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決戦の朝 1/1

********************

 

 

 

 領土『妖界の里』は早朝から慌ただしかった。

 普段は静かな森とでもいうべき雰囲気なのだが、今日に限っては、"今回の"領土戦の朝に限っては慌ただしくなってしまった。

 

「大天狗様、まさか御1人で行かれるつもりではありませんよね?」

 

 金髪から狐耳を覗かせる女性『金弧』は複数ある尻尾を揺らし、その先に青にも白にも見える火を灯して問いかける。

 普段ならば『どこへ行かれるのですか』と他愛なく聞くだけだっただろうが、今回に限っては逃げ道を残した言い方はしない。

 

「たまには暴れとうての」

 

 肩上までの黒髪と澄んだ黒い瞳を持ち、なによりも特徴的な黒翼を背に広げた女性『大天狗』は、まるで他愛ない世間話に答えるような声音で答えた。

 

「そのような衣装で、ですか?」

 

「寝ぼけておったのかもしれんな」

 

 どこまでも真実は語られない。どこまでも追い詰め続ける。

 空を駆ける黒き翼を、地を這う騙し火が。

 

「……輝夜の総代である楓から、問われました。『日本へ向かうのをやめるつもりはないのか』と」

 

「なぜ私に直接、言わぬのか……まあ、突っぱねておったのだが」

 

 大天狗の言う通り、楓は大天狗に何度も連絡を試みた。そのすべてが繋がらなかったからこそ、副総代の金弧に連絡したのだ。

 そして、金弧は話の途中……どころか、ほぼ最初で駆け出した。1歩でも遅ければ間に合わないかもしれないと。風を掴むには、これでも遅すぎたかもしれないと。

 

「刑部が皆を集めておりますゆえ、留まりください」

 

 そう言った金弧は丁寧にお辞儀をした。それでも尻尾に灯った火が消えることはない。

 

「主達が来ても邪魔なだけ、足手まといは要らぬ」

 

 冷たく払いのけるような瞳が金狐を貫くが、それでも歯を食いしばってその場に留まる。

 

「それではその衣装を、『死装束』をお脱ぎください。さすれば皆も納得しましょう」

 

「……無理、だの。それに今回の件は長として動くのではなく、私の我が儘で動くのだ。里を動かす理由がない」

 

「あなた様が里を動かすのではありません、里が勝手に動くのです。風とは自由なもの、風の里とは自由であるべきだと思っています」

 

 領土『妖界の里』、正式な名称を『風の郷』。妖界に3つある里のうち、風の主たる『大天狗』が治める集まり。風のように駆け回る大天狗と、風が巻き起こした次なる風の集まり。

 

「……やめておけ。今回相手にするのはぬしらが束になろうと死を重ねるだけの相手。命を無駄に散らすことは禁じたはずだが?」

 

 あまり多くない里の禁、その中に記された一言。

『命を無駄に散らすことを禁ずる。明日を目指せ』

 それは里の誰もが知るものであり、守れぬ者のもとには大天狗が来て説教すると有名なもの。

 

「なぜ無駄に散らせましょうか。ようやくお役に立てるこの時を、なぜ無駄として待てましょうか」

 

「役に立てぬと言ったはずだがの」

 

「壁となれば一瞬を稼げるかもしれません。その一瞬があなた様を生かせれば、生き残ったあなた様は私どもよりも多くのあやかしを救いくださるでしょう。それが重荷となっていることは知っておりますが、それでも多くを救えるのはあなた様なのです。あなた様の優しさが、それを証明し続けてしまったのです」

 

 金弧の鋭い瞳が大天狗を貫く。

 里のすべては大天狗が掬った者達だ。金狐も形部狸も例外ではない。

 誰もが大天狗に恩を感じ、敬愛の念を抱いている。仮に気に入らなければ、既に他の里に移っているだろう。

 

「あなた様が1人、お消えになれば里は崩壊するでしょう。皆が迷い、再び闇の中に堕ちるでしょう」

 

「……ぬしと形部がおれば問題ない」

 

「私と形部が闇に包まれますゆえ、その信頼は蹴飛ばします。ゆえに皆で納得する消え方を致しましょうと提案しているのです」

 

 大天狗は頭を抱えたくなった。これでは狂信ではないかと。

 そんな大天狗を見て、表面上は威圧しているようにしか見えないその人を見て、金狐は言葉を重ねる。

 

「……英雄を見捨てるのは、私達を排斥した人間と変わらぬではないですか」

 

「聞いたのか?」

 

「あれだけの情報があればわかります。人間はまた、英雄を捨てたのでしょう」

 

 大天狗はついに諦めた。

 自分は考えを曲げないし、聡明な金狐であれば理由に辿り着けてしまう。ならばあの時点でこうなることは決まっていたのだろうと。

 

「よい、皆の意見を聞くまでは動かずにおる」

 

 大天狗が諦めたようにそう言えば

 

「皆の意見がどうであろうと、私の意思は変わりませんゆえ」

 

 そう返した金狐がニッコリと笑った。

 今度こそ、大天狗は頭に手をやって溜め息をつく。あの言葉を出されては認める他ない。

 私の行動こそが英雄を捨てた者達に対する天罰のようなもの。先に英雄が捨てられないようにする、英雄を捨てない人々を増やすためのもの。ここで増やそうと思っていた心の持ち主たちを切り捨てては、意味がない。


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