真夜中デート 4/x
数分後、からの数分後、彼の手には銀色の槍が握られていた。
……まあ、なんというか……予想以上に展開速度が遅い。遅すぎた。
「わっ、軽いね~」
ユウくんはそう言いながら、槍を振り回したり突き出したり、くるくると回したりしている。
近接武器に槍の情報体を選んでいた子達を何人か知っているが、その動きと比べれば拙く見えてしかたがない。それでも平和な日本で暮らしていて、ここまで振るえるのだから十分かもしれないが。
「相変わらず綺麗に作りますね。軽量化ではなく重力側の情報を組み込んで、軽くしながらも使い勝手を悪くしない、重さを感じられるものですか」
思わずイナバさんのほうを向いてしまったが、聞くに聞けない。あちらでは第6感覚と呼ばれて多くの人が隠していた内容に該当しそうで、掘り起こしてはいけない場所を掘ってしまいそうで。
「ああ、私"も"情報を読めますよ」
"も"、ということは私が空間の情報を読み取れることを知っているのだろう。
ずっと隠していたはずなのだが……まあ、同じ能力を持っているのならバレてもしかたがない。私側からはイナバさんの能力を知れないが、まったく知れないが……別に悔しくはない。
「まあ機巧少女の基本能力に少し足したものなので、誰でもできます。無詠唱みたいなものですね」
ふっふっふ、無詠唱が特別なのは私も知っている。
それを誰でもできるとは……この能力を自慢にしていた私の心が挫けそうだ。しかしイナバさんの言うことだから、きっと誰でもできると思っているはず。
『絶対に、そんなこと、ないもん』と、声に出して言いたい。
「な、長門さんも?」
「いえ、突き詰めれば誰でもできるというだけで、得手不得手はあります。その点、教えられず自分で辿り着いていたあなたはとても優秀ですね」
ニコッと微笑まれてそう言われれば、ちょっと嬉しい。ここ最近、私のちょろさが増しているような気がする。
「じゃ、じゃあ戦いましょうか!」
浮かれた気分が声に出ているが、戦闘になれば切り替えられる。私は魔物と戦う機巧少女だから。
「そうだね」
気負っていない自然な表情でそう言われて、先程の言葉を思い出した。
なんとなく、なんとなくだが、イナバさんの必ず負けるを少しでも覆したい気がする……って、私は負けず嫌いだったのかもしれない。
翠が負けず嫌いだったから……それでもあの子は、大切なそれだけは途中で諦めて……そうか、だから。だから今、勝ちたいのかもしれない。
翠と再開した次の"大切な"勝負だから。私は諦めなかったと、胸を張って言えるように。
「それでは2人とも、戦闘フィールドに送りますね。とはいっても、すぐそこなのですが」
そう言ったイナバさんは、先程までユウくんが戦っていた場所を指さした。
そして気持ちを落ちつかせつつ、視界が変わるその瞬間、「期待していますよ、ユウバリ」と、そんな声が聞こえた気がした。
すぐに周囲を見渡してみるが、戦闘フィールドから外側は見えない。今の私に見えているのは、倒すべき相手。実力を知るべき相手。白髪赤眼の少年ただ1人。
身長を超える、とはいっても普通程度の槍を持つ、見た目は幼い少女のような私の恩人。穏やかな表情は、可憐な見た目は、とても私に勝てるようには思えないが……。
「人は、魔法も情報体もなくたって魔物に勝てる」
そんなことを考えていたから、突然の言葉に驚いた。
「いや、魂が魔物を覚えていたから、魔物に勝つ方法を考え続けていたのかもしれないね。魔物がひしめく日本に住んでいた、あなたはどう思う?」
「……イナバから聞きましたか?」
「わかるよ、4人もいれば」
そう言ってニッコリと笑った少年の心が見えない。言葉の意味もわからない。
「そうだとして、どうして魔物に勝つための力を求めたんだろうね。生き残るためだろうか、それとも」
言葉はそこで区切られ、槍が構えられた。そこに先程まで槍に振り回されていた少年はいない。まるで達人を、撫子や長門さんを前にしたような感覚を覚えた。
「それでは参ります」
まったく違う声が聞こえたように感じた。優しき少年のものではなく、大人びた少年のものではなく、それはどこか……凛々しい女性を感じさせる。
油断していたつもりはなかった。それでも、次の瞬間には間合いの中に踏み込まれていた。
いつ動き出したのかわかならい。それでも今は私の目の前にいて、5メートルは離れていたはずの彼が1メートルよりも内側にいて。咄嗟に右手の魔法獣を向けようとしたが、同時に飛び退けることも付け加えた。ただなんとなく、離れるべきだと感じたから。
しかし少年はまだ目の前にいて、だから魔法銃の引き金を引く。空間歪曲と重力中心と。なんの対策もなければ、ただの人であれば押しつぶされるようなそれは……突然、消える。
考える間がまったくない。僅かな思考という隙が、致命傷になる気がして。
だから後ろに飛び退きながら距離をとって、左手の情報銃を彼に向けて……向けて? たしかに左手を動かしたはずなのに、それは姿を見せてくれない。
情報レーダーからの情報を認識してみれば、左腕なんてなかった。情報壁と結界で覆っていたはずの身体の一部が、消えていた。
それでも冷静に、焦ることすらできずに右手を彼に向けようとして……身体が傾いた。右手は姿を見せず、地面が近づいてきて……次の瞬間にはフィールドの外にいた。
「ユウバリ、大丈夫です」
優しい声と言葉と、暖かい身体が抱き包んでくれて……ようやく身体が震えていたことに気づけた。
思考が埋め尽くされる、『なんだあれは』と。
「これはある少女が鍛えた技術」
ふいに、先程まで戦っていたはずの相手の声が聞こえた。いや、戦っていた相手は本当に彼だったのだろうか。
「とある日に見た光景と、その後に訪れた英雄を見て、いつの日にか並び立つと願った少女の果ての技。しかしそれは叶うことはなく、ついぞ少女は技術に名前を与えられなかった」
まるで見たままを語るように、それは自分のものではないと示すように。
「だからぼくが呼ぶのなら……蜻蛉斬、と」
そこで緊張した雰囲気が消え、目から涙が溢れてきて。
「ごめんなさい。本来ならばこれは、あなたに向けるものではないんだ。それでも人はここまで戦えると知っておいてほしかった」
背に暖かな手が触れた気がした。
「ぼくや姉さんにとって、あなた達……機巧少女は、普通の少女となんら変わらない。あなた達が兵器として在ろうとした世界はもう終わったから、今の世界では一緒に怖がろう」
緩められた腕から離れぬように振り向いてみれば……少年が手を差し出していた。槍を左手に持ったまま、右手を差し出していた。直前まで、先程までは理解すらできない力に恐怖していたというのに……私の手は、その手を採る。
「ほら、こうやって泣けるあなたは普通の女の子だ。魔物が怖くとも強いものであろうとして、未知の力に怖がって……ただの可愛い女の子だ。魔物に対抗するためだけに生み出された人造生物とも、魔物と戦うことしか知らないAIとも違う。人と変わらぬ思いで強がり、怖がれる、ただの女の子だ」
……ずっと強がっていたのだろうか。
この世界では翠を失いたくないと、絶対に手を離さないと。より強い自分が、何度でも死ぬことができる自分が守り通すべきだと。
翠は、人類はそんなに弱くないって知っていたのに。
「領土『輝夜』はあなたを一員として迎え入れると、姉さんからの伝言だよ。むしろ自分だけを犠牲にするような子は要らないと、そうなれば追い出すぞと」
視界が滲んで、少年がはっきりと見えない。
まったく……優しいにもほどがある。この姉弟は優しすぎる。
「ご、ごめんな……さ……」
そこで首を振って言葉を弾き飛ばす。
これは違うと知っているから。教えられたから。あちらの世界の君に。
「あ、ありがとう」
暖かな手を両手で握り、目一杯、泣き叫ぶ。
今日ばかりは泣かせてもらおう。明日からはかっこいい……ううん、普段どおりの私に戻るが、今日ばかりは泣き虫で気弱な少女でいさせて欲しい。
まあデート中なのだから問題はないだろう。
ああ、こんなに大泣きしたのは……そう、翠と大喧嘩して、翠を失いかけたことを自覚したあの時、以来だ。