが増えましたよ」
そう呟いたエルフ族の少年は怪しげに、それでいて楽しそうに笑いました。
やはり未知であるほうが嬉しい種族ですね。それでいて自分で調べることには固執せず、教えてもらえるのなら教えてもらうというのだから不思議なものです。
まあ気持ちはわからないでもないですが、ね。
「そういやあさ、俺達は勝ったんだよな? 誰が相手のキングまで行って倒したんだ?」
唸るサリアの横を通り過ぎてユウの隣で腰を落ち着けたところで、そんな言葉が耳に届きました。声の主は戦い大好き狼獣族の少年です。
「私ではないな。不甲斐ない話だが、大見得を切っておきながら最初の地点で負けてしまった」
「私も最初の位置で負けましたね」
そんな2人に続き、俺も私も僕もと皆が続きます。
そして残るは2人、話題を発した少年とユウだけ。
「俺も最初の洞窟で倒れちまってな。だから気になったんだ」
「ぼくとイナバも最初のエリアから動いていないよ?」
ユウはそう言い、不思議そうに首を傾げました。
はい、迷宮入りで終わりましょう。
「掲示板で報告されている、勝敗条件となっていたであろう魔物は複数いますが……どれを信じていいものやらといった状況ですね」
「そうだな。テンペストガーゴイル程度であれば、私が戦った透明なクラーケンのほうが上位だ。組によって相手の程度が違う可能性もあるが、そうであればこの組はどれほどの魔物がキングだったというのか」
程度とか言いますが、それは竜人族基準でしょう。人族、それも現状で予想されるアルファ世界の人族であれば災害レベルですよ、あれは。おそらく小さな国ならば1体で滅びます。
「テンペストガーゴイルも相当ですが……まあクラーケンに比べれば、ですね。それも透明となれば変異種でしょうから、さらに上ですか」
『どの魔物であれば、納得できます?』
少し気になったので竜人族の青年とエルフ族の少年、そして狼獣族の少年に見えるように空中へ文字を描きます。
他の人はついていけないといった感じをひしひしと感じたのでこの3人を主とした位置ですが、文字は全員が読めるように"認識文字"です。
「あれが外れの強敵であったと考えても、要塞くらげならば納得できよう。竜人が複数人で撃退する魔物なれば群れの長として相応しい」
「私としては千里蛇までがいいですねぇ」
「俺は……地竜なら納得できるか。クラーケンは戦ったことがないからな。強さがわからん」
要塞くらげで竜人族複数人ですか。千里蛇は強者1人と数がいれば十分に可能性があり、地竜は獣人族の上位ならば余裕でしょうね。この子では難しいでしょうけど。
「それならキングがいる"場所を"守ることを前提で考えたら、どんな相手が嫌だったのかな? ぼくの世界には魔物がいないから参考に教えてほしいな」
そんな問いかけは私の直ぐそば、ユウからのものです。
「ふむ、攻めではなく守りであるか」
「掲示板に書き込みがある魔物という条件ですか?」
「できれば」
改めて掲示板に目を通しているのか、口を閉じた3人。
私としてはいまだユウの膝の上に頭を乗せているサリアの意見も聞いてみたいところですが、掲示板を閲覧できる状況まで到達しているか怪しいので聞くのはやめておきましょう。
……いえ、これは
「そうだな、群れ蜂が厄介かもしれぬ。まあ実際にまみえたことはないのだが」
と、竜人族の彼が答えたことで意識をそちらに向けます。
「私は軍森ですかね。聞いた限り、擬態している森は炎すら栄養にするとか」
「俺は魔法が苦手で空が飛べないからな。空山なんかはどうしようもねえ」
私も掲示板には目を通し終えましたが、挙げられた3種はすべて"上限"ですね。「それよりも身体を動かしてぇ!」な雰囲気のある狼獣族の彼ですら危険な魔物に関してはしっかりと学んでいるということですか。良い傾向です。
「ちなみにおめえは……っと、そっちには魔物がいねえんだったな。どうにもキングの位置には必ず魔物が現れたみてえだが、大丈夫だったのか?」
「なんだか服は溶けたけど、それだけだったから。心配してくれてありがとう」
ああ、笑顔が眩しい。
ユウの返答を聞いた周囲の皆が、何かを想像したのか僅かに顔を赤らめています。頭を抱えているサリアを除いて。
「ええと……そりゃ……悪かったな」
「なにが?」
どれだけ溶けたか、そこを言っていないんですよねぇ。
というかサリアお姉ちゃん、今の言葉に反応しないのですね。ちょっと集中しすぎではないでしょうか。
「ところで身体は大丈夫だったのか?」
「うん。服だけを溶かして、その下の身体には一切の傷を負わなかったよ」
「なんじゃそりゃ。聞いたことがない魔物だな」
そう言った狼獣族の少年は顎に手を当て、記憶を探る様子を見せます。
「どのような姿であったのだ?」
「透明で、きっとスライムと呼ばれる魔物に近いのだと思う。感触が、だけど」
「私も聞いたことがありませんね」
残る2人、というか周囲の全員が記憶を探る様子を示しましたが、誰の口からも魔物の正体を示す言葉は出てきません。それはそうでしょうねえ。
あれは"アルファ世界の固有種"、データベース登録名称『刀食』。にぃが『服だけ溶かす都合の良いスライム』と呼称していた魔物ですから。
絶対に他の世界に出ないとは言えませんし、これから先には出現するかもしれませんが、あの系統の魔物はアルファ世界の固有種でしょうねぇ。
「できた!」
皆が頭を悩ませる沈黙を破ったのは、今の今まで頭を抱えて唸っていたサリアでした。華麗な起き上がり頭突きを見せてくれましたが、ユウに当たることはなかったので放置です。
『転送開始10秒前。9、8……』
身体を冷たい風が撫でたと思えば、そんな声が頭の中に響きました。
「え、え?」
周囲をきょろきょろと見渡すサリアにかまうことなくカウントは進んでいきます。
『1、0。転送開始』
その言葉が終えられれば視界が暗転して、直後には別の景色が広がっていました。それでも手を包む暖かさはあの子が隣にいてくれると教えてくれます。
ああ、そろそろ人型が欲しいです。