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炎の魔術師

作者: 湖城マコト

 それは、日差しの強い真夏の出来事だった。


「爺さん。俺に魔術を教えてくれないか?」

 

 村外れの古びた屋敷に住む白髪の老人の元を、村に住む11歳の少年――レンカが訪ねた。

 老人はかつて、王国軍の魔術師部隊で大隊長を務めた程の大物だ。炎を操る魔術を得意としていたため、炎魔えんまという通り名で知られている。

 老人は10年程前に軍を退役し隠居。どういうわけか、縁も所縁も無いこの村へとやってきた。

 当初こそ、偉大な功績を残した英雄として村人達にももてはやされていたが、老人は偏屈で人付き合いもほとんどしなかったため、村人たちもいつしか老人と関わるのを止めてしまった。

 そんな経緯があり、老人の元へ来訪者は滅多にやってこない。

 ましてや、魔術を教えてくれと頼みにくる者などは特に珍しい。


「魔術を学びたければ然るべき教育機関がある。そこで学ぶことこそが一番の近道だ」

「うちは貧乏だし、学校に通う余裕なんてねえよ」

「ならば独学しかないな」

「……時間も無いんだよ。出来れば数カ月以内には、炎の魔術を使えるようになりたい」

「無謀だな。基本的な魔術を使えるようになるだけでも平均で二年は必要だというのに」


 老人は現実を突きつけるが、レンカはそれでも食い下がる。


「爺さんはすげえ魔術師なんだろ? だったら教えるのも上手なはずだ。頼む、基礎だけでもいいから俺に教えてくれよ」

「私は指導者ではなく、兵士として魔術を振るってきた身だ。妙な期待を抱かれても困る」

「それでも頼むよ。俺には、どうしても炎の魔術を覚えたい理由があるんだ」


 レンカはとうとう土下座までして老人へと頼み込んだ。

 流石の老人も困り果てるが、レンカに諦めをつけさせる良い方法を思い付き、書斎の引き出しから怪しげな黒い鉱石を持ってきた。


「この石を握ってみなさい」

「これは?」

「これは魔導石といい、魔術師が握ると青白く発光する性質を持つ。少年に魔術の才があるのなら、この石がそれを示してくれるはずだ」

「握ってどうすればいい?」

「光が闇を照らすイメージを頭に浮かべるんだ」

「光ったら、俺に魔術を教えてくれるか?」

「いいだろう。私とて、才覚ある者を捨て置く程愚かではない」


 これでレンカも諦めがつくだろうと老人は高を括った。老人の言葉に嘘はなく。才能ある者が握れば魔導石は確かに発光する。だが、それほどの才能を持った魔術師はそうそういるものではない。


 レンカが握ったところで発光するわけが――


「見ろよ爺さん。光ったぜ」

「……そんな馬鹿な」


 魔導石は確かに輝いていた。発光の度合いから考えて、魔術学院の卒業生と同等かそれ以上だろうか。魔術とは関わりの無い生活を送ってきた素人のレベルは、遥かに超えている。レンカはまさに才能の塊だった。


「これで、俺に魔術を教えてくれるんだろ?」

「……男に二言は無い」


 言葉を曲げることは、元軍人の性が許さなかった。


「少年よ。私から魔術を学び、何を望む?」

「俺の望みは――」

 



 翌日からレンカは老人の元へと通うようになり、魔術の修行を始めることとなった。


 最初の一カ月は、ひたすら精神統一の修行をした。いかに才覚に溢れていようとも、集中力の無い者に魔術は扱えない。


 二か月目には、大気中のマナを感じ取る修行へと入った。魔術の源であるマナ。これを理解することは、あらゆる魔術の基本となる。


 三ヵ月目には、より実践的な修行に入った。

 大気中のマナを消費しての魔術の発動。老人の得意分野であり、レンカが習得を望んだ炎の魔術をひたすら練習した。

 実際に魔術を発動させてみるというのはかなり難しい。この一カ月間。レンカは一度も炎を発現させることが出来なかった。

 

 だが、やはりレンカの才能は並外れていた。

 

 四カ月目に入ると、レンカはついに炎を生み出す魔術の発動に成功した。


「爺さん。やったぜ!」

「驚いた……これ程の才能とは」


 本来。基礎から学び実際に魔術を発動させるまでに平均で二年。才能のある者でも一年はかかる。レンカはそれを四カ月で達成してみせた。

 もちろん一度だけなら偶然ということも有り得る。だが、


「見てくれよ。コツは掴んだぜ」


 一度成功させると、レンカは同じ魔術を何度も成功させた。理論的にではなく、感覚的に炎の魔術の扱いを身に着けていた。


「レンカよ。お前は、歴史に名を刻む魔術師になれるやもしれんな」


 老人はそう確信していた。レンカの才能は、若かりし頃の老人を遥かに上回っていた。レンカはまだ11歳。このまま魔術の修行を続ければ、軍人でも研究者でも、魔術を必要とするあらゆる分野で活躍できるはずだ。

 この才能を磨き抜き、世に羽ばたかせる。それこそが、老骨に残された最後の役目なのではとさえ思えた。


「いや。俺はそんなのに興味はないよ」

「世辞で言っているわけではないぞ。お前にはそれだけの才能がある」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、もう十分なんだ」

「十分?」

「俺が欲した程度の魔術は、爺さんのおかげで使えるようになった。俺の目標はこれで達成だよ」

「今のお前に出来るのは、小さな炎を生み出す程度のことだけだぞ」

「俺の目標は爺さんだって知ってるだろ。俺はそれ以上は望まない」

「本当にそれでいいのか? 後悔はしないのか?」

「しないよ」

「……そうか」


 名残惜しさはあるが、老人はそれ以上レンカを引き留めるような真似はしなかった。レンカの目には揺るぎない信念が宿っている。こういう目をした人間は、一度こうと決めれば梃子でも動かない。老人自身も若いころはそういうタイプだったためよく理解している。


「レンカよ。より深く魔術を学びたいと思ったなら、いつでも私を訪ねてくるといい。私はいつでもお前を待っている」

「ありがとうよ爺さん……いや、師匠」

「師匠か」


 隊長と呼ばれたことはあったが、師匠と呼ばれるのは老人にとって初めての経験だった。不思議と嫌な気はしない。




「ただいま」


 レンカは妹と共に暮らす木造の家へと帰って来た。季節はもう冬だ。外には雪が降りしきり、隙間風の差し込む家内は冷え切っている。


「お兄ちゃん。寒いよ」


 毛布を体に巻き付けて、妹がレンカを出迎えた。可哀そうに、鼻が真っ赤だ。


「寒かっただろ。ちょっと待ってろよ」


 レンカは老人から学んだ炎の魔術を使い、暖炉へと火を点ける。

 レンカが魔術を学んだのは、全てこの厳しい冬に備えてのものだった。

 自分はまだ我慢できるが、妹にはなるべく寒い思いをさせずに過ごさせてやりたかった。だから冬までにに炎の魔術を会得しようと頑張った。

 妹と一緒に暖を囲み、和やかに会話をして過ごす。

 そんな細やかな幸せのために、レンカは炎の魔術を欲した。

 レンカは魔術を使って世界を守りたかった。家族というの名の、自分の周りの世界をだ。


「どうだ、暖かいだろ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしまして」


 妹がレンカに礼を言うのと同時に、レンカは心の中で師匠に礼を述べる。


 ――師匠。俺に炎を与えてくれて、本当にありがとう。


 炎の温もりは、感情の温もりでもあった。




 了

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