表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/169

真夜中デート 1/x

 ユウくんと将棋で勝負した翌日。朱と紺の堺が空を彩る時間。領土館の門前、それも領土館側からは見えない位置で待ち人をしていた。

 

「お待たせ」

 

 待つこと20分。待ち人の華やかな声が聞こえ、それが少し緊張しているように思えて、ちょっと嬉しく思いながらも振り返れば

 

「おや、珍しい戦闘服ですね」

 

 と、うさみみ少女イナバさんの声が耳を通り抜ける。

 振り返った先で待っていたのは予想通りの"2人"。

 1人は約束したその人。誰の趣味だろうか紫陽花が散りばめられている紺色を貴重とした浴衣に下駄という、これから夏祭りにでも行くかのような出で立ち。

 もう1人は後の声の主。普段どおりのパーカーとホットパンツのセットを着ていて、言葉をそのまま返したい気分になった。

 しかし並んで見ればまるで夏祭りに行くお姉さんと妹のようで、違和感がないのかも知れない。

 

「戦闘服って?」

 

 ああいやだいやだ、想像したくない。予想できているが、言葉にしたくない。

 そうは思いながらも既に結果として訪れているのだから、聞かないわけにはいかない。

 

「……そうでしたか。ユウバリ、これから行くのは訓練場です。私が知っている魔物の一部を体験してもらおうと思って、ユウに誘っておいてくれと頼んでいたのですが……どう誘われました?」

 

「デートって……」

 

 落ち込む声が勝手に口から漏れ出た気がした。

 しかしイナバさんから残念そうな、謝るような視線を向けられれば、しかたがなかったのかもしれない。

 

「魔物と戦わないぼくにとっては、両手に花のデートだからね。間違っていない」

 

 明後日に"向かなかった"ユウくんは、こちらを向いたままでニッコリと笑ってそう言った。それはイナバさんのジト目が向けられても変わることはない。

 というかでーとは空想の産物だったのか。そうだったのか。

 ……まあ命を断った直後から一転して翠と再開できて、こんなにも楽しい思いができて、都合良く事が運びすぎているなとは思っていたのだ。そう思えば諦めがつく。

 指をパチっと鳴らし、今着ている服を消して別に用意していた普段着を展開する。合間に見えるなんてのは慣れていない者だけが心配することだ。

 

「ユウバリ、あの……ごめんなさい」

 

 本当に申し訳なさそうに謝るのはやめてほしい。寂しくなる。涙が出そうになる。

 

「でも訓練場につくまでは、でーとできるよ?」

 

 と腕に抱きつかれれば、ちょっと寂しくなくなった。

 たしかに道中はデートなのだ。買い食いでもしてプレゼントでも貰えれば、それはもうデートではないだろうか。

 ……とまあ、この子は訓練場までの本来は退屈な道のりをデートにしてくれたのだ。どちらかが悲しむようないたずらは、しない子だから。

 この感情の起伏すら、演出の1つなのだろう。どちらにせよ道中のデートがより楽しみになったことに違いはない。最初から告げられていては得られなかったものを得られたと考えれば、笑顔も咲かせられよう。

 

「しゅっぱ~つ!」

 

 腕に抱きついてくれている少年は、空いた手を突き上げてそう言った。そしてその足が進み始めれば、軽く引っ張られるように足を進められる。

 

 

 

 私は天才かもしれない。

 よくよく考えれみれば、イナバさんを視界に入れなければ2人きりのデートではないだろうか。かなり失礼だが、間違っていないはずだ。

 開発漬けだった私がこんな可愛い子とデート……ふむ? よく思い出してみれば、四葉と買い物をしていた時は可愛い子とのデートだったのではないだろうか。

 あちらの四葉は優旗くんに負けず劣らず、可愛い女の子をしていたから。それを考えればより可愛くなったこの子は、やばい気がしてきた。

 ……まあ、いくら容姿が可愛いといっても、そのどちらも本質はかっこよかったのだ。今の四葉は知らないが、もう1人のこの子はたった1日でかっこよさを見せてくれた。

 

 昨日の一件、夜通しでイナバから貰った情報体をいじりながら考えていたのだ。なぜ私に教えたか、と。

 あちらでの私ならともかく、今の私に世間的な価値はない。戦闘も強くなく、情報体に関する知識も技量も1歩どころか数歩、遅れていて。

 そんな私にどんな価値を、対価を見出して教えてくれたのか。それは夜が開ける頃、一緒に起きていてくれた翠との会話でわかった。

 

 2人で1つの布団にくるまり、情報体をいじっていた。良い子が起きていていい時間ではなかったので寝てくれていいと告げたが、翠は頑なに頷いてくれない。

 それでも久しぶりに2人で情報体をいじるのは楽しくて、自分が眠ればいいという解決策すら忘れて没頭していた。だから、つい口が滑ってしまったのだろう。

 

『翠』

 

『なんですか?』

 

『私が複製されたAIだとしたら、どうしますか?』

 

 外に出てしまった言葉は戻ってきてはくれない。戻ってきても、それは他人を経由した後でしかない。

 

『……たしかに、そうかもしれませんね』

 

 私が複製AIか、オリジナルかで揺れていることを見破られていたのだろう。翠は僅かな間を置いて、とても答えを出すには短い時間で答えてくれた。

 それが嬉しくて、口は閉じてくれない。

 

『そんな私が、私じゃない私の知っている皆を語るのはどうなのかと思いまして……』

 

 迷っていたのだ。他の世界で生きた知識がある私か、まっさらな私として、翠に召喚されたばかりの私として接するべきか。

 

『私は、私のパートナーであるユウバリの知っている皆を聞きたいのです。誰かの記憶が複製されたのがあなただとしても、私のパートナーであるユウバリはあなたです。あなたのパートナーは私なのです。違いますか?』

 

 即座に首を横に振って否定したが、すぐにそれが失敗だったかもと後悔が心を満たす。

 

『で、でも……ここはゲームの世界だからさ、いずれは消えるかもしれないのですよ?』

 

 気づいてはいなかったのだが、一瞬で経過するという"恐怖"が心に巣食っていたのだろう。その一瞬が始まった直後に私は消えて、終わる直前にどこかから読み込まれているのだとしたら……そう考えてしまっていた。

 

『……そうなったら、あなたのデータを頂けるように掛け合います。あとは規模次第ですが、まあ少し眠っていて貰う可能性もありますが、いずれは話せるところまで持っていきます。約束しましょう』

 

 僅かに黙っていた翠は、真剣な眼差しでそう言いながら震える両手を握ってくれた。

 だから思うのだ、やはり私のパートナーは翠しかいないと。だから思ったのだ、私が残ってしまったから終わってしまったのだと。

 私は……眠っていただけの翠がいずれ起きて、また出会わせてくれるかもしれないと諦めたのだ。長門さんや仁淀さんと、私の差はそこだろう。

 翠をぎゅっと抱きしめ、優しく微笑まれて……その日は眠りについた。

 

 そして起きれば翠がいてくれて、その寝顔がとても可愛らしくて。

 そこで気づけたのだ。あの少年は私に価値など見出してくれていないのだと。対価など欲していないのだと。

 将棋での勝負、あれすべてで私が1歩を、恐怖の問いかけを行えるようにするためのものだった。翠に否定され拒否されてしまえばと心に抱え続けるだろう私を、そうなっても受け入れてあげると言ってくれていたのだ。

 だから自然と1歩を踏み出せた。一言を切り出せた。あの身体情報自体にそれだけの意味があったし、あのやり取りを経てそれはより強まった。

 あの身体能力で自由に駆け回れるのは異能の域だ。そのうえ、あの将棋でも自分が異質なことを示してくれた。

 それは強さではなく、きっと弱さなのだろう。それを私に教え、握らせてくれた。その意味がわからないほど馬鹿でいるつもりはない。

 

 そう、最も異常なのがここまで考えさせたことだろう。

 

 流石に普通の子が相手なら、ここまで考える前に否定する。ちょうどよく与えられた情報が、隙間に差し込まれた感情が、最後まで足を進ませた。

 この子はきっと、人を知りすぎているのだと思う。

 

 それを思い返せば、鼓動が早まるのを感じた。

 手を握ってくれているこの子は、たかだか私のためにそこまでしてくれたのだ。そこにどんな企みがあったとしても、それだけの手間をかけてくれたのだ。

 ……ああ、まずい。とてもまずい。かなりまずい。もしかしたら、この子に恋心を抱くかもしれない。

 

 機巧少女はなぜかマスターにだけは恋心を抱かないが、そのぶん他の人相手にマスターと同等以上だと感じてしまえば……まあ、その……恋するらしいのだ。

 逆にいえば、どれだけマスターを好きでいても恋には至らない。しかし逆は存在してしまった。

 だから機巧少女ネットワークではマスターに恋した機巧少女を探していたが、結局は最後までいなかった。恥ずかしからと隠していたことはないだろう。なぜなら、それはマスターを救う行為であり共有されるべき内容だから。

 それを要因としてマスターに害が及ぶのなら必ず隠すだろうが、それはしかたがない。私も同じことをするから。機巧少女という種族自体が、そうなっているのだろう。

 

 そもそも、だ。機巧少女という種族が特殊なのだ。

 その1つに情報体の加工にとてつもない忌避感を感じるということがある。だから日本の中軸であった撫子さんや長門さんですら、情報体の加工だけは行えなかった。

 多分、それをできたのは2人だけ。私と姉さんだけ。

 別に隠していたということはない。誰でもできるのだから隠そうとはしなかった。

 ただし、言おうとも思わなかった。できるなんて知れたら、精神状態によっては強要するマスターがいるのはわかっているから。それよりなにより、強行する機巧少女が……たくさんいただろう。

 私も初めから加工できたわけではないから、それがどれだけの苦痛なのかは知っている。殴られた時とか、魔物に食べられる直前とか、そういうのではないのだ。

 "大好きな"マスターに捨てられる、それと並ぶほどの感情といえばいいだろうか。それが機巧少女にとって、どれだけ辛いことか……。

 まず利害で考えれば、接続を絶たれた機巧少女は消滅する。委譲ではなく、断たれれば死んでしまうのだ。でも、"それはいい"。

 なにより『要らない』などと本心から言われてしまえば、機巧少女側の精神が壊れるだろう。それは死ぬよりも辛い、と言うに値することだと思う。

 

 ……ただ1件だけ、存在してしまった出来事。首相が握り潰さざるえなかった事案。

 別に隠したかったわけではない。たしかに精神が壊れたその子は、数日後に同じマスターのもとで変わらぬ笑顔を浮かべていたから。問題にできなかった。

 でも精神検査でも、核情報検査でも、精神が壊れていたことは確認されていた。本人に聞いても、どうやって復帰したかは首を傾げるのに、精神が壊れていた状況は覚えていたというのも問題だった。

 

 ……考えが逸れ過ぎた。今は情報体の加工についてだ。

 強すぎる種族、機巧少女には多くの禁止事項が存在していたのだと思う。そのどれもが人間と共存するために設けられたものだとしか思えなかった。

 もし機巧少女が情報体を加工できれば、その役目に人間は必要ないだろう。スペックが違うのだ。

 人間は案を出すだけで、そのあと"すべてを"機巧少女が行えばいい。機巧少女が案を出せれば、そこに人間など必要ない。

 もし、仮に翠や四葉くん……それに英雄天城などが有名になっていない状況で、機巧少女が情報体を加工できていたらどうなっていただろうか。それを考えるのがずっと怖かった。

 機巧少女は多くの制限が設けられていたことで、人間にとって"脅威"ではなく有益な存在、そこから友へと進歩できたのだと思う。

 危険だ、という声はずっとあったから。けっして無くなってはくれなかったから。

 

 1歩、間違えば機巧少女を要因とした全面戦争になっていただろう。

 魔物という驚異にさらされていたのに、それでもこちらを批判してきた人達はきっと、目の前しか見えていなかった幸せ者だと思う。

 機巧少女がいなくなれば情報兵装すら使えないというのに、どうして唯一の手段を否定できたのか。どうしても自分達が頂点でありたかったのか……。

 なぜ、そんな愚かな人達を救うために、マスター達が苦心しなければいけなかったのか。

 

 ……まあ、そんな諍いがあったから機巧少女がすぐに受け入れられたという事実があるので、無かったほうが良かったとは言えない。

 弓弦首相は本当に無茶をしたものだと笑ったものだ。

 

 おっと、また逸れてしまった。

 しかし今は情報体を加工できたとしても避けられることはないのだろう。日本……アルファ世界の存在ではないということが1つと、もう1つは日本人という種族が違いすぎる。

 イザナミ様という方は、いったい何をしたというのだろうか……いや、もし今の日本に魔物が現れたとしてもイザナミ様が解決するのだろう。日本人達が解決するのだろう。

 だから私達は『驚異』ではなく、『来訪者』として迎えられるのだ。ともに歩むものではなく、親しい隣人として迎えられるのだ。

 寂しいのやら、嬉しいのやら……。

 

 でも……翠は、私に居てほしいと言ってくれた。傍に居てほしいと言ってくれた。

 この溢れそうな気持ちをどうすればいいものか……まあ決まっている。姉さんが召喚された時、自慢"し合う"のだ。どうせあちらも変わらないだろうから。

 

 ……あれ、もしかして私が視界から外れて1人でいるのではないだろうか。こうも1人で考え事に耽っていれば、ユウくんとイナバさんのデートについてきているだけの友人ではないのだろうか。

 と、手を繋いで歩いている少年をちらりと見てみれば、タイミング良く手を握る力を強めたうえで笑いかけてくれた。

 ほら、こんな子なのだ。大事な考え事の邪魔はしないが、けっして1人にはしてくれないのだ。

 そんなだから、変なのに心を寄せられる。そう、私のような愚――

 

「はむぅ?」

 

 突然、口の中が温かさに包まれた。そのうえ何かの味が舌の上に広がって……これは……そう、すき焼きだ。さらに舌で口の中に放り込まれたものをなぞってみれば、それは球状のなにか。

 

「ユウバリさん」

 

 思わず振り向いてしまいそうな声が耳を通り抜ければ、身体はそれに従った。そちらでは悲しそうな表情を浮かべた少年が、こちらを見上げている。

 

「大切な考え事なのはわかるけど、それをここでしては危ないと思うよ。それにさ」

 

 そこで区切られた言葉の続き。

 僅かに潤んだ瞳が、よけいに胸を抱きしめてくる。この子なら演技としてこれができると知っているのに、これは違うと確信できてしまった。

 

「今はでーと中なんだから、相手を見ていてほしいな」

 

 そう、今はデート中。退屈な道のりをデートという華で飾ってくれた、好意の証。

 そこで相手を見失ってしまうなど、失礼極まりない。帰りに振られても文句は言えないし、それどころか突然いなくなっていても探す足が動いてくれるかどうか怪しいものだ。

 

「ほら、あっちに蛍光色のジュースがあるから一緒に飲んでみない?」

 

 これだけ失礼なことをしていても、それを知ってくれても、彼は私を見ていてくれる。彼にとっては昨日、出会ったばかりの私にそこまでしてくれる。

 なんの思惑もないとは思っていないが、想いくらいは感じ取れるし、受け取れる。

 今はデートに集中しよう。こんな"良い子"とデートできるなんて、一生に1度かもしれないのだから。

 それはそれとして、聞いておかなければならない。

 

「ねぇ、何を放り入れたのですか?」

 

 少し歩き始めれば彼は手を引いてくれて、足を進めながら質問をした。喋り難いから質問を短縮したが、この子には伝わるだろう。

 

「イナバ特性、飴玉シリーズ。その1つ『すき焼き玉』だよ」

 

 ユウくんはにっこりと笑いながら答えてくれた。まるで私が気持ちを切り替えたのを喜んでくれたように。

 

「おいしいね」

 

「なんたってイナバ印。まずければ"外に出ない"から」

 

 それもそうか。たしかにそうか。

 私も情報体の実験は自分か、そのあとで翠に試してもらうことにしていた。それを経て初めて他人の手に渡る。そうでなければ納得できないから。

 危険とかではないのだ。危険でないのは"当然"で、満足のいく性能を有しているかどうかを確かめているのだ。それと同じことなのかもしれない。

 蛍光色のジュースに僅かな恐怖を感じながらも、心を踊らせながら足を進める。たとえ美味しくなかったとしても、想像を絶するような味であっても、きっとこのデートを彩ってくれるだろうから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ