きっかけ
そんな外れ者の私と弥一は、入学当初からそれなりに目立った存在であったと言っていいだろう。人間の生徒が自分の能力に見合うグループが見つけられなくて苦労する、という話はよく聞くが、それなりの実力を持つ妖怪が自らの意志でもって加入を拒否するというのは、そうそう頻繁に起こることではない。
それが学内でも有数の高位妖怪を抱え大きな勢力を誇る「天狗」と「狐」グループの加入を断ったとなれば、当然それは学内でもかなりの噂になる。
「いやぁ、私たちもすっかり有名人だねぇ」
それは入学からおよそ9ヶ月。弥一が中級クラスに昇級してから少し経った頃であった。私はその少し前から知り合いになった英国出身のヴァンパイアの紹介でロンドンのカジノに出入りするようになり、ちょうど勉強がおろそかになっていた時期でもある。
そのせいで私だけが未だに初級クラスで燻っていたわけであるが、私も数日前にようやく教官たちから昇級試験への推薦をもらって一息ついたところであった。
本来ならば推薦をもらってからが本番なわけであるが、初級クラスからの昇級試験は、幸い筆記が得意な私からすればさほど難しいものでもなかったためにそこまで心配はしていなかったのである。
「呑気なもんだね、弥一も。有名人って言えば聞こえはいいけど、どっちかっていうと悪目立ちしてるだけじゃない?……あー、もう、ことあるごとに人に話しかけられるから面倒くさくて仕方がない」
初級クラスは人数が多いため、基礎的な講義は大人数をまとめて講堂で行われる。その度に顔も見知らぬ周囲の生徒が交わす囁き声に、私はそろそろ嫌気がさしているところだった。
「だったら早く牡丹も中級においでよ。専門分かれるからそこまでがやがやしなくなるよ。何より、中級クラスからは入れるランクの制限なくなるから、個室もとれるようになるしね~」
「あ~、ちょっとカジノで遊びすぎてたからなぁ。ま、ようやく昇級試験の推薦ももらえたし、来月からは中級行けると思うんだけど……」
と、そんな風に何気ない会話をしながら私と弥一が食堂へと歩いていた時だった。綺麗な秋晴れの空の下、唐突なドゴォという音と共に、左側から誰かが吹き飛ばされてきた。
「あー、またやってるよ」
くだらない、そんな風にいらだちを覚えながら私は溜息を吐く。
この学園において、こういう生徒同士の抗争というのは決して稀な出来事ではなかった。自分の種に対する名誉を賭けた戦いから、美味しいが数の少ないことで有名なAランチの食券の最後の一枚を目の前で取られた腹いせまで、その乱闘の火種は様々だが、血気盛んなお年頃である学生たちからしたらこれも学園の日常風景と言って差支えはないだろう。
この手の生徒間の抗争、闘争は基本教官からの指導は何も入らない。学園を出れば弱いものは淘汰される。下手をすれば一撃で命を奪われかねない世界に出ていくこの学校の生徒たちにとって、このような闘争は、些細な喧嘩であっても社会勉強の一巻とみなされる。
抗う力がないということがどういうことなのか、少なくとも命までは奪われない結界が張られている学園内にいるうちに、それを身をもって体験しておけということなのだろう。
しかし、目の前で行われているこれは、明らかに見ていて気持ちのいい類の戦闘ではなかった。
それは学園内でモックと呼ばれている行為の一種で、これは複数の妖怪、または単体の高位妖怪が圧倒的に力の差のある人間や人間上がりの生徒を一方的に攻撃することを指す。人間社会で言えば明らかないじめであるが、この世界に来れば弱いものはそうして淘汰されるのが決まりなのである。
「んー、どうする、牡丹?」
弥一が首を傾げながらこちらを向く。どうする、とはつまり、助けに行きたい?と聞いているのだ。
基本的にこの手の闘い、いじめられているのは下等な妖怪か人の血を引くもので攻撃しているのは高位の妖怪。自らがその高位妖怪とは別のグループに所属していたとして下手に戦闘に加われば、自らの種全体が攻撃していた側の妖怪の属するグループと全面抗争を始めるきっかけを作りかねない。
だから、普通は他生徒もいじめられている者に加勢をすることはそうそうない。自らの種を守ることは、基本的な生存本能でもあるから。
だが__。
「まあ、一択でしょ。追いかけられてるの、狐関連の人間みたいだし……弥一だって放っておきたくはないでしょう?」
「本当だ、相変らず牡丹は目がいいね。……確かにそれは放っておけないかな」
外れ者の私と弥一であれば話は別である。弥一はその優しさから、私はただ乱闘を楽しみたいという血気盛んな性格から、こういった状況に出くわすと進んで人間側に加勢する。
だから、この時もそうだった。
私と弥一は顔を見合わせて頷くと、タッと砂煙の舞い上がるその場所へと駆け出した。それが二人にとって重要な出会いのきっかけになることは知る由もなかったが……。
〇