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真夜中ゲーム 1/4

********************

 

 

 

 夜の館、先ほど閉めたばかりのドアから離れ、月明かりだけが差し込む廊下で足を進める。

 

「翠、将棋は指せますか?」

 

「私も含め、日本人の多くは指せますよ」

 

 少しだけ頬を赤く染めた翠に他愛ない話を振れば、そっけなく聞こえる様に返してくれた。

 ゲームの中とはいえ、夜に男の子の部屋に行くのだから緊張もしかたがないのだろうと思う。なにせ二十を超えていたあの時ですら、15の少年相手に心を弾ませていたのだから。

 容姿も男の子というよりかは女の子で、年の頃も似たようなもので。私が隣りにいて、相手の隣にも機巧少女がいて。

 なんだか昔を思い出してしまい、笑ってしまいそうだ。

 

「……ユウバリはイナバを知っていましたね」

 

「はい」

 

 ちょうど階段に差し掛かったところで、翠がそんなことを聞いてきた。

 

「……いえ、なんでもありません。それよりも勝算はあるのですか?」

 

 1歩、2歩と階段を登る翠は問いを打ち消すように首を振って、別の質問を投げかけてくれば、1歩、2歩と階段を登りながら問いかけられた内容、勝算について考え始める。

 とはいえ、相手の実力が未知数なのだから答えようがない。イナバさんが相手であれば勝てるかもしれないと答えるし、楓ちゃんが相手ならば勝てるだろうと答えた。

 しかし、楓ちゃんの弟のユウくんに関してはどうとも言えないのだ。何度か指したことはあるが、"なぜか"負けてしまうこともある相手だったのだから。

 あとで棋譜を見返してみれば稚拙な動きで、とても負けるような相手ではないとわかる。しかし、実際に負けているのだからなんともいえない。

 ……というかあの子、こちらでも楓ちゃんの趣味に付き合っているのだろうか。まあ似合っているのだから何も言う気はないのだが……ではなくて、翠に答えを返さなければ。もう目的地が視界に移っているのだから。

 

「わからない、です」

 

 そう言って、あははと苦笑いを浮かべておく。

 

「こう言ってはあれですが……おそらく、負けると思います」

 

 翠の言い難そうな答えに、少し表情を歪めてしまった。

 勝てるでも、頑張ってでも、前向きな言葉が欲しかったのだと思う。

 

「私はあなたなら勝てると思ってはいるのですが、葵が勝てないと思うと言っていたのです」

 

「それはお姉ちゃんをとられて悔しいとかじゃなくてですか?」

 

 翠の妹、葵ちゃんの視線は兄や姉に憧れるそれとよく似ていたように思える。

 だからこそ突然ぽっと出てきた私に、大好きな翠をとられて少しだけいじわるを、なんて可愛い行動をしても不思議ではない。

 

「葵の人を見る目は、私の遙か先を行きます。そんな娘が、私との関係を崩すかもしれないと思いながらも、そう言ってきたのです。きっと油断するなと言いたかったのでしょう」

 

 油断するつもりは一切なかったのだが、翠と再開できて浮ついていたのは否めない。

 そんな私の心境を読み取って兜の緒を締めてくれた、のだろうか。

 

「シスコンなのですか? ……あ、悪い意味ではなくて、葵ちゃんが大好きなのですか?」

 

 最初の一言で翠の視線が痛くなり、即座に言葉を切り替えることで対応した。

 翠はシスコンというか、ブラコンというか……憧れていたのだ。

 たしかに実績でも名声でも、上をいっていたのだろう。それでも基準兵装を作るという一点において、間違いなくあの人は天才だった。誰でも扱いやすい兵装を作るというのは、最高の兵装を作るよりも難しい。それを容易く行い、それでも納得せず、翠のことは『自慢の妹』だと褒め、『不出来な兄で申し訳ない』と言い。

 どちらがより多くの人を生き残らせるかなど、わかりきったことなのだ。1人のエースを生み出すよりも、1万人の熟練者を生み出したほうが国として、集団として正しいのだ。

 

「否定はしませんが、楓には負ける気がします」

 

「あはは、それはしかたがないですよ」

 

 こちらではどうか知らないが、あの2人は異質に見えた。

 一見、仲の良い姉弟にしか見えないが、蓋を開けてみればそんなことはなかった。たしかに仲はいいし、それは見せかけのものではない。それでもすべての行動が互いを第一に考えて動くというのは、どうにも行き過ぎている。

 それでいて恋や結婚や、普通の男女が望む先や、少し常識から外れることになってしまった姉弟の望む先は望んでいない。ただ互いが幸せで、笑顔でいればそれでいいという"普通の姉弟"なのだ。

 ……と、いうのが四葉達から聞いたことから推測した結果。翠も私も仲の良い姉弟にしか見えてなかったのだが、認めざる得ない事実が積み重ねられていたので否定はできない。

 だから『異質』。

 それでも、私も翠も付き合い方を変えるつもりはなかった。別に害を振りまくわけでもなければ、むしろ周囲に益をもたらしてくれていたのだから。

 

「しかたがないとは?」

 

「あの2人は姉弟じゃないから……ですかね?」

 

 自分でもわからないが、きっとこれが答えなのだろう。私は直感を信じるタイプである。

 

「実の姉弟ではないということですか?」

 

「実の姉弟だとは思いますよ? でも、姉弟という枠を必要としていないというか……よくわかりません」

 

「……妙に納得できるような、できないような……ですね?」

 

 2人で首を傾げながらも、速度を抑えた歩みは進んでいって。ついに目的地のドアの目の前に辿り着いていた。

 翠が少しだけぎこちなくドアをノックすれば、どうぞという声が返ってくる。同時に情報アクセサリーを通じた拡張感覚でドアに被さるように『入出許可』の文字が出れば、翠も安心してドアノブへと手をかけた。

 

 ――バタン。

 突然、翠が開いたはずのドアを閉じてしまった。それも勢い良く。まるで見てはいけないものを見てしまったとでもいわんばかりに。

 

「どうしたんです?」

 

 と尋ねながら翠の顔を見てみれば、真っ赤に染まっていた。

 まさか返事に加えて入出許可まで出しておきながら、実は着替えていましたなどはありえないと思うが……あの2人のことだ。なにかしらのいたずらである可能性もある。

 それが互いを楽しませるためのいたずらなのか、"必要ないたずら"なのはか知らないが、たまに受けていたことを思い出せば頬が緩みながらも、苦々しい表情を浮かべている気がしてきた。

 

「じゃあ私が開けますね」

 

「ま――」

 

 止めようとした翠の手を避けて、ドアノブを開けて、翠の視界を隠すように移動しつつドアを開けた。

 別に男性の裸を見ようが、女性の裸を見ようが、思うところはない。大和機甲という大企業の開発室主任ともなれば、あらゆる相手の情報兵装を作る必要があった。そして機巧少女は女性型しかいないとなれば、男性の裸……に近い状況でも採寸や計測を行っているのだ。

 今更、子供の着替えや裸を見た程度では何も感じない。

 

 ――バタン。

 何も感じないとか思っていたのは誰だっただろうか。

 よくよく考えてみれば情報兵装を作る際に必要な情報の取得、という前提があったのだ。友人を尋ねるような状況で、可愛い男の子の、着替えの最中などという状況はなかった。

 しかしあれが成人の男性だったらと思えば、きっと『あ、ごめんなさい』と言って冷静にドアを閉じられたはずだ。綺麗な女性でもそうだろう。

 では翠……ではなく、凛お嬢様は? 四葉は?

 ……きっと、それなりの対応ができたはずだ。あの子だったから、即座に閉じる程度のことしかできなかったのだと思う。

 ああ、今から競う相手だというのに、大丈夫だろうか。

 

「み、見ましたか?」

 

 そう翠に問われれば

 

「写真、撮るの忘れました」

 

 と、つい呟いてしまった。

 そして、そんなことを呟いた自分に驚いてしまった。

 少し混乱している思考を読み解けば、写真が欲しい理由がおかしいのだ。その状況と、写真に移っている状況を見比べて、どれだけ心の揺れに差があるか知りたかったというものだったのだから。

 あの状況を見たいのではない、裸のあの子を見たいのではない、あの状況に出会いたい気がしてならない。

 ……情報体一筋だったから、そんな青春も体験してみたかったのだろうか。しかし少し異質であったとはいえ、四葉相手に似た経験はしているはずなのだ。

 やはり惹かれた何かがあるのだろうか。

 

「……撮れなかったのですね?」

 

「なぜ聞き返しました?」

 

 翠が聞き返してきた理由がわからない。ほんの数ヶ月前に初めて会った相手だというから、恋仲ではないはずだ。そもそも、そんな様子には見えなかった。

 

「……いえ、特に意味はないです。しかし……イナバのいたずらでしょうか?」

 

 声はあの子だった。入室許可はイナバさんのものだった。

 

「どうかな」

 

 むしろ、いたずらが好きなのは"あの子"だったのだ。こちらでは違っているかもしれないが、あの状況だけでイナバさんの仕業だとは判断できない。

 と、そんなことを考えていればドアが勝手に開き、中から可愛い疑問顔を覗かせる。

 

「2人とも、どうしたの?」

 

 なぜ入らないのか、とでもいわんばかりの表情に、こちらが疑問を浮かべてしまう。

 答えることもせず、やはりイナバのいたずらだったのかと考えを巡らせていれば、優旗くん……ではなく、ユウくんはみるみる顔を赤く染めていき、振り返って部屋の中に隠れてしまった。

 当然、気になるので動きを止めている翠を放っておいて、ドアを開け放つ。

 

「い、イナバだね!? なにを"見せたの"!?」

 

 ユウくんはベットの上に座るイナバに詰め寄り、肩に手を置き揺さぶりながら問いかけていた。

 そう、イナバさんがいたずらする相手は限られていたのだ。ユウくんか、楓ちゃんか、モミジさんか。親しかったはずの四葉にも、イロハさんにもいたずらはしていなかった。

 

「あなたが衣服を、正確には上着を脱ぐ直前でしたね」

 

 冷静なそうに答えるイナバは、少しだけ楽しそうに見える。

 

「ど、どうして?」

 

「……あなたが魅力的だったからでは?」

 

 顎に手を当て少しだけ黙っていたイナバは、まるで自分の意思ではないというようにそう答えた。

 

「……まあ、"それなら"いいよ。それより2人とも、ちょっと騒がしくしちゃってごめんね。とりあえず入って、好きな場所に座ってくれると嬉しいな」

 

 既に顔の赤みは引き、普段通りの様子に戻ったユウくんがこちらを振り返り、ジェスチャーで入室を促しながらそう言った。それでも片手はイナバの肩にあるところは、まだ気にしているからだろうか。

 

「お邪魔しますね」

 

「し、失礼します」

 

 ややぎこちない様子の翠の手を引き、部屋の中へ入って丸テーブルの傍へと腰を下ろす。

 部屋は12畳ほどで大部分に白い絨毯が敷かれており、壁際にベットが1つ。そして大きめの箱と冷蔵庫らしき白い箱に、大きくも小さくもない木製だろうテーブルがあるだけ。唯一ある窓の外には真っ暗な夜の帳がおりており、時間が違えば朝日が起こしてくれるのだろうかと予想させてくれる。

 

「改めて、いらっしゃい。一応、現物の将棋セットと仮想空間で遊べるものも用意してあるけど、どっちがいいかな?」

 

 そう言ったユウくんはイナバから離れ、ベットから降り、テーブルの隣の床に置いてあった将棋盤と駒入れの近くに座った。慣れているのは仮想空間のものだが、現物の将棋というものも指してみたい気はする。

 

「……うん、実物でお願いします」

 

 そう答えればユウくんが将棋盤と持ち上げ、すっとこちらに移動してきてくれた。私が立って移動すべきだったのだが、あまりにスムーズで動きそこねたのだ。

 

「持ち時間はどうします?」

 

「持ち時間が30分で、秒読みが1分……でいいのかな?」

 

「それだと少し長くなるけど……良い子が寝る時間を過ぎますよ?」

 

 そう言いながらチラリとイナバに視線を向ければ

 

「なぜ私に問うのですか。もう15なのですから、無茶をしていなければ本人が決めるべきです」

 

 と言われて、ユウくんへと視線を向ける。

 

「ぼくより翠さんだよね」

 

「私は大丈夫です。徹夜で本を読んだりなど、よくあることですから」

 

「じゃあ、そのままでいきましょう」

 

 皆の意見が出揃ったところで、提示された時間で決まりとなる。

 

「時計は情報アクセサリーに送るから、それでぼくのものと接続して使おう」

 

 と、その言葉とともに"イナバから"情報体が送られてきた。念のため確認したが特に不審な点は見当たらず、サンドボックスから移動させて起動した。

 拡張された視界に表示される30:00を示す文字と確定のボタン。設定を変更すれば実物の時計と遜色ないものを表示させられ、実際に押すようにすれば相手に手番が変わるようにもできるようだ。しかし、思考だけで手番を渡せるこちらに慣れているのでそのままで。

 

「テーブルの上にあるお菓子とジュースは自由に飲んでいいからね。それじゃあ、先手と後手どちらがいいかな?」

 

「時計についている機能は使わないのですか?」

 

「こちらが用意したものだからね、最初はそうすべきだよ」

 

 そこまで信用していないわけではないのだが、この子なりの礼儀なのだろう。だから時計の手番をランダムにしたまま、開始を選択する。

 

「あなたらしいね」

 

「無理を言ったのはこちらですから」

 

 勝負を受けてもらったのはこちら。準備をしていなかったのもこちら。

 

「それじゃあこっちの先手で、すたーと」

 

 楽しそうに告げたユウくんは、ノータイムで1手目を指す。

 まずは玉の真ん前、5筋の歩。中飛車だろうかと考えるが、正直なところ"わからない"。あの時とは違う環境で培われた将棋なのだから、私の知らない指し方かもしれないのだ。

 なので2筋、居飛車で攻めていくことにする。私は受けではなく、攻めが好きなのだから。

 ――パチン。

 

 ノータイムで次の手が指された。それは2筋の歩であり、先手でありながら1手を譲って受けに回ったようにも思えてしまう。

 まあ始まったばかりだ、ゆっくりじっくりと進めていこう。

 

 

 

 数十分が経過し、私の王は最期を迎えようとしていた。時計が告げる音が、もうすぐ60を刻み終えると知らせてくれる。

 急かされるように1手を指せば、パチンと音が聞こえて。

 

「……負けました」

 

 まだ逃げることはできるが、もう詰みが見えている。これ以上は時間の無駄だ。

 こちらが有利に見えていたが、気づけば詰みへの道が通っていた。強いとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 

「ユウくん、強いですね」

 

 そう伝えれば、ユウくんがニッコリと笑う。

 これでもネットワーク対戦で最上位だったのだが、やはり時代が違うということだろうか。

 

「……ユウバリ、あなたは将棋が苦手だったのですか?」

 

「え、得意ですけど……どうしてですか?」

 

 怪訝そうな表情の翠に問われて、つい問い返してしまった。

 

「いえ、初心者の私でもわかるほどに乱暴なものだったので」

 

 そう言われ記録されていた棋譜を読み返してみれば……たしかに乱暴なものだった。というか、自分が指したものだと思いたくないものだった。

 このように指したとは思っていなかったのだが、棋譜は正しい。思い返してみてもたしかに、そう指しているのだから。

 

「召喚直後で色々あって疲れているのかもしれませんね。次は私が指しますから、思考を纏めてみては?」

 

 心配そうに私を見る翠にそう言われてしまえば、頷くことしかできなかった。

 

「ということで、次は私の相手をお願いします。あまり慣れていませんから、時間は10分でいいですよ」

 

「翠さんは長考するタイプだと思うけど、いいの?」

 

「ユウバリにもう1局の時間を残したいですから、早めに終えたいのです。それに今は夜遅く、あまり長居しても悪いですから」

 

 私が場所を立って移動すれば、翠が代わりに座る。

 

「時間は気にしなくていいよ。15の男子なんて夜更かし上等な年頃だし、お肌も気にしてないし」

 

「いえ、その肌を荒れさせては楓に申し訳ないですから」

 

 その言葉に思考をまとめることも忘れてユウくんの肌を見てみれば、たしかに綺麗なものだった。ではなく、どうして負けてしまったのか確認していかなければならない。

 せっかく翠がそのための時間を作ってくれたのだから。

 

 

 

 棋譜を遡りながらテーブルに置かれた飲み物へと手を伸ばす。

 透明なコップに注がれたそれは先見通せぬ薄黄色をしていて、バナナジュースだろうかと思いながら口に含んでみれば、すっきりとしたリンゴジュースのような味をしていた。

 美味しいのだが、たしかに美味しいのだが……なんだか納得がいかない。

 そんな思考のままコップを置いて、器に乗せられたクッキーへと手を伸ばす。考え事をするなら甘いものとは、翠がよく言っていた言葉だった。

 ……、……。

 ……。


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