仲間
いつも通勤で使う単線の田舎駅には電車を待つ乗客の姿は無い。
最近急に都会のベットタウンとして栄えたため乗客は増えたのだが、駅は未だに無人駅だ。
のどかな田園を眺めながら一人で電車を待つ。
幽霊なんだから、こう何というか、瞬間移動とか、もっとオカルト的なことも出来てもよさそうなものだが、その方法がわからない。
意外と生きてる時と何も変わらないもんだな。
死んでも通勤電車で移動するのか。まあ、自分には似合ってる。
しばらくするとコスモス畑から電車がゆさゆさとやってきた。
塗装だけはきれいだが車体そのものはとっくに退役していてもおかしくない古いディーゼル電車だ。
がらがらとディーゼル特有の音を立てながら電車が目の前に止まり、「プシュー」と音を立ててドアが開いた。
俺は幽霊だ、ということは壁くらいすり抜けられるんじゃないだろうか。
そう思い、壁のすり抜けを試してみる。
しかし結果はごつんと頭を打ち付けてしまっただけだ。幽霊なら壁抜けくらいできるはずだが、そのやり方も分からない。
「俺本当に幽霊なんかな?」
意外と幽霊もつまらないものだと思いながら、ドアから乗車し席に座った。
見慣れたはずの風景が車窓を流れていく。
今まで何百回と見ているはずの風景だがこれほどじっくりと見たことはなかった。
街に近づくにつれだんだんとビルの数と高さが増えてくる。
子どもたちにとって都会は輝かしく明るく見えるらしいが、俺には暗くいやな世界にしか見えない。
いつもの通勤と変わりなく街に到着した。
ここは新幹線も乗り込み毎日数万人が利用するマンモスターミナルだ。
見慣れた風景ではあるが、今までと違うこともいくつかあった。
その一つは運賃を払わずにすんだことだろうか。
改札ゲートも開かないので、またいで外に出るが、これを咎められることもない。
俺は人混みでごった返す駅コンコースの中へと入っていった。
面白いことに気づいた。
雑踏の中にいるのに誰も私にぶつからないのだ。
皆、絶妙に避けていく。
それならばとこちらからぶつかりに行くが、そうすると私の体は軽く弾かれる。
もちろん誰も私の存在を気づいてはいない。
行き交う人々は忙しそうだが、無表情なサラリーマンもいれば楽しげに話をしながら目の前を通る人もいる。
それぞれ色々な人生を送っているのだろう。
そこには苦しみや楽しみ、それに大きな責任と未来を抱えていることだろう。
俺も以前はそうだった。しかし今はそんなものはない。
大勢の中にいるはずなのに得も知れぬ孤独感が湧き上がってくる。
賑やかであるはずのコンコースが無機質な映画を見ているように思えた。
さて都会には来たもののこれからどうしたものか。目的が無いということはこれほど恐怖を感じるものなのかとふらふらと歩きながら考えた。
「これだけ人がいるんだから中には幽霊もいるんじゃないかな」
そうだ。とりあえずは仲間がほしい。そして可能ならこれからどうすればよいのかを聞いてみたい。いや、その前に自分の存在を今一度確認したい。
そう思い目を凝らすが、俺には生きている人も幽霊も見た目だけでは区別が付きそうにない。しかし行動パターンで判断することは可能かもしれないな。
そう思うと、駅の中心に設置されているイベントステージの高い台に腰掛け、朝の雑踏に目を凝らすことにした。
そいつはすぐに見つかった。
通勤ラッシュの駅内は人で大混乱だ。誰もが正面を向き何かに向かって歩いているのがわかる。
その中にどう見ても異様な男がいた。
年の頃なら30台半ばのその小太り男。服装は安物っぽいスーツ姿。しかしネクタイは緩み、髪はぼさぼさ。
こいつが行き交う人に弾かれながら、背中を丸めておどおどと歩いている。
命からがら戦場から逃げてきたという様相だ。笑ってしまうほど完全にパニクっているのがわかる。
「なんだあいつは。すげぇオタク臭するなぁ」
苦笑した。
スマートボールのようにOLに弾かれながら、こちらに近寄って来た。
というか、人混みの流れに流されているという方が正確かな。
変な男ではあるがこいつは俺と同じ幽霊だ。仲間に会えたことに喜びを感じた。
俺は台からヒョイと飛び降り、その男の目の前に立ちはだかった。
「こんちは!なんかぼろぼろだね!」
「うわっ!な、なんですか!ってか私が見えるんですか!」
ナイスリアクションだ、おかしくてたまらない。
「ああ、見えるよ。あんた死んでるんだろ。俺も今朝死んだところだからね」
男は周りを見回す。人々は私たちの存在に気づかず無表情で歩いている。
男はろれつの回らない言葉で早口で喚きだした。
「わぁ!や、やっぱり、やっぱり僕死んじゃったんだ!最悪だ、なんでこんなことに!僕が何したっていうんだ!もうおしまいだ〜 もう死んでしまいたい!」
はぁ〜よっぽどショックだったんだろう。「心配するな、もう死んでるから。」そんなツッコミを入れる気も失せてしまう。
「まあ落ち着きなよ。幽霊も意外といいもんだぜ。
それはそうと、俺としては初めて合う幽霊だ。自己紹介でもしましょうや。」
男は「はっ」と息を呑むと突然固まった。
「えーっと僕はですね。えーっと・・・・」
「おいおい、とりあえず名前を教えてくれよ。」
「えーと僕は・・えーっと・・・ お、思い出せない」
「まあ、気が動転してるんだろう。なんか身分証明書ないか?」
男は一瞬固まったあと、静止画像から突然ビデオの倍速再生になったかのようにスーツをばたばたと叩きながら内ポケットから名刺を取り出した。
「あった!あった!えーっと・・、徳永・・・みたいです・・・・」
だんだん声が小さくなって、最後はほとんど聞き取れない。つぶやいているような声になる。
名刺を見ても自分の名前が思い出せないようだ。半べそになっている。
「まあ、それは俗名だからな。思い出せなくてももう必要のない名前だし、気にするなよ。そうだ、戒名とか無いのか?」
「ぐすん・・・か、戒名ってなんですか?」
「葬式に坊さんが付けてくれるだろう。自分の葬式は見てないのか?」
「いや、気が動転してすぐに逃げてきたので・・」
まあ、容易に想像がつく、こいつは死んでからずっとパニクってたんだろう。
「そうだな、俗名で呼ぶのもなんだからお前は・・・トクってことでいいかな。」
「トク・・・それが僕の名前ですか?」
「ああ、気に入らない?」
「いえいえ、滅相もないです。トクでけっこうでございます。以後よろしくお願いいたします!」
頭を大きく下げ、両手で名刺を突き出した。
こいつフザケているわけではなさそうだ。
「じゃトク、よろしく。次は俺の番だ。俺の名前は・・・・」
あ、あれ?
「俺は・・俺は・・ 誰だっけ?」
名前が思い出せない!そんなバカな!
「えーっと俺は・・・そうだちょっと待って」
慌てて財布から免許証を取り出す。
そこには見慣れた顔写真と見慣れない名前が乗っていた。
「そ、そうだな。お前がトクなら俺はタカだ。うんそうだ、タカ!よろしく!」
トクが握手しようとしたが、俺のハイタッチが一瞬早くトクの額にヒットした。
トクから聞いた話しはこうだった。
死んでからはなにが起こったかわからず。自分の死体を見て気が動転し走って逃げたこと。
そこからいろんな人に声をかけたが誰も返事してくれなかったこと。
どうやら自分が死んだらしいということは分かったがこれからどうすればよいか分からず、とりあえず走り回っているうちにここにたどり着いたこと。
それともう一つ分かったことがる。
こいつがまったく使えない奴だということだ。
「えっ、2日も走り回ってたのか。夜は寝てないの。そりゃ疲れただろう。」
「だって夜はコワイじゃないですか、私ビビリなんですよっ!」
いや・・・俺たちが怖がらせる側なんだが・・・
トクは話しを続ける
「それが不思議と寝なくても疲れないんです。」
「そうかぁ?なんかボロボロに見えるぞ。で、どうやって死んだんだ?」
突然わぁっとトクが泣き始めた。俺はあまりの声の大きさに思わず周りを見回した。
どうやら死因は自殺らしい。ってか半分事故みたいなものだ。
好きな女の子がいて、ずっと付け回していたらしい。本人は姿をみていただけの純愛というが、思い切り控えめに見ても完全なストーカー行為だ・・・
自分の容姿に自身が無くてずっと告白できなかったが、その日は意を決してその子のマンションまで出向いた(いや付いて行った)。ずっと声をかけるタイミングを見計らっていたがなかなか声がかけられず、その子の部屋の前まで来たときにやっと声をかけたと。
しかし振り返った女の子は悲鳴を上げ、「キャー!!キモイ、あっちに行って!誰か助けてー!」と・・・
何だ何だとあちこちから人が近づいてきて大騒ぎになったそうな。
トクは気が動転したのと絶望感で自暴自棄になり、「し、死んでやる!」と叫んでそのマンションから飛び降りたそうな。
はぁ・・・
「まあ確かにな、見た目で言えばデブチビでキモいからいきなり声をかけるのはマズイだろうなぁ」
「え?僕、デブって言われたことないですよ。学生時代は陸上部だったし・・・まあ、キモいとは言われてましたけど・・・」
どう見てもデブチビだ。自分のことがわからないんだろうか。
「とても陸上部には見えないなぁ。で、なんで飛び降りたんだ?」
「だってまさか死ぬとは思わなかったんだもん」
「でもそこ5階だったんだろ?そりゃ誰が見たって自殺だろう。事故とは思わないよ。」
「でも僕、まだ告白もしてないのに!死にたくない!もう一度彼女に会いたいんだぁ〜〜!」
まったく、とんだ拾い物をしてしまった。
結局トクからは、何の情報も聞き出すことはできなかった。
考えてみればもし他の幽霊がいたとしても、そいつもどうしたらよいかわからないから彷徨っているんだろう。
ここで人混みを眺めているよりは神社やお寺にでも行ったほうが少しは進展がありそうだ。
それに・・・
横でしょげているトクを見る。
こんな奴ばかり増えたら面倒くさいしな・・・・
「よし、トク。ここにいてもしょうがない。とりあえず電車に乗るぞ」
「えー、旅行ですか?」
「心配するな、金はかからん!」
しかし、俺は何を焦っているんだろう。
これから自分がどうなろうと構わないはずだし、多分時間も無制限にあるだろう。
それなのに何かをじっと「待つ」ということに苛立ちを感じている。
何かが起こることも不安だが、何も起こらないというほうがもっと不安だ。
改札の奥を見ると、丁度電車が到着したばかりのようだった。人々が雪崩のように階段を降りてきて出口改札にはすぐに人のよどみがあふれた。
しかし入口改札は人もまばらだ。
トクと二人で自動改札を跨いで中に入った。
とはいえ、これからどこに行こうか?ここには3本ほどの在来線に加え、新幹線も乗り入れている大きな駅だ。
それぞれのホームに登る階段には、案内掲示板が明るく光っていた。
「トク、とりあえずこっちに行こう」
一つのホームへと続く階段を選んだ。もちろん選んだ理由などは無い。
駅員のアナウンスを聞きながら二人で階段を登る。ちょうど電車が発車したところのようだ。
乗客のほとんどはすでに階段を降りたのだろう。すれ違うのは急ぐ必要がなさそうなゆっくりと歩く人たちだけだ。
階段を登るとホームの全映が少しずつ見え、あと数段を残したというところでその先端が見えた。
そこは停車位置よりさらに奥のホームの切れ目、少し淋しい場所で利用者がいることはまず無い。
しかし、そこに彼女はいた。
そして回りの景色に似合わない非常識な空間があった。
俺は瞳孔が大きく開き、全身に鳥肌が立つのを感じた。
年の頃なら12〜13歳くらいの少女だ。
全身真っ黒なゴスロリ。ミニとは言わないが短めのスカートで全身黒いレースに覆われていた。
フランス人形のような白い肌と真っ赤な唇。
つやつやで腰まで伸びた黒髪に大きな黒いリボンを一つ付けている。
そしてあれは・・・2メートルはあろうかという大きな鎌を担いでいた。
「おい、トク。あれ見てみろ。」
「え?あ、わぁ!ゴスロリ様?すげぇ!萌えるぅ〜!」
普段ならコスプレか何かのイベントかと思うはずなのだが、なにか違う雰囲気がある。
うまく言えないがあえて言えばコスプレではなく「本物」の雰囲気がある。
その娘は大きく深い色の瞳でこちらを見ると、美しくも冷たい笑みを浮かべた。
そして、ゆっくりとしなやかな腕で俺たちを手招きした。
死をも感じさせるほどの恐怖と、得も知れる美しさ。媚薬のように吸い込まれる笑みだ。
只者ではないことはすぐに感じ取ることが出来た。
「お、俺たちが見えるのか?」
俺は独り言のような声を絞り出した。
娘はゆっくりと近づいてきた。
目の前で止まるとくすっと笑い、すこし前かがみになる。
そして妖しげな唇が艶めかしく動いた。
「あんたたち、だーれ?」