表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/169

天狗と妖狐と 1/1

 始まりの街『サカフィ』のとある場所の路地裏ともいえる、建物と建物の間の小さな道、薄暗い場所。

 人々が避けて通るそこでは2人の少女が向かい合っていた。否、少女といえるかは怪しいが、見かけは少女の2人が向かい合っていた。

 1人は肩上までの黒髪と澄んだ黒い瞳を持ち、小学生高学年程度の身体を黒を貴重とした着物で飾る少女。

 1人は天真爛漫でありならがも妖美な金髪と、いたずら小娘のような黒色の瞳を持ち、中学生程度の身体を白雪色を貴重とした着物で飾る少女。

 目線の高さが同じだが、それは黒髪の少女が"下駄"を履いて底上げしているためだ。

 

「天狐。突然、呼び出してすまなかったの」

 

「突然どうしたの? 最近はあまり化かしてないよ?」

 

 仲が良いとも悪いとも言い難く見られる2人だが、時折2人で会うことはあった。

 それは2人で会わなければならない内容ということであり、聞き返した金髪の少女『天狐』も理解していた。理解していたからこそ、面倒くさそうな雰囲気を隠そうともしていなかった。

 

「なに、金弧が化かされてな」

 

 しかし、その言葉を聞いて耳をピクリと動かす。少なくとも面倒臭さを上回る興味をもてた内容だったのだ。

 

「あの子が? 嘘偽り無く、私よりも幻想耐性が高いよ?」

 

「ぬしのその言葉こそ偽りに聞こえるのだが……まあ、それは置いておくとしよう。で、どうなのだ?」

 

 黒髪の少女が胡散臭そうにジト目を向けるが、天狐は気にした様子もなく話を進める。

 

「どこを疑っているかは知らないけど、こっちの勢力じゃないよ。ちなみにどのように化かされたのかな? 共有を求めるよ」

 

「なんだ、本当に違うのか。普段からそうしていれば可愛いものを……」

 

「大天狗」

 

 しみじみと呟き続けようとした黒髪の少女『大天狗』の意思を塗り替えるような声が、静かな路地裏を通り抜けた。

 それは先程までとは一線を画した、威厳ある声。同じ喉から出ていることが信じられない、同じ声であることが信じられないほどの威厳だけを付け加えたような声。

 

「界長の1人『天狐』として共有を求めます」

 

 界長としての要請。それは妖族にとって、けっして拒んではいけないもの。

 拒むということは界長のやり方に否を投げつけることとなり、長の保護下からの離脱を意味する。ただし正当な理由で納得させることができればその限りではないのだが、それが通る場面に出逢えた者は数少ない。

 

「なにやら少女としてしか認識できなんだとか。そのうえ独り言を噂と認識しておった」

 

 大天狗は顎に手を当て、しっかりと思い出すように伝える。

 

「別に独り言を噂と認識していても不思議ではないけど?」

 

「どう考えても聞かせるための噂だろうて。それを軽い雰囲気で、まるで自分との会話によって得たように報告してきたのだぞ?」

 

「あの子、たまに天然だから……」

 

 天狐が苦笑いを浮かべながらそう呟けば、大天狗が微妙な表情ながらも肯定するように頷いた。

 

「狐は天然が多いからの」

 

「……」

 

 余計な一言に天狐が軽く睨みつけるが、大天狗に気にした様子はない。

 

「まあサトリに探りを入れればいいのかな?」

 

「いや、ぬしに探りを入れに来たんだがの」

 

「噂の内容は?」

 

「人族の勇者が魔王と成った、と」

 

 その答えを聞いた天狐は自分でも気づいていない様子で口を開いて

 

「私なら直接言うけどな」

 

 と呟き、しまったといった表情を浮かべながらも言葉を続ける。

 

「結果が変わらないから」

 

「そうだろうて」

 

「ちなみにそれってカナエのことでしょ? 解決してるよ?」

 

 漏れてしまった言葉は戻ってこない。戻したように整えられるのはサトリだけ。

 天狐は諦めたように、なるべく興味が向かないように言葉を紡いだ。

 

「……ぬし、知っておったのだな。いやまて、カナエというと」

 

「そう、"わたしを"討伐してくれた恩人」

 

 天狐は大切な思い出を語るように、胸の前で手を組んで告げた。

 

「負けて喜ぶとはの」

 

 大天狗はそんな天狐を見て、これ以上、踏み込んでも良しとはならないと判断し、茶化しながら話を区切る。

 

「それで、人界に行くの?」

 

 大天狗が話を逸らしたことで僅かに安堵した天狐は問いかけた。

 予想通りの行動を取るのか、と。

 

「とうぜんよのう」

 

「私の言葉を信じるの?」

 

「ぬしがカナエに関して偽るとは思っておらん」

 

 なにより天狐のあんな様子を見てしまえば、嘘とは思えなくなった。

 

「そこなのね……。でもさ、できればやめてほしいんだけど」

 

 それは誰のためか。

 

「なぜか?」

 

「カナエは救われたの。余計な手出しをしないで」

 

 カナエに向けられた思いではないと知りながらも、大切なその人が救った世界を荒らすなと告げれば

 

「ぬしがここで遊んでいる時点でそれはわかっておる。なに、島国2つは残すからに安心せい」

 

 大天狗がまったく安堵させる気がない声音でそう告げる。

 しかし、それは天狐にとって首を傾げるに値する答えだった。真剣に問うに値する言葉だった。

 

「……ねえ、なんで日本以外も残すの?」

 

 だから期待して問いてみれば

 

「美波の友がおるからな」

 

 しょうもないと溜息をつきそうなものでしかなかった。

 

「美波に、イザナミの化身に怖気づくの? その程度であの種族を滅ぼそうとしているの?」

 

 天狐は思う。自分や酒呑ならば怖気づくことはないだろうと。

 そうと決めたのならば、怖気づくことは許されずただ進むだけだと。

 

「まさか。愚かならば美波が滅ぼすでな」

 

 だから、返す言葉に首を傾げてしまった。

 

「そうは思えないけどな」

 

 イザナミといえば人の守護神。特に日本という領域の守護神。"その場所"に異常に執着し、愛しているといっても過言ではない存在。

 そんな彼女が、その領域内の人を滅ぼすなど考えられない。なにより今までの経過が、積み重ねられた歴史がそれを示していた。

 

「ぬしが特殊なだけでな、妖界には人族を嫌う者は多い。その防波堤が美波なのだ」

 

 そんなことは知っている。妖界という場所とそこに住み移ってきた理由を考えれば、誰でも行き着き否定できないものなのだから。

 しかし、それを考慮してもイザナミという存在が自らの愛する領土から"生贄"を出すとは考え難かった。

 

「人族の守護者たる美波が?」

 

「そうか、知らぬのか」

 

 大天狗はしかたないかといった表情を天狐へ向けた。そして言葉を続ける。

 

「美波は人族を嫌っておる」

 

「……いえ、納得したわ」

 

 天狐は頭の回転が遅い方ではない。むしろとてつもなく早く、普段はそれをいたずらにしか活かしていないだけだ。

 だから大天狗の言葉と、日本という国に積み重ねられた経験と、妖界に住む者達から考えて答えに至れた。

 イザナミが執着しているのは人ではない。場所と構成要素なのだ、と。

 

「情報感謝するぞ。それではの」

 

「こっちこそね。また飲みましょう」

 

 天狐は背を向け飛び去ろうとした大天狗へ、言葉を放る。

 ただ生きて帰ってこいと。

 

「ああ」

 

 対して大天狗は振り向くことをせず、ただそれだけを短く告げた。

 嬉しそうで楽しそうな顔が想像できる声で。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ