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狐とは化かすもの

そんなこんなで第四話!新キャラ登場のこの会、お楽しみいただければ幸いです。

 「あんまりサクサク昇級しちまったら悪目立ちするぞ__気をつけろよ」

 

 彼女とて、閃からそういった忠告は受けていた。

 

 「いい、それが狙いだから」

 

 淡々と返したその言葉通り、凛はこれでもかというくらいのスピードで次々に昇級試験を突破した。それはおそらく過去最高ではあるまいかという驚異の速さで、先日ついに上級クラス編入の切符を、入学よりわずか半年という短さでもってもぎ取ってみせた。


 編入は毎月一日に行われるから、実際に昇級するまではあと一週間、彼女の中級クラスでの月日が残されている。

 中級クラスでおそらく彼女にとっては最後になるであろう実技試験が行われる今日、凛は自分の順番を待ちながら闘技場ドームの観客席で肘をつきながら眼下の闘いを見守っていた。


 ちなみに、実技試験の種類は科目とクラスにより様々である。特に中級クラスからは「妖術科」、「魔術科」、それから妖術や魔術を封じ込めた道具の設計、作成を専門とする「技術科」の三つに専門が分かれ、どれを専攻するかによっても試験内容は変わってくる。

 今日、彼女の所属する妖術科が行っている実技試験は「妖術戦闘学」と呼ばれる科目の試合型実技試験であるが、これは凛の一番の得意科目であると言ってもいい。


 「随分余裕そうだな、凛」


 ふと後ろから声をかけられて、彼女は物憂げに声の主へ振り向いた。白狐らしい、彼女の白い美しい長髪が揺れる。

 その中にひと房だけ、目の色と同じ、鮮やかな__緑青色、よりかはすこし青に近いかというような色が混じっている。顔のすぐ横、そこだけ縦に刷毛で塗りでもしたかのように鮮やかな色彩が、見るものの目を引いてハッとさせる。


 「……採点官が、こんなところで何をしているんですか__閃教官。貴方がちゃんと試合見てないと、試験の意味がないでしょうに……」

 「厭味ったらしく聞こえるの、俺の勘違いじゃねぇよなぁ……。仕事ならちゃんとしてるぜ、ばっちり全方向に飛ばしてある使い魔ちゃんたちで録画中」

 「そういう問題じゃないんだけど……。第一、こっちではただの教師と生徒って関係なんだから、ちゃんとそれらしく振舞ってもらわないと困る」

 「あーあ、すっかりその性格も口調も型にはまっちゃって……面白くねーの。っていうかそういわれてもなぁ、俺からしたらお前なんてちっちゃい頃から面倒見てやった可愛い凛ちゃんなわけだしなぁ」

 

 ケタケタと楽しそうに笑うその男__中級クラス妖術戦闘学指導教官こと、白蛇の閃に、凛は眉根を深く寄せてあからさまな不快を見せた。


 「うるさいぞ、閃……。それに喋り方やなんかは仕方ないだろ、誰が見てるとも分からないんだから」

 「おっと、素が出たな。その口調じゃ性別がばれちまうぞ」

 「……今だけだ。……万が一にもばれてみろ、僕が本当は男だって……。そしたら、僕と関係のある閃だって無関係じゃいられないんだから」


 そう言って彼女__否、彼と呼ぶべきだろう__美しい少女に化けたその狐は深々と溜息を吐いた。そう、噂の白狐、凛は、決して見目通りの美少女ではないのである。ただ、そういう風に化けている。

 当然、彼とは以前からの関係があったらしい閃は凛の正体も初めから知っていたのであろう、唐突に変わったその口調に驚く風もなく、ニヤリと口の端を吊り上げて笑っている。


 「ま、分かってるって。俺たちの目的は一緒だ。お前のことサポートしてやるためにわざわざここまで潜入してるんだし、まずいことはしねぇからちったぁ信用しな」

 「そりゃあ閃のことは僕だって信用してるさ。__僕はただ、慎重になりたいだけだ」


 そう言って凛は眉を曇らせる。その表情は先ほどまでの無機質な無表情とはうってかわって、その瞳には人間らしい__もちろん妖狐たる彼は人間ではないが__不安と、相手と気遣う優しささえもが浮かべられていた。


 「そうだな……こいつはどうあっても失敗できない。だけどお前は昔から気負いすぎるところがあるからなぁ。……なんかあったら俺がカバーしてやっから、ちょっとは肩の力抜けよ」

 「ありがとう、だけど今は大丈夫だ……。ほら、もう試合終わるぞ。……あーあ、あんな妖力にものをいわせた力業ばっか使っちゃって、美学がないね」

 「凛さんきっびしぃ~」


 凛はそう言いながら、元の冷たい目で闘技場ドームの中心部__そこで戦う一組の妖怪たちを見下ろした。一人はとある由緒ある家柄の鬼の子、もう一人はこれまた古くから続く天狗の血筋の生徒であった。

こういう生徒たちは抱える妖力がほかの生徒と比べて非常に大きいため、このような戦闘実技において圧倒的に有利であると言わざるをえない。

 今も、天狗の少年が風を操り相手の自由を奪う戦法でどうにか押し負かそうとしているが、これは彼の圧倒的妖力が生み出す風の強さが強大であるがゆえになりたつわけであり、妖術のレベル自体は基礎中の基礎でしかないと言えるだろう。確かに、あんまり隙のない美しい戦い方であるとは思えない。


 それを一瞥で見抜いた凛の手厳しい批評に、閃はふざけた調子でまぜっかえす。


 この勝負、確かにもうすぐに天狗の勝ちとなるであろうが、それはただ生まれ備わった妖力にものを言わせて得た勝利。__妖術を扱うものとして、そんな美しさに欠ける闘いの仕方が、凛はすこぶる嫌いであった。


 「じゃ、トーナメント式実技戦闘訓練の決勝戦__僕の相手は、あの天狗君かな」

 「おー、まああの調子じゃそうなるだろうなぁ」


 凛はぐっと腰に手をあてて欠伸をした。


 「ほんっと、随分余裕そうだな、凛」


 そんな彼の様子を見て、閃は苦笑しながら先ほどと同じ言葉を繰り返す。

 あきれた様子の閃の言葉など聞こえなかったかのように、凛はニヤリと笑みを浮かべて掌を前に突き出した。掌の少し先に光の粒子が現れて、それらは次第に集まり随分と重厚そうな木製の杖を形作る。徐々にそれをとりまく光が失われ杖の実体化が終わるとともに、凛は杖の柄をしっかりと握りしめてくるりとその先端を上に反転させた。

 彼がもう一度手に力を込めると、瞬く間にそれは眩く輝く銀の剣へと姿を変える。

変化自在の光の杖、これこそが凛の強さであり、これを使いこなせるだけの技術が凛を絶対的な強者へと導く。


 流れるようなその仕草は、彼がどれだけの手練れであるかを雄弁に物語っていた。


 「余裕そう、なんかじゃない」


 彼は、美しい少女の冷たい笑みを浮かべたまま続けた。


 「余裕なんだ__本当にね」


 見慣れているはずのこの昔なじみの生徒の姿に、それでもやはりどこか心臓をわしづかみにされたような気分で閃は息をのむ。闘いに赴く凛の姿は、いつ見ても、何度見ても慣れるということがない。まごうことなき戦慄、そういうものを感じさせる何かが彼にはあった。


 特に今回は相手が相手だからな__内心でそう思って、閃は目を細める。


 「ああ……。お前の闘い方ってやつを、あいつらにも見せてやんな」


 凛はひょいと手すりに飛び乗ると、その長い髪をなびかせながら閃を振り向いてニッと笑った。


 「任せて」


 そして返事も待たずに彼、凛は欄干から飛び降りる。鬼退治を済ませたばかりで得意になった、その天狗を狩るために。


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