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真夜中デート 5/x

「ユウ、本当に魔物に勝てないんですか?」

 

 散々泣き喚いたあと、きっと真っ赤な目をした私はそう問いかけてみた。

 もうユウ"くん"なんて呼んでやらない。

 

「そう、勝てないんだ。どうしてか勝てないんだ。"同じことをしているはず"なのに攻撃は外れるし、攻撃は避けられないし……本当に泣きそうだよ」

 

 泣きそうなのは……泣かされたのはこっちだと言いたい。

 ただ悔しそうな声は、きっと真実だと伝えてくれているのだろう。

 

「だから私がすべて、魔物側のすべてを受け持っています」

 

 そう言ったイナバさんはなんだか嬉しそうで……悲しそうで……よくわからない。

 

「というか、どうしてそこまで動けるんですか。私は何をされたんですか? 蜻蛉切って武器の名前ですよね?」

 

「1つ目は無理やり上手に動かしてるから。2つ目は気付かれないように斬っていっただけ。3つ目は……まあ、それと関係ないわけでもないかな。ただ、あれは技術に贈った名前だから。あの有名な武器とは別物だよ」

 

 やはり無理してるのではないか。

 たしかに気づかない内に腕が、足が消えていた。

 蜻蛉切についてはよく知っているわけでもないので、まあいい。

 

「でもね、あれは普通の槍でもできることだから。情報体という特別な槍を使わなくても、人は情報体と魔法に打ち勝てるんだよ」

 

「……え、嘘ですよね? 魔法とか、情報体とかを併用していたんですよね!?」

 

 悪夢に耳を塞ぎたくなる。

 

「ぼくも直接見たわけじゃないけど……まあ、ぼくがしたあれは技術だけのものだよ。まあ極めれば誰にでもできる、というやつかな?」

 

 私の展開していた情報壁は狙撃ライフル程度なら容易く弾くはずなのだが……それを、普通の槍で……いや、情報体の槍だったから……いや、あれにそこまでの性能はないはずだ。作った私が言うのだから間違いない。

 

「そもそもイザナミ様っていう人類がいる時点で、あなたの知っている人類とは違うように見えるかもしれない。まああの子も、ぼくも、ちょっと特別だから気にしないほうがいいよ。自力だけ見れば、ぼくはあなたに押さえつけられたら動けないし」

 

 その言葉につい身体が動いてしまった。

 気づけばユウの押し倒して、馬乗りになって、腕を抑えている。心の中は『はは、冗談はよせ』状態なのだ。

 しかし、些細な力が込められた腕はびくともせず、目元にはしだいに涙が溜まってきて……悪役は私ではないかと気づいた。いやいや、そもそもこの状況はまずいのでは、と。

 

「その子がその状況から力だけで抜け出すのは無理ですよ、ユウバリ。それは情報を見たあなたがよく知っているでしょうに……」

 

「え、あれ……うん、ごめん、ね?」

 

「あはは、2回目だけどさ……ぼくも恥ずかしいっていう感情はあるからね?」

 

 涙に滲んだ目が訴えかけてくる、『早く離れろ』と。

 しかし、こう……なにかくるものがある。いたずら好きのこの子が、動けない状況で……なんとなく離すには惜しい。幸い、イナバさんは動かないみたいだから……。

 

「あの……本当に恥ずかしいんだよ?」

 

 ちょっと震える声で、涙を溜めて。

 思考が加速するのを感じる。このままでは離してしまうと理解できる。なにか……なにか……そうだ。

 

「じゃあ1回だけ、抱きまくらになってくれたら離してあげる……なんて、どうかな?」

 

 言ってしまってから後悔した。

 なぜ、この状況で自分が要求しているのか。逆に詫びるべき状況だというのに。

 

「お、おねえちゃんがそう言うなら……いい、かな?」

 

 まだ目に涙を溜めたまま、震えながらも少しだけ嬉しそうな声で。

 

「じゃ、じゃあ……離してくれる?」

 

「喜んで!」

 

 嬉々とした声で答えながらさっと離れる。

 もう何に飢えてたかなんてハッキリわかる。こういうの、こういうのだよ。

 ほらさ、周りはおっさんとかお姉さん方ばっかりだったから……素直な可愛い子がいなかったんだ。そう、素直な……ああ、演技だったか。

 そう思えば少しだけ残念に思いながらも、それを忘れさせてくれるほどの演技が嬉しくも思う。

『できる』と『やる』と『やってくれる』は違うのだ。

 

「時間と場所を指定しないあたりがあなたらしいですね」

 

 わくわくと高鳴る胸の音に混じって、イナバさんの声が聞こえてきた。

 別に1回という権利があればいいのだ。それを夢見る心があればいいのだ。

 

 それにしてもと、ようやく解放されたユウが起き上がった姿を見て思う。

 いまだにどうやって動けているのかがわからない。先程、触ったのは衝動以外にも、直に計ってみたいという思惑もあったのだが……やはり、あれだけ動けるようには思えない。

 翠が現実と呼んだ世界にも情報体があれば私でもなんとか力になれるのだが、科学はさっぱりなのだ。まったく理解していないわけではないが、情報体とは違うのだ。

 

「さて、ユウ」

 

 そこで区切って、2人の視線が集まったのを待ってから、再び口を開く。

 

「お詫びになにかさせてくれますよね?」

 

 まあ、私の無意識は計算高いのだ。意識では躊躇するような内容であっても、意識が妥協できるように整えてくれることがある。

 もし意識がそれを見つけられたら、今回であれば……繋がりを維持できる。翠を通した繋がりではなくて、領土という場所を通した繋がりではなくて、私個人とユウとの繋がりを。

 ぽか~んとした様子のイナバさんと、嬉しそうに頬を緩めて微笑む……あれ若干、赤く見える? 気のせいかも知れないが、ユウの頬が若干、赤く染まって見える。

 

「やっぱりあなたは、線の上にいられる人だ。こちらとあちら、どちらにも踏み込まずに、両方を見て、両方のために考えられる人だ」

 

 意味がわからない……とは言えない。

 何度か感じたことがあるから、絶対に届かないという壁を。

 

「そんな人達が多ければ……悲しい天狗は生まれなかったかもしれないね。まあ、あなたには関係のない話だよ」

 

 その謳うような一言が、踏み込むなと言われたようで胸を締め付けてくる。

 本当にこの子を救いたいと、知りたいと願うのならここで踏み込まなければならないと知っているのに……この子は踏み込まないと知っているから……私はこの子よりも、翠を選ぶと知っているから……。

 

「それでいいのですよ、ユウバリ。手を伸ばしても、手を伸ばすからこそけっして手に入らないそれを捨てることの意味を……あなたは理解できている」

 

 イナバさんが心配そうで、安堵したような表情を向けてきた。

 気づけば握った拳に力が込められていて……今にも泣いて逃げてしまいそうで……。

 

「ぼくから見れば皆そちら側なのに、馬鹿みたいだなっって「違う!」」

 

 声を張り上げていた。

 どうしても否定したくて声を張り上げていた。

 

「君がそんなことを言うなら、私がそちら側に行く」

 

 とても自然に、それが当然だというような声で漏らされる、そんな言葉は許さない。

 

「翠を捨ててでも、そちら側を選ぶ」

 

 多くを救ってくれるこの子が、1人で線引をするというのなら。

 

「あんまり機巧少女を、私を侮らないで」

 

 私は英雄を捨てない。捨てたくない。

 それが世界の害となるのなら、一緒に別の世界に行ってあげる。

 

「……ふふっ、あはは。線の上に立てる人は皆そう言うんだね」

 

 絞り出されたような声が聞こえた。

 

「きっと、そんな言葉が溢れ出るから……線の上にいられるんだね」

 

 俯いていた顔を持ち上げてみれば……頬を濡らす少年がいた。

 それは自然で素直で……きっと、欲しかった1つで。

 

「ぼくが予想できなかったのだから、本当に希少だって……わかってしまったよ」

 

 悲しそうに、嬉しそうに、その子は告げる。

 目から溢れていたそれは、先程までの仮面の涙ではないと思えた。

 

「もし、もしさ……姉さんとは違う領土を、ぼくが作ったら……あなたは……ううん、あなたは翠さんの傍にいて。こっちへ来ては、いけないよ?」

 

 そんな惜しそうに言わないでほしい。

 君が望んでくれれば、私は翠を捨ててでも……君を助けにいけたのに。イナバさんと私との差が……はっきりとわかってしまって……とても悲しいよ。

 だからイナバさんが君のパートナーなんだねって、思ってしまった。

 

「……翠を見送ったら、君の傍に行きます」

 

 どうにか曇りを晴らしたくて。その先にある陽と虹を見たくて。

 

「今、決めました。けっして曲げません」

 

 ユウの呆気にとられた顔が、今日……最初から数えて、初めての勝利を告げてくれた気がした。

 

「だから言ったでしょう、ユウバリはとても強いと」

 

 イナバさんが嬉しそうに謳う。

 

「……ふふっ、あはは。本当に、本当に驚いたよ。もし君と、イナバよりも先に出会っていたら……違う道があったかもしれない。翠さんよりも先にであっていたら、違う道があったかもしれない」

 

 そうだろう、そうだろう。

 泣きながら笑う君は、とても可愛いくて……記録に残すなんてもったいない。この場2人だけの記憶に、残っていればいい。

 

「でもきっと、ぼくはイナバの手しか取らなかった。君は翠さんの手しか取らなかった。あれで繋がりを得る以上、そこは変わらないと思う」

 

 契約情報、従魔魔法。

 いまだに謎ばかりの、似通った2つ。

 身体の構成は従魔魔法で解明できるかもしれないけど、重要なのはそこじゃない。意思と意識を有する部分が、どこからやって来たかだ。

 

「やっぱり、あなたは姉さんに似ているね。とても重要な場面で、正解を選べた。これから先、翠さんの生存率を跳ね上げることに成功した」

 

 ……これはあれだろうか、私のために翠を守ってくれると、そう言っているのだろうか。

 もうちょっとわかり易い言葉で、噛み砕いて説明してほしいものだ。

 

「世界が姉さんを見捨てない限り、終わりの先で待っているよ。イナバと一緒に」

 

「そうですね。私はそうそう死にませんから、もしこの子がなにかしでかしたら、一緒に解決しましょうか。その時はお尻ペンペンしていいですよ」

 

「すぐになにかしでかしてください」

 

 もう緊張の糸は切れてしまった。1人で頑張ろうなんて、思えなくなってしまった。

 思わずといわず、心から言葉が漏れ出たことにしておこう。

 

「……ユウバリ、素はそんなだったのですね」

 

「もうちょっと素直に泣いてね、ということですよ」

 

 ここまで重ねて、運にも導かれ、ようやく少しだけ泣いてくれたのだ。

 

「もしイナバさんが"しでかしても"、ユウと一緒に解決しますから。何年何十年かかっても、諦めず、解決しますから」

 

 2人ともに死なれてしまっては、どうにもできないと思うから。釘を差しておこう。

 

「しっかりと、たしかに待っていてくださいね?」

 

「……そうですね。たしかに、あなたがいればと思わなかったわけではありません。あなたがいれば、きっとマスター達は目を覚ましていたでしょう」

 

 イナバさんはこちらを見つめたまま、そう言ってくれた。

 そこまでの力はないと思う。流石に買いかぶりすぎだ。

 

「もしかしたらあなたは……魔物のいない世界がほしかったのかもしれませんね。無意識に辿り着いて、きっとまた出会えると信じて……賭けに勝った。そんな気がしてなりません」

 

 イナバさんがたくさん褒めてくれる。もしかして、イナバさんも私に負けず劣らずチョロいのではないだろうか。

 優しくされたらコロッと傾きそうで、お姉さん心配です……なんて。イナバさんに"優しくできる相手"がどれだけいることやら。

 とりあえず、翠と一緒にこの2人の影を見よう。あまり願ってはいけないことかもしれないけど、そうすれば……翠と一緒に2人の側に行けるかもしれないから。

 

「それでは解散にしましょうか。色々ありましたから、しっかりと夜は眠って落ち着いて、明日から頑張ってください」

 

 そういえば、こちらの翠は……四葉のことが好きなのだろうか。

 なんだか真面目ウーマンに育った気がするけど、甘い物好きなところも、優しいところも変わっていなかった。なによりちゃんと見てくれるところが、変わっていなかった。

 

「あれ、エスコートはないんですか!?」

 

 デートの終わりに、こんな可愛い子を1人で帰らせるなんて……どうなのだろう……いや、この中で一番、送るべきなのはユウな気がしてきた。

 街の中に魔物が出ないなんて保証はない。むしろ、強いものだけが出る気がする。この構造では。

 

「では、ユウが治まるまで待っていてください。すぐかもしれませんが、朝までかかるかもしれません」

 

 その言葉を聞いて、ミスを悟った。

 ずっと主導権を取られっぱなしだったが、目の前には泣いている少年がいたのだ。この子は、嬉しくて泣いてくれているのだ。

 ちょっとではなく、気が回らなかった。

 しかし、私も"泣いていないだけ"なのだから、許してほしい。

 

「ご、ごめんね。じゃあ外で待っていますから」

 

 そう、待っているから。

 

「……すぐに追いかけるから、ちょっとだけ時間をちょうだい」

 

 ユウは頬を赤くして、目も赤くして、それでも嬉しそうに、次を求めるように笑って送ってくれた。

 大丈夫、操作はわかる。その隣にいられないことは少し残念だけど、それはこれから埋めていけばいい。

 後ろ髪を引かれながらも訓練フィールドを後にすれば、戻った先では静かな個室が待っていた。まるで翠に残されたあとのようで、誰の声も聞こえなくて身体が震えてしまうけど……それでも……彼の声を思い出せば震えが止まる。

 "言霊"が付与されていない、彼本来の声はとてもとても綺麗で。あちらの四葉がそれを求めて苦心していた気持ちが良くわかった。

 こんな輝く才能の1つを潰されていたのかと、惜しく思うほどだ。

 

「♪~~」

 

 窓の外の夜空を見上げ、浮かぶ月を見つめ、ただなんとなく"音を"口ずさむ。

 

 

 

********************

 

 

 

 問い人が消え、2人だけが残ったその場所で。

 

「そうやって自分を抑えて、あの子に逃げ道を作るのですか」

 

 真っ白な兎は問いかけた。

 

「呼べば辛いなんてさ、知っているから」

 

 雪のように真っ白な髪と、血のように真っ赤な瞳を持つ、少女のような容姿をした少年は答える。

 哀しげな表情を浮かべて。

 

「最後の選択であってほしい、ですか。選択肢すら与えられなかったあなたが、それを言うのですね」

 

 そんな2人が話す光景は、まるで絵本の挿絵のようで。

 

「まあ、落ち着くまではここにいてください。今のあなたが外に出れば、少し危ないでしょうから」

 

「そうしておくよ」

 

 言葉を終えた兎が跳ねれば、言葉を終えた少年が受け止め抱きしめる。

 まるで小さな兎に隠れるように、兎だけに表情を見せるように……静かな時間が過ぎていく。

 

「私は、"あなたの側"ですからね」

 

 時を刻む音がない空間でどれだけが経過しただろうか。

 兎は突然、口を開いてそう響かせた。

 

「……イナバのいじわる」

 

 少年の嬉しそうな呟きは、きっと兎1人だけのものだった。

 兎は目覚ましの針を進ませたのだ。世界でたった1人だけ、きっと彼女だけが触れられるその針を。


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