表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/169

真夜中ゲーム 4/4

「あ、そういえば将棋でしたね。とはいっても、賞品がなくなってしまったんですけど……」

 

 これはちょっとした要求だ。彼を見倣って、ちょっと我が儘を言ってみたくなったのだ。なので別に欲しいものはない。

 

「う~ん……そうだ」

 

 悩むポーズを見せた彼は、僅かな間を置いて名案だと言わんばかりに笑顔を咲かせて

 

「ぼくに勝てたらちゅ~してあげる」

 

 そう言い、えへへと恥ずかしそうに頬に手を当てて。

 ……これには絶句するしかない。だから少し、聞いてみたくなった。

 

「ねえ、それは自分のそれに価値があると思って、提案しているのですか?」

 

「正確には提案する相手にとって価値のあるもの、だね。容姿がこれだからそれなりの価値は認めているけど、それでも万人相手に提案するわけじゃない」

 

 僅かな間も置かず、答えは返ってきた。

 

「絶世の美女からの口づけだって拒否する人はいるし、世界を救った英雄の行いを否定する人はいる。片手間で多くの人を救う人もいるだろうし、一生を駆けて1人を救う人もいる」

 

 そうだろう。

 これを否定できるのは"知らない"ものだけだ。井の中の蛙だけだ。

 

「たとえばだけど、決まった返答しか返さない稚拙なAIと、人間のカウンセラーと、どちらがより価値があるかと問われれば、多くの人は後者を選ぶだろう。それは間違っていないと思う」

 

 稚拙な、というところがキーなのだろう。優れたAIがカウンセラーを超すことなど、子供でも知っている。

 ただしそれを作るのも人間だったということは忘れてはならない。

 

「では自分だけを見てくれる前者と、自分だけを見てくれない後者と、どちらに価値を認めるだろうか」

 

「……最初は前者かも知れないけど、時間が経つに連れて後者、外に向くと思うよ?」

 

 "稚拙なAI"と指定したのだから、ずっと同じことしか返してくれないことを想像させるためのものだろう。最初は笑顔を向けていても、幾時も過ぎれば飽きがくる。

 

「ではずっと自分だけを見てくれる前者と、数多の自分を無自覚に攻撃してくる後者ならば?」

 

「ただの絵と、有象無象の価値……?」

 

 あることを思い出してそう呟けば、ユウくんは驚いた様子を見せ、次いで楽しそうに笑う。

 

 人々がただの絵だと指差し笑ったそれは、たしかに彼に生きる意味をくれた。"ただの絵"だと指差し笑った人達が彼に与えたものは、心を崩す雑音だった。

 どちらに価値があるかなど語る必要もない。プラスとマイナスでは比較する必要すらないのだから。

 自分をAIと疑わなかった愚か者を人に変えてくれた、奇跡の一言。それを彼は、『変わらぬことの価値』と教えてくれた気がする。

 

「それで、どうする? 勝負する?」

 

「もちろん受けます」

 

 即答した。

 もとより断るつもりなどなかったし、今の話を聞いてより欲しくなった。この子の価値が。

 ちゅ~という行為を特別として貰い受けることで、この子にとっての僅かな特別になりたくなった。

 

「じゃあぼくが勝ったら何を貰おうかな~♪」

 

 座布団へと移動した直後に下を向いてしまったのはしかたがないだろう。

 しっかりと決めてから受けましょうねということか。まあこの子のことだから無茶な要求はしないだろうし、なによりたかだかキスと同じ価値のことだ。

 どうせほっぺにちゅ~だ。

 

「ぼくのちゅ~の価値をあげれば、一緒にお風呂に入ってくれたりするのかな?」

 

 楽しそうに語る声とともに、時計の音が鳴り響く。そしてパチっと音が聞こえ、再び時計の音が聞こえて。

 まるで真剣な話は終わったといわんばかりの『いたずら・からかいモード』が始まった気がした。

 既にやる気が削がれているので、勝ち目は万に一つもないとは思っているが、逆にいえば勝てばちゅ~の価値が上がるのだ。負けても一緒にお風呂に入るだけでいいし、それは楓ちゃんとイナバさんが止めるだろうから問題ない。ノーリスク。

 ……だめだめ、と首を振って邪心を振り払おうとする。

 この子は、平然と、入ってくるに決まっている。2人の静止などくる前に、入るに決まっている。

 とりあえず無駄なことを考えず勝負に集中するために、ついでに相手の調子を乱すために何か話題を振らなければ……。

 

「そういえばユウくんはさ、なにか大会とかに出てたりしますか?」

 

「公式戦には出たことがないけど、タイトルホルダーに連勝してる」

 

 その言葉を聞いて、駒を持った手が止まった。

 調子を乱すとか言った思考、表に出ていて欲しい。

 

「へ、へ~。強いんですね」

 

「ぼくは将棋を指していなから、強いんだよ。将棋を指すなら、とても弱いから」

 

 意味がわからないのはいつものこと。無理に理解せず、あとあと解いていけばいい。

 よし、次弾だ。

 

「モテそうだけど、彼女いたりするのですか?」

 

 そんな言葉が口から出たあとミスに気づいたが、もう遅い。彼女ではなく好きな人とかにすれば、もっと揺さぶれたはずなのにと思う。

 

「小学校だけの話になるけど、告白されたことすら1度もないよ。ただ発表会でちょっとあって、告白の真似ごとだけは1度したかな」

 

 そこで空白の3年が少し気になってしまったが、これはおいおい聞いたほうがいい内容だろう。この質問に絡めなかったということは、わざわざ省いたということは関係がない、そんな状況になかったということだろうから。

 

「どんな真似事です?」

 

 盤面はやや有利に進んでいる。ちょっと勝利が見えて調子に乗りそうな思考を宥めつつ、相手に揺さぶりをかけていく。

 

「演劇でね、お姫様役をしたんだ。その時の王子様役にセリフを言ったら……まあ、ちょっと顔を合わせてくれなくなっちゃって交代になってね。背景の木をやっていた姉さんと交代したんだ」

 

 楓ちゃんが背景の木とは、もったいないと思う。

 それよりも盤面、盤面。もう少しで詰みが見えてきそうな気がしてきた。

 

「どんなセリフですか?」

 

「『大好き』って」

 

 その一言に、声に、危うく駒を落としそうになった。

 これはわかる、惚れる。顔を合わせられない。

 初恋の相手が遠くに行って、数年後に戻ってきて、それでも好きでいてくれて。よく一緒に行っていた祭りの終わり、花火を背景に告白されたような一言だった。

 なにがやばいって、たった一言でそれを連想させ、実感させる声がやばい。そんな経験1度も無い私がそれを実感できてしまったのがやばすぎる。

 ……ふう、冷静になろう。勝てそうなのだから、兜の緒を締めなければ。

 

 

 

 ……負けていた。気づけば、詰みが見えていた。自分のだ。

 おかしい、勝ちしか見えていなかったのに、負けしか見えなくなっていた。

 

「ユウバリさんって、もしかして強いの?」

 

「連敗した相手の君に言われても、弱いって答えるしかありませんよ……はは……」

 

 乾いた笑いしか出てこない。

 僅か数分前の私は、あれほどに興奮していたというのに。

 

「いや、プロを目指せるレベルだと思うけど……まあ経験則だから、違うのかな」

 

 そんな困惑した声音で聞かれても、答えられるはずがない。たしかにネットワークの将棋、あんな時代だったからプロも入り混じった場所で最上位を保持していたけど、それはあちらの世界での話。

 というか機巧少女自体が人間よりも高性能なので、同じ土俵で戦ってはいけないのだ。それでも人間に負けるあたり、その可能性に驚かされる。

 ……それよりも、負けたのだ。負けて少し経過して、ようやく実感が湧いてきた。

 本意ではないが、一緒にお風呂に入ることになってしまったのだ。あ~、しかたないな~。

 

「それじゃあ勝った景品だけど、明日の夜デートしよう」

 

「……え、お風呂は?」

 

 しかしデートも悪くない。夜というのが非常に気になるが、昼は予定が詰まっているのかもしれない。あちらでもこの子は、暇そうに見えて忙しそうだったから。

 

「それじゃあ明日の夜、夕食後に正門の前で待ってるからね。おめかししてきてね?」

 

「あ、うんです」

 

 もとからおかしな言葉遣いが、さらにおかしくなってきた。

 明日の夜、デートだから翠とは別行動で、1人で。夜の街に繰り出して……。

 

「うん、決まったところで解散にしようか。ログアウトするね」

 

 そう言われてログアウトしようと思い、感覚を外と同調させる。ログアウト開けで、頭ゴッツンコを経験してからは確認してからログアウトするようにしているのだ。

 

「約束したからって、今に引き継ぐ必要はないよ」

 

 感覚が混同する中、そんな声が聞こえた気がした。

 

「大丈夫、まだいけます」

 

 しかし飛び込んできた光景と、その声に打ち消される。

 私の傍にいたはずの翠が、なぜかユウくんの間近まで近づいていて、ほっぺたをぷにぷにとしているのだ。それがまるで、以前の翠のようで思わず微笑んでしまう。

 

「あ、そろそろ離れてください」

 

 イナバさんのその言葉を聞いて、翠がパッと飛び退いて、私のすぐ傍に戻ってきた。そして何事も無かったかのようにコップへと手を伸ばし、口へと運ぶ。

 そこでログアウトを行えば、感覚が外のものだけとなってより鮮明に感じられるようになった。

 

「戻りました」

 

「おかえりなさい、ユウバリ。その様子だと……負けたの、ですか?」

 

 なぜか疑問形で問われたが、頷くことで返答としておく。

 明日の夜のことは、知られてはならないのだ。まあ楓ちゃんには伝えておくが。

 

「そうですか。まあ有意義な時間を過ごせたようでなによりです。こちらもイナバと、有意義な時間を過ごせました」

 

 そう言った翠は僅かに微笑んだ。

 どんな有意義だったのか問い詰めたいが、こちらも問い詰められてはまずいので黙っておく。隠し玉として持っておけばいいのだ。

 

「ただいま~。ところでイナバ、楽しかった?」

 

「……ええ、翠との時間はとても有意義でした」

 

「そう、よかったね」

 

 1人は笑顔で、1人は普段どおりの表情で対応している生活の場面の1つ。しかし両方を知っている自分としては、あの笑顔がとても怖い。向けられれば冷や汗を流すことは確実だろう。

 その様子を見て『……あ、そうか』と今更ながらに気づけた。

 外に連絡を取りたがっていたのは、これに気づいたからだったのだろう。翠がそれに気づいた様子はなく、いまだ隠し通せていると思っているはずだ。

 しかし、からかったりはしない。藪をつついて蛇を出すことになっては困るから。

 

「翠さん。こんな夜遅くまで付き合わせてしまってごめんね」

 

「いえ、イナバとの会話は得るものが多かったですから気にしないでください。それにこちらこそユウバリの我が儘を聞いてくださってありがとうございます」

 

 翠はそう言って軽く頭を下げる。

 

「ううん、あれはとても嬉しいことだから。心配してくれる相手がいるって、とても大切なことなんだよ?」

 

「……そう、ですか」

 

 まるで説くような一言に、翠は言葉を濁したように感じた。どうにも楓ちゃん達と、特に凛お嬢様との距離感に違和感を感じたので、それが原因なのかもしれない。

 そのあとの帰り道、翠は一言も喋らなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ