真夜中デート 2/x
途中で服のオーダーメイド品をプレゼントされるというサプライズがありながらも、訓練場に到着してしまった。楽しいデートは終わり、ここからは神経を研ぎ澄ませなければならない。
2度目にして初めてやって来た場所なので、2人にシステムとのやり取りを任せていれば小さな小部屋へと案内された。そこから仮想フィールドのような場所に転移して魔物と戦うのは知っている。
しかし、今回の設定は"死んでも小部屋で復活できる"というお高い設定らしい。値段は聞いてない。奢ってくれるというのだから、聞くべきではないだろう。
……まあ聞くのが怖かっただけだ。あとで返す、などと言えない値段では困ってしまう。だからあれだ……金額ではなく、他の何かで返すつもりなのだ。
そう、帰り道にるんるん気分でマジックバックを探した時に学習した。ここの"高い"は本当に高いと。
「何から戦いますかね……いえ、全部ぶっこめばいいのですか」
部屋の中央にある魔法陣の上で仮想ウィンドウを操作するイナバの口から物騒なことが聞こえた気がしたが、気のせいにしておく。
「ユウ、宝をお願いできますか?」
「うん。というか、そのつもりだったからぼくも来たんだよ?」
宝という言葉に違和感を覚える。
まさか宝と呼ぶに相応しい道具を貸してくれるとは思えないので、それ以外のなにかなのだ。
「それでは。ユウバリ、魔物が出現する森の中に転送されますからユウを守りきってください。まあ死んでも復活できるようにはなっていますので、そこまで気負わなくていいですよ」
「い、イナバさんは?」
「ただ見ているだけです。一切、手を貸しません」
真剣そのものの眼差しに、それが言葉通りだと確信した。
つまり未知の相手に対して、ラビットにも負けるような子を守りながら戦わないといけないのだ。まあ本当にラビットに負けるかは知らないのだが、翠がそう言って心配そうにしていたのでそうだと思っておく。
「いいの?」
「私が提案し、ユウが許可したのですから問題ありません。死のうが痛みを味わおうが、絶望的な状況になろうがこちらの責任です」
仮に私が負けてしまった場合、目の前でマスターが屠られる姿を見ることになるのだがいいのかと聞いたつもりだったのだが……それを込みでの言葉だろう。
それでも平然としていられるのは私を信じてくれているのか、あるいはその程度の魔物しか出現させないつもりなのか。
「……じゃあ、問題ありません」
声が僅かにだが震える。冷や汗が背を伝う。
他人のマスターだから、なんて思えない。これが意味するのは最も弱いこの子を守れるのなら、翠も守りきれるということだから。
逆に守りきれなければ、それ以上の場所に行くべきではないということ。話を聞いた限り私は翠よりもかなり強いから、翠が勝てるような相手は意味をなさない。相性とかいうレベルではなく、翠が勝てるランクの魔物相手ならば相性を無視して倒すことができるのだ。
相性が決定的な驚異になるのはもっと上。それも私ならば逃げて時間を稼ぐことで"相性を良くできる"のだから絶対的な差しか敗因にならない。
「……少し時間を置いてからでもいいのですよ? 昨日今日といろいろありましたから、後日にするというのも悪くありません。今、始めますか?」
心配そうな声が耳に届いた。
そう。イナバさんはいたずら好きだが、とても優しいのだ。ただこの場合は甘いとしか思えない。今しなければ、領土戦に間に合わないではないか。
1日、遅れるだけでどれだけの差があるのか、それはわからない。それでも大切な、重要な場面で差が出てしまうのなら全力尽くしたい。
翠は言ってくれたのだ、『"楓の"領土を守りきりたい』と。自分では前線に出ても足手まといになるが、それでも凛お嬢様や楓ちゃんの使用する情報体だけは今、最高のものを作り上げたいと。
今の状況ならば私が作れば、翠が作ったものよりも数段、上の情報体を作成できるだろう。しかし、私は翠に伝えていない。伝えなかった。あなたよりも情報体をうまく作れますよ、と。
仁淀さんや長門さんと話して、イナバさんやイロハさんを見ていて、私は……翠と歩むことを決めた。同じ歩幅で、同じ速度で。皆がそうしているように、今の時代から始めたい。
イロハさんは四葉の作った兵装しか使っていない。
長門さんも四葉が作った兵装で、行き過ぎない程度……いや、まるで護さんを育てるような戦い方をしているらしい。
仁淀さんは2陣と呼ばれる人達を相手にしているから、それなりの力を使っているらしいが……こちらは詳しくは聞けなかった。ちょうど私も濁された部分だ。
そしてイナバさん。現状を知りたいと言って皆に話を聞いた結果、1人を除いて『強い』と返答があった。
無詠唱の魔法を当たり前のように使い、情報体に関する深い知識を有していて、戦闘技術もとても高い。これがサリアさん、翠、凛お嬢様の評価。それぞれが最も得意な分野についてのもの。
葵ちゃんは『よくわからない』けど、『強い』という判断。ある程度の知識がなければ判断すらできないが、それでも強いというか、戦って勝てないことはわかると。誰かと比べてどちらが勝つかは予想できると。
最後、あの中で最もイナバさんを知っているだろう楓ちゃんの評価は驚きのものだった。それは『イナバは弱い、それでも強くあろうとしている』『結果として、強くある』というもの。
あちらでは駆逐級という最も"出力が"低い判定を受けていたけど、だからといって弱いというわけではなかった。それでも戦艦級、正空級、越戦級と出力が上位の判定を受けた人達は例外なく"弱くなかった"。
そこから考えれば、イナバさんが弱いというのが出力の低さ、基本スペックの低さだろう。強くあろうとしたというのが技術、知識、経験によるものだろう。
それは特殊正空級の強さを見て逃げた軽巡級"でしかない"私が、目指した先かもしれないもので……もし、あの手を取っていれば……私は……並べたのだろうか。
……、……、……。
首を振って口を開く。
「今は翠よりも少し強く在れるから、領土戦という舞台で翠を引っ張れるように、翠の望みを叶えられるように」
マスターの願いを叶えるのが機巧少女"ではない"。
叶えたい願いの手を取るのが、機巧少女なのだ。
そして今、私は翠の手を取って召喚された。
「少しでも強くなりたいです」
きっと笑顔で告げられただろうそれを見て、イナバさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
目の前の機巧少女に関して、楓ちゃんはあと1つだけ言っていた。『イナバが使ってるものはすべて簡単なものでしかない。誰でもできるけど、それをうまく使いこなしているだけだ』と。
そこから私が導き出したのは、イナバさんは確認されている技術や知識しか使っていない可能性。必要な時は必要なだけ上限を上げるのだろうが、こと指導などに関してはその上限を設けている気がする。
優旗くん……ユウくんと一緒に歩むのではなく、皆の歩みを見守ること。それを目指している気がする。
「……1つ言っておきます」
深刻そうな声音はそこで区切られて、僅かな間が置かれ
「領土戦で、楓達は負けるでしょう。あなたが参戦しても」
それは悲しそうに告げられた。
「楓達やあなたが弱いのではなく、相手が強すぎるのです。才能云々ではなく、生きた時間が違いすぎるのです」
別世界の竜人族やエルフ族、精霊族などは、人族と比べて寿命が長いと聞いている。そのことだろう。
「それでも、抗いますか?」
「当然です」
努力して努力して、その果てで負けてしまえば心が折れやすい。自分の努力は無駄だったのではないか、と。優しい彼女はそれを心配してくれているのだろう。
「翠と一緒に生きるために、"今度は"抗い続けると決めましたから」
次に同じことが起こったとして、今度はあの手を取るだろう。1人でも旗を振ってみせよう。
「……野暮なことを言ってしまいましたね」
少しだけ私の顔を見つめていたイナバさんは、優しく微笑んでそう言ってくれた。そしてニッコリと"笑って"、口を開けば
「段階を1つ上げましょう」
それはもう楽しげに、嬉しげに告げてきた。
……そう、私はこれが大好きだった。この子達が浮かべる、いたずら笑顔がとても、とても大好きだった。
私が持っていないそれが手の届く位置にあるようで。あの輝きを浴びていれば、いつかは自分も得られるような気がして。
だから
「じゃあクリアしたご褒美、期待していますね」
と言って、ニコっと笑って。
僅かな間だけぽかーんとしたイナバさんと、嬉しそうな笑顔を深めてくれたユウくんが対照的で、面白くて。つい私も笑ってしまう。
とは言いながらも抗うと宣言したのだ。戦闘準備をするために昨日、新たに作った武器を展開する。
「あ、魔法銃だね。かっこいいよ」
展開したのは2つ。
1つはユウくんが言ってくれた通り、魔法銃。見た目は白銀の銃身をした……普通の銃だ。しかし知って驚いてほしいのはその性能。
組み込んだ魔法伝達情報を組み換え、通り道を換え、伝え。数多の魔法を無詠唱と同じ速度で扱えるようにした自信作。
「ただの1日で綺麗に作りますね。街で売っているものとは比較にならないほど便利そうです」
右手の銃に視線を注ぐイナバさんは、まるで"情報構造を見ているかのように"そう言った。
たしかに街を回って見たものよりは、それこそ市販量販の魔法銃よりは遥かに高性能な自身はあるし、同じ使い方をしても扱いやすいはずだ。
そもそも市販の銃は1種類の魔力の弾を撃つ機能しかない。本当に銃と同じ使い方しかできないので、情報適性が高い子なら四葉やイロハさんが作っていたEエネルギーライフルを使ったほうがいいはずだ。
だから私も作っておいた。
2つ目、左手に持っている黒曜の輝きを放つ銃身をした……普通の銃だ。
機能は様々な形状、出力で情報エネルギーを圧縮した弾や、情報を付加した弾を撃ち出すもの。こちらは魔法銃ほど多様性には富んでいないが、刺さった時の威力は魔法銃の比ではない。
市販はされていないが、情報エネルギー自体が知られていないのだから当然だ。
「やはり1日では防御面が不安になってしまいますか。まあ情報壁だけでも十分に戦えるというか、それもいらない相手しか出さないので安心してください」
情報壁がいらない相手など、すべての攻撃を回避できる弱い相手しかいない。そんな馬鹿なとイナバさんを見てみれば、真剣そのものに見えて、どうしても真実だと思ってしまう。
「はい、スタートです」
あやうく耳を通り抜けていきそうになるほど自然と放たれたその言葉を、どうにか通り抜ける直前で拾うことができた。
しかし次の瞬間には視界が切り替わっていて、鬱蒼と生い茂る森の中にいた。当然、見える範囲は狭くユウくんくらいしか見えない。
まあ護衛対象が見えるだけマシなのかもしれないが……と、そんなことを考えている間にも魔物が飛び出してきた。情報レーダーを展開して辺りの情報を取得しつつ間に合わない、魔物に関する情報を肉眼で補足する。
白に近い毛に覆われた、これぞ狼という姿をした魔物『スノーウルフ』……だと思ったが、なにか違和感を感じる。
とりあえずユウくんの周囲に他用多様情報壁を2枚展開しつつ右手の魔法銃を向けてみれば、それと同時にウルフの口が開かれた。並ぶ牙は鋭く、歯並びが良い……ではなく、喉の奥が薄い青色に輝いていて、これはまずいと感じた。
情報レーダーによる情報取得のうち、ウルフの喉奥のものを優先して処理。その解析結果を無意識下で処理して、後回しにしていた自分用の情報壁に適用して、展開する。
間一髪とはこのことだろうか。展開直後には吹雪が視界を埋めており、あと1歩でも遅れていれば凍結状態に陥っていたかもしれない。
ただの凍結ならばいいのだ、本当にただの凍結ならば。しかし魔物が扱う凍結系統の攻撃といえば、情報凍結を意味することもあって……あれが上位の魔物であれば間違いなく情報凍結なのだ。
凍結を付与された箇所は対処しなければ動かすことができなくなる。無理矢理は動かないし、力技でも、火で温めても動かない。"凍って動かない"という情報を有しているのだから。
視界が開けるのを待つこともなく、魔法銃から火の魔法『ファイア・レイ』を撃ち出しておく。単純な火属性の魔法はダメな気がしたから、魔力がもったいないと思いながらも上位の光と火の複合属性魔法。
それが功を成したのか、撃ち出された橙色の光を纏う弾は吹雪を切り開くように突き進んでいき、ウルフの喉奥へと吸い込まれていった。
受けたウルフは足を浮かせて吹き飛び、木にぶつかって地面へ倒れ、すぐに光の粒子となって消滅していく。
最初は弱い、知っている魔物から来てくれるかと思ったが……1段階、上がったのがまずかったのだろうか。あれは知らない魔物で、どう考えてもランク3以上。リハビリには刺激が強すぎると思うのだ。
なんて弱気な考えをしていれば次の魔物がやって来た。
太陽の光を僅かに歪める薄海色。その一色で構成された身体は気球の上部から、天地が入れ替わったように生えている茂った草が特徴的な、一般的にはくらげと呼ばれる生物とよく似た魔物『トビクラゲ』。
個体は強くないが、最低ランクの1ではなく2を冠している。理由は今、視界に映っている通り群れて行動するため。数は30くらいだろうか。
30センチほどと大きくはないが、その触手に触れれば痺れの情報を付与してくるため、対策をしていなければとても厄介だ。
まあ上位の『フユウクラゲ』や『要塞海月』などでないだけマシとはいえる。
……というか、なぜ海洋生物に似た魔物は空を飛び回っていることが多いのだろうか……って、あっ! 戦闘中に変なことを考えているから、無駄な攻撃をしてしまった。
普段通り、知っていて弱い魔物が相手ならば完全な情報体を狙ってしまう自分が情けない。来る途中、訓練場の仕様として蘇生有りの訓練フィールドでは情報体を回収できないと聞いたばかりだというのに。
右手の先、直前に水玉を撃ち込んだくらげは大きく膨れ上がっている。水を与えれば大きく強くなる。しかし、それを越えて与え続ければ破裂して、完全な情報体を回収できるのだが……まあ、今回に限れば強化したに過ぎない。
落ち込みそうな思考をすぐに切り替えて右手を別のくらげへ、左手の情報銃を先程、巨大化したくらげへと向けて引き金を引く。直後には両方の弾が着弾し、片方はそのまま破裂させ、もう片方は干からびさせた。
吸水と砂を組み合わせた情報体の弾で、その特性はそのまま着弾した場所の水分を吸い取ること。吸わせた以上に吸い返せば、定石通りの倒し方と変わりない。
そう、ミスはなかったのだ。
3つ、4つ……銃を向けて引き金を引けば、くらげが次々とその身体を光の粒子へと変えていく。まあ群れてランク2なのだ、それは最初の狼1匹よりも対応しやすいということでもある。
減っていくくらげを視覚と情報レーダーで確認しつつ、その一部を護衛対象である少年へと向ける。興味深げに、真剣にこちらの様子を見つめるその姿は先程まで楽しそうに笑っていた少年とは思えないほどだ。
そこで一瞬、ほんの一瞬だけ、彼はどこまで戦えるのかと気になってしまった。いや、どこまで助けてくれるのかと。
助けるとはいっても援護攻撃や、すり抜けてしまった攻撃を避けてくれることが該当する。翠はラビットにも勝てないと言っていたが、それは1対1での話。安全な場所から経過を見て攻撃を避けたり、攻撃を行ったりする程度はできるはずなのだ。
……思考を振り払うように心の中で首を振る。一切の攻撃を通さない、自分だけの攻撃で対処し切る。私が今回、欲しいのはそれだ。不安だったのだろうか、つい甘えを混ぜてしまいそうになっていた。
今はただ、すべての攻撃を防ぎつつ、すべての魔物を倒すだけ。後ろには宝だけが在り、1人で戦っていると思え。