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嵐の前の 3/3

 落ち込む気を晴らそうと領土へ戻ってきて、さっそく空を駆けようかと思えば手の上に乗っていた温かさに止められた。なのでおとなしく館に戻ってきて、自室の椅子に座り包みを前にしている。

 

「大天狗様、お呼びですか?」

 

 少し待っていれば、ドアが開いて金髪と翡翠色の眼をした女性が入ってきた。頭頂でぴょこぴょこと動く狐の耳と揺れる尻尾と。その姿は少しだけ喜んでいるようにも見える。

 

「すまぬな。ちょうどおったから、安全確認でもしてもらおうと思ってな」

 

「安全確認? ……その包みの、ですか?」

 

 風呂敷へ、不思議そうな視線が突き刺さる。

 

「そうじゃ」

 

「……呪いの類……とは違うようですね。それになんだか、良い匂いがします」

 

「やはり料理かの?」

 

「というか、誰から貰ってきたのですか? 助けた相手からの貰い物でしょうから、まあ捨てろとは言いませんが……」

 

 その者にとってはお礼に相応しくあっても、こちらの者にとっては害であることも珍しくない。そうであった場合、互いが損をするだけの話になってしまうのだから、捨ててしまうこともあるのだが……まあ、長なのだから受け止めたいのだ。

 

「輝夜のところの、誰かだのう」

 

「……なぜ、楓の領土へ?」

 

「そうか、楓を知っておったか。まあ話ついでに昼食でも出してくれんかと思って足を進めてみたのだが……帰りにこれを貰っての。楓自身も中身を知らぬらしいが、なにやら毒だろうと」

 

 そのままを話すわけにはいかない……が、すべてを秘すわけにもいかない。目の前の金弧はそれが通用する程度の凡才ではないのだから。

 

「今度は毒処理ですか。あの少女が頼ってきたというのは予想外でしたが、まあ日本下ではなく独立した領土みたいですからね。イザナミ様には頼みにくかったのでしょう」

 

 金弧はうんうんと頷くか、あの少女が毒程度で頼ってくるとは思えない。よほどの焦りであれば頼られるかもしれないが、その時に頼られるのは自分ではないだろう。

 

「まあ毒ならば問題ないのでは? なんなら私と刑部で開けてきましょうか?」

 

「いや、幻想や呪いの類でないのならいい。それとあまり大事にしたくないのでな、広めるでないぞ」

 

「わかっております」

 

 金弧はそう言って微笑んでくれた。このやり取りも何度目だろうか。

 最初は過剰に心配してくれて、こなすたびに慣れていって、今ではこれだ。その考えにつられて思い出を振り返っていれば、まだ金弧が私よりも小さな姿だった頃まで思い出した。

 強くある子だった。初めて泣いてくれたのはかなり経過したあとだった。今でも私以外の前で泣いたという話を聞いていないのが少々心配だが、まあ刑部か天狐が受け持ってくれるだろう。

 

「さて、開けて見るが……そのままおるか?」

 

「人の毒程度なら問題ないでしょう。それに死んでも問題ない地での出来事、良い経験となりますので」

 

 もともと訓練のためにこの世界に踏み入っているのだ。これが正しき姿なのだろう。それでも金弧や皆のいない場所など想像したくもないのだが……まあ、私がそれを想う資格はないかもしれない。

 そんなことを考えながらゆっくりと結び目を解いていけば……より一層、お腹をくすぐる匂いが広がる。そして、さらに進めていけばおにぎりに卵焼き、見たことのない焼き魚などなど、日本の弁当にしか見えない光景が飛び出てきた。

 

「おや、美味しそう。これを毒と称した楓は、やはり中を知らなかったのでしょうね」

 

「そんなものか。しかし、楓と親しきものでこれを贈ってくる相手に心当たりがないのだがのぅ……」

 

 それほど楓という少女を知っているわけではない。

 ただ有名になったから……だけではないが、領土を得たことや噂されていたことがきっかけとなったのは間違いない。それがなければ……出会ったとしても、先の話だっただろう。

 

「何度か、そう言っていたことがありましたよね。今回も同様では?」

 

 たしかに知らぬ相手と思えど、辿ってみれば知っていたということは少なくない。

 

「まあ気にしていてもしかたがありませんよ」

 

 そう言った金弧は自然な動きで卵焼きを掴んみ、口に放り込んだ。まあ毒味なのだが、何度かやめるようにいったのだが、やめる気はないようだ。

 本当に危険なら吹き飛ばしてでもとめるが、今回は危険を感じられない。

 

「……美味しい、ですね。美波さんのところの子が出していた店より美味しいかもしれません」

 

「なに?」

 

 件の店はサカフィ随一とすら言われる、評判の高い店だ。それがどの世界の、どの種族からも評価が高いのだから本物だろう。

 その店よりも美味しいと言われれば自然と手が動いてしまう。一緒に入っていた箸を手に取り、金弧が摘んだのと同じ卵焼きを掴んで口に放り込む。

 ……これは。

 

「だ、大天狗様!?」

 

 金弧が焦るのもしかたがないだろう。

 しかしこれは、この味は……けっして再会できぬと思っていた味。時代も材料も違うはずなのに、たしかにあの子が作っただろうと思わせる味だった。

 

「……驚かせたな。昔、食べた味に似ていたものでな」

 

「思い出の味、ですね。しかし、そんな大昔にこの味が出せたのですか?」

 

 金弧が興味深そうに問いかけてきた。

 昔としか言っていないのに大昔と決めてかかるとは……まあ、間違っていないので否定はできない。たしかに金弧の言う通り、金弧が生まれるよりもさらに前の出来事だ。

 

「だから似たと言うておろうに。まあ、近しい味というか……今、その者が生きておったら、このような卵焼きを、料理を作っただろうなと思ったのだ。ただそれだけのことよ」

 

「つまり料理が上手かったと……思い出の補正が入ってませんか?」

 

 なんとも失礼なと思ったが、しかしながら金弧はあそこの料理とも比較できると言ったのだ。どうにも私と金弧で好みの差というか……なにかの差を感じる。

 そのため、たしかめるためにも再び箸で料理を掴み口へと運べば……今度は普通に美味しかった。あの子が作ったとは欠片も思えんほど、"料理人の料理として"美味しかった。

 

「……気のせいであったかの。たしかにこのような料理、生業としておらねば作れぬか」

 

「いえ、生業としていても辿り着けるものではないでしょう。環境の差というものがありますし、なにより過去にここまでの人物がいたのなら、今はより上でなければおかしいですので」

 

 環境の差、というものは才能よりも重要だと言いたいのだろう。名を馳せたもののふであっても、現代兵器を主とする場であれば日本の自衛隊の端にすら劣るはずだ。

 同じ環境で学び直せばひっくり返ろうが、それでも止まった時を比較するならば後世のほうが圧倒的に有利なのはしかたがない。

 しかし……違うのだ。料理とは栄養摂取だけを行うものではないのだ。

 

「上手いだけの料理など最高ではないと、私は思うがの」

 

 金弧が何かを読み取るように、読み取ろうとするようにこちらを見つめてきている……が、知れないだろう。あれは体験し、実感するしかない。本来ならばそれを学べる時間、それを得られなかったこの子では……。

 

「まあ、よい。それよりもせっかくの料理が冷めてしまうから、食べ進めるとするか」

 

「お供します」

 

 そう言った金弧は、どこからか箸を取り出した。まず間違いなくアイテムボックスやマジックバックの類、情報アクセサリーを利用したものだろう。

 金弧は人里に潜り込んでは、よくヴァーチャルリアリティとやらのゲームをしていたから操作に慣れているのだ。私が扱えないのはそれに慣れていなかったからに過ぎない。おそらく。

 それよりも、なぜ金弧は私の昼食を食べようとしているのか。

 

「ぬし、それは私の昼食だが?」

 

「量が多いからいいではないですか。どうして、その小さな身体にあれだけの料理が収まるのか不思議に思った時もあったものです。この際ですらか物理法則に従いましょう?」

 

 そう言いニッコリと笑った金弧は、私よりも先に料理へと箸をのばす。このような金弧は珍しく、我が儘を言ってくれているようで嬉しくも思うのだが……今は譲るべき時ではない。

 

「楓のところに行って作ってもらえばよかろうが!」

 

 そう言いながら、箸で箸を止める。行儀が悪いなど知ったことか。そんな綺麗事を並べて解決するのなら、このようなことはしない。

 

「領土戦の準備で忙しいだろう今、作ってくれなどと言えましょうか。それならば大天狗様からうば……奪ったほうがいくらかマシです」

 

「ぬし……そこまで気に入ったのか?」

 

 つい箸を止めて問いてしまった。軽い戯れかと思っていたが、いくらんでも行き過ぎている様に思えたから。

 

「……貴方様が知っているそれを、知りたいのです」

 

 先程までとは一転して、とても真剣な声が耳に届いた。その瞳は答えられた私ではなく、箸で掴んでいる油揚げに向いていた。

 それを見て思い至る、この子は"勤勉"だったのだと。

 

「ならば、すべて食すが良い」

 

「い、いえ。さすがにそこまで強欲にはなれません」

 

 ビクッと身体を揺らした金弧は、恐る恐ると言った様子でこちらに顔を向けつつ、そう言った。

 

「いや、最初の一口だけだったのだ。次のそれは、もう違ったのだ。ならばそこに興味はなく、その辺で食べてきても変わらぬのだ」

 

 私がそう言えば、再び金弧の目に『興味』が宿る。それは私から離れ、箸の先へと移って……油揚げが金弧の口へと放り込まれた。

 

「……美味しいですが、わかりません。これのどこに大天狗様の心を惹くようなものがあるのか、わかりません」

 

 食べ終えた金弧は、悲しそうにそう呟いた。

 

「問題ない、私にもわからぬからな。そもそも狙って作れるようなものではないからの。あれがたまたま、そうだったのだろう……。む、そうだとすれば私は運が良いのか? 金弧、ちょっとくじを引いてくるぞ!」

 

「……あはは、大天狗様は変わりませんね。しかたありません、お供しましょう。ですが、その前に……このまま残していってはもったいありませんよね?」

 

 風で窓を開け飛び出そうとしていたが、金弧の言葉で思い直す。私が飛び出せば金弧はついてくるだろう。この貴重な料理を置いてですら。

 金弧にとって重要なのは料理の味を探ることではなく、私を知ること。料理に価値があるのではなく、私を知ることに価値があるのだ。

 このあとを思えば突き放しておくべきなのだろうが……どうも、そうはできない。だから酒呑に甘いと言われるのだ。

 

「そうだの、たしかにもったいない。しかし心は急ぐでな、一緒に食べてはくれぬか?」

 

「……はい!」

 

 金弧は嬉しそうに弾む声で答えた。

 自分からの我が儘ではなく、私が誘ったことに意味があるのだろう。それが誘導した結果であっても、我が儘が受け入れられた結果であっても、私が声に出して、言葉で伝えることに意味があったのだろう。

 落ち着いた心でゆったりと箸を手に取り、料理へと動かす。そうして掴んだ3口目は、2口目よりも美味しく感じられた。


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