機巧少女 2/2
「え……それは流石に悪いというか……」
あれだけ言い切った手前、ユウバリは気まずそうに口ごもる。
「ああ、別に気にしないでくれ。仁淀やイナバとも相談したのだが、どうせこうなるだろうと言われている。つまり予定通りなのだ。それよりも次々召喚されるだろう後続に、何を送ればマスターとの交流を円滑に進められるか案が欲しいということだ」
その言葉にユウバリは驚いたが、顔には出さずにいられた。
仁淀と長門の繋がりはわかるが、そこに"イナバ"が加わっている。国の頂点にいた2人がその人物を頼っている。一般人の少年のパートナーでしかなかった、イナバを。
しかし事前にイナバ達と話していたこともあり、ユウバリは"あと"に何かがあったのだろうと納得することができた。
「そ、それなら……」
ユウバリはそれだけを呟いて真剣に考え始める。
気軽に答えてもいい内容だが、後続すべてに関わる内容でもある。こと次の1人に関しては間違いなく影響がある内容である。
その相手が知り合いである可能性が高いのだから、なおさら手は抜けない。
「……話し相手を。悩んだ時に相談できる、話し相手がいれば嬉しいと思います」
「ほう」
長門の視線がユウバリを見つめる。それは興味深げに、満足そうに。
「私はイナバさんや、イロハさん、そしてお2人と知り合いがいてくれましたが、誰も彼もがそうとは限りません。むしろ最初は知り合いがいない場合のほうが多いはずです。それならば知り合いを探せるネットワークと、いなければ知り合いを望めるネットワークが必要かと思います」
「ネットワーク、ですか。一応、召喚された時点で以前と同じ方法で検知できるネットワークの構築は予定していますが、それでは足りませんね。これはあくまで"私と"コンタクトを取る手段としてのものを予定していましたので」
そこで仁淀の言葉は止まり、悩みこむように顎に手を当てた。
長門はそんな様子の仁淀を見て、楽しそうに笑う。
「ふふっ。やはり抜けが多いな、私達の案には。やはり2人では圧倒的に足りないものだ」
「あ、そうだ。あと1つだけ聞いてもいいですか?」
「あと1つと言わず、どれだけ聞いてくれてもいいぞ。仁淀は忙しいが、私は暇なのだ」
「ありがとう。それでは何度も私を誘ってくれたあの子は、まだ召喚されていませんか?」
ユウバリが最後に出会った相手。人はすべてが眠っていたのだから、機巧少女で間違いないと確信している。
「最期は"アレ"から何年後だ?」
「5年後、くらいだと思います」
「ではイナバだな。私が本拠地から離れるわけにはいかなかったし、他の者が離れては本末転倒。なのである時を堺にして、イナバしか勧誘には赴いていないはずだ。まあ勝手に行動したものは知らんがな」
その言葉を聞いたユウバリの思考に疑問が浮かぶ。思い出そうとするが、靄がかかったように思い出せない時のことなので正確ではないのだが、それでも疑問が浮かんだ。
「勝手に行動した誰かは把握してはいないですよね?」
「あの集団の中で私が把握できない者は数名だ。見逃すにしても危険度を考えて、ある程度の安全を考慮して見逃している。危険な北海道には行かせていないはずだが……イナバではなかったのか?」
「いえ、記憶に靄がかかったような感じでして……でも、あれはイナバさんとは思えなかったので。さきほども会いましたし、違うと思います」
何度も何度も誘ってくれた、北海道という危険地域に足を運んでまで誘ってくれた相手。必死に思い出そうとしても靄がかかってしまうのだが、さきほど見たイナバとは違うとユウバリは確信していた。
「そうか。まあいずれ召喚され、会えばわかるだろう。それにそこまで足を運んでいたのなら、相手から言葉が届くかもしれない。焦らず待つことだな」
「そうします。ちなみに今は何人くらい、召喚されているのですか?」
ユウバリは先程までのやり取りからも少ないだろうと予想していた。
「確認できているのは仁淀、私、イナバ、イロハの4人。君で5人目となる」
だからこそ、あまりにも少ない数にユウバリは驚きを隠せなかった。
そして続く言葉にユウバリは安堵を覚える。
「まあ仁淀が少し早く、他の皆はほぼ同時期で1ヶ月ほどしか経過していない。始まったばかりなのだ」
「1ヶ月……そういえば、期限があると聞いたのですけど……」
「開始から"最大"3ヶ月が今回の期限らしい。なに、今回のログイン期間が3ヶ月であって再びログインすれば会えるから心配しなくていい。仁淀いわく、プレイヤーがいない間は一瞬で過ぎるらしいぞ」
一瞬で過ぎる、それはつまり隙間なく会えているのと変わらないのではないだろうか。ユウバリはそう考えて、否定するように首を振った。
自分の感覚では一瞬であってもプレイヤーから、翠から見ればいくらかの時が経過しているのだ。その間も翠は進み、隣を歩くことはできない。
ただ成長した翠を迎えて、見送るだけなのだ。
「まあ、寂しいよな。しかし子を送り出して、節目に帰ってくると思えば感慨深いとは思わないか?」
寂しげな表情を浮かべたユウバリを見て、長門はそう言った。
「子、ですか……。そういう見方もできるのですね」
そうは言ったものの、ユウバリは納得できていない様子だ。
そんなユウバリを見た長門は歩み寄り
「私から見れば君も子だ。護るべき国民、皆が子だ。再び顔を見せてくれたこと、嬉しく思うぞ」
そう言いながらユウバリの頭を優しく撫でた。
それはもう、嬉しそうに。言葉が心からそのまま漏れ出たかのように。
ユウバリはその手を嬉しく思いながらも、追いつけないなと思ってしまった。以前は並ぶことを目指していたが、必死に必死に目指していたが、やはり並べない。
頼りにされる友に成れはしない。
「これをこうして……これで……おっと、失礼しました。お招きした立場だというのに客人であるあなたを放置してしまいましたね」
顔を上げた仁淀はユウバリを見てハッとしてそう告げて頭を下げた。
「いえいえ、そちらのほうが大事ですから、優先してください」
ユウバリはそう言いながら、気にした様子もなく自然体で手を振って気にしていないことを示す。
「そうだ、もう1つ聞いてもいいですか?」
「はい、もうまとまりましたので遠慮なくどうぞ」
「今主流の情報兵装って、あの時と同じようなものですか?」
その問いを聞いた仁淀は数秒間を悩んだように過ごしてから口を開いた。
「この世界の主流という意味合いでおいてならば情報体自体が主流ではなく、新技術あるいは未知の何か扱いで、主流は魔法や固有能力となります。情報体を扱っている中でいえば護さんと長門、四葉くんとイロハさんがあの時と似た情報兵装を使用していますね」
「仁淀さんとイナバさんは?」
仁淀の答えに疑問を覚えたユウバリは身を乗り出しそうな勢いで、それでも静かに問いかける。
「私は基本的に魔法で処理するか、強敵ならば私独自の情報体運用で戦います。まあ内務が主ですので、戦いはもっぱら長門任せです」
ユウバリはそれがギリギリ明かせるラインなのだと判断し、『独自の情報体運用』を問う言葉を飲み込んで続く言葉を待つ。
「イナバは魔法ばかりだと聞いていますが、あまり戦っている姿を見たことがないのでなんとも。領土獲得戦で参加した2つの戦闘では、その1つで魔法だけ。もう1つは長門の話によれば、魔法も情報体も使用せずにイロハさんの障壁を破ったらしいですね」
それを聞いたユウバリは絶句した。
情報体の障壁を生身で破るなど、意味がわからない。核兵器程度では1枚すら破れないだろう障壁を、だ。
魔法という未知の技術を使用したのならばわかる。それだけの可能性が秘められているということなのだから。
しかしその魔法も、情報体すら使用せずに破ったとなれば意味がわからない。いくら四葉にあの時の記憶が無いとはいえ、そこまでちゃちな情報体を使っているとは思えない。
そもそもパートナーの翠のライバルともいえる四葉が、その程度で満足していてほしくない。
と、ユウバリの頭の中では様々な考えが飛び交っていた。
「まあ、あの程度なら私もできるからな。基準が古ければあんなものだろう」
「え、古いんですか?」
「ああ。当時の撫子なら素手でも勝てる」
ユウバリは再び絶句する。
当時の撫子といえば、日本最高戦力の1組の片割れ。そのような人物を素手で勝てると言い切ったということは、そもそも戦闘能力に差がありすぎる。
情報兵装の差ではなく、技術知識の差が大きすぎる。
「私もよくわかってないが、見ればできた。撫子もすぐにできるだろう」
長門がそう言いながらうんうんと頷けば、ユウバリから力が抜けた。
ユウバリは思ったのだ、「この天才め」と。
ユウバリは知っている、撫子も長門も才能だけで頂点にいたわけではない。壮絶な戦いを経て、努力も惜しまずいたからこそ、そこに居続けられた。
それは他の初代"ビックセブン"と比べてみれば一目瞭然だった。
なにより、撫子に関しては間近で見ていたのだ。当時最強と謳われた機巧少女に挑み続ける、その姿を。
そして、そこまで知っていてなお才能という壁を感じてしまう。ユウバリという存在がどれだけ努力しようとも、戦闘センスで長門や撫子に追いつけることはない。
以前から、そう思い知らされていた。
「あ、私もできるので誰でもできますよ。まあ少し期間は必要になりますが、別に才能がなければということはありません」
仁淀のその言葉に、ユウバリは頭を抱えたくなった。
仁淀の戦いを見たことはあったが、基本的に司令塔であり直接的な戦闘は開発に浸っていた自分と同等か、それ以下だった。それなりの戦場に立っていてそれなのだから、個人戦闘の才能としては自分以下だろうとも思っている。
その仁淀にもできているのだから、才能などという言い訳はできない。
「頭を抱えたくなりますよね、その気持ちはよくわかります。なぜ見ただけで会得できるのか、私も意味がわかりませんでした。できるのだからしかたがないなどというのは天才の言葉です」
仁淀はそう言ったが、ユウバリが今頭を抱えている理由は仁淀にもできるという点だ。
むしろ天才の撫子が近くで訓練していた身としては、見ただけでできるのは当たり前だと思っていた。なにせ、撫子も実戦派だったのだから。
「む……もうそんな時間だったか。ユウバリ、イナバ達が訓練を終えて帰るらしいから直接館に戻ってくれということだ」
「おっと、もうそんな時間でしたか。ユウバリさん、こちらはお土産です」
仁淀はそう言いながら、何もない空間から甘い匂いをばら撒く白い箱を取り出した。
「え?」
「ああ、まだ見ていませんでしたか。マジックバックに刻まれている魔法を自分用に調整したものです。マジックバックはその辺に売っているかもしれませんから、興味があれば帰り道にでも探してみてください」
ユウバリは新たな技術に驚きながらも、箱はしっかり受け取っている自分にも驚いた。
しかし翠の好物、甘いものなので機会を逃してはいけないと思ったのだろうと納得する。以前も翠の好物を確保する際は自然と身体が動いたものだと思い出しながら。
「お土産ありがとうございます。マジックバックも帰り道で見かければ買って帰って、さっそく調べたいですね」
ユウバリは笑顔を浮かべてそう言い、礼をしてから部屋を出ていった。
「マジックバックを、研究用とはいえ買えるほど翠ちゃんは稼いでいるのか?」
「いえ、価値を知らないだけでしょう。私は以前の知識から使えますが、現物にはとても手が出せませんから」
マジックバックは、それが存在する世界においてもれなく高級品である。さらにこの世界では存在は確認されていても、市場に出回ることが少なすぎて価格が高騰していた。
そのためユウが持っていたのを見た時、仁淀は頭を抱えたくなった。それはつまり、初ログインから1ヶ月すら経過していないイナバが作成したということだからだ。
仁淀もイナバが作れることは知っており、素材さえあれば粗末な物ならば自分でも作ることができる。しかし素材が希少すぎて見つからないのだ。
そのため諦めていたというのに、その価値を知らない様子の少年が「便利だね」と持っていれば、頭を抱えたくもなるだろう。
「そうだろうな。私もイナバから貰えなければ、素材の運搬に苦労していただろう」
「え゛?」
「ん、どうした?」
長門は奇怪な声を上げた仁淀を不思議そうに見やる。
「いつイナバから貰ったんですか?」
「領土戦のあと遊びに行った時だが……まあ、イロハに関することのお礼らしいぞ」
長門は仁淀も貰っているものと思っていたのだが、今のやり取りで察して理由らしき何かを告げておく。
「……くれません?」
「嫌だが?」
「そうですよね」
長門はしょぼくれる仁淀を見て、つい微笑んでしまう。
仁淀も長門も、肩の力を抜ける相手が少なすぎるのだ。マスター相手ならば"かっこよくありたい"し、国民相手ならば無様な姿は見せられない。
敵対者相手ならば容赦なく叩き潰さなければならないし、関係性の薄い相手ならば今後を考えて弱みを見せず良き友好を結んでおきたい。
そのどれにも当てはまらないとなれば自然と少なくなってしまい、結果として完全に気を抜ける相手は数名しかいない。
それも以前の話であり、この世界であれば互いに2人だけ。
だからこそ、長門は仁淀にとっての自分が気の置けない相手であれることを嬉しく思う。
常に気を張り詰めさせていては、いずれ途切れると知っているのだから。