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境界  作者: 半透明の空白
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飯綱使い、紅丸

 「弥一、援護頼む。……いつもので」

 「了解、任せて」


 走りながら牡丹は、ベルトからぶら下がった小さなダーツケースの蓋を親指でパチンと弾いた。流れるような手つきで、三つ並んだダーツの矢から一番左端のものを抜き取る。

膝裏までの丈の長いジャケットが風になびいた。妖怪は和装が主流の幽世の中で、天狗としては珍しく牡丹は黒を基調としたスーツのような洋装を纏っていた。


 どこからともなく取り出した弓を左手に握った彼女は右手のダーツの矢を瞬時に本物のの矢へと変化させる。パッと翼を広げ舞い上がりながら矢をつがえ、高度が安定したところで対象__頭部の耳を見るからに、狼か何かの血をひく妖であろう__へ向かって矢を放つ。

 一発目は警告、本人には当てずに「手をひかなければ攻撃をする」という無言の合図を送るもの。これは闘いを始める上の形式的な礼儀であり、実際この学園でそんな昔の伝統を気にする者は少数派だが、牡丹はどこかこういった精神的な伝統を重んずるところがあった。


すっと頭の横を掠めたその矢に、狼の生徒が驚いて後方を振り向く。青い空には天狗が一人、雲の代わりに浮かんでいた。


「洋装の女天狗__牡丹とか言ったか」

「へぇ……貴方も私のこと知ってるの?光栄だね」


どこか余裕を感じさせる笑みで牡丹が答える。狼は呆れたように首筋を搔きながら上空の牡丹を仰いだ。


「無謀な戦いに挑むのは賢くないぞ。それなりに優秀だとは聞いてるが、中級クラスで最上位の俺に初級クラスのお前が自分からぶつかってくるものじゃない」

「ご忠告どうもぉ、でも私、自分より強い人と闘う方が好みなんですよね」


どっかの誰かとは違って、と言外にそう匂わせて牡丹は二本目の矢を番える。

先ほど一本撃ったはずなのに、彼女の腰に取り付けられた革製のダーツケースには、何故かまだ残り二本がダーツの矢の形のままで残っていた。


攻撃態勢に入った牡丹を見て狼も身構えるが、まずは相手の出方を窺いたいのだろう、自分から無暗に突っ込んでいくつもりはなさそうだ。


ヒュンと小気味よい音とともに二本目の矢が放たれる。狼は落ち着き払ってそれを見定めると、最小限の動きでそれを見事に躱してみせる。茶色の前髪の合間から除く金色の目は、くだらない、という風に上空の牡丹を見上げた。


「やめておけ、ただの弓矢じゃ敵わんぞ」

「そうみたいですね。でも、貴方も見てるだけじゃ埒が明かないし……もっと積極的に遊びません?さっき、人間の子にしてたみたいに」


狼は、そのあからさまな挑発に溜息を吐き見下しきったあきれ顔を空に向けるが、さすがにそこまで言われては正面から潰すしかないと思ったのだろう。おもむろに重心を下して、狩りへと出向く野生動物の表情を見せる。

にやり上がった口角の端から、鋭い牙が陽の光をうけて輝いていた。


「いいだろう、元々今日は憂さ晴らしの相手を探していただけだったしな……種族が人の子から外れ者の天狗になっただけ、何も違いはあるまい」


狼の言葉を聞いて、牡丹が少し俯いた。


「随分、人間ってのを馬鹿にしてるみたいですね」

「それが一般論ってやつだろう」

「一般論……ねぇ」


呟くその瞳にあんず色の髪がかかる。下からでは少々遠すぎてよく表情がうかがえないが、口元は何故か笑みを浮かべているようだった。狼はそれに気付いているのかいないのか、気にする風もなく強く地面を蹴り上げる。

さすが、中級クラスで幅を利かせているだけのことはあり、一度の蹴りで牡丹と同じ高さまで舞い上がる。落下が始まる前に、彼は右足でもう一度空を蹴った。何らかの術を使っていることは明白で、何もない空を蹴ったとはとても思えない、先ほど地面を蹴った時と同じかそれ以上の推進力で牡丹に突進してくる。


狼がその空に浮かぶ、どちらかと言えば華奢な胴体を鋭い爪で引き裂こうとしたその刹那、あと僅か数センチというところで、ふっと笑みを残して牡丹が消える。予期していた衝撃を失った反動で体勢を崩したその彼に、背後数メートル上空へ姿を現した牡丹は間髪をいれずに三発目の矢を番えて放つ。

いや、__どういう仕組みになっているのか、三発目どころではない、次々と手慣れた指捌きで連射していく。所謂、速射という弓の打ち方だろうか。七本目の矢が刺さると同時に地面に転がり落ちた狼が体勢を持ち直し、辛うじて八本目の矢を躱す。背に傷を負いながらのその素早い反射はやはり中々の身のこなしで、牡丹は意外そうにちょっと目を見開くとその手を止めた。そのくうに浮かぶ足元には転移魔方陣がキラキラと光っており、先ほど牡丹が突然消えたように見えたのは対になる魔方陣が彼女の元の位置に隠されていたためだろう。


「実にシンプルな瞬間移動の仕組みだが……何故、天狗のお前が幻術を?天狗はこの手の小細工は苦手なはずだぞ」


牡丹は眼下の狼を見下ろして肩を竦める。


「その答えはもっとシンプル。……私、見方を連れてないなんて一言も言ってなじゃないですか。少々詰まんない答えで申し訳ないですけど、現実って得てしてそんなもんです」


と、ちょうどその時、牡丹の耳元で突然弥一の声が告げる。これは簡単な音源転移の妖術である。相手の居場所さえ分かっていれば、その人の耳元に直接声を届けることができるのだ。


「こちら弥一、人の子の安全を確保。牡丹もそろそろ撤退して」


当然どこかに隠れている弥一の姿は牡丹からは見えないため彼女から音声を送ることはできないが、その声を聞いて牡丹は落ち着いた顔で頷いた。向こうはこちらの様子を窺っているはずであるから、これで最低限の意思の疎通はできる。


「じゃ、まあもう目的は達成できたみたいなんで帰らせてもらいます__本当はもっとちゃんとケリをつけたいんですけど、そうすると心配かけちゃうから」


それだけ言うと、あっけに取られた狼が反応する暇もなく、牡丹が弓に最後の矢を番える。放たれた矢はこれまでとは異なり、ある程度降下したところで爆発し、もうもうと煙を張る煙幕となって宙に消えた。


牡丹は煙が狼の顔をかき消すと同時に、さっとその翼を羽ばたかせて近くにあった校舎の裏手に回る。

そこには先ほどと似たような転送魔法が用意されており、落ち着き払った牡丹がそこに足を踏み込むと同時に、彼女は弥一と彼らが救出した例の人間の少年__飯綱使いの紅丸が待つ旧校舎の無人教室へと転送されていった。



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